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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:コインロッカー荒らし
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人
------<オープニング>--------------------------------------

 冷たく乾いた風が、不機嫌そうに事務所の窓ガラスを叩く。
「チッ! また、こんな依頼かよ」
 その風よりも不機嫌に、草間武彦が吐き捨てた。
 電話での応対と比較すれば、二重人格を疑われても、文句はいえないような変貌ぶりである。
「おい! 誰か‥‥」
 デスクから顔を上げ何か言おうとした草間は、その姿勢のまま彫像のように硬直してしまった。
 事務所内には、誰もいなかったのである。
 もちろん、怪奇現象などではない。
 所長の態度をみて、皆、急用を思いついたのだ。
 賢明な判断だった。
 肩をすくめた彼の視線が、一人の所員のそれと絡み合う。
 どうやら、逃げ遅れた者がいたらしい。
 草間は、にやりと、下級悪魔も鼻白むような笑みを浮かべた。
「よし! おまえが行ってこい」
 そう言って、冷や汗を流している所員にメモを手渡す。
 そのメモには、八王子駅、ロッカー荒らし、目撃者なし、などといった言葉が乱暴な字で書き留められていた。
 このような事件なら、警察の管轄ではないか。
 不審そうな表情を浮かべる所員に、草間は、もう一度笑って付け加える。
「なんでも、ソイツは、防犯カメラに写らんそうだ。カギもこじ開けられた形跡はないらしい。なのに、中身だけが消えている」
 奇妙な話である。
 疑問符を頭にのせた所員を、所長が叱咤した。
「考えるより行動だ。まずは聞き込み。そして張り込み。ぬかるんじゃねぇぞ!」
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コインロッカー荒らし
 冷たい風が、狭い路地を吹き抜けてゆく。
 ぶるっと身を震わせたシュライン・エマは、寒そうにコートの襟を立てた。
 恨みがましく上方を睨んだ彼女の瞳に、草間興信所の窓がうつる。
 窓辺には人が立っていて、こちらに向かって手を振っていた。逆光で顔は見えないが、ニコニコと笑っているであろうことは容易に想像できた。所長の草間武彦はいい気なものである。
 そりゃあ機嫌も良くなるだろうさ。なにしろ、仕事するのはアンタじゃないからね。
 シュラインが皮肉混じりの吐息をつく。
 姿の見えないロッカー荒らしなど、どうやって調べろというのだ。
 そもそも、彼女は調査員ではなく、単なるバイト事務員である。なんだってこんな、わけの分からない仕事をせねばならないのか。
 一応、理由はある。この依頼が草間興信所に舞い込んだとき、正規の調査員は、何故かすべて出払っていたのだ。事務所内には、草間とシュラインしかいなかったのである。だったら、草間が調査すればよさそうなものではあるが、そこはそれ、階級社会の悲哀というモノであろう。
「えっと、まずは八王子駅の聞き込みね」
 いまさら愚痴をこぼしていても始まらない。
 溜息をついた彼女は、調査を開始するために歩き始めた。
 初冬の風は、ひときわ冷たかった。

 八王子駅に到着したシュラインは、さっそく、駅事務所に顔を出した。とりあえずは関係者の話を聞かなければ何も出来ない。
 応接室のソファーで、荷物管理主任とやらが現れるのを待つ。何故か彼女に視線が集中している。
「あの、なにか?」
 居心地の悪さに耐えきれず、口調を尖らすシュライン。
「あ、いえいえ。こちらのお茶菓子でもいかがですか?」
「‥‥けっこうです」
「あ、では、ケーキでもご用意いたしましょうか?」
「‥‥けっこうです」
「お茶のおかわりはいかがですか? それとも、紅茶の方が」
「‥‥けっこうです」
「おお。コーヒーの方がお好みですか? すぐ用意させますので」
「‥‥」
 誰もそんなことは言っていない、と、口にするのもばかばかしくなって、彼女は沈黙した。
 えらい歓待ぶりである。
 そんなに、調査員が来るのが嬉しいのだろうか。
 そう考える彼女だったが、残念ながら不正解である。
 駅員たちは探偵を歓迎しているのではない。女性を歓迎しているのだ。鉄道会社というものは伝統的に男社会だから、当然といえば当然の結果であろう。
 とはいえ、歓迎される方は堪ったものではない。
 即席のナンパ師たちに包囲されたシュラインの機嫌は、あと半歩ほどで危険領域に突入しそうだった。
 そのとき、やっと荷物管理主任とやらが姿を見せる。
 時の氏神の登場に、彼女は、ほっと息を洩らした。
「はじめまして。当駅の荷物を管理しております、芝というものです」
 芝と名乗る男が、ギャラリーを追い散らしながら名刺を差し出す。
「こちらこそ。草間興信所のシュライン・エマです」
 彼女もソファーから立ち上がって名刺を渡した。
 肩書もなにも書いてない簡素な名刺である。さすがに、アルバイト事務員というのでは容儀が軽すぎる、というので、草間がつくってくれたものだ。
 日本的外交辞令を済ませた芝は、手振りで椅子を勧め、自らも腰を下ろした。
 では早速、と、用件に入る。
 事件が表面化したのは、ほぼ一ヶ月前。それから、三日に一度の割合でロッカーの中身が消えている。影も形もない犯人像に、心霊現象ではないか、と噂がたち始めているらしい。これまでのところ被害総額は一〇〇万円程度だが、ことは信用問題に関わってくる。一刻も早い解決を望む、と。
 なるほど、とシュラインが頷き、話は実務レベルに移行する。依頼料のこと、調査期限のこと、必要経費のこと、連絡手段や報告のこと、その他、雑多なことについての折衝を行うのだ。面倒ではあるが、後々のトラブルを防止するために必要なことである。
「では、防犯カメラの映像を見せていただけますか」
 一応の折衝を終え、シュラインが調査資料を要求する。
「もちろん。ただ、最新の一週間分ですが。というのも、テープは次々と上書きしますので」
 やや弁解がましく芝が言う。
「まあ、それは何処でもそうですね。そのテープの中に、犯行があった日は含まれていますか」
 苦笑を浮かべて、シュラインがフォローする。
 汗を流しながら芝も微笑し、二度ほど、と答えた。
 彼女は満足そうに頷き、テープを渡してくれるよう要請した。
 心得たもので、芝の方でも、すでにテープは用意してある。
「では早速、今夜から張り込みを始めます。ただ、私が不審者だと思われては調査になりませんので、関係各位には話を通しておいてください」
 そう言って、シュラインは立ち上がった。
 空調の微風に黒い髪が踊る。

 その後、シュラインは事務所に戻り草間にビデオテープを託した。
 どう考えても、検証している時間がなかったからだ。
 まあ、草間は暇をもて余しているだろうから、解析には適任であろう。
 ついでに、事務所内の掃除も命じておいて、彼女は八王子に戻る。
 ボロボロのジーンズに、みすぼらしい上着。汚れたコートに目深にかぶった帽子。白い顔には、色の濃いファンデーションを塗りたくる。
 要するに、ホームレスを装ったのである。
 これならば、一日中駅をうろついていてもおかしくはあるまい。
 さらに、ホームレス連中から話が聞ければ、なお良い。
 駅のトイレで着替えを済ませたシュラインは、普段の美貌を微塵も感じさせないような有り様だった。否、女性にすら見えないだろう。
 コインロッカーのよく見える場所にうずくまる。
 防寒対策も完璧である。
 大量の使い捨てカイロに、ダンボール箱と新聞紙。体の中から暖めるためのアルコール。あとは、尻を冷やさないための座布団を何枚か。
「ふう。最悪、こういう状態になっても大丈夫そうね。なんか私って生活力あるなぁ」
 などと、くだらないことを考えながら、シュラインは行き交う人並みを眺めていた。
 視界の端には、防犯カメラがある。
 今回に事件に関して最も頼りになる味方であった。
 機械の目と人間の瞳、二つを騙すことは不可能であろう。
 こうして見てみると、本当に色々な人がロッカーを利用している。
 夕方のラッシュアワーをむかえた駅。
 遊びに行くのだろうか、女子高生の集団が制服と鞄をロッカーに入れる。
 旅行者だろうか、大きなバッグを入れるものもいる。
 サラリーマン風の人が利用するのは、愛人宅でも訪れるつもりなのかもしれない。
 ヤクザ風の男。水商売風の女。いったい何をそんなに入れるものがある、と、問いたくなるくらいロッカーは盛況である。
 しばらく観察を続ける内に、シュラインは奇妙なことに気付いた。それは、彼女でなくては気が付かない、ごく微妙な『音』だった。
 ロッカーのドアが軋む音である。
 老朽化したロッカーが出す耳障りな音には、どうやら個性があるらしい。高い音もあれば低い音もある。ザラついた音、うめくような音、啼くような音、さまざまだ。
「へえ。面白いものね」
 シュラインの唇が、独り言を紡ぎ出す。
 感心している場合ではないはずなのだが、つい、興味の方向が逸れてしまった。
 だが、結果からいえば、その行為は正解だった。
 二時間ほどが経過して、
「あれ?」
 と、疑問の声を彼女があげる。
 聴覚が、同じ種類の「軋み音」を捕らえたのだ。
 たしか、さきほど水商売っぽい女性が荷物を片づけたロッカー同じ音である。
 こんなに早く取りに来るとは思えない。
 同じ音のロッカーもあるのだろうか。
 意外に思いながら、シュラインは音の方を見やった。
「え?」
 ふたたび、彼女が疑問の声を出す。
 あのロッカーは、先刻の女が使用した場所だ。
 しかし、その扉を開いているのは、中学生くらいの少年である。
「あの子が犯人!? でも‥‥」
 シュラインは戸惑っていた。なぜなら、そのロッカーにはきちんとカギが刺さっていたからだ。ということは、少年は女に頼まれて荷物を取りに来たのかもしれない。状況からみて、有り得ないことではない。というか、そう考えるのが最も自然である。それに、ロッカー荒らしなら周囲を警戒するだろう。
 状況は少年の犯行を否定していたが、彼女の犀利な頭脳が、疑惑のシグナルを点滅させている。
「よし! 尾行てみよう」
 意を決したシュラインが立ち上がる。
 目前では、紙袋に荷物を詰めた少年が悠々と歩き去ろうとしてた。

 彼女にも、一〇〇パーセントの自信があったわけではない。持ち場を放れるべきではないという思いもあった。
 だが、それでも、シュラインは少年を尾行した。
 第六感、と表現すれば、より胡散臭くなるだろうか。
 二人の距離は、約七〇メートル。尾行には少し距離が開いているが、これは仕方がない。近づきすぎると彼女の尾行術では気づかれてしまうだろう。それに、彼女には聴覚という武器があるのだ。足音をたどれるから、見失う(聞き失う?)ことはない。
「‥‥やっぱり、少し気になるわね。荷物を捨てようとしてるみたい」
「正解だ。シュライン」
 彼女の独白に何故か返答があり、男の影が横に並んだ。
「脅かさないでよ、武彦さん‥‥」
 影の正体は、草間であった。
「悪い。ビデオを調べてたら犯人が判ったんでな。急いでこっちに来たんだが、お前さんがいなくなってる。少し探したぞ」
 そう言って、草間は足を速める。
 彼の尾行術ならば、もう少し距離を詰めても大丈夫である。
「あのビデオには、なにも写ってなかったんじゃないの?」
 所長の歩調に合わせながら、シュラインが訊ねた。
「写ってたさ。だが、人間ってもんは、自分の見たいものしか見ないもんでな」
 皮肉な口調で草間が言う。
 シュラインが視線で問い返した。
「硬直した固定観念ほど危ねえもんはねぇな。普通にカギを開けてりゃあ、普通の利用者だと思っちまう。ロッカー荒らしはカギをこじ開けるもんだ、なんてルールはどこにもないのにな」
「なるほど。たしかにそうね」
「あのガキはスリさ。ポケットからキーをスリ取る、な」
 言いおいて、草間は説明を始めた。
 彼は、最初から疑ってビデオを見ていた。
 幽霊が窃盗をはたらく理由などどこにもない。冥界が地上と同じくらい不景気なら別だが。となれば、犯人は必ずビデオに写っている。駅員たちが見落としているだけだ。
 意識して画像を見てみれば、いくつも不審な点が浮かび上がってくる。
 たとえば、荷物のなくなったロッカーの隣の場所は、必ずあの少年が使用している。というのも不審点の一つである。
「となり?」
「そう。隣のロッカーだ。要するにアイツは、被害者のカギをすり替えることで、怪しまれることもなくロッカーを荒らしてたってわけだ」
「迂遠なことを考えたものね‥‥」
 シュラインが嘆息した。
 それほどの技量があるなら、普通に財布をすり取った方が効率的だろう。このように回りくどいやり方をしたのは、愉快犯的な発想に基づく理由に違いない。関係者が途方に暮れたり恐れたりするのをみて喜んでいるのだ。まさしく、子供の発想である。
 とはいえ、罪は罪だ。見逃してやるということもできまいが‥‥。
「可哀想なのは、荷物を取られた人たちだぜ」
 二手先を読んだように草間がいう。
「わかってるわ。仕事だってこともね」
 シュラインは苦笑を浮かべた。
 犯人は、おそらく未成年だ。刑罰は軽減される。ただ、人の記憶には残る。これは歴然とした犯罪である。書類送検程度のことは覚悟しなければならないだろう。少年の将来に影を落とす結果になるが、すべては自分の蒔いた種なのだ。
 窃盗を、他人や環境の責任することは容易い。だが、その理屈は通らないのだ。少なくとも大人の世界では。
「ヤツが家に入ったところを抑えるぞ」
「了解」
 草間の言葉に、シュラインが短く応じた。
 夜の風が、二人の頬をなぶる。

「なんか、あっけない幕切れだったわね」
 ありふれた事務用椅子の背もたれに寄りかかりながら、シュラインが言う。
 事件解決から、数日が経っていた。
 あの後、少年は簡単に犯行を認め、呆然とする両親に付き添われて警察に連行されていった。母親は泣きながら受験のストレスのせいだと訴えていたが、もちろん、そんな理由で許されるはずはない。これから先は、犯罪者の家族というレッテルと損害賠償の責任が、彼らに重くのしかかるだろう。
 一方、依頼者である八王子駅の方は満足してくれた。刑事事件、しかもスリという顛末から、管理責任を追求されずに済む。しかも、犯人が検挙されているので、賠償の必要もない。まさに、願ったり叶ったりの展開だろう。
「ま、たまには、まともな事件もないとな」
 草間が答える。
 上機嫌だった。従来の依頼料に、駅側が感謝の増額を加えてくれたのである。それに、近く警察からも金一封が授与されるという。
 これで、この男の機嫌が良くならなければ嘘であろう。
「怪奇事件でもなんでもなかったし」
「怪奇の半分は人間がつくるもんだ。思いこみに勘違い。期待ってのも含まれてるかもな」
「じゃあ、もう半分は?」
「さあな。俺にはわからん。だが、わからん方が良いこともあるさ」
「‥‥そうね」
 草間の言葉に曖昧に頷きながら、シュラインは窓の外に視線を送った。
 都会の狭い空は、雨の気配を含んで、どんよりと曇っている。
 少しだけ強さを増した風が、ガラス戸を揺らし始めていた。

                              おわり

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■   登場人物                  ■
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  【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
 シュライン・エマ  女   26  翻訳家

●キャラクターデータ

PCの名前      シュライン・エマ
外見年齢または学年 26
外見性別      女
クラス       翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
一人称       私
二人称       あんた
語尾        クールに
敬語使用      使う
身長        高い
体型        細身
髪の色       黒
瞳の色       青
肌の色       白
性格1       防御 □□□■□ 攻撃
性格2       理性 ■□□□□ 感情
性格3       狡猾 □■□□□ 純真
性格4       協調 □□□■□ 自主
性格5       仕事 □□■□□ 恋愛
性格6       現実 □□□■□ 神秘

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。水上雪乃と申します。
この度は、ご利用いただきありがとうございました。
怪奇というよりも、ミステリーに近いお話ですが、楽しんでいただけたでしょうか?
お客様の推理は、当たりましたか?
それでは、またのご用命、心よりお待ち申し上げております。