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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


【窓の向こう】

《オープニング》------------------------------------------------------
「ねえねえねえ!」
 大きな目をきらきら輝かせて、瀬名雫が身を乗り出した。全身から期待のオーラがあふれているのは、何か気になる噂を見つけたに違いない。
「さっき書き込みがあって、青梅街道沿いの廃病院の窓から誰かが覗いてたって!」
 雫はびしっと人差し指を立てて、「よくある噂」という言葉を遮る。
「ここんとこ、しょっちゅう見たって人の書き込みがあってね、これでもう六人目なの。なんか本物っぽくなーい?」
 自信たっぷりに言うと、雫はくるっと身を翻してパソコンの前に行くと、おいでおいでと手招きする。モニターには「しずくのホームページ」が開かれている。
 教えられたとおりBBSの書き込みを見ると……。
『廃病院の幽霊を目撃! 絶対に誰か廃病院の四階の窓からこっちを見てました! 
 一瞬だったけど、目があっちゃって呼ばれてる気がしちゃいました(^^;)』
 にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべて、雫が上目遣いに見上げる。
「呼んでるんだったら、こっちから行ってあげないとネ☆」
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 時計の針が八時を回る頃。冬の太陽はとうに落ち、月が寒々しく照らす廃病院の朽ちた入り口の前に二つの人影がある。
「荒っぽいことはお願いしますよ。私は戦うことはできませんから」
 長い髪をさらりとかきあげ、エルトゥール・茉莉菜は隣に立つ紫月夾に話しかけた。その手に月光を鈍く照り返す鍵が握られている。
「戦えないのはともかく、足手まといにはなるなよ。霊を見るなり気絶する占い師なんて、願い下げだからな」
 不遜な笑みで答えると、夾はガラスが割られ打ち付けられた板をはぎ取られた扉に手をかける。
「鍵なんてなくても、そこらの悪ガキが入れるようにしてくれてるじゃないか」
「不法侵入で捕まるなんて嫌よ、私は。それに、鍵を貸してくれたってことは、持ち主が悪意を持っているって可能性がまず消えたことになるでしょう?」
 借りた鍵をポケットに滑り込ませ、茉莉菜は怯えたふうもなく扉をくぐる。
 二人は、闇に呑まれた院内へと一歩踏み込む。懐中電灯をつけると、暗闇にまさに廃墟と言うべき風景が浮かび上がった。
「どうやら、人の気配はないようだな」
 静まりかえった一階を抜けて、上へと続く階段を前に夾と茉莉菜は立ち止まった。
「……たまたま今日は誰も来ていないと言うには、たまった埃がやけに多いですね」
 汚れてしまったスカートの裾に眉をひそめながら、茉莉菜は答える。
 ふと、階段の奥で青白い影がちらりと揺れた。
「俺たちを誘ってるって様子だな」
「でしたら、会いに行くのが一番でしょう」
 一歩踏み出した夾に軽くうなずいて、茉莉菜はそれに続いた。
「誰か、いえ、何かがいます……」
 意識のアンテナを伸ばし前方をうかがっていた茉莉菜が顔をあげる。視線の先に、まるでその言葉を待っていたかのように青白い少年の姿が浮かんだ。
「まさに本物の幽霊かよ。手の出しようが……クッ!」
 夾が掌の中の鋼糸を軽く握りしめた瞬間、少年の輪郭がふくれあがって弾ける。広がった輪郭は幾本もの青白い腕となって、うごめきながら二人に迫ってきた。
「実体化しやがったか。下がってろ!」
 とっさに茉莉菜に向かって叫び、夾は腕を絡め取るように鋼糸を投げた。

 夾の操る鋼糸は無数の手を、物質化した瞬間に切り刻む。しかし、闇から生じる腕の数は際限なく思えた。
「くそっ。これじゃ切りがないな」
 舌打ちをしながらも糸を操る黒衣の青年の姿を、階下から駆け上がってきた三人は呆然と眺めていた。
 濃く塗り込めたような漆黒の闇から、青白い手が無数に伸びてくる。その風景は悪夢さながらで、押し寄せる悪意にまどかは思わず口元を押さえて低くうめいた。
「危ないわ。早くこっちに来て」
 茉莉菜の声に、充は我に返って隣にいる二人の腕をつかんで茉莉菜のいる扉の影へと逃げ込む。
「な、な、なんなのよこれっ!?」
 驚きのあまりオネェ口調を隠すのも忘れていた。
「廃病院の幽霊って噂が大当たりだったってことですよ。こっちを襲うために実体化したのがあの姿のようですね」
 平静を保とうとする茉莉菜の口調にも、わずかに動揺が混じる。
「実体化のおかげで、俺の糸も効いてるわけだ」
 軽くステップを踏んで間合いを計りながら、夾は皮肉な笑みを浮かべて言う。
「こんなの逃げるしかないですよ!」
 吉馬が悲鳴に近い声をあげる。幽霊を見ることができるとはいえ、こんな悪趣味な映画のような状況は初めてだ。デジカメのシャッターを切る余裕もない。
「待って! 奥に子どもがいる! 助けてくれって言ってる!」
 まどかが、不意に叫んだ。
「子ども?」
 充と吉馬が、異口同音に訊き返す。
「いるんだ。俺にはわかるんだよ、助けてくれって思ってるのがわかるんだよ!」
 まどかの言葉に、茉莉菜もまた闇の奥へ意識を集中する。他人の意志を読み自分の意志を伝えるテレパシーを有した茉莉菜にも、闇の奥に浮かぶ少年の姿が見えた。
「どこだ、その子どもってのは?」
 絶え間ない攻防戦にかすかに焦燥の色を浮かべ、夾が叫んだ。
「奥です。あなたのまっすぐ前!」
 言葉と共に、茉莉菜は自分に見えたイメージを夾の脳裏へと投射した。
 刹那、夾の瞳が紅く光る。能力、あるいは知識を持つ者にはわかったかもしれない、それは夾の赤い瞳に秘められた邪眼の能力が発動した徴だった。

 ベッドに半身を起こして、窓の向こうを眺める少年の姿が見える。
 赤い瞳が強く輝くと同時に、少年の周囲に暖かな光に包まれた人影がいくつも浮かぶ。優しく笑う両親らしい中年夫婦。楽しそうに話しかける同年代の子どもたち。いつしか彼らに混じって遊んでいる少年の健康そうな顔色には、病魔の気配はない。
 それが少年が望んだ『現実』。夾の邪眼が見せる『夢』。
「寂しかったんだ。そしたら、寂しいなら誰かをこっちに呼べばいいって……」
 少年の声が今日の脳裏に響く。寂しそうな少年の姿が同時に浮かぶ。
「妄執だけになった低級霊が、まだ意識の形をとどめた子どもに付け入ったわけか」
 少年にまとわりつく黒い影を、邪眼の力がうち払う。
「取り込まれる前に、向こうに行っちまえ。まだ間に合うんだから」
 夾の言葉に、少年はこくりとうなずいた。

 瞬きひとつほどのわずかな時間が経過し、唐突に病院内に沈黙が訪れた。無数の腕は跡形もなく消え、今までのことが悪夢だったかのように暗い建物は静まりかえっている。
「今度はなに? ほ、ほんとに、なんなのよぉ……?」
 充はへたりこみそうになっているまどかを支えながら、状況のあまりに急激な変化に周囲を見渡す。
 気がつけば、元の闇に戻った廊下の奥に、かすかに開いた扉が風に揺れていた。
 最初に動いたのは吉馬だった。異様すぎる状況に開き直ったかのように、扉に向かって歩いていく。
「今さら、ノックする必要はないですよね」
 呟くと思い切って扉のノブをつかんで開け放つ。
 そこは、カーテンのない窓から青白い月光が差し込む小さな病室だった。ひとつしかないベッドの横に、ほの白く輪郭が縁取られた少年がパジャマ姿で立っている。
 冬なのに夏用の薄いパジャマに、頼りなく華奢な体。今にも泣きそうな顔で、少年は伍人を見つめていた。
『……寂しかったんだ』
 変声期前の子ども特有の高い声が、細く頼りなげに響く。
『一人でいるの、嫌になったんだ。だから友達を呼びたかっただけなんだ。でも、殺したいなんて思ってなかったんだよ、友達になってほしかっただけなんだ……』
 今にも泣き出しそうな少年は、この場にいる伍人の誰の目にもはっきりと見えていた。それだけ、想いが強すぎたのかもしれない。
「ここはあなたの居る場所ではないですよ。無理な形で存在していれば、願いも歪んでしまいます」
 静かに茉莉菜が口を開く。
「今、貴方が自分自身でいられるうちに還りなさい」
 少年は無言で月の浮かぶ窓の向こうを眺め、小さくうなずく。
 振り返ってもう一度だけ物言いたげに伍人を見つめ、少年は月の光に溶けるように消えた。
「……消えた」
 辛うじて立っていたまどかが、肩を貸す充にもたれたまま呟いた。
「死んでしまった人の寂しさなんて、誰も癒せないものなのかしら」
 悲しそうに、充は呟く。
 少年の物だったのだろうか、ベッドの枕元に置かれた古びたラジオから不意に女性パーソナリティの声が流れ出す。
「寂しがってばかりの人はとても寂しいけれど、寂しがることを知らない人もとても寂しい。人間って、どうしたら寂しい気持ちを埋められるんでしょうね? それでは次の一曲です、聴いてくさい。All you need is love……」


【窓の向こう 終】

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【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

【 紫月・夾(しづき・きょう) / 男 / 24歳 / 医学部法医学科六年生(裏では暗殺業) 】
【 室田・充(むろた・みつる) / 男 / 29歳 / 某商社の営業部所属のサラリーマン 】
【 御堂・まどか(みどう・まどか) / 男 / 15歳 / 高校生 】
【 伍代・吉馬(ごだい・きつま) / 男 / 21歳 / 私立大学の文学部国文科の三年生 】

【 エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな) / 女 / 占い師 】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、小椋みほです。
 このたびは、依頼を受けていただき、ありがとうございます。実は派手な展開だった、廃病院のお話でした。
 なお、物語は、関わった伍人それぞれに重なり合いつつ微妙に異なった側面を見せています。もし機会があって他の参加者の方の文章を読むことがあれば、別な側面を見ることも、全貌に近づくことも有るかと思います。
 偽装人格が全てを知ることができないのも、複数が関わる物語の形のひとつだと思っていただければ嬉しいです。
 派手な展開とはいえ、真っ正面からの戦闘ではなくて、紫月夾さんの実力を発揮するには少し足りなかったかもしれません。邪眼の発動など、イメージに合うと良いのですが。
 東京怪談には、まだまだいくつもの物語が秘められています。そのどこかで、またお会いできることを願って失礼します。