コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【地下街のエンジェル様】

《オープニング》------------------------------------------------------
 はじまりはよくある噂だった。
「知ってる? 駅の地下街を夜中に歩いてるとね、声が聞こえるんだって……」
 コツコツと自分の足音だけが響く静けさの中で、その場にいるはずのない誰かの声がひっそりと囁きかける。そんな、夜遅く人気の絶えて閑散とした地下街を一人で歩く心細さが生んだ、たわいもない怪談のひとつ。すぐに飽きられて忘れられてしまう話……そのはずだった。
「地下鉄にいるのはエンジェルさまなのよ」
 誰が最初にそう言ったのか。
「呼び出したエンジェルさまに連れて行かれちゃった子が、もう自分もエンジェルさまなんだってことに気づかないで寂しくて一緒にいてくれる友達を呼んでるの」
 エンジェルさまを呼び出すおまじない、少し前に流行った遊びを覚えていた少女たちの中で、噂は次第に広まっていく。
 そして、彼女はいなくなった。
「私、エンジェルさまに連れていかれた子を知ってるの」
 親友の携帯には残された留守録のメッセージ。
「お願いです、恭子を探してください!」
----------------------------------------------------------------------

 草間興信所近くの喫茶店で、王優月下は行方不明になった女子高生、橋爪恭子の友人である香川由香と向かい合っていた。
 恭子を助けたいと思った月下がまず思いついたのは、恭子が最後に連絡を入れたという友達に会うこと。その友達こそ、香川だった。
「さっそくなんだけど、恭子ちゃんエンジェル様が誰か知ってるって言った理由とか、なにか気がついたこと教えてくれないかなあ?」
 そう月下が切り出した瞬間、香川は両目に涙が浮かべて泣きじゃくりはじめた。
「悪いのは、恭子だけじゃないの……」
 しゃくりあげながら、辛うじてそれだけ言葉にする香川に、月下は困ったように視線を横に向ける。そこには特別な力を持った人間にしかみえない白虎がいた。
(あまり色々なことに首をつっこむと、大怪我をするぞ)
 白虎の名はセロム。五歳の時からずっと一緒にいる月下の大切な守護霊だ。
「でも、きっと恭子ちゃんの守護霊さんは泣いてるよ。絶対助けてあげなきゃ」
 赤い瞳でセロムを見上げ、月下は香川に聞こえないように小声できっぱり言う。
(……向こうの守護霊が何か話したがっているようだな)
 やれやれとため息をついて、セロムは月下に注意うながす。それに従って、月下は意識を集中した。
 月下が見ることができる守護霊は、セロムだけではない。しかし、セロムと違って、他人の守護霊との意志の疎通は困難なことが多く、特に今は香川が心を閉ざしているのか、漠然としたイメージしか伝わってこない。
 中学生くらいの女の子たちが、机を囲んでいる風景がノイズ混じりに見えた。
「えっと、エンジェル様をしてるところ?」
 思わず呟いた言葉に、香川がはっと顔をあげた。
「あの子のこと、知ってるの……?」
 しばしの逡巡の後、香川はぽつりぽつりと話を始めた。

「うー、やな事件だなあ。オイラ、こういうのすごく苦手だ」
 まだ少し赤い目をこすって、月下は唇を尖らせて地下街を歩く。
(いじめの被害者が自殺した地下街で、加害者の一人が行方不明か……)
 中学生の頃、橋爪恭子を中心としたグループがいじめていた少女が、学校からの帰り道にいつも通る地下街で手首を切った。少女は病院に運ばれたが結局助からなかった。それなりに名門として通った私立の学校も体面を気にした大人たちも、事件を大きくしたがらず、恭子が放校になることで事件は事件にならずに忘れられるという決着を迎えた。
 香川が話したことの顛末は、そういうことだった。
 話を聞いているうちに涙が止まらなくなった月下は、矢も楯もたまらずこうしてその地下街を歩いているのだった。
 ふと寒気に似たものを覚え顔をあげると、正面から精悍な顔立ちの男と、穏やかな雰囲気の女性の二人連れが歩いてくるのに気づく。いつのまにか地下街からは不自然なほど人の気配が絶えて、月下とその二人しか人間がいないように感じられるほどだった。
「恭子か!?」
 不意に中年の男、陣内十蔵が誰何の声をあげた。
「ええと、おじさんたちも恭子ちゃんを探してるの?」
 笑顔を浮かべ、月下は淡い緑色をした髪を揺らして首を傾げる。
「あなたは恭子さんの友達?」
 不審な思いをおさえ、杜こだまが慎重に口を開く。
「ううん、まだ友達じゃないよ。でも、オイラも恭子ちゃんを探してるんだよ」
 首を振って月下は警戒する様子も見せず、十蔵とこだまに近づく。何より信頼するセロム、守護霊である白虎が彼らは味方だと告げるのだから、月下に迷う理由はない。
「協力しようよ。その方が、きっと恭子ちゃんも見つかると思うな」
 十蔵とこだまは逡巡するような視線を交わす。
「……まあ、帰れって言って帰るタイプには見えねえな。ただしヤバそうな雰囲気になったら、俺の後ろでもなんでもしっかり隠れろよ」
 ぶっきらぼうだが気遣いが見え隠れする十蔵の言葉に、月下は嬉しそうにうなずく。
 不意に、こだまが厳しい顔つきで注意をうながすように片手をあげた。
「また、さっきの気配がするわ。私たちのことを探ってるみたい」
「それって、恭子ちゃんのお友達じゃないかなあ」
 あたりを見回しながら月下は眉をしかめる。
「二年前に、恭子ちゃんの友達だった子が、地下街で自殺しようとしたらしいんだ。病院に運ばれたけど、結局助からなかったって……」
 先をうながすような十蔵とこだまの視線に、月下は沈痛な表情で言葉を続けた。
「それじゃ、まさか、エンジェル様をしてる声ってのは……っ!」
 十蔵は言いかけた言葉を飲み込み、はっと顔をあげる。
『エンジェルさま、エンジェルさま、どうかいらっしゃってください』
 囁くような少女の声が地下街に響いた。
 気配がうずまき、人の形をつくるのがこだまの目にはしっかりと見える。悲しみと寂しさに縁取られた闇色の輪郭が、目の前の壁にもたれるようにして立っている。
「いるわ、そこ!」
 こだまが指さした先を十蔵と月下の視線が追う。その瞬間、突風が三人を襲った。立っていることさえ難しいくらいの強い風が壁へと三人を引き寄せ、少女の声がまた響く。
『エンジェルさま、エンジェルさま、どうかいらっしゃってください』
 耳を覆いたくなるほど昏い声が、重い鎖のようにまとわりつく。
 しなやかな動きで、セロムが守るように月下の前に出た。暖かなセロムの気に守られて、月下は事態を見守る。冷静さを失わないことが自分の役目だとなぜか理解できた。
 風の中、十蔵が壁に近づくのにあわてるこだまを制する。
「大丈夫。あれがあのオジサンのやり方だって、セロムがオイラの守護霊が言ってる」
 安心させるように月下が言うと、こだまはうなずき返して精神を研ぎ澄ますように目を閉じた。それがこだまのやり方だと、セロムが教えてくれた。
 不意に風の流れが変わるのを感じた瞬間、こだまの腕の中に恭子が倒れ込んだ。
「恭子ちゃん!」
 不意にあらわれた恭子に、月下が驚きの声をあげた。
 こだまの腕の中で、ぼんやりと恭子が目を開ける。恭子はまだ靄のかかったような瞳で、おさまりつつある風の中へ視線をさまよわせる。
「私、あの子のこといじめてた。それで、自殺しちゃった。あの子なの……」
 言葉と共に、恭子の目から涙がこぼれる。
「だから、私、あの子と一緒にいかなくちゃって、謝らなくちゃって」
「一緒に死んだって、謝ったことなんかになんないよ!」
 先に声をあげたのは月下だった。恭子の言葉を遮るように大声で言って、きつく唇を噛みしめる。こだまは、慰めるように月下によりそう白虎の姿を見た気がした。
「あなたは、人をひとり、死に追いやったかもしれない。それは、死ぬことじゃなく、生きることで償うのよ。生きて背負い続けることが必要なの」
 静かな口調で、こだまはすがるように見上げる恭子に告げる。
 それを一歩離れて聞いていた月下は、自分がいつのまにか泣いていることに気づいた。それが誰のための涙なのか自分でもはっきりとはわからないまま、月下は風を鎮めるのと引き換えのように倒れ込む十蔵に気づいた。恭子もまだこだまにもたれてぐったりしたままだ。
 ぐいっと手の甲で涙をぬぐい、月下は今、一番必要な行動を起こす。
「オイラ、救急車呼んでくる!」
 こだまに声をかけ、公衆電話へと走った。
 通報を終え、サイレンが響いてくるのを待つ月下に、セロムが言葉をかける。
(この街は闇が深いな、何事にも深入りしない方がいいかもしれないぞ)
「オイラが引きずられそうになったら、セロムが助けてくれるだろ?」
 少しだけ笑みを浮かべ、月下はそう答えた。

【地下街のエンジェルさま 終】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

◎王優 月下(おうゆう・げっか) /女 / 16歳 / 学生 風見ヶ原学園高等部二年生

陣内 十蔵(じんない・じゅうぞう) /男 / 42歳 / 私立探偵 『陣内探偵事務所』所長
杜 こだま(もり・こだま) / 女 / 21歳 / 風水師 香港からの留学生
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、小椋みほです。
このたびは、依頼を受けていただき、ありがとうございました。
三人が関わった物語ということで、情報はパズルのピースのように入り組んで、各自へと渡されています。消えた少女と、死んだ少女、どちらにより深く関わるかは、プレイングを読んで決めさせていただきました。
 もし機会があって他の参加者の方の文章を読むことがあれば、別な側面を見ることも、全貌に近づくことも有るかと思います。偽装人格が全てを知ることができないのも、複数が参加する物語の楽しみのひとつだと思っていただければ幸いです。
 単独行動が多いのは、友達と会うというプレイングは一人だけだったためです。
 東京怪談には、まだまだいくつもの物語が秘められています。その物語の中で、またいつかお会いできることを願って、失礼します。