|
調査コードネーム:そうだ、温泉に行こう!
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :月刊アトラス編集部、
募集予定人数 :1人〜3人
------<オープニング>--------------------------------------
仕事というものは、ストレスの溜まるものである。
その日、月刊アトラス編集部では若い社員が三人、顔をつきあわせて話をしていた。
「だからよ〜。次の休み、温泉でも行かねぇ〜?」
「いいね。混浴なんか最高だね☆」
「えー!? 混浴はちょっと‥‥」
楽しい話をしているときは、自然、注意力は散漫になってしまうものだ。
彼らは、人数がひとり増えていることに気が付かなかった。
「いいじゃない。行ってきなさいよ」
と、声をかけられるまで。
三人の背中を氷塊が滑り落ちる。
第四の人物、すなわち碇麗香は、嫣然と微笑んで続ける。
「栃木に、良い温泉があるわ。有名な心霊スポットもあるし。この際だから、ちょっと見てらっしゃい」
この瞬間、休暇旅行は取材旅行へと替わった。
むろん、意義を申し立てることはできない。アトラス編集部に、彼女に逆らえる人間などいるはずがないのだ。
諦めたような溜息をつく三人に、黒髪の編集長が地図とガイドブックだけを渡す。
「あのー、編集長。取材費は‥‥?」
「もちろん、自腹。どうせ行くつもりだったんでしょ」
訊ねた編集者は、凍土の笑みの前でフリーズしてしまった。
たしかに、彼らは温泉に行くつもりだった。ただ、それは予定の段階であったし、そもそも、どこに行くかまでは決めていなかった。
三人の横を、シベリア寒気団よりも冷たい空気が流れていった。
------------------------------------------------------------
そうだ! 温泉に行こう
野を横に 馬牽むけよ ほとゝぎす
鉛色の空から、はらはらと舞い落ちる雪が、地表と接吻する前に消えてゆく。
恐ろしげな光景が、目の前に広がっている。
ゴツゴツとした岩肌。鳥獣の亡骸。地面から噴き出す湯気。
まるで、地獄の風景のようだった。
「芭蕉はんも、これを見て風情感じたんやろなぁ」
獅王一葉は、目前の奇観を漫然と眺めながら、胸中に呟いていた。
那須高原にある殺生石。
伝承によれば、九尾の狐が退治されたとき、この岩に化身したという。
以来、この地は毒気に汚され、迷い込んだ動物たちが死に至るようになった。
「石の毒気、未だ滅びず、蜂や蝶の類、真砂の色の見えぬほどかさなり死す」
とは、江戸時代の俳人、松尾芭蕉が『奥の細道』の中で紹介した一文である。
殺伐とした情景は、合戦の跡のような悲哀と寥感をもって、ひとり立ち尽くす一葉の胸に迫った。
冬の寒風が肌を刺す。
そもそも、なぜこんな所にひとりきりで一葉がいるかというと、それほど深くない事情がある。
月刊アトラス編集長たる碇麗香の指示なのだ。
ただ、元々は三人で訪れるはずだったのが人数が二人減少してしまった。
一人は慢性金欠病のため、もう一人は、別口の取材に赴いたためである。さみしい話ではあるが、まあ、さほど緊急性のある仕事でもないし、一人旅もたまには悪くない。
それに、行動予定人数が減ったことによる余録もあった。
取材費が計上されたのである。
自腹を切るつもりでいた一葉には意外な朗報だったが、すでに格安の温泉旅館を予約した後だったので喜びは小さかった。
だが、まあ、浮いた金は麗香の土産代にでもまわせば良かろう。
ごく簡単に気持ちを切り替えて、一葉は栃木県へとむかった。
べつにスタイリッシュで高級なホテルを好む性質(たち)でもない。それに、怪談話の取材なら、古くて鄙びた宿の方が適しているはずだ。
こうして一葉は、旅館「ひろの屋」の客となったのである。この旅館は、九尾の狐を退治した侍の何十代目かの子孫とやら経営しているらしいが、まあ、このあたりはよくある伝承話だろう。
ともかくも、旅館でのもてなしは、彼女に充分な満足感を与えた。
料理も、豪華ではないが素朴で心のこもったものであったし、客室も居心地がよい。例えていうなら、心の故郷に帰ってきたような感じ、といったところだろうか。
「温泉は、二十四時間入れますから」
配膳にきた仲居が、そう言っていた。
「じゃあ、食後にでも入らさせてもらいますわ」
そう答えた一葉だったが、すぐには動こうとしなかった。
とくに理由があったわけではない。
なんとなく、深夜の月明かりで露天風呂を楽しみたかったのだ。
けっして、自分の肉体にコンプレックスがあるからではないし、勘違い系の女の子たちに囲まれるのが嫌だったわけでもない。
結局、一葉が露天風呂に赴いたのは、午前零時をまわってからだった。
考えてみれば良い時間帯である。混浴ではないから男の目がないのは当然として、はしゃいだり泳いだりする子供もいない。ゆっくりとくつろげそうだ。
鼻歌などを詠いながら湯船に足をつけた彼女の視線が、一点に固定される。
夜目にも鮮やかな金髪。輝くような白い肌。
先客がいたのだ。
一葉の頬が染まる。鼻歌を聴かれてしまっただろうか。
「こんばんは。いい夜ですね」
先手必勝。照れ隠しのために話しかける。一応は標準語を使ったものの、イントネーションが少しおかしい。
一葉の言葉に、金髪の女性が嫣然と振り向いた。月明かりと灯火に浮かび上がる白い顔は、同性の彼女から見ても、はっとするほど美しい。
「あら? 関西のお方?」
朱い唇が言葉を紡ぐ。
「‥‥神戸ですわ。あんたはんは?」
応える一葉の言葉に沈黙が先立ったのは、金髪の美女に魅了されたからだろうか。
「土地のものです。ええと‥‥」
「獅王一葉や。一葉でええよ」
「はい、一葉さん。わたくしのことは、玉ちゃんと呼んでくださいな」
「オッケーや。玉ちゃん」
お気楽に言う一葉の金色の瞳を、玉ちゃんが覗き込む。
「なん?」
「貴女も、『力』を持っているのですね。一葉さん」
「も、というところをみると、あんたはんも持ってるんやな」
「‥‥持っておりました。殆どは失われましたが。もう、ずいぶんと昔のことです」
玉ちゃんが遠い目をする。
三十歳前後の若さで懐旧に浸るのも滑稽な話である。
だが、一葉はそれを指摘せず、
「そか」
とだけ応えた。
「ところで、一葉さんはご旅行ですか?」
「残念ながら仕事。殺生石の取材やわ」
「‥‥そうでしたか。でも、あんなところ、なにもないでしょう」
「そやね。殺風景なところやったわ」
「虫も花も動物も、そして人も住めない土地ですわ」
「狐の祟りっちゅう話やけど、玉ちゃん、どう思う?」
「あれは自然現象ですわ。火山脈の硫化水素が噴き出しているのでしょう」
「ま、そんなとこやろな」
「それに‥‥」
「それに?」
「狐は、毒ガスなど吐きませんよ」
「まったくやわ」
玉ちゃんがくすりと笑い、一葉もつられて笑った。
月明かりの下、金の髪と赤い髪が、幻想的なコントラストをつくる。
しばしの時が流れ、
「では、わたくしはそろそろ」
といって玉ちゃんが立ち上がった。
闇に金髪が踊り、たわわな乳房から水滴が落ちる。
美しさに目を奪われていた一葉が、玉ちゃんの右脇腹に残る醜い傷痕に気が付いた。
小さな声が、唇から洩れる。
「なあ、玉ちゃん。いっこだけ訊いてええか?」
「はい。なんですか?」
「人間のこと、まだ許せへんか?」
問いかける一葉に、玉ちゃんが優しく微笑んだ。
まるで聖母さまのようだ、と思ったのは、一葉の過大評価だったろうか。
結局、言の葉による返答はなかった。
脱衣所の方へと歩み去る玉ちゃんを、黙然と見守る。
中天にかかる月が、穏やかな笑みを浮かべた一葉の顔を、そっと照らしていた。
翌日、ふたたび一葉は殺生石を訪れた。
ハンカチを口に当て、柵を越える。
九尾の狐『玉藻の前』が化身したといわれる石。
彼女の右手が、ゆっくりとそれに伸ばされる。
だが、石に触れる寸前、一葉は手を止めた。
「‥‥また、遊びにくるから。次は、もそっとゆっくり話そな」
呟く言葉は、風に溶け、消えていった。
エピローグ
「で? これはなにかしら?」
「なに、ゆうたかて、記事の原稿ですわ」
「あのねえ一葉。うちはオカルト雑誌なの。火山活動と硫化水素って、こんな学術論文みたいな記事、どうしろっていうのよ」
「たまにはええのんちゃいますか? 伝説のままにしといた方が、ええことだってありますよ」
「‥‥まあ、たまには良いか」
「そうそう」
「ところで一葉。今夜、一件付き合わない?」
「ええですね。奢りですか?」
「まさか。取材費の残りがあるでしょ」
「‥‥アンタ鬼でっか。麗香はん‥‥」
おわり
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
獅王 一葉 / 女 / 20 / 大学生
キャラクターデータ
名前 獅王・一葉
ふりがな しおう・かずは
年齢 20
性別 女
クラス 大学生
一人称 うち
二人称 あんた
語尾 大阪弁で
敬語使用 使わない
身長 高い
体型 細身
髪の色 赤
瞳の色 金
肌の色 一般的日本人肌
性格1 防御 □□□□■ 攻撃
性格2 理性 □□□■□ 感情
性格3 狡猾 □□■□□ 純真
性格4 協調 □□□□■ 自主
性格5 仕事 □□□■□ 恋愛
性格6 現実 □□■□□ 神秘
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは。水上雪乃です。
ご注文ありがとうございました。
どうも、エセ関西弁になってしまい申し訳ありません。
一人旅でしたが、いかがでした?
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
水上雪乃
|
|
|