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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


黒ずくめの男
●オープニング【0】
『知ってる? 絵の中に入った女の子が居たんだって!』
 いつものように掲示板を見ていると、そんな書き込みがあった。このような書き込みは、この掲示板では日常茶飯事だ。本当かどうかなんて分かりはしない。
 ところが、だ。それに続いてこんな書き込みがあった。
『そーいえば、こないだだけど。変な男に声かけられたんだ。絵に興味はあるか、とか言ってたけど無視したよ!』
『あーっ、あたしもある! 全身黒ずくめのスーツで、何か気持ち悪いカンジー!!』
『うちもあるで! 近くに美術館あるけど、絵になんか興味ないっちゅーねん』
 さらにはこんな意見まで書き込まれる始末。
『きっと、その男が絵に入れるようにしてくれるんじゃない?』
『話混ぜてどーすんねん、あんた(笑) そんなアホな話ないやろ』
『私の友だち、絵を見に行った後で行方不明になりました。本当です』
『……捜索願い出したら?(汗) ここに書き込んでんと(汗)』
『変な男は、正義の魔法少女バニライムが成敗してくれますよ♪』
『それ、板が違う!!(笑)』
 ……さてはて、黒ずくめの男は本当に居るのだろうか。居るとすれば、その目的はいったい何なのか?

●諦めてはいないから【2】
 金曜夜、仕事――占い師である――を終え、帰ってきたエルトゥール・茉莉菜は自宅のパソコンに向かっていた。占いやオカルト関係のサイトを巡っているのだ。日課ではないが、たまに気が向いた時に行っていた。
「これは……」
 厳しい表情になり茉莉菜がつぶやいた。それは『ゴーストネットOFF』の掲示板を見ている最中のことだった。
「……また黒ずくめの男ですわね……」
 ぎりっと奥歯を噛み締める茉莉菜。先日の事件での苦い記憶が脳裏に蘇ってくる。
 消えた少女・山寺美雪を探していて行き着いたのは、絵画の中にその身が吸い込まれようとしていた少女の姿。そして、証言の中に見え隠れする黒ずくめの男。少女はどうにか救え出せたが、多くの謎が残されたままだった。無論、男の姿すら見つけることもできずに。
(わたくしは諦めていませんよ……必ず捕まえて、あなたの正体を暴いてみせますわ)
 決意を新たにする茉莉菜。先日の事件で、多少なりとも男の行動パターンを茉莉菜は読んでいた。上手くすれば、男を捕らえることも不可能ではない。しかし――。
(神出鬼没だとすれば、少々厄介ですわね……)
 肝心の男の出現場所が分からない。掲示板書き込みでは詳しい場所までは書かれていないからだ。唯一具体的なのは、『近くに美術館あるけど』という部分くらいか。
「美術館?」
 何かを思い出して、茉莉菜は椅子から立ち上がった。飼っている白い猫が足にじゃれついてくるが、そのままバッグの置いてある場所へと向かう。
「確か今日……」
 常連の男性が『興味ないから』と言って、美術館のチケットを渡してくれていたはず。茉莉菜はバッグを開けると、そのチケットを取り出し確認した。
 場所は『立岡美術館』、地下鉄表参道駅の近くだった。
「表参道……渋谷や原宿にも近いですわね」
 このチケットを貰った日に見たあの書き込み、単なる偶然なのだろうか。それとも必然なのか――茉莉菜は妙な胸騒ぎがした。

●目的は一緒だから【5A】
 土曜日・昼下がり――エルトゥール・茉莉菜は表参道駅にやってきていた。地下鉄の階段を昇り、地上へ出る茉莉菜。天気はよいが、風があり頬が冷たかった。
「さて、美術館は……」
 茉莉菜は周辺の案内地図を探した。今日の茉莉菜の服装は、仕事時のようなローブ様の神秘的な衣装ではなく、本当に普段着そのものであった。特に化粧もせず、髪も束ねており、仕事時とまるで印象が異なる。
 そんな時、茉莉菜の背後から誰かがぶつかってきた。
「わっ!」
 子供の声だ。振り返る茉莉菜。そこには手で鼻を押さえている小学生くらいの男の子が立っていた。
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」
「……痛いなあ。何ぼけっと立ってんだよ、おばさん!」
 男の子――大沢巳那斗はそう言って茉莉菜に抗議した。
「おっ、おば……!」
 絶句する茉莉菜。即座に巳那斗の肩に手を乗せて、にっこりと微笑んだ。
「……お姉さんでしょう?」
 目は笑っておらず、その笑顔も多少引きつってはいたが。
「どっちでもいいよ、そんなの。それより、おば……お姉さん。『立岡美術館』って知らない?」
 茉莉菜の強い視線に気押されたか、言い直す巳那斗。
「え?」
 茉莉菜は巳那斗の目をじっと見つめた。巳那斗の思考が、染みるようにじわじわ伝わってくる。
(この子……!)
 巳那斗の目的を理解した茉莉菜は、続けて軽く意識を集中させた。自分がどうしてここに来たかを思いながら。
「……へえ、あの掲示板見たんだ。だったら、目的一緒だね。お姉さん」
 茉莉菜の思考を受け取り、巳那斗はくすっと笑った。

●見つけ出すために【6A】
『立岡正蔵(たておか・しょうぞう/1929−)
 戦後、独学で西洋画を学んできた画家であり、その独特で繊細なタッチは見る者を和ませている。
 風景画が主だが、人物画も多く描いており、特に少女を描かせれば右に出る者は居ないとも言われている。
 なお、彼の作品は個人美術館である『立岡美術館』でも見ることができる』
「少女の絵……」
 茉莉菜は巳那斗から渡された紙を見つめつぶやいた。紙には巳那斗がネットで調べてきたことがプリントアウトされていた。
「『立岡美術館』で検索したら、それがかかってさ」
 得意げに言う巳那斗。
(符合が一致してますわね……)
 先日の事件も少女の絵画が関わっていた。そしてこれから行く先にも少女の絵画が関わっている。これを偶然と見るか、奇妙と捉えるか。
「で、どうやって探すつもりなの? 俺は考えあるけど」
「……話してもらえる?」
「俺がさ、そこで絵に興味ある振りして男を誘い出すから、お姉さん後付けてきてよ。こんな奴、絶対芸術オタクに決まってる」
「駄目ですわね」
 巳那斗の作戦に対し、即座に茉莉菜は言い放った。
「えー? どうしてだよ」
「……彼が『誘拐』するのは、少女ばかりだからですもの。ですからわたくしもあなたも、囮にはなれないんですわ」
 静かに茉莉菜は答えた。先日の事件を調べて気付いたことだ。
「だったら、どうすんだよ!」
「どなたか女子高生の方にお願いして……」
 そこまで茉莉菜が言った時、道路の角から制服姿の少女が駆け出してきた。
「もうっ! こないだから何度もうっとおしいねん、あんたー!」
 関西弁でそんなことを言いながら、茉莉菜たちの横を駆け抜けてゆく少女。その少女に続いて、角から姿を現した者が居た。
「!」
 はっとして身構える茉莉菜。全身黒ずくめのスーツに身を包んだ男が、今まさに2人の目の前に立っていた。

●望んだからこそ【7A】
 黒ずくめの男と対峙する茉莉菜と巳那斗。先に口を開いたのは茉莉菜だった。
「あなたが美雪さんを……いいえ、他の少女たちも絵の世界へ『誘拐』したんですのね」
 厳しい視線で男を見つめる茉莉菜。
「だとすればどうするというのかね」
 男は低い声で答え、笑った……ような気がした。おかしなことに、男の顔に靄のような物がかかっており、近くに居るというのに顔が分からない。
「正体を暴いて、少女たちをこの世界に連れ戻してみせますわ。あなたの手の中から」
 茉莉菜はきっぱりと言い放った。男がそれに答える。
「彼女たちが望んだからこそ、私が案内してあげたのだよ。そう、悩める少女は美しい……それが私の糧となる。『芸術』のための糧に。思わないかね? 絵の中の少女は、老いることなく永遠の幸せを手に入れたのだよ。全ての悩みから解放され、好きな絵の世界での幸せを」
「……へー、自分で望んだんだ? だったら、別に助ける必要もないよな、現実から逃げるような奴らなんて」
 今まで黙っていた巳那斗が口を開いた。驚いて巳那斗を見る茉莉菜。だが平然と巳那斗は言葉を続けた。
「けどさ、そんな奴らを絵に閉じ込めて悦入ってるあんたの『芸術』って、それ以下じゃないの? そんなに絵が好きなら、自分が絵の中に入れば?」
 巳那斗は男に冷たい視線を投げかけた。すると男はニタァッと2人に笑いかけた。靄の向こうからでもはっきりと分かる程に。
「!」
 茉莉菜と巳那斗の背筋に、悪寒が走った。
「所詮、凡人には分からぬことよ。それに私には時間がない……」
 そう言い残し、男が踵を返した。
「待て!」
 追い掛けようとする巳那斗。それよりも早く、1台のスーパーカブが2人の隣を追い抜いていった。

●そして謎は残される【8A】
 エルトゥール・茉莉菜と大沢巳那斗が、武神一樹に追い付いたのは男が消えて数分後のことだった。立派な門のある日本家屋の前に集う3人。
「彼は……?」
 茉莉菜が一樹に尋ねた。
「消えたよ」
「逃げられたんですの?」
 一樹は首を横に振った。
「恐らく2度と姿は見せないだろう。『時が尽きた』とか言ってたからな」
 一樹は男の最後の言葉を2人に話した。
「『絵の完成』ですか。どこかに何か別の絵があるということなのかしら……」
 苦い顔をして茉莉菜が言った。どうにも気にかかる言葉だ。
「あのさ、ここ……」
 巳那斗が表札を指差して言った。振り向く他の2人。そこには立派な字体で『立岡正蔵』と書かれていた。
 遠くから、サイレンの音が近付いてきていた――。

●深夜ラジオより【9】
「午前1時を回りました。ここでニュースをお伝えします。昨日午後4時3分、画家の立岡正蔵さんが亡くなりました。享年72歳でした。なお、立岡さんのアトリエより描きかけであった絵画が1枚無くなっていることに家族の者が気付き、警察ではそれに対する捜査を始めるということです。午前1時のニュース、星野レミがお伝えいたしました」

【黒ずくめの男 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな) / 女 / 26 / 占い師 】
【 大沢・巳那斗(おおさわ・みなと) / 男 / 10 / 小学生 】
【 武神・一樹(たけがみ・かずき) / 男 / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長 】
【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全13場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・さて、本依頼はオープニングには記載していませんでしたが、『少女はどこへ消えた』という依頼の続きでした。本依頼単体でも行動できるように考慮したつもりでしたが、いかがだったでしょうか? なお過去の依頼は『クリエーター別』よりご覧になることができます。
・本依頼のシリーズは次が最後となる予定です。最後まで謎を追い求められるのでしたら、ぜひ次回のご参加もお待ちしています。
・エルトゥール・茉莉菜さん、2度目のご参加ありがとうございます。黒ずくめの男の正体、明記はしていませんがおおよその想像はつくのではないかと。プレイングは前回の結果を踏まえてか、鋭い物になっていたと思います。惜しいのは、あと1つキーワードが足らなかったことですが。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。