<東京怪談ノベル(シングル)>


エンドロールは華やかに

 やあやあ我こそは女剣士ロザーリア。

 長い金髪の上に羽根付き帽子をちょこりと乗せて、モノクルを掛けたその姿。颯爽とマントを翻す派手好きで洒落者の、レイピアと短銃を自在に操る女剣士――…。





 そんな口上そのままの姿は、まだ、ここ聖都エルザードに存在する。

 ロザーリア・アレッサンドリ。

 とある有名な古典的冒険活劇の小説――「本」が動器精霊と成った存在。その名前は「物語」の女主人公ロザーリアそのままに、その姓はロザーリアの元となった「本」の所有者――子のない老夫婦からそのまま頂いて、アレッサンドリと付けている。…借りて付けているだけではなく、実際に老夫婦の養子となり、共に暮らす事もしていて、ここに在る。
 愛称は、ロザリー。
 年の頃も、姿形もパーソナリティも技能も何もかも、まるで「物語」の女主人公ロザーリアそのままで。

 生まれて二年の歳月を経て、就いた職業は、迷宮司書。
 それ即ち『迷宮と化す程に拡張に拡張を重ね、最早ダンジョンと言った方が良いようなレベルにまでなっている――それも魔術師やら錬金術師の類が求めるような書物が多数所蔵されている大図書館』の司書、である。
 自然、その迷宮司書の行う業務は――所蔵されている書物の把握と管理、と言う、素直に文字通りの表現から想像できる『普通』の仕事だけにはとどまらない。『把握』――禁書はどれかとか、召喚獣が溢れ出て来た元の本はどれかとか全部頭に入っていなければ勤まらない。『管理』――当然溢れ出て来た余計な召喚獣の撃退も行い、元となった本も丁重に棚に戻しておかなければならないし――禁書の類もそれぞれの様式に則って適切に扱う必要がある。…籠る魔力が暴発しそうになっている魔道書の封印を行ったりもする。
 そんな数多の書物に囲まれて――それだけではなく、『把握』と『管理』の明文の元に己の腕と才覚を思う様揮えるこの職業は、まさに自分の天職だとロザーリアは思う。

 読みたい、と思えば、そこに在る本をいつでも読む事ができる。
 読む事こそが、本能でもある。
 情報の記録と保存、他人への継承――それこそが本の動器精霊としての、本能の発露。…否、本能だ何だと小難しい理屈はロザーリアにとってはどうでもいい話。ただ、彼女が読みたいと思う、それだけが、全て。
 幾ら時間があっても足りないと思いこそすれ、飽きる事など有り得ない。





 月日が経つのは、早いもの。

 …もう、自分が生まれてからどのくらい経ったのだろう。
 数年…いや、数十年かもしれない。取り敢えず、数百年…までは行ってないとだけは言えると思うが。

 ある日ふと、ロザーリアの頭にそんな事が浮かぶ。

 養い親の老夫婦も疾うに亡く、娘として彼らをしめやかに見送って、もう久しい。
 当時は、悲痛と寂寥を覚える自分も居た。これまで自分を「娘」にしてくれていて有難うとの感謝の想いもあった。様々な感情が渦巻きもした。けれどそれすらももう、懐かしさと共に語る事ができる記憶になっている。
 …いや。その時に養父母を共に見送ってくれた人々すらも、もう、世を去っている。
 今、街に出れば、嫌でも思い知らされる。…ソーンに生まれて数年の、ソーンでの生で最も印象に残っている時期にできた友も皆、世を去った。街を歩く人の波が、以前とはもう違って感じる。よく覗いていた店の主や店員も、気が付けば、代替わりしている。店自体が、建物自体が変わったり、なくなったりする事もあった。

 変わらないのは、職場の大図書館くらい。
 …いや。相変わらず増え続けている大量の蔵書は変わらなくとも、勤める者、訪れる者の顔触れはかなり変わって来ている。今となってはロザーリアこそが一番の古株になるのかもしれない。ここをよく利用する、魔術や錬金術に深く関わるような者となれば並外れて長命な者も居なくはない筈なのだが…どうも、縁がなかったらしい。…そういった者とも、顔を合わせなくなって久しい。
 理由は、わからない。ただ、何処かへ去ったのだろうな、とは思う。いや、ひょっとすると時間感覚がズレているだけなのかもしれない。いつかひょっこり顔を出す事もあるのかも。

 そんな風にちらっと思いもするけれど、それはあくまで仮定や希望、願望の話。今のところ、現実としてそういった懐かしい顔が再び目の前に現れた事は、ない。
 ロザーリアの見る景色の中から、懐かしい日々の思い出の痕跡は少しずつ、薄れている。
 …いつか消えてなくなってしまうんじゃないか、と思える程に。

 寂しいけれど、まぁそれも仕方ない。
 ロザーリアは、そう思う。
 思えば思う程に――何となく、職場の書物を読み耽ってしまう事が多くなっている気もする。けれどその内容も、気付けばもう既に頭に入ってしまっているものばかりで。結果として、活字をなぞるだけ、ページを捲るだけになっている場合も少なくない。
 それでも自動的に活字が語る物語は頭の中に再生されるし、物語が記された本に触れる事自体が、ページを捲る感触自体が心地好かったりするものではあるのだけれど。
 …これらの「本」以外の思い出が、街には、もう、殆ど見つからない。





 ある日、街で悪者をとっちめる機会があった。
 久々の事で、けれどロザーリアはロザーリアだから――女主人公のロザーリアなら見て見ぬふりはしないから。だから、放っておけないとごく自然に思ったんだろう。とにかくそれで、割って入った。
 子供が、ごろつきに絡まれていたところ。暴力を振るい金品を巻き上げようとしているその最中――子供に手を出すとは救いようがないね、って横から高らかに咎める声を掛けたのがロザーリア。
 それから後は、お決まりのコース。
 ごろつきがロザーリアに食って掛かって来、ロザーリアはそれを難なく返り討ち。もう二度とするんじゃないよ、あたしはいつでも見ているからね、と伝えると、ごろつきどもはほうほうの体で逃げて行く。
 残された子供に大丈夫かいと声を掛けると、子供はきらきらと目を輝かせてロザーリアを見。
 おねえちゃん女剣士ロザーリアみたい、って。
 勢い込んで、憧れるみたいに、そう言って来て。

 …ああ、女剣士ロザーリアの物語は今もまだ語り継がれているんだな、と、改めて認識させられる。





 旅に出ようか、と言う気になった。
「物語」の中の、ロザーリアのように。

 さらばロザリー。
 聖都エルザードを後にして、次はいずこの地に向かう。…なんて。

 悪くないな、と思う。
 だから、勤め先の大図書館には、早々に迷宮司書の勤めを辞する事を伝えた。惜しまれて慰留もされたが、一度決めたらその気持ちは変わらない。いつでも戻って来てくれ、との言葉を背に受けて、ロザーリアはマントを翻し歩いて行く。
 いずれまた、縁があったらね、と応えつつ。





 それから後は、はっきりしない。
 ただ、彼女もまた彼女の周りにいた人たちのように、聖都エルザードから姿を消した事だけは、確かだった。
 けれどそれでも、女剣士ロザーリアの「物語」は、まだまだ、紡がれている。
 聖都エルザードでも、巷間で時折、耳にする事がある。

 悪を討つ活躍の噂。
 目撃談のまた聞きのまた聞き。

 まるで、小説の主人公である女剣士ロザーリアそのもののように。
 実際にここに居た、ロザーリア・アレッサンドリの「物語」が溶け合い、女主人公ロザーリアの活躍する小説から派生した物語の一つのようにして、幾つも幾つも、語られるようになる。





 エンドロールは華やかに。
 黙ってひっそりいなくなるだけなんて、そんなのはロザーリアらしくない。
 ロザーリアは派手好きで洒落者。困っている人が居れば、悪事が働かれているのを見れば黙ってはいられない。
 ちょっと気取って声を掛け、指先一つでさくっと解決。

 目立たない訳がない。
 消えてしまう、訳もない。
 語り継がれていく限り、「彼女」はずっと、そこに居る。





 やあやあ我こそは女剣士ロザーリア。

 長い金髪の上に羽根付き帽子をちょこりと乗せて、モノクルを掛けたその姿。颯爽とマントを翻す派手好きで洒落者の、レイピアと短銃を自在に操る女剣士――…。





 我らが女剣士ロザーリア。
 求める者が、その名を呼ぶ者が居る限り。

 その姿は、その「物語」は――消えてなくなる事はない。

【了】