<東京怪談ノベル(シングル)>


これまでと、これからと。





 ………………『私』は、何だろう。
 そんな風に、考えることは、少なくない。





『人』から生まれ、『獣』に育てられ、『魔物』を食みながら育った。





 まだ幼いころには、そのことに疑問なんか持ったことはない。
 今も……ぎもん、に思っているわけではないけれど。でも、『私』は他とは違ってるんだ、ということについてはだんだんわかってきたから、いろいろ考えてみるようになった。

 ……そうするようになったのは、結構、最近のことなのかもしれない。
 少なくとも『私』の感覚では。
 ……『私』の感覚では、それぞれでいろいろなことにこだわる『人』の中で生きるようになってから、まだ、あんまり経っていない……と思うから。

『人』に触れて、『人』の中で生き始めて、初めて、考えてみる気になったわけだから。





『獣』と『魔物』の中を生き抜いてきた感覚は鋭敏、『彼ら』の力を取り込んだ肉体は強靭。
『人間』が神と呼ぶもの、そこにまつわる力だけが恐れるもの。





 神とか、聖なるものとか、そういう風に分けられている……信じられている、いろいろ。
 本能的にこわい、と思うようなものは、そのくらい。

 他は……あんまり気にしたことがない。
 気にしなくて、生きてこれたから。

 だから、なんで自分が「こう」なのかなんて、これまた疑問に思ったことがない。

 ……ただ、『私』は、ずっとこうだった。
 そうでなければ生きてこれなかった、それだけ。
 疑問に思うことでも何でもない。





 今なお身の内で暴れる、捻じ伏せ取り込んだ命と、争い、助け合いながら、『人』の中で生きる。





 ……「そう」であることを知られると、他の『人』からはいろいろな反応をされる。怖がられたり、興味を持たれたり、腫れ物に触るみたいにされたり、気づかわれたり、本当に、いろいろ。

 自分が食べることと、自分が他の誰かに食べられてしまわないようにすることだけが全てだった『私』にすると、反応がいろいろすぎて、面食らうばかりのことで。
 そんないろいろな反応をされることにこそ、『私』は疑問を感じていたのかもしれない。……『私』にとってはあたりまえでも、他の『人』から見るとそうでもないんだ、ってことに、初めて気づいて。





 年のころ17。……のように見えて、実際のところは本人にもわからない。
『獣』、『魔物』と溶け合ったその命はもう幾年、何一つ変わらない。





 ……うん。

 だからさっき、『私』の感覚では最近、だとか、あんまり経ってない気がしたんだと、思う。
『人間』から見れば、もう、結構長く『人』の中で暮らしているんじゃないか、っていわれてしまうことになるのかもしれない、とも思う。……そのくらい、いろいろな見知った『人』が、『私』の生きる前を過ぎ去っていくのを見たことも、ないでも、ない。
 でも、『私』にとっては、『獣』や『魔』の生き方をしてきた時間の方が、まだまだ、ずっと、長い気がしているから。
 だから、まだ、『人』には、どうしても慣れない……のかもしれない。
 ……『私』の中では『獣』や『魔』の、その生き方の方が、ずっとこの身になじんでいる。





 千の獣と共にある少女、千獣。





 ………………そんな名前を付けられて。初めて『獣』や『魔』であるだけじゃない『私』が生まれて。
『人』であるとも知らされて、それまでの生き方ではあったこともない、いろいろなことに出会うことになる。
 とまどうことが多かったけれど、心があったかくなったこととかも、ある。
 ……その逆に、どうしようもなく心が痛くなったことも、あった。

 これもまた、いろいろなことに出会いすぎて、どう判断したらいいのかわからないことが多くて。
 また、たくさんたくさん考えた。
 考えてもわからないことが多くて、だからまた、わかりたくて、もっと考えて。
 何だかんだと、考え続けていることになる。





 野に生きる力は無類を誇るも、『人』の生においてはまだまだ勉強中。





 じっくり考えて、考えたことを『人』に伝えて。『人』から教えてもらうこともして。それを『自分』の中で噛み砕いてまた考えて。
 そうしてみても、そうそう答えは出ない。
 こうなのかな、って『私』の思った答えを出してみても、『人』によっては、そうじゃないっていわれたりすることがある。
 それでまた、考える。
 これまでずっと、そうして来た。





 一人一人、少しずつ違うルールを持って生きる『人』の世界に、時に和み、時に怒り、時に惑う。
 人間とひとくくりにはできない生き物に、『人』は自分を当てはめる。





 人間なんだからとか、人間じゃないとか、人間らしくとか、何かの思いを当てはめた言い方で、他人や自分に言い聞かせたりするのを聞くことがある。
 ……言われた、こともある。
『私』はそのたびに、困っていたような気がする。

 そんな風に『人間』と当てはめられても、どう受け取ったらいいのか……どうしたらその『人間』と当てはめて物を言った人の意に適うことになるのかが、わからない。
 これまでずっと、その辺りのことが、ぐるぐるしていて。

『人間』って何だろうって、考え込んでしまうことになる。





 ………………『考えること自体が人間らしい』。





 ある夏の夜、何だかすとんと腑に落ちた言葉。
 だけど、やっぱり『人間』はわからない。
 考えても考えても、やっぱり、答えは出ない。





 でも。





 考えることが『人間』らしいというのなら。
『私』を『人間』だというのなら。





 これからも『人間』を見て、考える。
 そう、決めた。





 ………………『私』は、何だろう。
 きっと、これからも、『私』はずっと、考え続けるんだと思う。

『人』でもあり、『獣』でもあり、『魔』でもあり、そのどれでもあるからどれにもなりきれない。

 幾ら考えても、答えなんか、出ないのかもしれない。
 でも、それでも、ずっと。





 ――――――『私』は、考えていたいと、思う。