コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


金沢に、舞う
●オープニング【0】
「うちに出入りしてるライターが、原稿持ってきたついでに話してたんだけど」
 そう言って、月刊アトラス編集長・碇麗香は切り出した。
「狐を見たって言うのよ」
 狐。街中で見たのならまだ珍しいが、山の方へ行けばそうでもない。だが、話にはまだ続きがあった。
「正確には狐娘、ね。他社の仕事で取材中に見かけたらしいわ。真夜中だったんで、はっきり見た訳じゃないそうだけど、白っぽい着物を着た狐娘が道路をすぅ……っと横切っていったんですって」
 にわかには信じ難い話である。酔って幻覚でも見たのではないかと突っ込むと、麗香は首を横に振った。
「彼、一滴もアルコール飲めないのよ。それに嘘吐く子でもないしね」
 それが本当だとしたら、狐娘の話も嘘ではないのかもしれない。
「本当は本人に行ってもらうのが一番よかったんだけど、彼昨日から南米の奥地へ取材に飛んで連絡取れなくて。え? 他社の仕事よ。『徳川埋蔵金』が南米にあるだなんてネタ、うちがやる訳ないでしょう?」
 まあ、それはそれで面白そうなネタではあるのだが……。
「場所は金沢。市内の中心部ですって。そうねえ……お土産は取材結果とカニでいいから」
 麗香はくすっと笑った。

●朝の風景【1B】
 都内某所、そこに古めかしい外観の骨董屋がある。店の名は『櫻月堂』。店名にちなんでなのか、それともただの偶然かは分からないが店近くには、立派な桜の木が立っている。今は真冬だが、春になれば美しく咲き誇ることだろう。
 その『櫻月堂』の台所から、美味しそうな匂いが外に流れていた。今の時刻は朝6時過ぎ。
「……ちょうどいいですね」
 味噌汁の味を見て、『櫻月堂』住み込み店員の草壁さくらは満足げに小さく頷いた。
 朝食の支度を終え、さくらはエプロンを外した。そしてテーブルの上に置いてあった便箋に、筆ペンでさらさらと何やら書き記す。
「では行って参ります、一樹様」
 小さくつぶやき、台所を出るさくら。残された便箋には『一樹様 朝食ご用意しておきました さくら』とあった。『櫻月堂』の主人、武上一樹への置き手紙だ。

●特急『はくたか』【2】
 越後湯沢と金沢を結ぶ特急『はくたか』。越後湯沢駅で上越新幹線と連絡し、北陸と首都圏を繋ぐ足として活躍している列車だ。
 その先頭グリーン車。少ない乗客の中で、妙な組み合わせの4人が向かい合わせで座っていた。
 がっしりとした初老の男に、銀髪でサングラスをかけた透き通るような白い肌の青年。それから細身で中性的な女性に、涼やかな微笑みを浮かべている金髪の女性。この4人がグループだと言っても、すぐには信用されないだろう。
「狐娘だろ? そんなのお稲荷様に決まってらぁな」
 初老の男、渡橋十三はそう言って缶ビールをぐいっと飲んだ。これで通算5本目である。
「しかし金沢で、狐に関連があったような話は聞かないんですけどね」
 読みかけの文庫本を手にしたまま、熾貴・クーランジュが言った。サングラスの奥から、紅い目で十三を見つめている。
「とにかく、調べてみれば分かるでしょ。神社も多いだろうし。それより気になるのは……」
 細身の女性、シュライン・エマが2人の会話に割込む。
「……グリーン車で行ける程、予算出てた?」
 いくら依頼されたとはいえ、グリーン車で豪勢な旅をさせる程、出版社も甘くはない。乗り心地は遥かによいが、エマにはそのことが気にかかっていた。
「なーに、心配すんなって。ロッカー荒らしなんてケチくさい真似はしてないからよ」
 ビールを飲み、ややご機嫌の十三が言った。今回、列車の切符を用意したのはこの十三だった。ちなみにホテルはエマが予約していた。
「割引切符使ったしな、三ちゃんからも餞別貰ってんだ。カニ代も出らぁな」
「三ちゃんって、編集部の三下さん?」
「ああ。こないだ飲んだ時に金沢神社のことを丁重に教えてやったら、感謝して餞別出してくれてよぉ」
 十三はそんなことを言っているが、事実はちょっと違う。教えたのは本当だが、餞別を『貰った』のではなく『無理矢理奪い取った』の方が正確だ。おかげで十三の懐は非常に暖かくなっていた。
「金沢も雪でしょうか……」
 金髪の女性、草壁さくらは車窓の外を見つめつぶやいた。列車は一面の銀世界の中を高速で走り続けていた。

●眷属【3C】
 昼11時頃に金沢駅に着いた一行は、宿泊する駅前のホテルに荷物を預け、各々調査に向かうことにした。バス1日フリー券を購入し、4人は夕方にホテルで落ち合うことを確認した。
 さくらは駅前からバスに乗り込むと、武蔵ヶ辻を南町で下車した。今は降っていないが、前日までの雪が街中に残っている。
 目指すは加賀藩祖前田利家公を祀る尾山神社――ではなくて。その東にあるお堀通りだった。
 お堀通りと呼び名があるように、道路の東側には金沢城公園を見上げることができた。昔はここにも堀が廻らされていたのだろう。
(感じる……我が眷属の匂いを……)
 さくらはお堀通りを北へ歩く。時折立ち止まり、何かを確かめるような素振りをすると、再び歩き出す。これを何度か繰り返していた。
(けれど……何かが違うような……)
 やがてさくらは辿り着いた。神崎神社――T字路の角に位置する小さな神社だ。さくらは物陰から境内を覗いた。高校生くらいだろうか、2人の少女が何やら話していた。
 1人は短髪でボーイッシュな感じの少女、もう1人は腰まであるかという黒い長髪の少女だ。見た所、ごく普通の少女に見えた。だが、さくらは感じていた。一方の少女から、妖狐である自分と同じ匂いを。
 さくらは少女たちの前に姿を現した。それに気付いた短髪の少女が、長髪の少女を庇うかのように移動し、さくらを睨み付ける。
 しかし長髪の少女が、短髪の少女の腕をつかみ、ふるふると小さく頭を振った。まるで『悪い人じゃない』と言うかのように。
「大丈夫……私はあなた方の味方です。だって私も同じですもの……分かるでしょう、後ろのあなたなら」
 さくらは2人に笑顔を見せ、自らの正体を明かした。自分が妖狐であること、そして何故ここにやって来たのかも――。

●密談/表【4A】
 鞄から白い着物のような物を取り出し、さくらは少女たちに説明をする。
「……この用意してきた着物とつけ耳、尻尾で誤魔化してしまいましょう。悪戯だったと謝ってしまえば、どうにかなるかもしれませんから」
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
 短髪の少女が尋ねると、さくらが微笑んで答えた。
「言ったでしょう、味方だと。我が眷属が平穏に暮らせるためならば、このくらいは……」
 と、そこまで言って、さくらがふと違う方角に振り向いた。
「? どうしたんですか?」
「……いいえ。別に何も」
 さくらは静かに答えた。
「さあ、細かい話を詰めてゆきましょう。先程、卒業生に見せる踊りがあると……」

●金沢に、舞う【6】
「おいおい、どこ連れてこうってんだ?」
 夕方――ぶつぶつ言いながら、十三はさくらの後を歩いていた。その後ろにはエマと熾貴が並んで歩いている。2人とも浮かない顔をしていた。
「すぐそこですから」
 さくらが十三をなだめた。一行が歩いているのは、お堀通りと呼ばれる道だった。東には金沢城公園を見上げることができる。
「……シュライン様、クーランジュ様、どうかされましたか?」
 浮かない顔の2人に尋ねるさくら。
「いや、あまり有力な情報がなくてね……」
 淡々と答える熾貴。一方、エマはさくらの顔を見つめていた。
「何か付いていますか?」
「あっ……ううん、何でも」
 そう言ってエマは言葉を濁した。やがて一行は小さな神社に入った。その名を神崎神社といった。
 境内では白い着物に身を包んだ2人の少女が待っていた。1人は短髪でボーイッシュ、もう1人は腰まであるかという長髪。これだけなら、まだ普通だ。しかし2人が少し違ったのは、頭の上に狐の耳があったことだ――。
「狐娘……?」
 はっとしてつぶやく熾貴。だが、十三から違う言葉が出た。
「『狐の舞』……じゃねえのか?」
「渡橋様、よくお分かりになりましたね」
「へっ、伊達に情報屋はやってねえ」
「昼間にこの辺りを調べていたら、偶然お2人にお会いしまして……。何でも卒業式の前日に、卒業生に見せる踊りの練習をされていたんだそうです。真夜中にも練習されていたこともあるそうですから、ライターさんはきっとその時に見られたのではないかと」
 説明するさくら。それを受けて、少女たちも名を名乗る。短髪の少女が高川めぐみ(たかがわ・めぐみ)、長髪の少女が和泉葛葉(いずみ・くずは)といった。
「その踊りが『狐の舞』と言うんだとさ。ま、こんなもんだよな、実際」
 へへっ、と十三が笑った。
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』か……」
 ぽつりと熾貴がつぶやいた。
「ほら、謝りましょう」
 さくらが少女たちに優しく言った。
「ごめんなさい! そんな大事になってるなんて思わなかったんです!」
 めぐみがはっきりとした声で謝った。葛葉は無言で頭を下げていた。
「ともあれ、それならばこれ以上調査する必要もないですね」
 葛葉をしげしげと見つめながら熾貴が言った。まるで何かを探るかのように。
「せっかくですから、その『狐の舞』を見せてもらいませんか?」
 提案するさくら。全員それには異議がなく、少女たちはさくらたちから少し離れた。そしてその場にしゃがみ込む。『狐の舞』の始まる瞬間だった。
 4人の観客を前に、懸命に舞う少女2人。いつしか天から雪も舞い始めていた――。

●妥協【7B】
 少女たちと別れ、雪の降る中、夜の片町へと向かう一行。エマとさくらは前の2人から少し後ろを歩いていた。
「明日は1日観光をして、お土産を探しましょうか。カニも買わなくてはいけませんし」
 さくらがエマに話しかけた。
「……うん」
 生返事を返すエマ。まだ昼間のことが頭に引っかかっており、悩んでいた。
(……全部明らかにした方がいいのかな……)
「真実を明らかにしますか?」
 エマのそんな気持ちを見透かしたかのように、不意にさくらが尋ねた。エマはさくらの目をじっと見つめた。
「ひょっとして……気付いてたの?」
 尋ね返すエマ。さくらは無言で微笑んだ。否定も肯定もしない。
「……当分保留。何事もなければ、このまま黙して語らず。これでいいでしょ?」
 大きく息を吐き出してエマは言った。
「ありがとうございます」
 さくらが深々と頭を下げた。雪は今もなお舞い続けていた。

【金沢に、舞う 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 草壁・さくら(くさかべ・さくら) / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 熾貴・クーランジュ(しき・くーらんじゅ) / 男 / 24 / DTPデザイナー 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・執筆前に、高原は主だった場所へ行って参りました。『はくたか』のグリーン車も乗り心地はいいですよ。
・金沢は今まさに雪の季節ですが、雪の兼六園は見る価値ありますので、機会がありましたらぜひどうぞ。
・今回は依頼成功とも失敗とも言いません。微妙な結末になっていますので。なお、お土産は皆さん無事に購入できていますのでご安心を。
・草壁さくらさん、今回のキーパーソンになっています。さくらさんのプレイングで当初の予定がひっくり返りました。実はさくらさんと葛葉は、眷属とはいえ微妙に違っていたりします。その正体は、彼女の名前で判断してみてください。なお、エマさんはさくらさんの正体に気付いていますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。