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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


小さな女優
●オープニング【0】
 日曜朝7時。別の依頼に出た草間から留守番を頼まれ、数人が1晩を明かしていた。誰かがテレビの電源を入れた。
 と、不意に画面に映し出されるのは、小学生高学年くらいの1人の少女。少女は何故かバニーガール姿だった。何の番組かと新聞のテレビ欄を確認すると、そこには『魔法少女バニライム』と書かれていた。
 『魔法少女バニライム』――元は6年前、少女漫画誌に連載されていた漫画だ。月の魔法で正義の魔法少女バニライムに変身した少女が、悪と戦ってゆく物語だ。単行本2冊で連載は終了したが復活を望む声が数多く、続編が開始されたのが1年前。そして先月からついに特撮ドラマも始まっていた。
 ぼんやりとそのまま見ていると、唐突に事務所のドアが開かれた。
「お願い、助けて!」
 1人の少女が駈け込んでくる。今、テレビの中に居るのと同じ顔の少女が。
「怪しい人がずっとつけてくるの!」
 少女、香西真夏(こうざい・まなつ)は続けて言った。窓陰に隠れ外の様子を見ると向かいのビルの角、姿は見えないがそこから人影らしい物が見えていた。
「スタジオ入り8時半なのに……お願い、助けて探偵さん!!」
 時刻は7時16分を指していた。

●反応【1】
「わわわ! バニライムちゃんだぁっ☆」
 真夏を見るなりそう叫んだのは、某大手テレビ局の新人アナウンサー寒河江深雪だった。『魔法少女バニライム』は彼女の勤める局で放送されているのだ。
「オイラ女優さんなんて、初めて見るなあ……」
 一方、そんなことをつぶやいているのは王優月下。風見ヶ原学園高等部2年の少女だ。七不思議研究委員会というものに所属しているせいか、よくここには顔を出していた。緑の髪がちょっと目を引く。
「あ〜、色紙どこ〜! ペン、ペン、ペンはどこ〜! きゃ〜っ、髪が絡まる〜!」
 黒く長い髪を振り乱し、あたふたとテーブルやら、散らかっている机やらを捜し回る深雪。その声に、毛布を被ってソファで眠っていた少年が目を覚ます。
「ん……」
 眠たい目を擦りながら毛布から顔を出す可愛らしい少年。ふと、普段は見慣れない、だけども見慣れている顔を事務所の中に見つけ、目をぱっちりと見開いた。
「あ! バニライムのお姉ちゃんですーっ!」
 赤髪の少年、ラルラドール・レッドリバーが真夏を見るなり叫ぶ。その表情は本当に嬉しそうだった。
(たく……ミーハーだねえ)
 まだ色紙を探している深雪を尻目に、青髪の女性サイデル・ウェルヴァがサングラス越しで、真夏を値踏みするように見ていた。女優である彼女にしてみれば、真夏はいわば同業者であって、別段騒ぐべき相手でもない。残念ながら、人気は真夏の方が上であったけれど。

●判断【2】
(マジか狂言か……どちらにしても悪かないねえ)
 一瞬のうちにそう判断するサイデル。本当にストーカーが真夏を追いかけているのかもしれないが、狂言である可能性も否定はできない。しかし前者ならば報酬が手に入り、後者でも息抜きにはなる。ゆえに答えは1つだった。
「所長は現在出て居られますが、お急ぎの様ですし調査員の我々でよろしければ……」
 普段使わないような言葉遣いで話すサイデル。草間が使っていた余所行きの言葉を思い出しつつ喋っていたが、そこはそれ、女優である。真夏に違和感を感じさせなかった。
「?」
 だがサイデルのそんな言葉を聞いて首を傾げたのは他の3人だった。それに気付いたかは分からないが、サイデルが月下に目配せをした。
(あ、忘れる所だった)
 月下はそっと移動すると、証言記録用のテープレコーダーのスイッチを入れた。真夏に気付かれた様子はなかった。
「本当に、遅れる訳にはいかないの! 引き受けてくれるの、くれないの?」
 時計を気にしながら真夏が言った。テレビからは『魔法少女バニライム』のエンディングテーマが流れ始めていた。
「大丈夫ですー!」
 元気よくラルラドールが答えた。
「僕もお手伝いするし、みんなが守ってくれるもの!」
「うん、オイラも手伝うよ」
「うちの局の大切な番組の女優さんですもの。私も手伝いますよ☆」
 月下と深雪もラルラドールと同意見だった。
「……という訳ですので、ご依頼お引き受けいたします」
 最後にサイデルがそう言ったことで、正式に仕事として真夏をスタジオまで送り届けることが決まった。

●提案【3】
「当然、収録はうちの局のスタジオですよね? だったら道案内は私に任せてください☆ 今からだったら十分間に合い……」
 身振り手振りを交えて言う深雪。けれど、真夏は首を横に振った。
「島公園スタジオです」
「あ、違うんですね」
 がくっと肩を落とす深雪。あいにくと島公園スタジオにはまだ行ったことはなかった。
「そのスタジオまででしたら、ルートをいくつか確保しておりますのでご安心ください」
 サイデルが冷徹なキャリアウーマンを装いながら言った。
(徒歩25……いや30分ってとこか。ぎりぎりだねえ)
 事務所から島公園スタジオまでの時間を計算するサイデル。そして、ルート取りに思いを巡らせる。
(さて、どのルートが楽しいかねえ)
「ちょっといいかなあ?」
 月下が手を上げて言った。
「オイラたちにいい考えがあるんだけど……ね、ラッシュ」
「はいですー☆」
 月下と笑顔のラルラドールが顔を見合わせた。

●作戦開始【4B】
 事務所の入っているビルの前にタクシーが1台止まった。ビルの中から、足元まであろうかという長い髪をなびかせてラルラドールが駆け出してくる。
「真夏お姉ちゃん、早く早く!」
 急かすように大声で言うラルラドール。ビルの中から上着で頭をすっぽりと隠した少女が飛び出してきた。
 そして大急ぎでタクシーに乗り込む2人。ドアが閉まると、タクシーは広い通りに向けて走り出した。
 その数分後、ビルの中からサイデルが姿を現した。周囲を確認し、ビルの中に向かって手招きをする。その後に出てきたのは、サングラスをかけた深雪と先程タクシーに乗り込んだはずの真夏だった。では、先程の真夏は誰なのか?
「月下さん大丈夫でしょうかぁ……」
 心配そうな表情で深雪がつぶやいた。長い髪は結い上げられ、帽子の中へ押し込まれていた。ぱっと見ただけでは、深雪だとは分かりにくい。……顔が知られているとはいえ、自分だけ変装してどうする、という視線もなくはなかったけれど。
「タクシーから降りるなとは言い聞かせてあるから大丈夫じゃないかい?」
 時計を見ながらサイデルが答えた。そう、先程タクシーに乗り込んだ真夏は、月下が身代わりになっていたのだ。小柄な月下と、小学生にしては背の高めな真夏との体格差が小さいことが幸いしての作戦だった。
「そんなことより急ぐよ。本当にぎりぎりだからねえ」
 そう言ってサイデルは2人を促した。すっかり元の口調に戻ってはいたが。

●噂話【5B】
「そういや、思い出したよ」
 細い路地や裏通りを歩きながら、サイデルが言った。隣を歩いていた真夏がサイデルの顔を見上げる。
「何をですかぁ?」
 2人の後ろを歩く深雪が尋ねた。
「『バニライム』オーディションに関する噂って奴さ」
 ちらりと真夏を見るサイデル。真夏が目を伏せた。
「同じ世界で生きてると、色々耳に入るもんでね。何でも、某大物俳優夫婦の娘もオーディション受けて、かなりの裏金を積んでたとか……ああ、会場へ来る途中で事故死したって娘が居るとか居ないなんて話もあったねえ」
「ええっ! そんなことが……!?」
「驚くこたぁないよ。そんなもんさ、この世界。何たって、裏じゃ魑魅魍魎が闊歩してるからねえ」
 驚く深雪に、さらりと言ってのけるサイデル。
「ま、普通の娘がこうして選ばれてる感じじゃ、このオーディションは真っ当に行われたんだろうさ」
 そう言ってサイデルは自嘲気味に笑った。
「……昔、何かあったんですか?」
「さあねえ。今が楽しいから忘れたね、昔のことなんざ」
 振り返り、サイデルはニッと笑いかけた。

●順調の裏に【7B】
 順調にスタジオへの距離を縮めてゆく3人。結局、スタジオに着くまで怪しい者と出会うことは一切なかった。
「何だか拍子抜け……ですねぇ」
 深雪がつぶやいた。もしもの時のために、こっそり準備はしていたのだが、どうやら無駄に終わってしまったようだ。
「でも、無事スタジオ入りできたから、結果オーライですね☆」
 腕時計を見る深雪。現在8時24分――どうにか間に合っていた。
「本当にありがとうございました!」
 真夏が2人に大きく頭を下げた。
「請求書は後で親御さんに回させてもらうよ」
 淡々とサイデルは言った。何事も起こらなかったこともあり、内心では狂言との思いが強まっていた。
「はい! それじゃあ……行ってきます!」
 もう1度ぺこりと頭を下げ、真夏はスタジオの正面玄関に駈け込んで行った。
「……大変ですよね、朝早くからは」
 真夏を見送りつぶやく深雪。自らの早朝レポートの経験からか、言葉に実感がこもっていた。
「なーに、大丈夫じゃないかい? 時間を守ろうとする様なんて、いっぱしの女優だよ。小さな女優……てとこだね」
 サイデルはそう答え、踵を返した。ともあれ無事に依頼は果たした。2人ともこの時はそう思っていた、深雪の携帯電話が鳴るまでは。
「はい寒河江で……あ、月下ちゃん? 今無事にスタジオに着いて……え?」
 電話に出た深雪の顔色が変わった。
「事故って……大丈夫なのっ!? あ、大丈夫……無事? よかったぁ……」
 2人の無事を聞き、安堵する深雪。
「え、何なの? ……無人の車が突っ込んできた?」
「! 貸しな!」
 サイデルが深雪から携帯電話をひったくった。
「代わった! 何があったっていうんだい!」
 電話の向こうから、月下が懸命に説明をしていた。突っ込んできた車には、誰かが乗っていたような形跡はなかったと。
「そうかい。けど、何だか後を引きそうな話だねえ……」
 そう溜息混じりにつぶやき、サイデルは眉をひそめた。結局、誰が真夏を追っていたのか、分からないままなのだから。

【小さな女優 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 サイデル・ウェルヴァ(さいでる・うぇるう゛ぁ) / 女 / 24 / 女優 】
【 寒河江・深雪(さがえ・みゆき) / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当) 】
【 王優・月下(おうゆう・げっか) / 女 / 16 / 学生 】
【 ラルラドール・レッドリバー(らるらどーる・れっどりばー) / 男 / 12 / 暗殺者 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の依頼は無事に真夏をスタジオ入りさせることでしたので、すっきりしないでしょうが依頼成功となります。追跡者の正体は……そのうち他の依頼で分かることでしょう。
・なお報酬は後日きちんと支払われておりますので、念のため。
・サイデル・ウェルヴァさん、お名前は『サイデル』でよろしいんですよね? 真夏と同じ世界に生きているということで、今回のキーパーソンとなっています。プレイングはよかったのではないかと思います。今回の依頼で多少なりとも接点が生まれていますので、いずれ『魔法少女バニライム』の出演依頼が来るかもしれませんね。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。