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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


金沢に、舞う
●オープニング【0】
「うちに出入りしてるライターが、原稿持ってきたついでに話してたんだけど」
 そう言って、月刊アトラス編集長・碇麗香は切り出した。
「狐を見たって言うのよ」
 狐。街中で見たのならまだ珍しいが、山の方へ行けばそうでもない。だが、話にはまだ続きがあった。
「正確には狐娘、ね。他社の仕事で取材中に見かけたらしいわ。真夜中だったんで、はっきり見た訳じゃないそうだけど、白っぽい着物を着た狐娘が道路をすぅ……っと横切っていったんですって」
 にわかには信じ難い話である。酔って幻覚でも見たのではないかと突っ込むと、麗香は首を横に振った。
「彼、一滴もアルコール飲めないのよ。それに嘘吐く子でもないしね」
 それが本当だとしたら、狐娘の話も嘘ではないのかもしれない。
「本当は本人に行ってもらうのが一番よかったんだけど、彼昨日から南米の奥地へ取材に飛んで連絡取れなくて。え? 他社の仕事よ。『徳川埋蔵金』が南米にあるだなんてネタ、うちがやる訳ないでしょう?」
 まあ、それはそれで面白そうなネタではあるのだが……。
「場所は金沢。市内の中心部ですって。そうねえ……お土産は取材結果とカニでいいから」
 麗香はくすっと笑った。

●電子メール【1A】
 カーテンが締め切られた部屋。壁一面の本棚には分厚い書物が所狭しと並んでいる。男がパソコンに向かっていた。
「朝6時を回りました。改めましておはようございます。星野レミです。『類は友を呼ぶ』という言葉がありますが……」
 オーディオコンポのスピーカーから、早朝のラジオ放送が部屋に流れている。それに混じって、キーボードをカタカタと叩く音が聞こえていた。
 熾貴・クーランジュは最後に大きくキーを叩いた。画面に出るのは『送信しました』の文字。
 熾貴はメールが送信されたことを確かめると、パソコンのシステムを終了して椅子から立ち上がった。

●特急『はくたか』【2】
 越後湯沢と金沢を結ぶ特急『はくたか』。越後湯沢駅で上越新幹線と連絡し、北陸と首都圏を繋ぐ足として活躍している列車だ。
 その先頭グリーン車。少ない乗客の中で、妙な組み合わせの4人が向かい合わせで座っていた。
 がっしりとした初老の男に、銀髪でサングラスをかけた透き通るような白い肌の青年。それから細身で中性的な女性に、涼やかな微笑みを浮かべている金髪の女性。この4人がグループだと言っても、すぐには信用されないだろう。
「狐娘だろ? そんなのお稲荷様に決まってらぁな」
 初老の男、渡橋十三はそう言って缶ビールをぐいっと飲んだ。これで通算5本目である。
「しかし金沢で、狐に関連があったような話は聞かないんですけどね」
 読みかけの文庫本を手にしたまま、熾貴・クーランジュが言った。サングラスの奥から、紅い目で十三を見つめている。
「とにかく、調べてみれば分かるでしょ。神社も多いだろうし。それより気になるのは……」
 細身の女性、シュライン・エマが2人の会話に割込む。
「……グリーン車で行ける程、予算出てた?」
 いくら依頼されたとはいえ、グリーン車で豪勢な旅をさせる程、出版社も甘くはない。乗り心地は遥かによいが、エマにはそのことが気にかかっていた。
「なーに、心配すんなって。ロッカー荒らしなんてケチくさい真似はしてないからよ」
 ビールを飲み、ややご機嫌の十三が言った。今回、列車の切符を用意したのはこの十三だった。ちなみにホテルはエマが予約していた。
「割引切符使ったしな、三ちゃんからも餞別貰ってんだ。カニ代も出らぁな」
「三ちゃんって、編集部の三下さん?」
「ああ。こないだ飲んだ時に金沢神社のことを丁重に教えてやったら、感謝して餞別出してくれてよぉ」
 十三はそんなことを言っているが、事実はちょっと違う。教えたのは本当だが、餞別を『貰った』のではなく『無理矢理奪い取った』の方が正確だ。おかげで十三の懐は非常に暖かくなっていた。
「金沢も雪でしょうか……」
 金髪の女性、草壁さくらは車窓の外を見つめつぶやいた。列車は一面の銀世界の中を高速で走り続けていた。

●図書館にて【3B】
 昼11時頃に金沢駅に着いた一行は、宿泊する駅前のホテルに荷物を預け、各々調査に向かうことにした。バス1日フリー券を購入し、4人は夕方にホテルで落ち合うことを確認した。今は降っていないのは幸いだったが、前日までの雪が街中に残っていた。
 熾貴がまず向かったのは市立図書館だった。聞き込み調査を断念し、資料を当たることにしたのだ。
 調べるべき内容は、新旧狐に関する情報。それから金沢の歴史・民話など、手がかりになりそうな書物を片っ端からチェックしていった。
 そして、3時間程は経っただろうか。熾貴は疲れた表情を見せ、溜息を吐いていた。
「空振りですね……残念」
 20数冊は読み続けたが、金沢と狐を関連づけるような資料は全く出てこない。まあ、加賀百万石の歴史が頭に入っただけでも、多少は収穫になったのかもしれないが。
(単なる見間違いか……ひょっとすると偽物かもしれないな)
 そう熾貴が考えていると、胸ポケットに入れていた携帯電話が振動した。
 携帯電話を取り出す熾貴。見るとメールが届いていた。
「今朝の返事か……どれ」
 すぐにメールを開く熾貴。差出人は金沢在住の華僑の男からだった。熾貴の父親は華僑で、そのつてで情報収拾の協力を頼むことができるのだ。
「……どういう意味だ?」
 文面を読み眉を寄せる熾貴。メールには『先月、南西より新たな気来たり。一時当地の気が乱れるも、先頃平静に戻る。原因不明なり』と書かれていた。
(気の乱れ……何か起きていたのだろうか)
 再び携帯電話が振動した。先程と差出人は同一だった。今度のメールには『昼食はいかがかな? 片町・玲瓏飯店にて待つ』とあった。
(……中華か。遅い昼食でも食べながら、詳しい話を聞かせてもらおうかな)
 熾貴は椅子から立ち上がり、図書館を後にした。

●玲瓏飯店【5】
 片町・スクランブル交差点近くのビル。その最上階に『玲瓏飯店』はあった。1フロア全部が店舗である。熾貴は店に入るとすぐ、相手の名前をウェイターに告げた。
 少し待たされた後、マネージャーらしき男に案内され個室へ通される熾貴。中には、頭部のやや薄いがっしりとした男が居た。
「今回はどうもありがとうございます」
 熾貴は男に頭を下げた。男は笑って熾貴に席を勧めた。着席する熾貴。
「お父上は元気ですかな」
「ええ、まあ。それはそうと、あのメールは……」
 熾貴は即座に本題に入った。
「言葉通り、ですな。まるで大きな気を持つ『何か』が来たとしか思えぬ状況で……。ただ、それが落ち着いたということは、この地に『何か』が受け入れられたんでしょうがな」
「南西から『何か』が、ですか」
「位置的には近畿地方ですかな、南西は。……さて、そろそろ料理を運ばせましょう」
 男は傍らに置かれていたボタンを押した。

●金沢に、舞う【6】
「おいおい、どこ連れてこうってんだ?」
 夕方――ぶつぶつ言いながら、十三はさくらの後を歩いていた。その後ろにはエマと熾貴が並んで歩いている。2人とも浮かない顔をしていた。
「すぐそこですから」
 さくらが十三をなだめた。一行が歩いているのは、お堀通りと呼ばれる道だった。東には金沢城公園を見上げることができる。
「……シュライン様、クーランジュ様、どうかされましたか?」
 浮かない顔の2人に尋ねるさくら。
「いや、あまり有力な情報がなくてね……」
 淡々と答える熾貴。一方、エマはさくらの顔を見つめていた。
「何か付いていますか?」
「あっ……ううん、何でも」
 そう言ってエマは言葉を濁した。やがて一行は小さな神社に入った。その名を神崎神社といった。
 境内では白い着物に身を包んだ2人の少女が待っていた。1人は短髪でボーイッシュ、もう1人は腰まであるかという長髪。これだけなら、まだ普通だ。しかし2人が少し違ったのは、頭の上に狐の耳があったことだ――。
「狐娘……?」
 はっとしてつぶやく熾貴。だが、十三から違う言葉が出た。
「『狐の舞』……じゃねえのか?」
「渡橋様、よくお分かりになりましたね」
「へっ、伊達に情報屋はやってねえ」
「昼間にこの辺りを調べていたら、偶然お2人にお会いしまして……。何でも卒業式の前日に、卒業生に見せる踊りの練習をされていたんだそうです。真夜中にも練習されていたこともあるそうですから、ライターさんはきっとその時に見られたのではないかと」
 説明するさくら。それを受けて、少女たちも名を名乗る。短髪の少女が高川めぐみ(たかがわ・めぐみ)、長髪の少女が和泉葛葉(いずみ・くずは)といった。
「その踊りが『狐の舞』と言うんだとさ。ま、こんなもんだよな、実際」
 へへっ、と十三が笑った。
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』か……」
 ぽつりと熾貴がつぶやいた。
「ほら、謝りましょう」
 さくらが少女たちに優しく言った。
「ごめんなさい! そんな大事になってるなんて思わなかったんです!」
 めぐみがはっきりとした声で謝った。葛葉は無言で頭を下げていた。
「ともあれ、それならばこれ以上調査する必要もないですね」
 葛葉をしげしげと見つめながら熾貴が言った。まるで何かを探るかのように。
「せっかくですから、その『狐の舞』を見せてもらいませんか?」
 提案するさくら。全員それには異議がなく、少女たちはさくらたちから少し離れた。そしてその場にしゃがみ込む。『狐の舞』の始まる瞬間だった。
 4人の観客を前に、懸命に舞う少女2人。いつしか天から雪も舞い始めていた――。

●否定【7A】
 少女たちと別れ、雪の降る中、夜の片町へと向かう一行。中でも十三が一番ご機嫌だった。
「加賀の地酒には旨ぇのがあってよ……旨ぇ刺身と一緒だと、旨さも倍増ってもんよ」
 どうやらすでに酒のことで頭が一杯のようだ。そんな十三を横目に見ながら、熾貴は思案していた。
(どうも釈然としない……)
 確かに先程のさくらの説明は筋が通っていた。十三の話もそれを裏付ける要素になっている。しかし、終始無言だったエマの様子と、少女葛葉から感じる妙な気、それと華僑の男からの情報――これらが熾貴の心に引っかかっていた。
(近畿地方……そういえば、旧国名に和泉というのがあったはず。あの辺りなら狐の伝説があるのも納得が……。いや……まさかな。考え過ぎか)
 熾貴は頭に浮かんだ考えを打ち消した。雪は今もなお舞い続けていた。

【金沢に、舞う 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 熾貴・クーランジュ(しき・くーらんじゅ) / 男 / 24 / DTPデザイナー 】
【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 草壁・さくら(くさかべ・さくら) / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・執筆前に、高原は主だった場所へ行って参りました。『はくたか』のグリーン車も乗り心地はいいですよ。
・金沢は今まさに雪の季節ですが、雪の兼六園は見る価値ありますので、機会がありましたらぜひどうぞ。
・今回は依頼成功とも失敗とも言いません。微妙な結末になっていますので。なお、お土産は皆さん無事に購入できていますのでご安心を。
・熾貴・クーランジュさん、お名前は『熾貴』でよろしいんですよね? 図書館での調査は空振りに終わりましたが、狐うんぬんの読みはするどいと思いました。本文中の情報と、少女の名前から想像はできると思いますが……いかがでしょう?
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。