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【天使の螺旋階段】
《オープニング》------------------------------------------------------
月刊アトラス編集部の女帝、碇麗香はその秀麗な眉を曇らせて一枚の紙切れを指先でデスクに滑らせた。
白い画用紙に、真っ赤な文字が並んでいる。おそらくは赤いクレヨンで書かれたのだろう文字は、まだ読み書きを覚えたばかりの子どもの字のように不ぞろで読みにくい。
『もうすぐ、天使さまがきます。天使さまはラセン階段から降りてきます。
そして街をきれいにしてくれます。そして汚いものはみんな消える。』
読み方によってはひどく不吉な文章は、稚拙さもあいまって不気味な印象を与える。
「今朝届いた読者投稿の中に混じっていたのよ。住所は中野坂上のアパート、差出人の名前はなし。ただ、この写真が同封されていたわ」
古びた写真が差し出される。映っているのはフランス映画に出てくるような外付けの螺旋階段があるアパートと、その階段の入り口に座って笑っている子ども。幼すぎて男の子のようにも女の子のようにも見える。
「うちに来たってことは、何かのアピールなんでしょうね。……行ってくれるわね?」
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話を終えると、碇は軽く首を振った。
「なんだか、要領を得ない話な上に、嫌な予感がするんだけれど」
眉を曇らす女帝に、雨宮薫は静かに首を振った。
「貴女にはいろいろ世話になってる。宜しく伝えてくれとの祖母からの伝言だ。勿論この一件は俺も調査する。何か分かり次第連絡する」
代々続く陰陽師の家系に生まれ、家督を継ぐ者として育てられた薫にとって、依頼された事件はどのようなものでも確実に解決することが当たり前だった。
黙っていれば人形のようなこの美しい少年が、何か理不尽なことに怒りを覚えれば自分の身を省みずに激情にかられるままに行動することを知る碇は、小さくため息をつく。
「まだ若いんだし、自分のことを大事に行動なさいね」
むだとわかって忠告する碇に、薫は穏やかな微笑を向ける。
「俺は俺の仕事を遂行するだけだ。情報を洗い出したいので、失礼する」
一礼すると、幾人かの噂に強い友人の心当たりを浮かべ、薫は編集部を後にした。
「なんだ……?」
不意に舞うように足下に落ちてきたカードに、街角でつかまえた知り合いと話し込んでいた雨宮薫は首を傾げる。
それを拾おうとしていた不知火響と、どちらともなく視線がかち合う。
「あら、こんなところで……」
薫の着た見覚えのある制服に、響は軽く眉をあげる。それは、彼女が臨時教員として勤める高校のものだった。
「俺になにか?」
まっすぐ視線を向けてくる響に、薫は不審げな表情を隠しもせず問いかける。
響はその言葉には直接応えずに神秘的な笑みを浮かべた。
「そこの坊や。貴方、変わった星を持ってるのね」
揶揄するような口調で言われ、薫はあからさまに眉をしかめた。二人の間の微妙な雰囲気に、薫につかまっていた友人がこっそりその場を離れて逃げていく。
「……話の途中だったんだがな」
その背中に思わず呟いた薫に向かって、響が極上の笑みを浮かべた。
「捜し物しているのかしら? 情報なら私が協力してあげるわ」
あっけに取られたような顔の薫に、響はにこやかに言葉を付け足す。
「それに…私、霊視る目があるの」
言いながら、響は手の中に残ったカードを引き抜いて薫に差し出す。それは『審判』のカードだった。
丸の内線、中野坂上駅。翌日、待ち合わせたの場所に薫が指定してきたのは、味も素っ気もない駅の改札口だった。
「もうちょっとセンスのある場所じゃないと、女の子は待っててくれないわよ?」
大きくあいた胸元を強調するように腕組みをして柱にもたれていた響は、薫を見るなり指をたてて教訓めいた口調で言った。
「あいにく、デートしたいってわけじゃないんでな」
言い放ち、薫はちらりと扇情的な響のスタイルに目を向けてため息をつく。
「これからどこに行くか、分かってるんだろうな?」
「天使と名乗る何かが待ち受けているかもしれない、しかも人が住まなくなって久しいアパート。でしょ?」
微笑んで、薫は調べた事実を告げる。
「廃屋になってずいぶん経つみたいだけど、そこを指定してくるってことは何かが残っているのは確かね」
外見からは想像できない響の鋭さに、薫は内心舌を巻く。最も、見た目で判断できないということは、薫も人のことはまるで言えないのだが。
「わかってるなら、さっさと行くぞ。長引かせる理由はない」
義務的に言って、薫は足早に歩き出す。
その横について歩きながら、響は笑みを含んだ声で言う。
「ところで、放課後の授業をサボったらダメよ? 雨宮薫クン?」
「……なんで、俺の名前を?」
足は止めないまま、鋭い視線を向けて薫は訊く。
「学校で名簿で調べから。今度保健室にも遊びに来てね?」
あっけにとられたような薫の視線を受け、響はくすくすと笑みをもらす。
「あんた、教師だったのか?」
「ええ、そうよ。保健室に縁のない薫クンは気づいてなかったみたいね」
今日のサボタージュは教師同伴だからかまわないわね、と楽しそうに言う響に、薫は思わず顔を覆っていた。
「天使…ね」
思わず苦笑を浮かべながら、薫はアパートへと続く坂道を見上げた。
「街をきれいに…汚いものはみんな消える…か。なんだか不穏な響きだな」
呟いて、袋に包んで持ってきた愛刀『魅鞘』を布越しにそっと押さえる。
「……ねえ、なにかおかしいわ?」
機嫌良く薫と並んで歩いていた響が、不意に表情を曇らせた。
灰色の、まるで絵に描かれたような街並みをぐるりと見回す。
「さっきから、私たち同じ場所を巡っている気がするわ」
そんなはずは……と言いかけて、薫は自分が山の手通りからアパートへと向かう横道へ入ってからどれくらい経つのか思い出せないことに気づいた。
「先に仕掛けてきたか」
舌打ちをし、薫は身構える。
目の前の坂を、ランドセルを背負った少女がゆっくり降りて来ていた。
「邪魔をしないで欲しいな」
にこにこと笑顔を浮かべた少女は、開口一番、きっぱりと言い放った。
「……いきなり、ラスボスレベルよ」
わずかの間に意識を集中し霊視を行った響が、早口に告げる。あどけない見た目とは裏腹に、少女の周囲には密度の高い力がうごめいていた。
「負の感情が多すぎても厄介なの。必要なだけの餌はもう取り込んだから、今なら黙って帰してあげるよ?」
「餌とは大した言い様だな。天使ではなく悪魔のつもりか?」
言うなり、薫は少女に向かって抜刀しようとする。しかし、空間にふくれあがった力がが、刀を薫の手から弾き飛ばす。
「こんな街中で、そんな物騒な物を振り回したら、銃刀法で捕まっちゃうよ」
カラカラと音をたててアスファルトに転がった刀にちらりと視線を送り、少女は笑顔のままで言う。
だが、薫は地面に落ちた刀には目もくれず、一瞬で組み上げた呪印で式神を呼び出し少女に向けて放っていた。
「……ちっ」
舌打ちして避けようとした少女の両目をめがけて、タロットカードが鋭く空を裂く。首をのけぞらせた少女の白い額に赤い血が滴った。
「あんまり大人をバカにしちゃダメよ?」
金属刃として加工されたカードを指に挟み、響が宛然と微笑む。
一歩間合いを取った少女は、老人のようなろうたけた表情を浮かべる。
「肉体戦で三体一は、分が悪いなあ」
人数の不一致に薫がわずかに眉を寄せた瞬間、遠くで何かがはぜるような気配が、音ではなく波として空気を伝わってきた。薫と響は同時に顔をあげ、少女から目を離さぬよう周囲に気を配る。
「……あ、ここにいる理由もなくなっちゃった。むだに血を流すのは好きじゃないんだ。……君たちは闇が似合いそう。闇に取り込まれた時にまた会おうね」
凄惨な笑みを浮かべた少女の体から、ごうっと竜巻のような風が吹き上げた。
翻弄される木の葉のように、薫と響は、意識を風にさらわれた。
唐突に目を覚ますことで、薫は自分が意識を失っていたのだと気づいた。
指先で探ってすぐそばにあった刀を引き寄せる。体を起こすと、周囲は森閑たる夜に包まれた中野坂上近くの路上だった。
「くそ。逃げられたか」
「……とんだ天使だったわね」
同じく意識を取り戻し、響は苛立たしげに髪をかきあげる。
「天使のなり損ないと言うべきだな。最後の言葉からは、目的を達したものとは思えないからな」
なんらかの企みを阻止したことは間違いない。しかし……。
見上げた新宿の夜空は、鈍い闇を塗り込めた色をしていた。
【天使の螺旋階段 終】
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【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 雨宮・薫(あめみや・かおる) / 男 / 18歳 / 陰陽師。普段は学生(高校生) 】
【 不知火・響(しらぬい・ひびき) / 女 / 28歳 / 臨時教師(保健室勤務) 】
【 久我・直親(くが・なおちか) / 男 / 27歳 / 陰陽師 】
【 陣内・十蔵(じんない・じゅうぞう) / 男 / 42歳 / 私立探偵『陣内探偵事務所』所長 】
【 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、小椋みほです。
このたびは、依頼を受けていただき、ありがとうございます。内面グルグル世界な雰囲気の天使のお話でした。
実は、この物語にはまったく現れていないもう一側面があります。上にある仮装人格の名前でまったく覚えがない名は、そちらに関わった三人です。ちょっとした試みですが、ポジとネガのようなものと思ってくださればいいかと思います。
偽装人格が全てを知ることができないのも、複数が関わる物語の形のひとつだと思っていただければ嬉しいです。
二人の偽装人格の投入ありがとうございます。しかし、万能に近い設定と確定した関係のプレイングですと、他の方と関わることが難しく今回は中核と少しずれた軸での物語となってしまいました。もう少し柔軟なプレイングがあれば、より活躍できるかと思います。実は激情家の玲瓏たる美少年なんて、とても魅力的なキャラクターですし。
東京怪談には、まだまだいくつもの物語が秘められています。ランドセルの少女以外にも、悪意ある闇の存在はいるかもしれません。それらの物語の中で、またいつかお会いできることを願って失礼します。
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