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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


●現実を買います
------<オープニング>--------------------------------------------------

「母さん、あたし、今日現実売ってきたの」
 学校帰りにいつものように渋谷で遊び、午後11時を回って帰宅した娘がいきな
りそう言った。
「だから明日からあたし、いないよ」

「それから娘さんが目を覚まさない、という訳ですか?」
 依頼書を前に、草間は手持ちぶさたそうにペンを指先でくるくる回した。
「もう3日にもなるんです。お医者様に見ていただいてもさっぱりわからなくて
‥‥」
 草間は、さも真摯な態度で訊いている、という風に母親の瞳を凝視した。
「どうか、娘の現実を買った方を捜して下さい」
「人捜し、か‥‥」
 内容は奇妙とは言え、人捜しは探偵の本分。しかし雲を掴むような話だ。現実
を買った人を捜せなど。
「情報はあるんですか?」
「娘の友達に訊いた処、30代位の男性が渋谷でたまに声をかけているのを見かけ
るそうです。娘はなぜ現実なんて売ってしまったんでしょうか‥‥」
 テーブルに泣き伏せられ、草間は苦い顔になる。本当に信じているのだろうか。
現実を売り、そして夢から目覚めなくなった、など。
「わかりました。捜してみましょう。おい」
 事務所に残って依頼書をあげていた3人に目を向ける。
「人海戦術も必要だろ。3人で行って来い」

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 依頼人は北里裕子(きたざと・ゆうこ)。娘の名前は麻美(まみ)。
「はぁい、行きますよぉ」
 昨晩締め切り原稿を徹夜であげ、そのままここに来て依頼書を書き上げていた
シュライン・エマは、目の下の隈を軽くこすりつつ立ち上がった。
(現実を買う? なんだか面白そうな話ではあるけど。)
「何で現実なんか売っちゃったんだろうね」
 王優月下も立ち上がりながら呟く。
「それを調べるのがあたし達の今の仕事でしょ?」
 早速身支度を整え、赤羽根潤が顔だけ二人に向ける。
(マンガのネタになりそうね)
「とりあえず現場に向かう? それとも別行動?」
「オイラはその子の家に行ってみるよ。何かわかるかもしんないし。そのトモダ
チって子の話も聞きたいな」
「私は直接行ってみるわ」
「それじゃあたしは着替えてから」
 赤羽根の言葉に王優、エマ、本人の順で答える。
「着替える?」
「そう。ちょっとね」
 王優に疑問符にウインク混じりで答え、赤羽根は先に事務所を出ようとする。
「あ、ちょっと。携帯ONにしておいてよ。こっちの会話が聞こえるように」
「OK。わかったわ。それじゃ」
 エマに言われて赤羽根は携帯をちらっと見、本当に事務所を出ていった。
「それじゃオイラ達も行動開始!」
 元気に出ていく王優の後ろにつくように、エマが事務所を出ようとすると、草
間から声がかかる。
「そうだ、エマ」
「‥‥はいはい。煙草の補充でしょ? 帰りに買ってきますよ」
 後ろ手にヒラヒラと手を振って答えるエマに、草間は苦笑いをした。

「ここか、あの子の家って」
 ごく普通の一戸建て。2階のカーテンが閉まっている部屋が、その眠ったまま
の子の部屋だと検討がついた。
「セロム、何かあったら聞き出してね」
 自分の守護霊セロムに語り書けると、王優はチャイムを鳴らした。
「‥‥」
 返事がない。
 もう一度チャイムを鳴らすと、ようやく母親が現れた。ひどく疲れ切った様子
で、先程までついうたた寝をしてしまった、というのがありあり。娘が寝覚めな
い事が心配で、本人が眠れない日々を過ごしているのだろう。
「麻美さんに会わせて貰いたいんだけど」
「はい‥‥こちらです‥‥」
 娘と同じ歳の調査員が来ても大丈夫なのだろうか、と心配が思い浮かばない程
心労しきっているのだろうか、王優が軽く自己紹介をしただけで案内してくれた。
 家の中は整然としていて、専業主婦である母親の几帳面さが伺えた。しかしこ
の不可解な事件のせいだろうか、妙に落ち着かないような空気が漂っているのは
確かだった。
「セロム、何か感じる?」
 小声でセロムに問うと、何かを探っているような気配を感じるだけで、返答は
ない。とりあえず何かあったら言ってくれるだろう、とそのまま歩を進め、2階
へ通じる階段を登った。
 その子の部屋は階段を上がって右に折れた奥で、部屋の扉には『まみの部屋』
というプレートがかけられていた。
『夢魔の臭いがする』
 いきなりのセロムの声に、王優はばっとセロムを見た。その行動に母親は驚い
たが、何も言わなかった。
「麻美さんと二人にして貰えます?」
「はい‥‥」
 ドアだけ開けると、母親は「下にいます」と階下へ降りて行った。
「で、セロム、夢魔の臭いって?」
 中に入り、麻美が寝ているのを確認すると、王優はセロムに語りかける。
『この少女には夢魔がとりついています。しかし不安定なので姿をはっきりとら
えることはできません』
「それで目覚めないの?」
『真相の程はわからないが、おそらく‥‥』
「この子の守護霊とは話が出来る?」
『やってみます』
 短い返答の後、沈黙が流れる。その間に王優は部屋の中をぐるりと見回した。
 なかなか整頓された部屋。娘が眠ってからも毎日掃除はしているのか、ほこり
一つ見あたらない。
「捜査の手がかりだし‥‥いいよね」
 机の引き出しを引っぱり出して中を軽く探る。
「あ、これこれ」
 日記を発見してページをめくる。今時の女子高生にしては珍しく、几帳面な文
字がつづられていた。
 内容はその日あった事、好きな人の事。友達との事。これと言って現実を売っ
てしまう事へと通じるような事柄は書かれていなかった。
『すまない。何度か問いかけては見ているのだが、守護霊ごと眠りについている
ようだ』
「そっかぁ。じゃしょうがないね」
 パタン、と日記を閉じると、元有ったように戻す。とそこへ誰かが尋ねてきた
らしく、母親が対応している声が聞こえてきた。
 そのうちバタバタバタ、と階段を駆け上がる音がしたと思ったら、ドアが開か
れ、麻美と同じくらいの女子高生が立っていた。
「麻美の事調査してくれてる人ってあなた?」
 自分と同じ歳くらいの王優を見て、あからさまに疑惑顔。
「失礼だな」
 ムカッとそのまま表情に出すと、女子高生はごめんごめん、と謝って舌を出す。
「そうだよね、最近色々事件多いもんねぇ。あたしと同じ歳くらいでもおかしく
ないか。‥‥で、何かわかった?」
 勝手に一人で納得して頷き、王優に問う。しかしその眼差しは真剣そのものだ
った。
「今それを調査している所だよ。で、おまえは何か知ってるのか?」
 一見ぶっきらぼうないい方だが、王優の雰囲気にせいかイヤな風には聞こえな
い。
「あおのオジサンでしょ。渋谷でたまに見かける。麻美がこんな事になってから
行ってないからわかんないけど、今でもいるんじゃないかな?」
「特徴とかわかるのか?」
「えーっとね、確か、くたびれたトレンチコート着た30代くらいのオジサンだ
ったよ。アゴヒゲがちょっとうざくて、右頬に傷があったかな」
「特定の感じの人に話かけてた、ってのはあるかな?」
「ないよ。あたし達みたいな女子高生もあれば、オジサンにも話かけてたし」
 女子高生は唇に手を当てて、考えるように上目遣いになりつつ言う。
「そっか‥‥ありがと」
「ううん。それより麻美の事お願い。すっごいいい子だったんだよ。あんな事が
なければさ‥‥」
「あんな事?」
 ポツリ小さく呟いた言葉を、王優は聞き逃さなかった。
「あんまり人に話していい事じゃないんだけど‥‥場合が場合だしいいか。麻美
さ、学校で好きな先輩いたんだよね。そんで冬休みにコクって、やっと付き合え
たと思ったら実は二股で、本命は別のお嬢様学校にいたんだ。それでかなり落ち
込んじゃって」
「それで現実を売る気になった訳だ‥‥」
「多分ね‥‥馬鹿だな麻美‥‥。男なんて橋上先輩だけじゃないのに‥‥」
 ベッドの端に腰を下ろして麻美の顔を見つめ、涙を落とす。それを見て王優は
これ以上いても仕方ないな、と思い静かに部屋を後にした。

 赤羽根は自室に帰ると、クローゼットの中を漁り始めた。
「確かここに入ってわよね‥‥」
 ガサゴソと洋服をかき分けて目当てに物を探す。
 10分位探しただろうか、ようやく発見して、そのシワだらけさにうんざりし
たような顔になる。
 取り出されたのは高校の制服だった。それに手早く見えるところだけにアイロ
ンをかけると、鏡の前で着替える。
「‥‥まだまだ大丈夫。いけてるいけてる」
 22歳の赤羽根だが、鏡を見た限りで自分的にセーフだと思っていた。
「髪型もちょいちょいっといじれば‥‥。全然OKじゃない。これで渋谷歩いてい
れば‥‥完璧ね」
 制服姿に着替えた赤羽根は、そのまま渋谷へと向かった。
 相変わらず駅前は人通りが激しく、どこへ行ったらいいのか迷う。
「駅前ふらふらしてても仕方ないわね‥‥」
 とりあえず道玄坂へ向けて歩き出した。人通りの多い道を抜けて、きょろきょ
ろ不審な人物がいないか探しつつ。
 端から見たら赤羽根も充分怪しいのだが。
「109行ってもなぁ‥‥」
 大きな看板が目に入って思わず見上げる。
「エマクンの方は見つかったのかしら?」

「ポケットに録音用のテープレコーダーと‥‥」
 携帯を入れて、現実を買う人物が現れたら録音がすぐに出来るようにセットし
て。
 季節柄ポケットの物が判別し辛くて大助かり。
 準備を整えたエマも、渋谷へと来ていた。
 この寒さだと言うのに人の多さ。熱気で暑くないのが不思議なくらいだ。
 適当にぶらぶら歩いて、疲れた感じに腰を下ろした。
「娘さんの現実、まだ売られていなきゃいいけど‥‥」
 ポツリ呟きながら、母親の言った特徴の男を目で捜す。
 時々血迷ったナンパ君に声をかけられるが無視。
 ふと地面へ視線をおろした瞬間、頭上に影が現れた。
「あの、現実を売ってくれませんか?」
「!?」
 気を抜いた一瞬の言葉に、エマは思い切り顔をあげた。
 そこにはくたびれたトレンチコートの男が立っていた。顎には無精髭があり、
頬には傷が見える。
 エマはポケットに突っ込んでおいた手で、素早くレコーダーにスイッチを入れ
た。
 携帯には二人の会話が流れる。事前にいる場所は携帯で伝えてある。それを聞
いた一番近い場所にいた赤羽根が、きびすを返してエマの近くへと行く。
 王優は北里家を出たばかりだった。
「‥‥現実ってどうやって売るの?」
「売ります、と言っていただければ、夜にはこちらで処理します」
「‥‥胡散臭いわね。現実売買にどんなメリットがあるのよ。私みたいな疲れた
人間の現実買ったって、得なんて何もないわよ?」
「世の中にはもっと悲惨な方います。その人に売るんですよ。これまでとは違っ
た人生、すばらしいとは思いませんか?」
 男の表情はあくまで無表情で、何を考えているのか全くわからなかった。
「大丈夫かな‥‥」
 携帯で話の内容を聞きながら、遠くで赤羽根は様子をうかがっていた。
「売った私はどうなるの?」
「夢の世界が待っています。現実は起こり得ない不思議な出来事」
 ペラペラと素直に話して行く男に、エマは不信感が拭えない。こういった情報
は表に出さないものではないのか。
 薬を使って眠っているのではなかったのだろうか、あの女の子は。
 男の変わらない表情と口調。幽霊などは怖くないが、背中に悪寒が走ったのは
わかった。
 違う。人間じゃない。
 これは確信。
 現実を売ったらいけない。
 自分の中の根本的な何かが叫ぶ。
 目を見たらいけない。取り込まれる。
「あ、あの!」
 エマの様子に気がついたのか、赤羽根が二人の間に割って入った。
「北里麻美の現実を返して下さい!」
 友達を装って、赤羽根は男に言う。
 エマは呆然と赤羽根を見つつ、頭を左右に軽く振った。
「北里麻美‥‥?」
 聞き覚えがない、と言ったように男は表情を変えずに首を傾げた。
「女子高生です。3日くらい前に現実を売った」
「ああ、あの子ですが。なかなかすばらしい現実でしたね。残念な事にまだ買い
手がついていなくて‥‥」
 ポン、と手を打って男は口元だけに笑みを浮かべる。
「売られてないだったら、返して下さい! みんな心配しているんです」
「でもあなた、その子とは無関係でしょ?」
 あっさりと図星をさされたが、赤羽根は踏みとどまってなんとか表情を変えず
に済んだ。
「それに返せ、と言われても売買は済んでますしねぇ。そのお嬢さんはきっと夢
の中で幸せですよ」
「そんな事ないよ!」
 今度割り込んできたのは王優だった。
 肩で息をしながら、それでもきっぱりと否定した。
「生きていればいい事たくさんあるもん! 心配してくれる友達や肉親がいる、
って事だけでいい事なんだよ!!」
「‥‥そうだよ。夢の中ばかりがいい、なんて事ない。一生懸命生きるから、現
実は辛くてもいい事があるんだよ」
 舌戦に加わろうか迷っていたエマも、思わず口を挟んでしまった。
「ほほう。みなさんグルですか‥‥それにしてもそちらのお嬢さんは厄介なもの
がついてますね‥‥」
 男の視線は王優の頭上、セロムに向けられていた。
 不意に赤羽根の瞳にうつる、男とは違う別の姿。男と重なって曖昧にしか見え
ないが、黒い、不気味な影で形作られた異形の生き物が見えた。
「三対一、今回は私の分が悪そうですね。いいでしょう、あのお嬢さんの現実は
お返しします。‥‥ですが、多少記憶を頂きますが、ね」
 その時始めて男ははっきりと笑った。ぞっとするような、爬虫類的な笑みで。
「これ以上悪さしたらダメだよ!」
「‥‥そう言われてもこれが生業ですから‥‥。これ以上首を突っ込むと、お嬢
様方に影響が及ぶことになりますよ」
 笑みを貼り付けたまま、男は舐めるような目つきで三人を見た。
「それでは、また逢うこともないでしょう‥‥」
 そう男呟いた瞬間、霧のように男は消えてしまった。
「なんだったの、一体‥‥」
 目をパチパチさせながらエマが呟く。
「人間じゃなかったわね」
「うん‥‥。悪いこと、止められなかった」
『仕方がない。並の人間が敵う相手ではないから』
 セロムがようやく警戒を解いて王優に言う。
「なんか後味の悪い事件ね。本当に麻美さんは目覚めたのかしら?」
 エマの発言で、三人は北里宅へと向かった。
 陽は大分傾いて、辺りは暗くなっていた。
 家に辿り着くと、麻美の部屋から灯りが漏れ、大泣きしている母親の声が聞こ
えた。
 それだけを確認すると、三人は事務所へは戻らず、それぞれの居場所へと戻っ
た。

「はい煙草」
 翌日事務所に行ったエマは、一番最初に草間へと煙草を渡した。
 それに草間は苦笑し、デスクの引き出しに終う。
「で、誰が報告書書くんだ?」
「オイラ、パス。苦手なんだよね、そういうの」
「ごめーん、あたしも次のプロット起こしたいから、頼むね」
 一通り報告だけ終えた王優と赤羽根はすすすっと後ろに下がる。
「‥‥はいはい。私が書けばいいわけね。全く‥‥」
 腰に手をあてて大仰なため息。
 その日の昼過ぎ、母親と娘が事務所を訪れ、しきりにお礼を言って帰っていっ
た。しかし、麻美は冬休みの記憶が全てなくなっていたそうだ。これも現実を売
った後遺症なのだろうか。
 帰る二人をガラス越しに見ながら、とりあえずはこれで良かったのよね、とあ
まり腑に落ちない様子でエマは呟いた。

 今日もどこかで、現実を売っている人がいるかもしれない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

【シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【王優月下/女/16歳/風見ヶ原学園高等部二年】
【赤羽根潤/女/22歳/漫画家】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、こんにちは。夜来聖です。
 この度はこの依頼を受けて頂き、ありがとうございました。
 どこか続き物風に終わってしまいましたが、もう少し突っ込んで書いてくれた
人がいたら、また違った展開になっていたかもしれませんが‥‥自分で書いて置
いてなんですが、解決し辛いですね、はい。
 エマさんの場合、連携してくれる人がいればもっと良かったのかもしれません
が、全員別々の方向で動いていたので残念です。
 格好いい女の人、というイメージが強かったのですが、活かせなくて‥‥。
 これかもご活躍期待しております。
 機会がありましたら、またお逢いしましょう。