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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『少女はどこへ消えた』
●オープニング【0】
「今日入った依頼だ」
 どの依頼に手を付けようか思案していると、草間が1枚の書類を手渡した。右上にクリップで留められた写真が1枚付けられている。
 写真には絵画の作成途中だろうか、キャンバスに筆を走らせているセーラー服にエプロン姿というの少女が写っていた。腰まであるかという長く黒い髪に、ぱっちりとした大きな目。いわゆる美少女だった。
「彼女は山寺美雪、高2。彼女の足取りをつかむのが依頼内容で、依頼主は両親だ」
 草間は煙草に火を付け、煙をくゆらすと話を続けた。
「渋谷の『和田画廊』に絵画を見に行くと言って、そのまま姿を消した。これが3週間前。ところがだ、1週間前に彼女の友だちが原宿にある『第3堤マンション』に入ってゆく彼女を見かけたらしい。今の所の手がかりはこんなものだ。どうだ、少ないだろう?」
 そう言って草間はニヤリと笑った。
「より詳しい話を聞きたければ両親に会いに行けばいい。今の話で十分なら即座に調査に行けばいい。どちらにせよ、歩き回って聞き込むことは俺たちの仕事の基本だ……調査の行き着く先がどうあれ、な」

●老紳士(?)、画廊へ向かう【3B】
(完璧だねぇ、我ながら)
 背丈の低いがっしりした初老の男が、ショーウィンドーに写った自分の姿を見ていた。三つ揃いスーツに身を包み、腕には金の――メッキだが――時計。ぱっと見た雰囲気では『小金持ちな老紳士』と言えなくもない。
(さてさて、何が出てくるか……楽しみだねぇ)
 自称情報屋の渡橋十三は、ニヤリとその装いには似つかわしくない笑みを浮かべると、ここからそう離れていない『和田画廊』へ向かった。
(ああいう清楚な娘なんてのが、援交なんざバンバンやってたりするんだが……ま、やってようがやってまいが、俺に言わせりゃ世間知らずのお嬢ちゃんだねぇ。どうせあれだ、絵のモデルでも頼まれて気軽に引き受けて、そのまんま……ってとこじゃねえか? へっ……今頃香港行きの船の中かもねぇ)
 頭の中ではそんなことを考えながらも、『小金持ちな老紳士』として振る舞うことは忘れていなかった。

●絵画の中に、少女が一人【4B】
 画廊のドアをくぐり中に入る十三。まずはゆっくりと見回してみる。大きな画廊ではなく、広さは中の下という所か。しかし広さよりも、妙なことに十三は気が付いた。
(何だぁ? ここの絵……)
 画廊だから当然壁には様々な絵画がかけられている。個展やら特別展でも開かれていない限り、作者も別だ。だがここの絵画には奇妙な共通点があった。風景画に静物画や人物画等、題材は異なっているのだが、不思議なことにどの絵画にも必ず少女が一人描かれていたのだ。例外なく。
「何かお探しですか?」
 画廊の店員なのだろう、スーツに身を包んだ20代の女性が十三に話しかける。
「いやぁ、なかなかいい絵を揃えてますなぁ〜」
(どこがいい絵だってんだ。単に適当に塗りたくってるだけだろぉ?)
 そんなことは全く思っていないのだが、情報収集のためとりあえず絵画を褒める十三。女性も笑顔で頷いた。
「え〜、是非〜うちの孫娘を描いて欲しいと思うんぢゃが〜……どうぢゃろうなぁ?」
「相すみません。うちの画廊ではそういう方は居ないんですよ」
 そう言って女性は頭を下げた。
「は? こんなに沢山の絵があるんぢゃから、1人くらいは心当りがあるぢゃろう?」
「いえ、それが……」
 女性が説明を始めた。何でもこの画廊、他にも会社を経営している社長の趣味で始まったようなもので、画家を抱えている訳ではなく、他の画商が社長が気に入りそうな絵画を売りに来るのだそうだ。そこで気に入った絵画を購入して、こうして飾っていると。つまり、商売気はあまりないのだそうだ。
「ほぉ……社長さんの趣味ぢゃから、少女が描かれた絵ばかりなんですかなぁ」
(けっ、『そういう趣味』かい……!)
 十三は心の中で舌打ちした。
「ええ。ですけど、今あるのは全て同じ画商さんが持って来られたんですよ」
「……何ぢゃと? 悪いがその画商のことを教えてもらえんかねぇ」
「全身黒ずくめのスーツを着ている方で……あら、何てお名前だったかしら……」
 何とか思い出そうと首を傾げる女性。だが女性はその画商の名前を思い出すことができなかった。それどころか、十三が顔や体格を尋ねても満足に答えられなかったのだ。
(まさか認識錯乱能力かぁ? 俺の同類が居たとはねぇ……)
 十三は忌々しく思った。自分が使うと重宝するこの能力も、他人が使っていると腹立たしいことこの上ない。
「……そう言えば3週程前に来られた時、よく見えられるお嬢様と一緒に出て行かれたような。親しげに話しておられましたから、ひょっとするとその方ならお分かりかも」
 十三はその言葉を聞き逃さなかった。
「それはどちらのお嬢さんですかな」
「確か山寺……山寺美雪様と」
(……へっ、ようやく繋がりやがったか)
 正体こそ分からないものの、美雪の失踪にその画商が絡んでいる可能性は高いと十三には思えた。

●点から線へ【6】
 原宿・竹下通りから南東方向に約160メートル。そこに『第3堤マンション』はあった。ベージュ色の壁で7階建て。外観からは怪しさの微塵も感じられない。もっともそれが隠れ蓑になっているのかもしれないが。
「草間の旦那、いったい何人に仕事回しやがったんだ?」
 集まった面々を見回して十三がぼやいた。
 順序よく説明しよう。まず月下と茉莉菜が最初にやってきて、マンション住人に聞き込みを行っていた。次いで十三がそんな2人を見つけ、そこに集とまどかが連れ立ってやってきた、という訳だ。結局この仕事は総勢5名に回されていたのだ。
「……いい加減な方ですわね、相変わらず」
 前髪を掻き揚げ茉莉菜が言った。
「そんなことよりも、聞き込みしませんか?」
 まどかが皆に提案した。が、月下がニカッと笑ってそれに答えた。
「オイラ達、早く着いたからもう聞き込みしたよ。何でもここの4階に中高生くらいの女の子達が出入りしてたって。その中に、彼女が居たかまでは分からなかったけど……。でも、同じ階に住んでる人の話だったから、信用できると思うな」
「女の子達ですか。すると彼女以外にも誰かが……?」
 顎に手をやり考える集。月下の後を受け、茉莉菜が話を続けた。
「女の子達、一番奥の部屋に出入りしてたようですわね。当然その部屋に住んでいる方がどのような方かも聞きましたわよ。あまり記憶にないようでしたけど、全身黒ずくめのスーツの方で……」
「何だとぉっ!」
 突然十三が大声を上げた。同様に集とまどかの表情も強張った。
「……そいつ、消えた娘と画廊から一緒に出ていった画商と同じ格好じゃねえか!!」
 断片的な情報が繋がった瞬間だった。まさか一緒に居るのか……? 一同は急いでエレベーターに向かった――。

●ドアの向こうに【7】
 一同は4階でエレベーターを降りると、小走りに一番奥の部屋、409号室へ向かった。表札のあるべき場所には何も書かれてはいない。呼び鈴を何度押しても反応がない。
「ダメだ、鍵かかってるよ」
 ドアノブをガチャガチャとしながら、月下は首を横に振った。それを聞いて集が前に出ようとしたが、その前に十三が動いた。
「どけ! かなり前に中で習った技だから通用するかどうか分からねぇが……」
 十三はポケットから針金を取り出すと何やらいじくり、鍵穴にそれを突っ込んだ。ピッキングだ。
「……どこでそんな技を?」
 好奇心からか十三に尋ねるまどか。十三は指先を動かしながらぶっきらぼうに答えた。
「坊主よぉ、おめぇさんの何倍生きてると思ってんだ? 生きてりゃ色々あらぁな。くだらねえこと聞いてんじゃねえ!」
「あっ、すみません……」
 十三の言葉にまどかは萎縮した。
(月下、嫌な予感がする。早くした方がよさそうだ……)
 月下の頭の中に声が響く。守護霊の白虎セロムの声だ。もちろん他の者には聞こえはしない。
「分かってるよ。オイラもそう思う……」
 小声でつぶやく月下。一瞬不思議そうにまどかが月下の顔を覗き込んだ。
「開いたぞ!」
 確かな手応えを感じ、十三が叫んだ。即座にドアノブを回し、一斉に室内へ雪崩れ込んだ。

●絵の世界【8】
 靴を脱ぐのももどかしく、室内に上がり込む一同。ひんやりとした空気が皆を包んだ。
「うっ……」
 入ってすぐ口元を手で押さえ、顔を顰めるまどか。
(画廊で感じたのと同じ……違う、より酷くなってる!)
 まどかは室内に漂う異様な感情の残り香に圧倒されていた。
「どうした? 大丈夫か?」
 様子のおかしいまどかを気遣う集。まどかは大きく深呼吸をしてから、大丈夫というポーズをとった。
「大変だ! こっち来てよ!」
 一目散に奥の部屋へ向かっていた月下が叫んでいた。その声に他の四人も奥の部屋に向かう。
「何が……っ!」
 茉莉菜は奥の部屋に入るなり、息を飲みその場に立ち尽くした。
 油絵の具の匂いが漂うその部屋には、所狭しとキャンバスが置かれていた。そして今描いているであろう絵画の前に、1人の少女が居た。顔を見ればすぐに分かる、美雪だ。右手には絵筆を持ち、左手は――キャンバスの中へ入り込んでいた。その瞳には光は宿っているのかどうかも怪しく、ただ虚ろだった。
(絵の世界へ……!?)
 茉莉菜は美雪の友達から聞き込んだ言葉を思い出していた。
「何してる! 助け出すんだ!」
 後ろから集が怒鳴った。呆然としていた者もはっと我に返り、美雪の左手を引っ張り出そうと試みる。しかし引っ張り出すことは難しく、それどころかますますキャンバスに腕が入り込む始末だった。
「どうしよう……! このままじゃ、全身が!」
 大きく頭を振る月下。万事休す、ほぼ全員がそう思った瞬間だった。十三がキャンバスにパレットナイフを突き刺したのは。
「こなくそ!」
 そのまま力任せにキャンバスを切り裂く十三。それを見て集が叫んだ。
「今だ!」
 一斉に美雪の身体を引っ張る。すると、するするとキャンバスから腕が抜け、勢い余って床に倒れ込んでしまった。
「……絵が絵でなくなれば、か」
 集はぼそっとつぶやき十三を見た。何を言う訳でもなく、十三はニヤリと笑っていた。
「救急車を……」
 集は懐から携帯を取り出しボタンを押そうとした。が、その指が不意に止まってしまった。
「……まさか……!」
 愕然とした表情を見せる集。視線の先、そこには完成した一枚の絵画があった。見知らぬ少女がにこやかに微笑み、皆を見つめている。もしや、この絵画の少女も――。

【少女はどこへ消えた 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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  【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
  【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
  【 エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな) / 女 / 26 / 占い師 】
  【 御堂・まどか(みどう・まどか) / 男 / 15 / 学生 】
  【 王優・月下(おうゆう・げっか) / 女 / 16 / 学生 】
  【 夕霧・集(ゆうぎり・つどい) / 男 / 24 / 弁護士 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記していますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていない方も居ます。
・なお、本依頼の文章は全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・本文中では記しませんでしたが、気になる方も居られるでしょうから、少し補足を。山寺美雪ですが、救出後病院に搬送されました。多少衰弱が見られたものの、快方に向かっています。どうぞご安心を。
・ですがこの1ヶ月程度の記憶がほぼ失われており、結局詳細は分からないままです。当然ながら、黒ずくめの男の正体も不明です。もっとも今回の目的は美雪の足取りをつかむことでしたから、仕事成功ではあります。おめでとうございます。
・謎を色々と残した事件ですが、これで全部終わったのかどうかは……? いずれ高原担当の別依頼から、その謎に再び関わることもあるかもしれません。
・渡橋十三さん、プレイング楽しく読ませていただきました。何気に今回、隠れヒーローです。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。