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大口の真神
------＜オープニング＞--------------------------------------
東京都西多摩郡檜原村。
大手の動物病院から今秋独立して、この檜原村にひのはら
動物病院を開業した西海裕実〔にしうみ・ひろみ〕は今幸せ
で一杯だった。
博物館に勤めている父の実家のあるこの檜原村に移っては
や数ヶ月。結構忙しい毎日に汗するうち、季節は冬に。
すっかりこの土地に溶け込んだ今日この頃。
そんな冬の朝。
震えながら可燃ごみ袋を手にゴミ捨て場にまで置きにいく
と、大きな犬がゴミ袋を漁っているのが見えた。
「野良犬だよ。まいったねぇ」
肩高は５０ｃｍ強、薄茶っぽい体毛。やや尖った顔。
こちらに気づいたようでその顔がじいっとこちらを見つめ
ている。
一応というかなんと言うか。プロの裕実はその犬の犬種に
気づき愕然とした。
「うわっ、お、狼ぃっ！」
声に驚いたのか狼らしき犬？ は山の中に消えていく。
慌てて家に戻ると父の携帯に電話を入れる。
「と、父さん狼、狼が出た！」
大英博物館展『世界の絶滅動物』展を行っている大江戸東
京博物館の取材をしていた月刊アトラス編集部の三下忠雄
〔さんした・ただお〕は馬鹿馬鹿しげな話を聞いて編集部に
電話を入れる。
「編集長。取材終わったんですけど。何か馬鹿な話聞いたん
ですよ。狼が出たって言うんですけどねえ。あっはっはっ」
「馬鹿っ！ 何ソース大声で叫んでんのよっ！！ すぐに戻っ
てらっしゃい。取材入れるわよ」
------＜哉木那由の場合＞--------------------------------------
非常に情けない表情を浮かべ、三下忠雄は既に切れた携帯
を真っ暗な表情で見つめていた。
しばらくその格好のまま固まっていたが、深い深い溜息を
吐いてようやく動き出す。
「はあぁ。また編集長にどやされちゃったよ。戻るのが憂鬱
だなあ」
ぶつくさ言いながら、三下はその場を後にする。
その様子を伺っていた人影がゆっくりとその後を追う。
歩み出たのは小柄な眼鏡の女性、哉木那由（かなぎ なゆ）
であった。
休日を利用して絶滅動物展を観に来ていたのだが、その目
的よりも面白そうな話が耳に飛び込んできたのだ。
『ええっ、狼ですか！？』
『そうそう。うちの娘が檜原村に住んでいるんだけどね。見
たって朝いきなり電話かけて来てねえ』
『狼って、展示されてるその剥製ですよね』
『そうですな。1905年に奈良県でアメリカ人に売られたこの
個体が最後の確認例です。娘は獣医ですけど、きっと野良犬
と間違ったんでしょう』
好奇心を掻き立てられたと言うのもあるのだが、那由は何
かこう、剥製の中に感じたのだ。喜びと悲しみと怒りと諦め
の混じった複雑な感情を。
丁度、急ぎの仕事も無いところだし、感じた何かを確かめ
るのも良いかもしれない。何よりも面白そうだし。
そう思って、三下の後ろを歩いていく那由であったが。
だが、次の瞬間。
前を歩いていた筈の三下が苦しそうに地面に横たわってい
るではないか。立ち上がる様子も無いので思わず駆け寄って
様子を伺ってみる。
「大丈夫ですか！？」
「うう‥‥‥」
相当苦しそうなので、那由は携帯を取り出して救急車を呼
ぼうとするが、三下は必死にその手を押え付けた。
「び、病院はいいんです。編集部に‥‥‥白王社に連れて行
ってください」
「で、でも！」
「いたたた。タクシー呼んで貰えますか？ 大丈夫だから」
必死の様子の三下に那由は救急車では無く、タクシーを呼
んでいた。そして、肩を貸しつつ編集部に入っていく。
ただ事で無い様子を見て編集長の碇麗香〔いかり れいか〕
が駆け寄ってきた。
「どうしたのっ！？」
息も絶え絶えに事情を説明する三下にみるみる麗香の表情
が険しくなって行き、説明の終わった所で爆発する。
「この馬鹿っ！ 犬じゃないんだから戻るっつからって仕事
になんない体で律儀に戻ってくる事は無いのっ。とっとと
病院行きなさい！！」
そう言って三下は再びタクシーに押し込められて、病院に
直行する。そして、後に残された麗香と那由。
「困ったわね。誰も手が空いて無いっていうのに。アレが使
えないって事になると狼の取材は‥‥‥」
麗香の視線が那由の顔の所で止まる。
「あなた、暇そうね。ウチでバイトしない？」
唐突の麗香の申し出に少々戸惑う那由であったが、渡りに
舟というかなんというか。
「お願いします。やらせてください！」
ここから話はとんとん拍子に進み、那由は同行することに
なったカメラマン高杉朔太郎〔たかすぎ さくたろう〕と共
に檜原村のひのはら動物病院の前に立っていた。
もちろんアポは取っている。
好奇心に身を震わせつつ、ドアを開けると、待合室には沢
山の人々と傷ついた犬達が順番を待っていた。
「高杉さん、これは‥‥‥一体？」
明らかに事故とは違う犬達の傷を見て、高杉は那由に耳打
ちする。
「なんか、事件の臭いがするな。とりあえず西海先生は手を
離せそうも無いから患者さんも話を聞こう」
「そうですね。でも、診察の邪魔になるといけませんから、
一旦外に出ましょうか」
「そうだな」
那由の提案を受けて、二人は一旦外に出た。
その時、高杉の携帯が鳴る。
どうやら編集部からのようだ。指で目を吊り上げさせて、
おどけてみせる高杉。
「はい‥‥‥後一人ですか？ 狼の専門家‥‥‥はあ。判り
ました‥‥‥はい。ここからだと武蔵五日市ですね‥‥‥そ
れじゃあ」
携帯を胸ポケットにしまうと一時間半後に人が来るので迎
えに行くと那由に告げる。
丁度その時、治療を終えたシベリアンハスキーと飼い主の
中年の男が病院から出てきた。
「この怪我どうなされたんですか？」
包帯でぐるぐる巻にされて、だるそうな犬を気遣いながら
那由はそう尋ねてみる。
「どうもこうも無いよ。突然さ、こいつが吠え出したと思っ
たらいきなり目の前で血流し始めてさ。信じられるかい？
何もいなかったって言うのにさ。近くにさ、柴の雑種が歩い
てたけど、あんな野良に負けるハリーじゃないしさ」
「うーん。でも、結局何もいない所からやられたんですよね」
疑わしげな那由に飼い主はややムキになって堰を切ったよ
うに話し始める。
「そうさ、何もいないのにさ。びっくりしたよ！！ カマイ
タチ現象っていうのかねえ。でも、このハリーもなんかおび
えちゃってさ。かわいそうだよ」
そう話して、犬の頭を撫でる飼い主。
「すみません、私月刊アトラスの高杉朔太郎、そして」
眼で挨拶されるように促され、那由はぺこりと頭を下げた。
「哉木です」
「もし宜しかったら犬小屋とか見せて貰えませんか？」
写真を撮らない、名前を出さないと言う条件で那由と高杉
はハリーの飼い主の家の犬小屋周辺を見せて貰う事ができた。
血痕が残っている以外、あまり荒らされている様子は見て
取る事は出来ない。犬小屋の周りをしげしげと見つめる高杉。
だが、那由はそこに近づくことも無くその場に立ち尽くし
ていた。
「‥‥‥哉木くん？」
「感じるんです。何かの悲しみを」
目を閉じて、耳を澄まして辺りの気配を感じ取る。
オオオオオオオオ−−−ン‥‥‥
遠くに響く遠吠えが、耳の底を微かに揺らした。
「何か、判ったかい？」
飼い主の声で、那由の耳に響いていた音が消える。溜息と
共に目を開いた。
「特にあまり変わった事は無いみたいですね」
「そうなのさ。他の犬が襲って来たにしても、ハリー相手に
無傷って事も無いと思うんだけどなあ」
やや放心状態で頬を掻く那由に変わって、高杉が受け答え
をする。
そして礼を言うと、とりあえず病院に戻る事にした。
「そろそろ時間だからいってくるわ。悪いけど先生に話聞い
ててもらえるか？」
「判りました。何か聞いておかなければならない事はありま
すか？」
そう言われて高杉は少々考えるが、軽く口元に微笑を浮か
べ、ぽんと那由の肩を叩いた。
「任せる」
それだけ言い残すと、高杉は行ってしまった。言われた通
りにしようと病院に入ろうとしたその時だった。
背後に気配を感じ、那由は振り返る。
「！？」
薄茶色の毛色の犬。だが、オオカミでは無いようだが。
野良犬かと思い、その視線を外そうとしたその時！
犬の背後に何かがうっすらと立ち上るのが見て取れた。
『女‥‥‥放って置いてくれ。人間と争うつもりは無いのだ』
頭の中に響く声。
しかしそれは、近づいてくる車によって掻き消された。
それと同時に犬は山の方へと逃げていく。
車を止めて急いで車を降りてきた高杉は、何枚かシャッタ
ーを切って那由の隣に立った。
「高杉さん！」
戻ってきた高杉と、その後ろに立つ女性。恐らく言ってい
たアルバイトであろう。
「追っかけるぞっ！！」
「で、でもっ」
走る高杉の後を追いつつ、頭の中に響いた声の事を説明す
る那由。その隣には女性も続いている。
「悪いがそれが仕事だ！ それに喋れるんなら犬をなんで攻
撃したのか。少なくともその一点は説明してもらわなきゃな」
那由にしても、もう少し話をしてみたい気がする。
ふと、隣を見ると並走する女性がなにやら物凄い難しい顔
をしている。
「どうか、したんですか？えーと‥‥‥」
「風見璃音よ。判ったの‥‥‥あの犬、と言うかその後ろに
いる者の正体が」
なおも追いかけながら、説明を求める高杉。
「狼の目撃証言、見えない何かの犬への攻撃、そして頭の中
に語り掛けて来る声‥‥‥体を変え、姿を消し、話し掛けて
くる霊格の狼。いわゆる大口の真神として各地に祭られてい
る神と同格の者、でほぼ間違いないと思う」
「狼の霊が、どうして犬を襲うんですか？」
走っている衝撃にずり下がる眼鏡を気にしつつ、那由が璃
音にそう、聞いてみる。
「狼の習性なのよ。縄張りの中の犬を攻撃するのは。それに
後一つ、理由があるわ。ニホンオオカミの直接の絶滅の原因
は文明開化で外国から連れられてきた犬のせいだから、かも
しれない」
そう、璃音が言い終えた瞬間！！
走り行く三人の頭の中に同時に声が響いてきた。
『そこまで判っているのなら、なぜに放って置いてくれない
のか、人間よ！』
目の前の藪の中から、柴犬‥‥‥いや、その姿は先程より
一回り以上も大きく、鋭い視線の狼となっていた。
『良いではないか。折角異国の地より戻って来れたのだ。昔
の恨みを晴らすぐらい。命まで奪った訳でもなし』
「おっ、確かに頭に響いてるな」
興味深げに高杉がそう呟く。そして、カメラを構えた。
「あ、あれ！？ シャッター降りない！！」
『悪いが写真など写されたくないのでな』
あからさまに残念そうな高杉を尻目に、那由は狼の前に歩
み出て行く。
「それは‥‥‥悲しいです。復讐は何も生まないと言うのに」
『人間にそれは言われたくないな。常に争い合っているでは
無いか』
そう言われて、思わず那由は黙り込んでしまう。だが、そ
んな那由から視線を移して狼は璃音の方をじっと見つめてい
るようだ。
しばらくして狼は見つめていた視線を外すと、ぺたんと座
り込んだ。
『もういい。少し暴れて気も晴れた。後は我等一族の血を引
くこの和犬の体をしばし借りて、この国の大地を走らせてく
れ。そうしたら、我が体に戻る』
「‥‥‥復讐は？」
『もう、いい。人とは争いたくないのだ』
狼がそう漏らした瞬間だった。璃音が那由に突然飛び掛っ
て来たのは。同時に轟音があたりに響き渡る。
「銃声っ！？」
高杉の声、そして彼が指差した先にはライフル銃を構えた
男の姿があった。
「うちのジロウを傷つけやがってぇっ！ どうだ、思い知っ
たかっ！？」
そう、叫ぶ男。だが、彼の眼に信じられない光景が写った。
弾丸が命中したはずの犬が無傷で走り寄ってくるではないか！
「いけないっ！」
期せずして、那由と璃音の声が重なる。
「うわああああああ！！」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ガブッッ！！！
『なぜだっ！？』
「もういい！ もういいよ‥‥‥終わったじゃない。復讐は」
璃音が飛び掛る狼とライフル男の間に身を滑り込ませ、襲
いくる狼の体を抱き止めたのだ。
その牙が肩口にめり込んでも、放す事無く抱きしめる璃音。
そして、那由はつかつかとライフルを持った男の前に行く
と、力一杯頬を打った。
「銃なんて、持ち出さないで！！」
遠くからサイレンの音がする。住宅街も近いこの山はもち
ろん禁猟区だ。
現実に戻った男は慌てて逃げ出そうとするが、そうは問屋
が降ろさない。あっという間に高杉に押さえ込まれてしまっ
た。
『その男の記憶だけはいただいていく。もうすぐ帰るから追っ
て来ないでくれないか？ 人間達よ』
璃音も那由も了承するが、男を押え付けたままの高杉だけ
がうーんと唸りこんでしまっていた。
「高杉さん、うんって言わないと記憶奪われちゃうんじゃな
いですか？」
「今の記憶だけじゃなくて生まれた時からの記憶全部抜かれ
たりして」
那由と璃音の台詞に思わず肩を竦める高杉。
「帰りに西海先生のとこ寄ってこう。記事は謎のカマイタチ、
白昼檜原村に現る？ だ。どうせ、記事が出る頃までには絶
滅動物展も終わる。それでいいだろ、狼さん？」
『ああ、構わない。もう会う事も無いとは思うが、世話になっ
た。さらばだ』
そう言って狼は山の中に消えていく。
楽しかったよ？ 狼さん。
那由は去り往く狼の背に、そう語りかけていた。
------＜エピローグ＞--------------------------------------
到着した警察に事情聴取されるも、男の所持していたライ
フルの番号の照会と、白王社への身元照会ですぐに開放され
る。
ご丁寧な事に記憶を抜いた後に、猟をして遊んでいたと別
な記憶も刷り込んでいったようだ。
その後、三人は白々しくも怪我した犬達を調べ、西海先生
にインタビューをして、檜原村を出る。
総てが終わった頃、夕闇があたりを包み始めていた。
どこからか遠吠えが聞こえてくる。
切なくも楽しげに………。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
哉木 那由 ／ 女 ／ ２３ ／ デザイナー
風見 璃音 ／ 女 ／１５０ ／ フリーター
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■ ライター通信 ■
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シナリオお買い上げくださいましてありがとうございます。
篠田足往〔しのだ あゆき〕です。
デザイナーという職業で、どう絡ませようか苦慮しました
が、まあこういう幹事となりました。
今年中に上げようと思いまして、受付を二人で終わったの
で、他のキャラは出てきません。お気づきかと思いますが、
高杉はＮＰＣです。
二人だけという事であまり共通部分の無い仕上がりとなり
ました。よろしければ、もう一編と合わせてご覧下さい。
それでは、またの御指名をお待ち申し上げております。
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