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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『少女はどこへ消えた』
●オープニング【0】
「今日入った依頼だ」
 どの依頼に手を付けようか思案していると、草間が1枚の書類を手渡した。右上にクリップで留められた写真が1枚付けられている。
 写真には絵画の作成途中だろうか、キャンバスに筆を走らせているセーラー服にエプロン姿というの少女が写っていた。腰まであるかという長く黒い髪に、ぱっちりとした大きな目。いわゆる美少女だった。
「彼女は山寺美雪、高2。彼女の足取りをつかむのが依頼内容で、依頼主は両親だ」
 草間は煙草に火を付け、煙をくゆらすと話を続けた。
「渋谷の『和田画廊』に絵画を見に行くと言って、そのまま姿を消した。これが3週間前。ところがだ、1週間前に彼女の友だちが原宿にある『第3堤マンション』に入ってゆく彼女を見かけたらしい。今の所の手がかりはこんなものだ。どうだ、少ないだろう?」
 そう言って草間はニヤリと笑った。
「より詳しい話を聞きたければ両親に会いに行けばいい。今の話で十分なら即座に調査に行けばいい。どちらにせよ、歩き回って聞き込むことは俺たちの仕事の基本だ……調査の行き着く先がどうあれ、な」

●辟易【1】
 ややぐったりとした様子で住宅街を歩く、高校生くらいの男女1組が居た。背丈は似たようなものか。だが別にカップルという訳でもなさそうだ。少女の緑色の髪がやや目立つ程度で。
「参りましたね」
 溜息混じりに細身の少年、御堂まどかがつぶやいた。
「オイラも参ったよ」
 うんざりを通り越し、嫌気がさすといった表情で小柄な少女、王優月下もまどかの言葉に頷く。
 2人は失踪した少女、山寺美雪の足取りをつかむため、美雪の友達と偽り、まずは依頼人である両親に会いに行ったのだが。
「まさか、目の前で夫婦喧嘩始めるなんて……」
 大きく溜息を吐くまどか。詳しい事情を聞くどころの話ではなく、その場から上手く逃げ出すのが精一杯だった。
 結局分かったのは、美雪が昔から絵を描くことが好きで、最近はますますそれに没頭していたこと。そして両親の不仲。
「あんな両親じゃ、彼女じゃなくても家出したくなるって」
 むすっとして月下が言った。何せ両親からは美雪を気遣うような言葉はほとんど聞かれず、自分達の体面ばかり心配していたのだから。
「まだ家出と決まった訳じゃありませんけどね。情報が足りませんし」
「だよねえ」
 情報不足を改めて認識した2人は、一旦別れて情報を集め、後程『第3堤マンション』で落ち合うことを約束した。

●白虎【2A】
「セロム、そっちはどうだい?」
 まどかの姿が見えなくなってから、月下は小声でつぶやいた。
(……ダメだな。あいつらの守護霊もあれには呆れてやがる。得られた情報も、お前とたいして変わりゃしない。他に分かったのは、娘の背後霊が失踪直前に必死に助けを求めてたということか)
 月下の頭の中に太い声が響いた。もちろんそばには誰も居ない。しかし、とある能力を持つ者なら見えたことだろう。月下の背後に、白虎の凛々しき姿があるのを。人はこれを守護霊と呼ぶ――。
「そっか……」
 がっくりと肩を落とす月下。無駄足を踏んだのかもしれない、そう思い始めた時セロムが月下を呼んだ。
(月下、そう落ち込むな。お前らしくないぞ)
「あんなの見るとさ……実の親で、ああなんだね。だったらオイラの……」
(月下!)
 セロムが月下の言葉を制した。
(お前には俺が居るだろう)
「……だね。ごめん、セロム。次行こう……茉莉菜が彼女の友達に聞き込んでるはずだから」

●合流【4A】
 月下と茉莉菜が合流したのは、茉莉菜が話を聞き終わった五分後のことだった。
「どうだった、茉莉菜?」
 茉莉菜の顔を見るなり成果を尋ねる月下。
「どうやら本人で間違いなさそうですわ。月下さんの方は?」
「オイラの方は散々で……」
 月下は苦笑いしながら、山寺家での出来事を話した。
「想像以上の不仲ですのね」
 呆れる茉莉菜。そしてこちらでも不仲の話が出たことを月下に話した。
「茉莉菜、来なくてよかったよ」
「そのようですわね。そうそう、美雪さん気になる言葉を言っていたそうですわ。『絵の世界に行けたらいいのに』と」
「絵の世界に……?」
 月下は首を傾げた。果たしてどのような意味なのだろう。
「オイラよく分かんないけど、そんな方法あるの?」
「さあ? どうですかしら。『絵の世界に行く』……この響きはファンタジックですけれど、実際はどのようなことかも分かりませんもの」
「だね。それで茉莉菜どうする? マンションでまどかと落ち合う約束なんだけど……行く?」
「行くしかありませんでしょう? 最後に美雪さんが目撃された場所なんですから」
 くすりと茉莉菜が笑った。

●点から線へ【6】
 原宿・竹下通りから南東方向に約160メートル。そこに『第3堤マンション』はあった。ベージュ色の壁で7階建て。外観からは怪しさの微塵も感じられない。もっともそれが隠れ蓑になっているのかもしれないが。
「草間の旦那、いったい何人に仕事回しやがったんだ?」
 集まった面々を見回して十三がぼやいた。
 順序よく説明しよう。まず月下と茉莉菜が最初にやってきて、マンション住人に聞き込みを行っていた。次いで十三がそんな2人を見つけ、そこに集とまどかが連れ立ってやってきた、という訳だ。結局この仕事は総勢5名に回されていたのだ。
「……いい加減な方ですわね、相変わらず」
 前髪を掻き揚げ茉莉菜が言った。
「そんなことよりも、聞き込みしませんか?」
 まどかが皆に提案した。が、月下がニカッと笑ってそれに答えた。
「オイラ達、早く着いたからもう聞き込みしたよ。何でもここの4階に中高生くらいの女の子達が出入りしてたって。その中に、彼女が居たかまでは分からなかったけど……。でも、同じ階に住んでる人の話だったから、信用できると思うな」
「女の子達ですか。すると彼女以外にも誰かが……?」
 顎に手をやり考える集。月下の後を受け、茉莉菜が話を続けた。
「女の子達、一番奥の部屋に出入りしてたようですわね。当然その部屋に住んでいる方がどのような方かも聞きましたわよ。あまり記憶にないようでしたけど、全身黒ずくめのスーツの方で……」
「何だとぉっ!」
 突然十三が大声を上げた。同様に集とまどかの表情も強張った。
「……そいつ、消えた娘と画廊から一緒に出ていった画商と同じ格好じゃねえか!!」
 断片的な情報が繋がった瞬間だった。まさか一緒に居るのか……? 一同は急いでエレベーターに向かった――。

●ドアの向こうに【7】
 一同は4階でエレベーターを降りると、小走りに一番奥の部屋、409号室へ向かった。表札のあるべき場所には何も書かれてはいない。呼び鈴を何度押しても反応がない。
「ダメだ、鍵かかってるよ」
 ドアノブをガチャガチャとしながら、月下は首を横に振った。それを聞いて集が前に出ようとしたが、その前に十三が動いた。
「どけ! かなり前に中で習った技だから通用するかどうか分からねぇが……」
 十三はポケットから針金を取り出すと何やらいじくり、鍵穴にそれを突っ込んだ。ピッキングだ。
「……どこでそんな技を?」
 好奇心からか十三に尋ねるまどか。十三は指先を動かしながらぶっきらぼうに答えた。
「坊主よぉ、おめぇさんの何倍生きてると思ってんだ? 生きてりゃ色々あらぁな。くだらねえこと聞いてんじゃねえ!」
「あっ、すみません……」
 十三の言葉にまどかは萎縮した。
(月下、嫌な予感がする。早くした方がよさそうだ……)
 月下の頭の中に声が響く。守護霊の白虎セロムの声だ。もちろん他の者には聞こえはしない。
「分かってるよ。オイラもそう思う……」
 小声でつぶやく月下。一瞬不思議そうにまどかが月下の顔を覗き込んだ。
「開いたぞ!」
 確かな手応えを感じ、十三が叫んだ。即座にドアノブを回し、一斉に室内へ雪崩れ込んだ。

●絵の世界【8】
 靴を脱ぐのももどかしく、室内に上がり込む一同。ひんやりとした空気が皆を包んだ。
「うっ……」
 入ってすぐ口元を手で押さえ、顔を顰めるまどか。
(画廊で感じたのと同じ……違う、より酷くなってる!)
 まどかは室内に漂う異様な感情の残り香に圧倒されていた。
「どうした? 大丈夫か?」
 様子のおかしいまどかを気遣う集。まどかは大きく深呼吸をしてから、大丈夫というポーズをとった。
「大変だ! こっち来てよ!」
 一目散に奥の部屋へ向かっていた月下が叫んでいた。その声に他の四人も奥の部屋に向かう。
「何が……っ!」
 茉莉菜は奥の部屋に入るなり、息を飲みその場に立ち尽くした。
 油絵の具の匂いが漂うその部屋には、所狭しとキャンバスが置かれていた。そして今描いているであろう絵画の前に、1人の少女が居た。顔を見ればすぐに分かる、美雪だ。右手には絵筆を持ち、左手は――キャンバスの中へ入り込んでいた。その瞳には光は宿っているのかどうかも怪しく、ただ虚ろだった。
(絵の世界へ……!?)
 茉莉菜は美雪の友達から聞き込んだ言葉を思い出していた。
「何してる! 助け出すんだ!」
 後ろから集が怒鳴った。呆然としていた者もはっと我に返り、美雪の左手を引っ張り出そうと試みる。しかし引っ張り出すことは難しく、それどころかますますキャンバスに腕が入り込む始末だった。
「どうしよう……! このままじゃ、全身が!」
 大きく頭を振る月下。万事休す、ほぼ全員がそう思った瞬間だった。十三がキャンバスにパレットナイフを突き刺したのは。
「こなくそ!」
 そのまま力任せにキャンバスを切り裂く十三。それを見て集が叫んだ。
「今だ!」
 一斉に美雪の身体を引っ張る。すると、するするとキャンバスから腕が抜け、勢い余って床に倒れ込んでしまった。
「……絵が絵でなくなれば、か」
 集はぼそっとつぶやき十三を見た。何を言う訳でもなく、十三はニヤリと笑っていた。
「救急車を……」
 集は懐から携帯を取り出しボタンを押そうとした。が、その指が不意に止まってしまった。
「……まさか……!」
 愕然とした表情を見せる集。視線の先、そこには完成した一枚の絵画があった。見知らぬ少女がにこやかに微笑み、皆を見つめている。もしや、この絵画の少女も――。

【少女はどこへ消えた 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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  【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
  【 王優・月下(おうゆう・げっか) / 女 / 16 / 学生 】
  【 御堂・まどか(みどう・まどか) / 男 / 15 / 学生 】
  【 エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな) / 女 / 26 / 占い師 】
  【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
  【 夕霧・集(ゆうぎり・つどい) / 男 / 24 / 弁護士 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記していますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていない方も居ます。
・なお、本依頼の文章は全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・本文中では記しませんでしたが、気になる方も居られるでしょうから、少し補足を。山寺美雪ですが、救出後病院に搬送されました。多少衰弱が見られたものの、快方に向かっています。どうぞご安心を。
・ですがこの1ヶ月程度の記憶がほぼ失われており、結局詳細は分からないままです。当然ながら、黒ずくめの男の正体も不明です。もっとも今回の目的は美雪の足取りをつかむことでしたから、仕事成功ではあります。おめでとうございます。
・謎を色々と残した事件ですが、これで全部終わったのかどうかは……? いずれ高原担当の別依頼から、その謎に再び関わることもあるかもしれません。
・王優月下さん、セロムの描写があなたのイメージに合っているかどうかが心配です。いかがでしたか?
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。