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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『少女はどこへ消えた』
●オープニング【0】
「今日入った依頼だ」
 どの依頼に手を付けようか思案していると、草間が1枚の書類を手渡した。右上にクリップで留められた写真が1枚付けられている。
 写真には絵画の作成途中だろうか、キャンバスに筆を走らせているセーラー服にエプロン姿というの少女が写っていた。腰まであるかという長く黒い髪に、ぱっちりとした大きな目。いわゆる美少女だった。
「彼女は山寺美雪、高2。彼女の足取りをつかむのが依頼内容で、依頼主は両親だ」
 草間は煙草に火を付け、煙をくゆらすと話を続けた。
「渋谷の『和田画廊』に絵画を見に行くと言って、そのまま姿を消した。これが3週間前。ところがだ、1週間前に彼女の友だちが原宿にある『第3堤マンション』に入ってゆく彼女を見かけたらしい。今の所の手がかりはこんなものだ。どうだ、少ないだろう?」
 そう言って草間はニヤリと笑った。
「より詳しい話を聞きたければ両親に会いに行けばいい。今の話で十分なら即座に調査に行けばいい。どちらにせよ、歩き回って聞き込むことは俺たちの仕事の基本だ……調査の行き着く先がどうあれ、な」

●占い師の目【3A】
「ええ、先週原宿で美雪を見かけました。ここしばらく学校休んでたのに、あんなとこに居るから『あれっ?』とは思ったんですけど」
 占い師エルトゥール・茉莉菜は、美雪を見かけたという友達の少女にその時の様子を尋ねに来ていた。ちなみに衣服は仕事時に近い、やや神秘的な装いであった。
「気になって後をつけてみたら、マンションに入っていって……はい、『第3堤マンション』です。間違いありません」
「どうしてそこで呼び止めなかったんですの?」
 疑問をぶつける茉莉菜。
「最初はその……本当に美雪本人か分かりませんでしたし。後をつけてみて、次第に確信に変わったんですけど、私も他の友達と約束してたものですから……つい」
 少女は申し訳なさそうに答えた。
「では、どうしてそれが確信に?」
「あの、それは袋を持っていたから……」
「袋?」
「ええ、クリーム色の布製のシンプルな物ですけど。外ポケットの下に赤で『MIYUKI』と刺繍が入っていたんです。ずっと前、美雪に聞いたら『自分で刺繍した』なんて言ってて……だから間違いないんじゃないかと」
「そうですか」
 茉莉菜はじっと少女の目を見つめた。目の奥から少女の感情が、ゆっくりと染み渡るように茉莉菜に伝わってくる。
(どうやら嘘を言っている訳ではなさそうですね)
 10数秒は見つめていただろうか。茉莉菜は小さく息を吐いた。
「……ところで、それ以外に何か気付いたことは?」
「えっと……言っていいのか分からないんですけど……」
 困った表情を浮かべる少女。少し思案してから、茉莉菜に話し出した。
「美雪の家、昔から両親の仲そんなによくないみたいで……最近ますますそれが酷くなったらしくて。よくこぼしてました。『絵の世界に行けたらいいのに』……何度かそう言って。近頃、前にも増して絵を描くようになったのも、そのせいじゃないかなって思うんです」
「絵の世界に……」
 茉莉菜は少女の言葉を繰り返した。両親の不仲ゆえの逃避の言葉なのか。それとも……?

●合流【4A】
 月下と茉莉菜が合流したのは、茉莉菜が話を聞き終わった五分後のことだった。
「どうだった、茉莉菜?」
 茉莉菜の顔を見るなり成果を尋ねる月下。
「どうやら本人で間違いなさそうですわ。月下さんの方は?」
「オイラの方は散々で……」
 月下は苦笑いしながら、山寺家での出来事を話した。
「想像以上の不仲ですのね」
 呆れる茉莉菜。そしてこちらでも不仲の話が出たことを月下に話した。
「茉莉菜、来なくてよかったよ」
「そのようですわね。そうそう、美雪さん気になる言葉を言っていたそうですわ。『絵の世界に行けたらいいのに』と」
「絵の世界に……?」
 月下は首を傾げた。果たしてどのような意味なのだろう。
「オイラよく分かんないけど、そんな方法あるの?」
「さあ? どうですかしら。『絵の世界に行く』……この響きはファンタジックですけれど、実際はどのようなことかも分かりませんもの」
「だね。それで茉莉菜どうする? マンションでまどかと落ち合う約束なんだけど……行く?」
「行くしかありませんでしょう? 最後に美雪さんが目撃された場所なんですから」
 くすりと茉莉菜が笑った。

●点から線へ【6】
 原宿・竹下通りから南東方向に約160メートル。そこに『第3堤マンション』はあった。ベージュ色の壁で7階建て。外観からは怪しさの微塵も感じられない。もっともそれが隠れ蓑になっているのかもしれないが。
「草間の旦那、いったい何人に仕事回しやがったんだ?」
 集まった面々を見回して十三がぼやいた。
 順序よく説明しよう。まず月下と茉莉菜が最初にやってきて、マンション住人に聞き込みを行っていた。次いで十三がそんな2人を見つけ、そこに集とまどかが連れ立ってやってきた、という訳だ。結局この仕事は総勢5名に回されていたのだ。
「……いい加減な方ですわね、相変わらず」
 前髪を掻き揚げ茉莉菜が言った。
「そんなことよりも、聞き込みしませんか?」
 まどかが皆に提案した。が、月下がニカッと笑ってそれに答えた。
「オイラ達、早く着いたからもう聞き込みしたよ。何でもここの4階に中高生くらいの女の子達が出入りしてたって。その中に、彼女が居たかまでは分からなかったけど……。でも、同じ階に住んでる人の話だったから、信用できると思うな」
「女の子達ですか。すると彼女以外にも誰かが……?」
 顎に手をやり考える集。月下の後を受け、茉莉菜が話を続けた。
「女の子達、一番奥の部屋に出入りしてたようですわね。当然その部屋に住んでいる方がどのような方かも聞きましたわよ。あまり記憶にないようでしたけど、全身黒ずくめのスーツの方で……」
「何だとぉっ!」
 突然十三が大声を上げた。同様に集とまどかの表情も強張った。
「……そいつ、消えた娘と画廊から一緒に出ていった画商と同じ格好じゃねえか!!」
 断片的な情報が繋がった瞬間だった。まさか一緒に居るのか……? 一同は急いでエレベーターに向かった――。

●ドアの向こうに【7】
 一同は4階でエレベーターを降りると、小走りに一番奥の部屋、409号室へ向かった。表札のあるべき場所には何も書かれてはいない。呼び鈴を何度押しても反応がない。
「ダメだ、鍵かかってるよ」
 ドアノブをガチャガチャとしながら、月下は首を横に振った。それを聞いて集が前に出ようとしたが、その前に十三が動いた。
「どけ! かなり前に中で習った技だから通用するかどうか分からねぇが……」
 十三はポケットから針金を取り出すと何やらいじくり、鍵穴にそれを突っ込んだ。ピッキングだ。
「……どこでそんな技を?」
 好奇心からか十三に尋ねるまどか。十三は指先を動かしながらぶっきらぼうに答えた。
「坊主よぉ、おめぇさんの何倍生きてると思ってんだ? 生きてりゃ色々あらぁな。くだらねえこと聞いてんじゃねえ!」
「あっ、すみません……」
 十三の言葉にまどかは萎縮した。
(月下、嫌な予感がする。早くした方がよさそうだ……)
 月下の頭の中に声が響く。守護霊の白虎セロムの声だ。もちろん他の者には聞こえはしない。
「分かってるよ。オイラもそう思う……」
 小声でつぶやく月下。一瞬不思議そうにまどかが月下の顔を覗き込んだ。
「開いたぞ!」
 確かな手応えを感じ、十三が叫んだ。即座にドアノブを回し、一斉に室内へ雪崩れ込んだ。

●絵の世界【8】
 靴を脱ぐのももどかしく、室内に上がり込む一同。ひんやりとした空気が皆を包んだ。
「うっ……」
 入ってすぐ口元を手で押さえ、顔を顰めるまどか。
(画廊で感じたのと同じ……違う、より酷くなってる!)
 まどかは室内に漂う異様な感情の残り香に圧倒されていた。
「どうした? 大丈夫か?」
 様子のおかしいまどかを気遣う集。まどかは大きく深呼吸をしてから、大丈夫というポーズをとった。
「大変だ! こっち来てよ!」
 一目散に奥の部屋へ向かっていた月下が叫んでいた。その声に他の四人も奥の部屋に向かう。
「何が……っ!」
 茉莉菜は奥の部屋に入るなり、息を飲みその場に立ち尽くした。
 油絵の具の匂いが漂うその部屋には、所狭しとキャンバスが置かれていた。そして今描いているであろう絵画の前に、1人の少女が居た。顔を見ればすぐに分かる、美雪だ。右手には絵筆を持ち、左手は――キャンバスの中へ入り込んでいた。その瞳には光は宿っているのかどうかも怪しく、ただ虚ろだった。
(絵の世界へ……!?)
 茉莉菜は美雪の友達から聞き込んだ言葉を思い出していた。
「何してる! 助け出すんだ!」
 後ろから集が怒鳴った。呆然としていた者もはっと我に返り、美雪の左手を引っ張り出そうと試みる。しかし引っ張り出すことは難しく、それどころかますますキャンバスに腕が入り込む始末だった。
「どうしよう……! このままじゃ、全身が!」
 大きく頭を振る月下。万事休す、ほぼ全員がそう思った瞬間だった。十三がキャンバスにパレットナイフを突き刺したのは。
「こなくそ!」
 そのまま力任せにキャンバスを切り裂く十三。それを見て集が叫んだ。
「今だ!」
 一斉に美雪の身体を引っ張る。すると、するするとキャンバスから腕が抜け、勢い余って床に倒れ込んでしまった。
「……絵が絵でなくなれば、か」
 集はぼそっとつぶやき十三を見た。何を言う訳でもなく、十三はニヤリと笑っていた。
「救急車を……」
 集は懐から携帯を取り出しボタンを押そうとした。が、その指が不意に止まってしまった。
「……まさか……!」
 愕然とした表情を見せる集。視線の先、そこには完成した一枚の絵画があった。見知らぬ少女がにこやかに微笑み、皆を見つめている。もしや、この絵画の少女も――。

【少女はどこへ消えた 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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  【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
  【 エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな) / 女 / 26 / 占い師 】
  【 王優・月下(おうゆう・げっか) / 女 / 16 / 学生 】
  【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
  【 御堂・まどか(みどう・まどか) / 男 / 15 / 学生 】
  【 夕霧・集(ゆうぎり・つどい) / 男 / 24 / 弁護士 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記していますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていない方も居ます。
・なお、本依頼の文章は全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・本文中では記しませんでしたが、気になる方も居られるでしょうから、少し補足を。山寺美雪ですが、救出後病院に搬送されました。多少衰弱が見られたものの、快方に向かっています。どうぞご安心を。
・ですがこの1ヶ月程度の記憶がほぼ失われており、結局詳細は分からないままです。当然ながら、黒ずくめの男の正体も不明です。もっとも今回の目的は美雪の足取りをつかむことでしたから、仕事成功ではあります。おめでとうございます。
・謎を色々と残した事件ですが、これで全部終わったのかどうかは……? いずれ高原担当の別依頼から、その謎に再び関わることもあるかもしれません。
・エルトゥール・茉莉菜さん、いいプレイングをありがとうございました。上手く行き先を絞り込んでいたと思います。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。