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金沢に、舞う
●オープニング【0】
「うちに出入りしてるライターが、原稿持ってきたついでに話してたんだけど」
そう言って、月刊アトラス編集長・碇麗香は切り出した。
「狐を見たって言うのよ」
狐。街中で見たのならまだ珍しいが、山の方へ行けばそうでもない。だが、話にはまだ続きがあった。
「正確には狐娘、ね。他社の仕事で取材中に見かけたらしいわ。真夜中だったんで、はっきり見た訳じゃないそうだけど、白っぽい着物を着た狐娘が道路をすぅ……っと横切っていったんですって」
にわかには信じ難い話である。酔って幻覚でも見たのではないかと突っ込むと、麗香は首を横に振った。
「彼、一滴もアルコール飲めないのよ。それに嘘吐く子でもないしね」
それが本当だとしたら、狐娘の話も嘘ではないのかもしれない。
「本当は本人に行ってもらうのが一番よかったんだけど、彼昨日から南米の奥地へ取材に飛んで連絡取れなくて。え? 他社の仕事よ。『徳川埋蔵金』が南米にあるだなんてネタ、うちがやる訳ないでしょう?」
まあ、それはそれで面白そうなネタではあるのだが……。
「場所は金沢。市内の中心部ですって。そうねえ……お土産は取材結果とカニでいいから」
麗香はくすっと笑った。
●東京駅【1C】
朝6時43分、東京駅・新幹線中央口。1人の女性が大きめの旅行鞄を手に、きょろきょろと周囲を見回していた。細身で長身、そして切れ長の目。中性的ながら、目を引く容貌である。
「遅いわね……」
草間興信所バイト、シュライン・エマは切れ長の目を細め、腕時計を確認した。30分後には、指定した新幹線が発車してしまう。今朝ここから金沢へ向かうことになっているのだが、一緒に行く他の3人がまだ現れないのだ。
(何だか近頃、電車づいてるような……。この前の山手線も……)
エマがそんなことを考えてると、ポンッと誰かに背中を叩かれた。
「よっ、待たせたなぁ」
振り返るとそこには事務所でよく顔を合わせる情報屋、渡橋十三の姿があった。手には使い込まれた鞄と、缶ビールとおつまみが入ったビニール袋を持って。
「遅いじゃない」
十三を睨むエマ。だが十三はニヤニヤ笑って切り返す。
「旅慣れた奴ぁ、ぎりぎりに来るもんだぜ」
「うわ……もう飲んでるの?」
十三の息からアルコールの匂いを感じ、エマは眉をひそめた。そんなエマの様子を見て、十三はくっくっと笑った。
それから遅れること約6分。残りの2人も無事この場に現れ、4人は揃って自動改札を抜けて行った。
●特急『はくたか』【2】
越後湯沢と金沢を結ぶ特急『はくたか』。越後湯沢駅で上越新幹線と連絡し、北陸と首都圏を繋ぐ足として活躍している列車だ。
その先頭グリーン車。少ない乗客の中で、妙な組み合わせの4人が向かい合わせで座っていた。
がっしりとした初老の男に、銀髪でサングラスをかけた透き通るような白い肌の青年。それから細身で中性的な女性に、涼やかな微笑みを浮かべている金髪の女性。この4人がグループだと言っても、すぐには信用されないだろう。
「狐娘だろ? そんなのお稲荷様に決まってらぁな」
初老の男、渡橋十三はそう言って缶ビールをぐいっと飲んだ。これで通算5本目である。
「しかし金沢で、狐に関連があったような話は聞かないんですけどね」
読みかけの文庫本を手にしたまま、熾貴・クーランジュが言った。サングラスの奥から、紅い目で十三を見つめている。
「とにかく、調べてみれば分かるでしょ。神社も多いだろうし。それより気になるのは……」
細身の女性、シュライン・エマが2人の会話に割込む。
「……グリーン車で行ける程、予算出てた?」
いくら依頼されたとはいえ、グリーン車で豪勢な旅をさせる程、出版社も甘くはない。乗り心地は遥かによいが、エマにはそのことが気にかかっていた。
「なーに、心配すんなって。ロッカー荒らしなんてケチくさい真似はしてないからよ」
ビールを飲み、ややご機嫌の十三が言った。今回、列車の切符を用意したのはこの十三だった。ちなみにホテルはエマが予約していた。
「割引切符使ったしな、三ちゃんからも餞別貰ってんだ。カニ代も出らぁな」
「三ちゃんって、編集部の三下さん?」
「ああ。こないだ飲んだ時に金沢神社のことを丁重に教えてやったら、感謝して餞別出してくれてよぉ」
十三はそんなことを言っているが、事実はちょっと違う。教えたのは本当だが、餞別を『貰った』のではなく『無理矢理奪い取った』の方が正確だ。おかげで十三の懐は非常に暖かくなっていた。
「金沢も雪でしょうか……」
金髪の女性、草壁さくらは車窓の外を見つめつぶやいた。列車は一面の銀世界の中を高速で走り続けていた。
●近江町市場【3D】
昼11時頃に金沢駅に着いた一行は、宿泊する駅前のホテルに荷物を預け、各々調査に向かうことにした。バス1日フリー券を購入し、4人は夕方にホテルで落ち合うことを確認した。
エマは武蔵ヶ辻でバスを降りると、まずは金沢の台所、近江町市場に入った。所狭しと店舗が並ぶこの地域、あちこちで威勢のいい声が飛んでいた。美味しそうな魚介類も目を引く。
土産物を物色しつつ、数店で探りを入れてみるエマ。しかし返ってくるのは『分からない』『知らない』といった言葉ばかり。エマはここでの情報収集を諦め、南の尾山神社へ向かうことにした。今は降っていないが、前日までの雪が街中には残っていた。
●密談/裏【4B】
「……何してるのかしら」
エマは物陰に隠れ、そっと境内を覗いていた。神崎神社――エマが尾山神社へ向かう途中で見つけた神社だ。
隠れているのには理由がある。境内には2人の少女と1人の女性の姿があった。短髪の少女と長髪の少女、そしてさくらの姿。
鞄から白い着物のような物を取り出し、さくらが少女2人に説明をしていた。エマは意識を集中し、3人の会話を聞き取ろうと試みた。一瞬気圧が変化したかのような感覚に襲われ、さくらの声が耳に届き始めた。
「……この用意してきた着物とつけ耳、尻尾で誤魔化してしまいましょう。悪戯だったと謝ってしまえば、どうにかなるかもしれませんから」
(いったい何を……!?)
さくらの言葉に耳を疑うエマ。自分たちはここに調査へ来たのではなかったか?
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
短髪の少女が尋ねると、さくらが微笑んで答えた。
「言ったでしょう、味方だと。我が眷属が平穏に暮らせるためならば、このくらいは……」
と、そこまで言って、さくらが振り向いた。エマが隠れている方角に。
視線が、合ったような気がした。
「!」
反射的に身を引くエマ。そして音を立てぬように、静かにその場を逃げ出した。
(我が眷属って言ってたけど、まさか……?)
●金沢に、舞う【6】
「おいおい、どこ連れてこうってんだ?」
夕方――ぶつぶつ言いながら、十三はさくらの後を歩いていた。その後ろにはエマと熾貴が並んで歩いている。2人とも浮かない顔をしていた。
「すぐそこですから」
さくらが十三をなだめた。一行が歩いているのは、お堀通りと呼ばれる道だった。東には金沢城公園を見上げることができる。
「……シュライン様、クーランジュ様、どうかされましたか?」
浮かない顔の2人に尋ねるさくら。
「いや、あまり有力な情報がなくてね……」
淡々と答える熾貴。一方、エマはさくらの顔を見つめていた。
「何か付いていますか?」
「あっ……ううん、何でも」
そう言ってエマは言葉を濁した。やがて一行は小さな神社に入った。その名を神崎神社といった。
境内では白い着物に身を包んだ2人の少女が待っていた。1人は短髪でボーイッシュ、もう1人は腰まであるかという長髪。これだけなら、まだ普通だ。しかし2人が少し違ったのは、頭の上に狐の耳があったことだ――。
「狐娘……?」
はっとしてつぶやく熾貴。だが、十三から違う言葉が出た。
「『狐の舞』……じゃねえのか?」
「渡橋様、よくお分かりになりましたね」
「へっ、伊達に情報屋はやってねえ」
「昼間にこの辺りを調べていたら、偶然お2人にお会いしまして……。何でも卒業式の前日に、卒業生に見せる踊りの練習をされていたんだそうです。真夜中にも練習されていたこともあるそうですから、ライターさんはきっとその時に見られたのではないかと」
説明するさくら。それを受けて、少女たちも名を名乗る。短髪の少女が高川めぐみ(たかがわ・めぐみ)、長髪の少女が和泉葛葉(いずみ・くずは)といった。
「その踊りが『狐の舞』と言うんだとさ。ま、こんなもんだよな、実際」
へへっ、と十三が笑った。
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』か……」
ぽつりと熾貴がつぶやいた。
「ほら、謝りましょう」
さくらが少女たちに優しく言った。
「ごめんなさい! そんな大事になってるなんて思わなかったんです!」
めぐみがはっきりとした声で謝った。葛葉は無言で頭を下げていた。
「ともあれ、それならばこれ以上調査する必要もないですね」
葛葉をしげしげと見つめながら熾貴が言った。まるで何かを探るかのように。
「せっかくですから、その『狐の舞』を見せてもらいませんか?」
提案するさくら。全員それには異議がなく、少女たちはさくらたちから少し離れた。そしてその場にしゃがみ込む。『狐の舞』の始まる瞬間だった。
4人の観客を前に、懸命に舞う少女2人。いつしか天から雪も舞い始めていた――。
●妥協【7B】
少女たちと別れ、雪の降る中、夜の片町へと向かう一行。エマとさくらは前の2人から少し後ろを歩いていた。
「明日は1日観光をして、お土産を探しましょうか。カニも買わなくてはいけませんし」
さくらがエマに話しかけた。
「……うん」
生返事を返すエマ。まだ昼間のことが頭に引っかかっており、悩んでいた。
(……全部明らかにした方がいいのかな……)
「真実を明らかにしますか?」
エマのそんな気持ちを見透かしたかのように、不意にさくらが尋ねた。エマはさくらの目をじっと見つめた。
「ひょっとして……気付いてたの?」
尋ね返すエマ。さくらは無言で微笑んだ。否定も肯定もしない。
「……当分保留。何事もなければ、このまま黙して語らず。これでいいでしょ?」
大きく息を吐き出してエマは言った。
「ありがとうございます」
さくらが深々と頭を下げた。雪は今もなお舞い続けていた。
【金沢に、舞う 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 熾貴・クーランジュ(しき・くーらんじゅ) / 男 / 24 / DTPデザイナー 】
【 草壁・さくら(くさかべ・さくら) / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・執筆前に、高原は主だった場所へ行って参りました。『はくたか』のグリーン車も乗り心地はいいですよ。
・金沢は今まさに雪の季節ですが、雪の兼六園は見る価値ありますので、機会がありましたらぜひどうぞ。
・今回は依頼成功とも失敗とも言いません。微妙な結末になっていますので。なお、お土産は皆さん無事に購入できていますのでご安心を。
・シュライン・エマさん、お名前は『エマ』でよろしいんですよね? プレイングの結果、今回のようなことになっています。ちなみに、さくらさんの正体を知ったのは今回はエマさんだけです。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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