<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『エルザード祭〜星の煌めきのもとで〜』

 街は鮮やかに彩られ、人々は笑顔の花を咲かせていた。
 満天の星空の下で、街も人々も明るく煌びやかに輝いている。

「俺も混ぜてくれー! ヒャッホーイ!」
 歓声を上げながら、義兄――フガクは舞台に飛び込んでいった。
「まっ……」
 手を伸ばし止めかけた松浪・心語だが、フガクがあまりにハイテンションで、素晴らしい笑顔を浮かべていたため、咳払い一つしてその場をそっと離れた。
 少しくらい離れても、祭りの音に負けない大きな笑い声が響いてくるから、フガクを見失う事はないだろう。
 天使の広場に設けられた舞台で、人々が華やかな衣装をまとい、楽団の奏でる音に合わせて踊っている。
 その中に飛び込んでいったフガクもまた、輝く笑顔を浮かべて、とても楽しそうに踊りはじめた。
(周りと合ってないけど……楽しそうだから……いいか)
 ちらりとフガクを見て、心語は軽く口元に笑みを浮かべたた。
 とはいえ、知り合いと思われるのは、むしろ舞台から誘われてしまったらいささか面倒なので、笑みを苦笑に変えて他人のふりをしておく。
「いさな、花火だ、花火が始まるそうだ! 打上げよう!」
 しばらくして、フガクは上気した顔で、心語のところに戻ってきた。
「打上げは……職人の仕事……俺達は観賞をする」
「そうなのか。観賞といえば、パレード凄かったな。綺麗なおねーさんもいっぱいで……ああっ!」
 何かを発見し、フガクが駆けていく。
「少しは落ち着いて……観賞できない……か」
 ため息をつきながら、心語はフガクの後を追う。
 祭りの盛り上がりに比例して、フガクのテンションも上がっていき、心語は彼に振り回され引っ張り回されていた。
 フガクを追いながら白山羊亭に目を向けると、荷物を高台へ運ぶスタッフの姿が目に映った。
 花火が良く見える高台で、弁当の出張販売を行うようだ。
 荷物の運び込みが終わり、花火が始まる頃には義兄――松浪・静四郎の手も空くはずだ。
「兄さん……そろそろ俺達も……高台へ」
「踊り子のお姉さん!」
 心語がフガクの腕を掴むより早く、フガクは綺麗な女性の手を掴んでいた。
「さっきの踊り、凄く素敵だったーっ。俺と一緒にもう一回踊ろーぜ」
「えっ、えええっ」
 手を掴まれた女性は、驚きの表情を浮かべ、顔を赤らめていた。
「そうでしょう、そうでしょう。あなたのようなガタイの良い男、好みだわ〜。ああ、この貧弱な体が恨めしいー」
 彼女の側に居た女性が、自分の胸に手を当てて嘆いている。
「グルルルルル」
 2人の女性――リミナとルニナは、大型の狼と化した千獣の背の上に座っていた。
「す、すみません。人違いですっ。パレードで踊ってたの、私じゃなくてええっと、双子の姉なんです」
 リミナは赤くなりながら、ぺこぺこフガクに頭を下げる。
「ん? 双子のお姉さんかぁ、とにかく楽しそうで素敵だった! 感動したって伝えておいてくれ」
「は、はい……っ」
「ありがとう!」
「グルル」
 リミナはぺこりと頭を下げ、ルニナは笑顔でフガクにお礼を言い、千獣もお礼を言うかのように頭を下げた。
「お姉さんはまだパレード中なのかな、どこだろう」
 フガクはきょろきょろと辺りを見回し、パレードを探して歩き始める。
「兄さん、そろそろ……待ち合わせ時間だ……」
 心語が厳しい口調で言い、フガクの腕を引っ張って睨んだ。
「うっ……そっか、もうそんな時間か」
 叱られてちょっとしょんぼりしながら、フガクは高台の方を……その先の星空を見上げて、ほっと息をついた。
 いつの間にか、空がキラキラ輝いている。

「楽しめましたか?」
 高台の桜の木の下で、静四郎は2人を待っていた。
「うん、すっごい楽しかった。ここも屋台沢山あるなー。色々回ってみようぜ!」
「そうですね」
 楽しげなフガクに、静四郎は微笑みながら頷く。
「兄上……待たせて……ごめん。仕事は……終わった?」
「先ほど終わったばかりで、少しも待ってませんよ。それより心語、疲れていませんか?」
 散々振り回されたお陰で、多少疲れを感じてはいたけれど――。
「……大丈夫」
 長い間静四郎を敵対視していたフガクが、共に祭りを楽しめるまでになったのだからと心語は気を取り直すのだった。
「それでは、花火が始まるまでの間、屋台や花見を楽しみましょう」
 静四郎は労うように心語の肩を叩いて、歩き出した。

「ルディア、このお花見弁当はどこに置けばいい?」
 街をのんびりと巡り、お祭りを楽しんでいたコールは、白山羊亭の前でルディアに捕まり、荷物運びを手伝わされていた。
「ふふ、これはお花見弁当じゃなくて、お花火弁当なの」
 ルディアはコールが抱えていたお弁当の蓋を開けてみせた。
 中には、色とりどりの野菜や卵がちりばめられ、空に浮かぶ花火のような模様となっていた。
「……とても綺麗だな」
「うん、本物の花火はもっと綺麗だけどね。あ、お弁当こっちにお願い」
「ここでいいかな」
 運営用のテントの下に、コールは弁当を下ろした。
「ありがとう! おかげで準備が早く終わったわ。はい、これ少ないけどお礼」
 ルディアは冷やしてあったお茶をコールに渡した。
「ありがとう。それじゃ、また」
 コールはルディアと別れて、また祭りの中を歩いて行く。
「もうすぐ、花火の時間か……。皆楽しそうだ」
 コールの顔にも、自然と微笑みが浮かぶ。
 綺麗な花の絨毯の側で、あるいは綺麗な桜の花の下に人々はシートを敷いて、花火の始まりを待っていた。
 空には満天の星が輝き、街には色とりどりの明かりが煌いている。
 その中に、人々が明るく踊る姿があった。
 幸せが溢れている――。

 高台の一画で、ファムル・ディートは屋台を開いていた。
 販売しているのは昼間同様、研究室の実験器具で焼いた焼き菓子だ。
「こんにちはー」
 手を振りながら近づいてきたのは、レナ・スウォンプ。
 レナは昼間はドレス姿でダンスを踊り、人々の目を弾きつけたり爆発を……いや、レナの記憶に残るほどではない些細な出来事に遭遇しながら祭りを楽しんた。
「お菓子売ってるのね、うふふふふっ」
 日中纏っていたのは、キラキラ輝くストーンが散りばめられた、華やかな黒と白のドレス。
 一旦家に帰ってそのドレスを軽くアレンジし、ゴールドのショールを羽織ってきた。
 その姿は、息を飲むほど美しく……。
「結婚してください!」
 レナが近づくなり、ファムルは真顔で言って彼女の手を両手で握りしめた。
「はいはい、聞き飽きたわそれ」
 握手だけしてあげて、レナはファムルの手を振りほどいた。
「君みたいな美人が妻になってくれたら、きっと仕事が手につかないと思うんだ。だから代わりに君に稼いでもらって、私は君の観賞だけして生きていきたいと思う。どうだね?」
「うんうん、あなたって頭がいいんだか、馬鹿なんだかホントわからないわー」
 笑いながらレナは試食用のクッキーを一つ、口に入れた。
 ……ちょっと魔法薬が入っているみたいだが、レナに効く量ではない。
「レナ姐さんこんばんはっす! ささ、特等席用意してありまっせ!」
 屋台を手伝っていたダラン・ローデスが飛び出してきて、レナを桜の木の下へと誘う。
「甘ーいクッキーを食べながら、楽しんではどうだね」
 ファムルが特製のクッキーを取り出してレナに差し出すが、レナは首を左右に振って、遠慮する。
「甘いお酒持ってきたの。後で一緒に楽しみましょ」
 レナの誘いに、ファムルは微笑みを浮かべた。
「是非! 花火が始まったら店を畳んで、私も楽しませてもらうよ」


「ファムル殿、夜も屋台とは精が出るな」
 続いて、ファムルの屋台に立ち寄ったのはアレスディア・ヴォルフリートだった。
 彼女は昼間、ファムルの店で焼き菓子を買ってくれたのだが……。
「一人か?」
「ん? ああ」
 ファムルの問いに不思議そうにアレスディアは頷いた。
「菓子をあげた相手と一緒じゃないのかと思ってな」
「もう話は済んだ。相手はディラ殿だ。いただいた菓子は美味しいと喜んでくれたよ。甘いものに疲れを癒されたのか、稽古の相手まで申し出てくれてな」
「ディラ・ビラジスか……」
 ファムルは複雑そうな表情で腕を組んだ。
「うむ、かつての無気力よりはずっと良い。良い手土産になった。ありがとう。私も稽古のあとで些か疲れた。一ついただけぬか?」
「どうぞどうぞー!」
 突如ファムルは満面の笑顔になり、特別製のマドレーヌ……を出しかけたがやめて、並べてあるクッキーをアレスディアに差し出した。
 礼を言ってアレスディアはクッキーを受け取り、美味しそうに食べていく。
「一汗かいたあとの甘いものは格別だな」
 満足げに頷く彼女の顔は凛としていて、爽やかで……惚れ薬の効果は微塵も感じられなかった。
「はあ……ディラ君も可哀そうに」
「ディラ殿がどうかしたか?」
「いや……」
 ファムルは何処か遠い目で虚空を見詰める。
「飲み物貰ってきたよー! ファムルもそろそろお店終わりにして、花火観よー」
 飲み物が入ったボトルを抱えて、キャトルが走ってきた。
「あっ、アレスディア! こんばんはー! 一緒に花火観ない?」
 自分に笑顔を向けてくるキャトルに、アレスディアは「こんばんは」と、微笑み返した。
「そろそろ花火の打上げの時間か。私はもう少し遠くから眺めようと思う。街も空も見渡せる場所で」
 アレスディアは街の方に目を向けた。
「聖都は……平和で、美しく、活気に溢れている」
 ファムルとキャトルも、街に目を向ける。
 広場を中心に、聖都中賑やかに輝いていた。
「しかし、それもしばし見納め」
「どこかに行っちゃうの?」
 キャトルが尋ねると、アレスディアは首を縦に振った。
「ディラ殿との約束を果たした後、里帰りしようと思って」
「里帰りかぁ……またこっちに戻ってくるんでしょ?」
 キャトルがそう言うと、アレスディアは曖昧な笑みを見せる。
「遠い辺境の地故、いつ帰るとは言えぬ。世界は広い。そのまま旅から旅へと渡り歩くやもしれぬ」
「ディラを連れて行かないのか?」
「いや、ディラ殿を連れていく理由はないんだが……?」
 ファムルの問いに、アレスディアは少し不思議そうな顔をした。
「そうか。寂しくなるな」
「ありがとう、世話になった。次見えるのがいつになるかはわからぬが、ファムル殿、キャトル殿、いつかまた。それまで、お元気で」
「薬が必要になったら私を思い出してくれ。広場の診療所で待っている」
「元気でね、また会おうね!」
「ああ」
 アレスディアは深く頭を下げて、2人と別れる。
「もっと高い場所へと行こう。様々な輝きを観れる場所へと」
 そうして、星空と街の輝き、花火の全てを目に収められる場所へと歩き出した。

「……それで君はそこで何をしてるのかね? 菓子を買いに来たんじゃないのか」
 屋台の側で切株に座ってひたすらぼーーーーっとしている人物に、ファムルは声をかけた。
 祭りの雰囲気から外れたやる気なげなオーラを纏っているのは、ケヴィン・フォレスト。
 日中は酒瓶と一緒だったので、普通の青年同様祭りを楽しんでいたが、わけあって酒を抜いたため、普段の無口無表情の青年に戻っていた。
「あっちで一緒に花火観ようよ!」
 キャトルが誘うが、ケヴィンは少し考えたあと首を左右に振る。
 そしてゆらりと立ち上がると、のっそり去っていった。
「……なんなの?」
「さあ、彼なりに祭りを楽しんでるんだろうけど」
 キャトルとファムルは不思議そうにケヴィンを見送るのだった。
 ケヴィンは菓子を買いに来たわけではなく。ふらふらこの辺りを歩いていたら、興味深い話が聞こえてきたので立ち寄って適当に聞き耳を立てていたのだ。
(背中を預けられる人、か……)
 彼女が――アレスディアがこの街から去るということを、ディラに話した方がいいんだろうか。ケヴィンはそんなことを考えながら、のんびり歩くのだった。

「面白そうなお菓子を販売してるのですね」
 高台の散歩をしていた静四郎、フガク、心語がファムルの屋台の前で立ち止まった。
「こちらの甘いあまーいクッキーは、ただ味覚的に甘いだけではないのですよね?」
 静四郎が微笑みながら尋ねると、ファムルは「お察しの通り!」と、得意げに商品の説明をしだした。
「私は薬の調合を得意とする錬金術師! この焼き菓子には恋人や友人とより祭りを楽しめる薬が入っているのだよ」
 台の上に並べてある焼き菓子には、微量の惚れ薬、自白剤、微量の興奮剤などの薬が入っているとのことだ。
「どれでもお好みのものをどうぞ!」
「これ、戦いの時に使えそうだな」
 フガクが心語を見て言い、心語は首を縦に振った。
「それじゃ、この興奮剤が入ったの1袋」
「まいど〜」
 フガクは代金を払い、ファムルから微量の興奮剤入りの焼き菓子を受けとった。
「惚れ薬……興奮剤……自白剤、ですか」
 静四郎の呟きを聞いたフガクが突如動きを止めた。
(じはくざい、って)
 青ざめながら、そっと心語に目を向けた。
 心語もまた青くなっている。
「では、自白剤入りを頂きます」
 涼しげな笑顔の静四郎の言葉に、フガクは脂汗をにじませながら、心語に目で語りかけた。
 瞬時に心語はフガクの言外の意図を察し、静四郎が買ったお菓子の特徴を記憶しておく。
「お客さん用の特等席だよ。こちらへどうぞ〜」
 その後、ファムルの店を手伝っているキャトルという少女が、3人を桜の木の下へ案内してくれた。

「明日、どんな顔して仕事に行こう……」
 桜の木の下で、リミナは真剣に悩んでいた。
「いつも通りでいいじゃない。さっきみたいに、踊ってたのは自分じゃなくて双子の姉だって言えばいいのよ」
「私達そこまで瓜二つじゃないし! 髪の長さだって違うでしょ。もー」
「大丈夫大丈夫、誤魔化せるって。悩むようなことじゃないよ〜」
 ルニナはリミナの頭をぽんぽん叩きながら、笑っている。
「千獣、帰りもお願いね……」
 リミナがぎゅっと千獣の手を掴んでくる。
 千獣は今、人間の姿に戻っていた。
 千獣が狼の姿で2人を背に乗せてきたのは、2人の体調を気遣ってでもあったが、人避けのためでもあった。
「うん……リミナ、ルニナ、疲れたら、眠っても……いいから」
 自分がちゃんと、診療所まで運ぶから。という意思を千獣は2人に伝える。
「ありがとう。私は大丈夫だと思うけど、ルニナが眠っちゃった時には花火中でも、千獣の背中に括り付けて強制送還ね!」
「そしたら、リミナ一人で帰ることになるけどねー」
「うっ……」
「大丈夫、一緒に……最後まで、見よ。のんびり、疲れない、ように……。眠くなったら、ここで寝る……」
 千獣は体に結んできたクッションを、リミナとルニナの背に置いた。
「ええ。花火が終わった後も、少しお花見を楽しんで、人混みを避けて帰りましょう」
 リミナは背負ってきたリュックからひざ掛けを取り出して、ルニナにかけた。
「ありがとー。……私、次は皆を楽しませる側になるからね」
 ルニナのその言葉に、リミナは微笑みを浮かべて、千獣も一緒にこくりと頷いた。
「ルニナ……『ありがとう』、あの、2人にも……」
 すっと千獣が指差した先には――ファムルの店を手伝うダランとキャトルの姿があった。
「2人も……ルニナの命、助けてくれた、人……だから『ありがとう』」
「ああ、うん。そうだね……なかなかタイミングがっ」
「ふふっ、一緒に観ましょうって声かけてくるわ」
 リミナが立ち上がり、2人の下へと向かって行った。

 花火を良い場所で観ようと、高台に人々が集まりつつあった。
 ケヴィンはふらふらと歩き回り、警備の仕事をしているディラを発見した。
 そろそろ交代の時間のはずだが……。
「た、大変だ」
 ケヴィンを見つけると、ディラは青い顔を向けてきた。
 どうしたのだろうと、ケヴィンが近づくと。
「お前! こんな時に何で素面なんだっ」
 ディアは何故か怒っている。
 仕事の説明を聞くために、わざわざ酒を抜いたというのに!
「いいから、飲め!」
 ディラは手に持っていた酒瓶をケヴィンに押し付けた。
 まあ祭りだし、少しくらい酔ってても仕事の説明くらい理解できるだろうし、何より飲みたいしとケヴィンは差し出された酒瓶に直接口を付けて飲み始めた。
「で……これ、どうすればいい」
 真剣な顔で、ディラは足元を指差す……そこには。
「ひくっ、ひくっ」
 小さな男の子がディラのズボンを掴んで、泣いていた。
「アンタまさか……攫ったのか。人さらいは十八番だもんな」
 ケヴィンが真顔で言う。
「なわけないだろう、迷子だっ。強引に預けられた、ど、どうすればいい」
 ディラは子供の扱いに心底困っているようだった。
「運営のテントまで連れて行けばいいだろ」
「どうやってだ」
「抱き抱えてあやしながら」
「できるわけがないだろ! 大体、俺が抱き抱えたら誘拐にしか見えん」
 確かに。
 警備の腕章をしているとはいえ、ディラは常人とは違う目つきをした近寄りがたい男だ。
「いいじゃないか、職質にあったら、そいつにその子預ければいいし」
「そのまま俺も詰所にって話になるだろ。今晩はお前との約束もあるし、と、とにかく任せた、頼む」
 ディラは子供が掴んでいる足を、ケヴィンに向ける。どうやら触るのにも抵抗があるようだ。
 仕方ないと、ケヴィンはため息一つついて、酒瓶を鞄に入れ、子供を抱きかかえた。
「この子のお父さんか、お母さんいますかー! ほら、アンタも言え」
「無理」
 ぷいっとディラは横を向いてしまう。
「う、ううっ、うわーーん、わーーーーん」
 突如、子供が大声で泣き出した。
「おーおー、大丈夫。すぐママかパパ、来てくれるからな〜」
 ケヴィンは優しく子供の背を叩きながら、子供の保護者を呼び続けた。
「ランちゃん!」
 少しして、慌てふためきながら女性が走ってきた。
「ママ〜」
「すみません、よかった」
 女性はケヴィンから子供を受け取り、大切そうに抱きしめた。
 そして、ぺこぺこ頭を下げながら去っていく……。
 その間、ディラは自分は関係ないというように、顔をそむけていた。
「……良かったな」
「……ああ。礼はその酒ってことで」
「まあ、別にいいけど」
 ケヴィンは再び、酒瓶を取り出して少しだけ飲んだ。
 仕事の確認を終えたら、改めて沢山飲もうと思いながら、今はセーブしておく。
「…………」
 ケヴィンはリラックスしていたが、ディラはまだなんだかそわそわとしており、動きがぎこちない。
 本当にこういうことは苦手らしい。
(ま、次は出来るようになってるだろ)
 少しずつ聖都に順応しつつある彼だから。
 あの小さな子供と同じように、成長をしていくのだろう。
 そんなことを漠然と考えていたケヴィンは……。
「そういえば、何か話があった気がするんだが、忘れた」
「なんだ? 今晩中に思い出せたら、聞かせてくれ。っと、そろそろ花火が始まる」
 舞台の明かりが消えていく――。
 

「人が増えてきたな……いさな、こっちがホントの特等席だ」
 人混みに埋もれないようにと、フガクは腰を下ろし心語を肩に乗せて立ち上がる。
 その直後。

 ドン、ドドドドドン、パーン、パパパパパーン!

 初めの花火が、打ち上げられた。

「……う……わああああああ」
 少し遅れて、フガクが歓声を上げた。
「……すげぇ……すげーよ!」
 星空よりもキラキラとした目を、フガクは静四郎に向けてきた。
「すぐ、次があがりますよ」

 パンパパパーン!

「うおーーーっ」
 空に咲いた光の花を、驚きと喜びの表情で見つめるフガク。
「……ホントに……」
 心語は、感心しながらも歓声はあげず、微妙に苦い顔をしていた。
 美しいとは思いながらも、昔ある戦場で痛い思いをした火炎魔法のことも思い出してしまったのだ。
 そんな2人の様子を、静四郎は優しい目で、見守りつつ。
 自らも空の華を見上げて、感嘆の息をついた。
「素晴らしいですね。こんなに大きくて盛大な花火は何年ぶりでしょうか」
 少しの間、そうして3人は花火に見惚れていた。
「3人でこんなにゆっくり過ごせる日が来るなど思ってもみなかった、これも2人のお陰」
 合間に、静四郎がフガクと心語に語りかけた。
「これからは、故郷・中つ国の魔瞳族が心から戦飼族に謝罪し、共に歩める日が来るように尽力します」
 決意を込めた目で静四郎が言うと、フガクは軽く視線を落として、少し恥ずかしげな笑みを浮かべた。
「俺も魔瞳族に苦しめられた祖先の事を思う余り冷静さを欠いていた――これからは心語共々両種族の橋渡し役となる」
 言い切った彼の目もまた、決意に満ちていた。
 フガクは長い間、静四郎を敵対視していた。
 あの時には絶対に見せなかった笑顔が、そこに在った。
「……よかった……」
 心語の口から、言葉が漏れた。
 2人を和解させた甲斐があったことを、心語は心から嬉しく思う。

 パンパパパーン、パンパンパーン!

 再び大きな花火があがる。
 そして、空に鮮やかな大きな花が咲く。
 3人の前途を祝福するように。


「花火始まっちゃたわよ」
 手を振って、レナがファムルを呼び寄せた。
「ふふ、ヒーローは遅れてくるものなのだよ」
「全くカッコよくないヒーローだなー」
 言いながら、ダランはファムルが持ってきた酒に手を伸ばした。
「こら」
 ファムルはダランをの手をびしっと叩くと、彼にジュースを渡し、自分はビールを取り出した。
「そ、そそそそんな贅沢品どうしたの、飲む気!? 売ってお金にしよう〜」
「まあまあ、今日くらいいいじゃない」
 止めようとするキャトルを制して、レナがビールの蓋を開けてあげた。
「一緒に飲める人がいないと、あたしも寂しいし」
「それじゃレナさん、毎晩私と晩酌しようではないかー」
「飲む前から酔っぱらわないで、あははっ」
 笑い合って、レナとファムル、そしてキャトルとダランも飲み物を持って乾杯をする。
 ファムルの屋台の側には、彼の知り合いが沢山集まっていた。
「私も飲んで騒ぎたいんけどねー。飲むのも騒ぐのもダメだとか、悲しすぎる」
 ルニナの手の中にあるのは、栄養剤入りのジュースだった。
「カクテル風にしてくれたじゃない。贅沢言わないの」
「今……ゆっくりしてれば……そのうち、騒げるように、なる」
 リミナと千獣は、リミナが用意したお茶とお弁当を食べながら、花火を楽しんでいた。

 ドーン、パパパパパーン

 大きな花火が上がり、人々は歓声を上げ笑顔を浮かべる。
「綺麗だね。……この美しさを、あなたはどう表現する?」
 吟遊詩人のカレン・ヴイオルドが、隣にいた青年――コールに問いかけた。
「今は思い浮かばないかな。観られなかった人に話せるように、目に焼き付けておこうと思う」
「そうだね。私も旅の人に、今日のことを語っていきたいな」
 今日という特別な一日を目に焼き付けて、心に刻み、語っていこう。

 ドーン、パーン、パンパパン

「うわー、今度のは、途中で弾けて2つになった! すげーっ!」
 フガクは子供の様にはしゃぎ、歓声を上げ続けている。
「綺麗な……炎の使い方だ……」
 心語の表情は、最初よりも柔らかくなっていた。
「美しいですね」
(人は、炎をこのように美しく咲かせることも出来るのです)
 多くは語らずに。静四郎も、空に描かれる美しき華と、3人で過ごせる大切な時間を堪能していた。

 パーン、パパパパンパパン

「……花火を観たことは?」
 高台の外れで、ケヴィンはディラに尋ねた。
「あると言えばある。凱旋した時とかな。……こんなふうに、観賞のための花火を観るのは初めてだ」
 なんだか、心が躍る……と、ディラは目を煌めかせた。
 ふと、ケヴィンの脳裏に、自分に向けられたギラギラと光る敵意の目が浮かんだ。
 ディラがあんな目を、自分に向けることはもうないだろうと、不思議と懐かしい気持ちになる。
「そういえばさ」
「ん?」
「あんた、歌上手いんだって? その顔で」
「その顔でとは何だ」
「いや、普段無表情すぎるからさ。今度聞かせろよ」
「まあ、機会があったら」
 ケヴィンは普段は無口で、ディラもそう喋る方ではない。
 軽く会話をした後は、静かに花火を観賞していく。

 ドーン、パパパン、パパーン

「はっはっはっ、今のは花火ではない。俺様の魔法なのだー!」
 突如仁王立ちしたダランを「なわけないでしょ!」と、キャトルがバシッとどついた。
「ふふ、お望みならば、綺麗な花火にしてあげるわよ」
 レナが笑顔でダランに手招きする。
「け、結構です」
「本当に花火を魔法で作れるようになったらさ、私達の村に来てくれないかな」
 ルニナが、ダラン、キャトル言い、隣でリミナが頷く。
「カンザエラの皆にも、見せてあげたいな〜」
「うん、いいよ。ちゃんと魔法のコントロールが出来るようになったら、出来ると思う!」
「まー、気が向いたらな」
 キャトルとダランがそう答えると、ルニナは軽く瞳を揺らして……ええっとと言い淀んで。
「ありがと、ね」
 少し恥ずかしげな顔で、お礼を言った。
「キャトルも、ダランも……あ、レナにもお世話になったのよね、私」
「ん? そうだっけ」
「うん、ダランが管理してた魔法具にも助けられたから。ありがとう……私聖都のことは好きじゃないんだけど、生きてる人たち皆を恨んでるわけじゃないから。私たちは恨まれて当然のこと、してきたんだけどね」
 ルニナがリミナを見ると、リミナは静かに頷いた。
 千獣は隣で黙ってルニナの『ありがとう』を聞いていた。
 大きな音が鳴り、大きな花が空に浮かんだ。
「ありがとーーーーーーー!!!」
 空に向かって、街に向かって笑顔でルニナが叫んだ。

 ドーン、パパパーン、パン

「……さて」
 お酒を飲みながら、観賞と会話を楽しんでいたレナが、優雅に立ち上がった。
「そろそろ夜のダンスタイムよ。最初のお相手は……」
 周囲を見回した後、レナはすっと手を差し出した。
「プロポーズと受け取っていいんだな?」
「わけないでしょう。やっぱり違う人にしようかしら」
「いやいや、私と踊ってください、姫!」
 ファムルがふわりと白衣をなびかせながら立ち上がる。
「気を付けろファムルー! レナを怒らせると花火になっちゃうぞー!」
「ダンスって良く知らないけど、あたしも踊りたい! 教えて教えてー」
「順番にね」
 ダランとキャトルにウインクをして、レナはファムルと手を重ねて、踊り始めた。
 月と星と、時折浮かぶ光の華の下で。
 白衣のダメ天使と、絶世の魔女が神秘的に舞っていく。

 パパパーン、パン、パ……ン

「聖都の花火も、しばらく見納めか」
 アレスディアは花火と、街を――振り返り、城を見詰める。

 今日が終わっても、聖都は変わらず賑わっているだろう。
 祭りはまた行われ、花火もまた打ち上げられるだろう。

 いつかまた、その場に。
 人々の笑顔と共に。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2377 / 松浪・静四郎 / 男性 / 28歳 / 放浪の癒し手】
【3434 / 松浪・心語 / 男性 / 13歳 / 異界職】
【3573 / フガク / 男性 / 27歳 / 冒険者】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】
【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ
ルニナ
ファムル・ディート(薬を専門とする錬金術師)
ディラ・ビラジス(元アセシナート騎士)

コール(紺藤 碧ライターNPC)

ルディア・カナーズ(公式NPC 白山羊亭ウェイトレス)
カレン・ヴイオルド(公式NPC 吟遊詩人)

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
エルザード祭のゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました!
聖都エルザードの賑やかで楽しいお祭りを描かせていただけまして、とても嬉しかったです。
皆様がこの街で、あるいは故郷で、旅先で過ごす様子を、今なお頭の中で沢山描かせていただいております。
沢山お世話になった方も、初めましての方も、まだ最後ではないかたも、聖獣界ソーンの世界で、長い間、大変お世話になりました。
またどこかでお会いしましょう!

■静四郎様、心語様、フガク様
エルザード祭夜の部へのご参加ありがとうございました。
最後にお会い出来ましてとても嬉しいです。
自白剤入りのお菓子がどう使われるのか気になって仕方ありません……っ。
描かせていただくのは、こちらで最初で最後になってしまうと思いますが、3人のこれからの生活、物語が、素敵なものであることを願い、応援していきたいと思います。
この度はご参加本当にありがとうございました!