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死の国の伝説〜睦月の一節〜
------<オープニング>--------------------------------------
正月明け、何の気無しに広げたファイルの中に、たった一行の文章があった。
『死の国に橋が架かる』
この言葉が何を意味するのか、何処から、そして誰が書き込んだ物なのか。手がかりを求めて可能な限りの手を尽くした結果、発信元は香川県高松市沖にある女木島だと推定された。
ここまで限定出来たのには訳がある。
一週間前、島の観光名所である『鬼の洞窟』内部で、携帯電話に繋がれたノートパソコンが持ち主不在のまま残されていたのだ。
第一発見者が見付けた時、それは最も奥深い場所である広場に置かれてあり、モニターには『死の国に橋が架かる』とだけ文字があったのだという。
洞窟の出入口は夕方には施錠され、朝まで誰も入った痕跡がないと言う話が外に漏れ、近年まれにみないミステリーとして地元では新聞にも掲載された事件だったが、時と共に事件は忘れ去られ、物好きな一握りの観光客が増えただけに終わっていた。
なぜ、洞窟に有ったノートパソコンに残された文字がゴーストネットOFFに届いたのか。
そして『死の国に橋が架かる』とは、一体何を意味するのか?
「‥‥香川って言えば讃岐うどんよね?」
どうやら瀬名雫はお土産に讃岐うどんが欲しいらしい。
●洞窟の中で
三々五々、島にやって来た一行はいつか顔を見たとこのある‥‥噂を聞いたことのある者同士が来ていることの妙を知った。
「成る程な、同じ話題で集まったって訳だ」
ジャケットの襟を立てて、桐谷虎助は鼻をすすり上げた。どうにも、ここに来てから鼻に来る何かを感じているのだが、それが何なのかはっきりしないでどうにもムズ痒い。
「まさか瀬戸大橋というオチではないよね?」
『聞かれてもなぁ〜』
モバイルのパソコンに話しかけた伍代吉馬に、液晶画面の端に映る雫が少しの時間差で答えてくる。
「オチとは言うけれど、その話は陰陽道に携わる者には触れては行けない禁忌の一つ、余り声高に話さない方がよいな‥‥まだ生きていたければ‥‥」
「‥‥え?」
久我直親の言葉に固まる一同。
一人、虎助だけが大アクビで動じていないのだが、直親がそれ以上話を進めないので早速洞窟の中に入ることに決めた。
「団体割引‥‥あ、俺学生で‥‥」
「学生証はありますか?」
「‥‥‥‥」
(モメたろーか?)
王鈴花や世羅フロウライトが学生料金で先に入られた為に、一瞬係員に眉をヒク付かせる虎助だが、獅王一葉と吉馬が足取りも軽やかに入っていくのを見ると、どうせ財布の中身は俺のじゃないと、聞かれたら外見も手伝って危ない発言を漏らしてしまう。
「あの、虎さん。今日は普通に入るんでしょ?」
「‥‥ちえ」
見られてるな、こりゃ。と、呟く虎助を見上げて微苦笑する鈴花に、フロウライトが行こうと声を掛けてくる。
「中は暗いから、気を付けて」
フロウライトに頷いて、彼に追いつく鈴花。
「‥‥あれ? 中は電波が届いてないのか?」
おかしいなと、吉馬が接続の切れた画面を見て唸る。
「奥の広場だけが通じるんとちゃう? あの事件でもパソコンはそこにあって、ゴーストネットに繋がったんはそこでやろ?」
「ええ、でも‥‥」
はっと、息を飲む吉馬。
「皆さん、そこっ!」
一葉が首を傾げる肩越しに、吉馬の指さした『もの』が暗い洞窟の中を走り抜ける。
「お兄ちゃん!」
「?」
鈴花の声におやと怪訝な表情になるフロウライト。彼女の声は、事件に対して抱いていた怯えが含まれていない。
「大丈夫だよ。お兄ちゃん、あの『人』は違うの」
巧く言えないけれどと、小さな手を胸の前で組む鈴花に、直親と一葉は首を傾げながら後を追った。
「‥‥確かに、この洞窟にはおかしな過去はないみたいやけど‥‥何か判る?」
「さあ? このまま奥に進めば問題の広場だが‥‥」
身を折り曲げて腰までしゃがむ。高かった天井が何時しか胸の下にまで下がり、それを潜る抜けると天上高くまで広げられた部屋になる。
「この形状、城塞の造りに似ていますね。しかも古代中国の‥‥」
この洞窟の説明を行っていた案内人の話では、洞窟の天上の至る所に残るノミの痕は西暦元年前後の物で、当時の海賊達がこの島に本拠を置き、天然の洞窟を切り開いて城塞としたという話だった。
「確かに、ここに人の暮らしていた温もりが残っている‥‥でも、おかしいで?!」
立ち止まり、洞窟の壁に手を当てていた一葉が洞窟での人の生きた証、営みを見ていた。
「あの人は、ここに暮らしていた人じゃないの‥‥暖かい、勇気のある人‥‥」
笑顔で見上げる王花に、フロウライトも安堵して先に進む。
「『人』ねぇ〜そんな奴かよアイツが!」
後から入って来た虎助が呟く。
「君も見たのかい、あの霊を?」
微かにだが霊らしき白い影を確かに見た吉馬も虎助に尋ねるのだが、肩をすくめるだけの虎助は答えようとしない。
「鈴花、危なくないんだね?」
いつもなら、自分より前に先に行ってしまう事など無いはずの鈴花が、どちらかと言えば自分から進んで先に歩いている。
「大変なことになっちゃう‥‥危険じゃない‥‥危険じゃないけど、大変なの‥‥」
「? よく判らないぜ、その子の言ってるのは一体何なんだ?」
顎で鈴花を示しながら、フロウライトに問う虎助に、彼は答えようとしない。いや、答えることよりも鈴花が感じた危険について一刻も早く回避するべきだという事が今の彼には優先されていた。
「静かに! 奥から何か聞こえる‥‥」
「え?」
先頭を進んでいた直親から言われて、砂利混じりの岩の道を静かに歩む速度を落とすと、確かに洞窟の奥の方から微かな、しかし甲高い金属の打ち合う響きが聞こえてきた。
「何なんや? 中で何がおこっとんや?」
事の顛末が見えずに、苛立ちを押さえられない一葉達が再び足早に進み出すと、段々と金属の音が大きくなってくる。
撃ち合い、たたき合うような金属の音が‥‥。
「ん? あれは!?」
響く音が身を打つ程に大きくなった時、彼らは最奥の大広間に到着した。
甲高い金属音は広間の中央で鳴り渡っていた。
「あれはさっきの?」
吉馬が声を上げる。
鈴花とフロウライトが共に入ってきた広間の中央で、背後にライトアップされた鬼達の像がある場所で剣を振るう白い狩衣に鎧姿の若武者が、白刃の煌めきを残して影を切り裂く姿が一葉達にも見えた。
「ほう‥‥ここまで実体化した『念』を見るのは久しぶりです」
直親に言われて、フロウライトは鈴花だけでなう、自分が不可思議を見えることに疑問を持っていたのが融解した。
「桃太郎さん‥‥‥か」
ニヤリと、笑う虎助の言葉に、闇を切り伏せた若武者が微苦笑を見せながら振り向いた。
『皆さんには他の方と少し違う力がおありのようですね?』
濡刃を一振りして、刃に残っていた不浄を払いきると、彼は鞘に戻して居住まいを正した。よく見ると、少年の面影を色濃く残す若武者の身体は燐光を伴って輝いているようだ。
『はじめまして、僕はそこの方がおっしゃったとおり、『桃太郎』と呼ばれる『モノ』です』
涼やかな笑みが洞窟の中にともされた灯りのように輝く。
「へぇ? なんでお伽話の中のヒーローがこないな所に? さっきの黒い影は、もしかして鬼かいな?」
一葉が胡散臭いと言った表情を隠そうともせずに言うが、それを受けても桃太郎は気分を害した様子はない。
「桃太郎さん、ここで起きた事件について何かご存じですか?」
『‥‥いえ』
鈴花が進み出て尋ねるのに、膝を屈して彼女の視線の高さに自分の瞳を合わせた若侍は首を横に振る。
『僕がこの姿を再び得られたのも、事件が起きてかららしいですね。奇妙な事件が人を呼び、人の想いが僕の力を再び強くしました。この様に“邪”を払えることも、この地に人を呼んでくれた方のお陰なのですが、僕はその方になんのお礼もできません』
「そんな顔しないで‥‥あ‥‥」
寂しそうに俯く青年の頬を、つい優しく撫でようとした鈴花の手が通り抜ける。
「なんだ、やっぱり実体化したって言っても、そんなとこだろうな」
肩をすくめる虎助に、ええと桃太郎は軽く答えてくる。
「念の『実体化』か。ご神木は元からご神木に非ず、想う心を受けて神木となる‥‥それと同じ訳だ‥‥」
納得がいくと、頷く直親だが、事件の産み出した思いがけない結果は置いても、この地での事件を調べなければと言う使命感が彼に次の一言を言わせた。
「理由は知らなくても構わない、この地で起こったことを、出来る限り教えてくれないか?」
「僕からもお願いします」
直親に続いて、鈴花を見ながらフロウライトが続ける。彼女の異様な怯え用は、今回の事件の影に潜んだ恐怖をはっきりと知るべきだと少年に警鐘を鳴らし続けている。
『‥‥僕の知ることは少ないのです。事件前後までは僕の存在は既に消滅を待つだけの存在にまでになっていました‥‥でも、そちらの方達は何かご存じのようでしたね? 大師様の行われた偉業の一つを‥‥』
「‥‥では、事実だというのか? あの退魔という話は‥‥」
思い出した名を出そうとして、直親名を出すことを止めた。言霊の持つ力を彼はよく知っていたのだ。
「橋の4つって、岡山と香川、兵庫と徳島、広島と愛媛を結んだ3つと、愛媛と九州を結ぶ予定の4大架橋の事ですか?」
『はい、鉄の4本の橋が架かる時まで、悪行を働いたもののけを祓った大師様でしたが、近年になってその教えを忘れた人の行いが“かのもの”の再臨を招こうとしています。30余年前、そして近年になって起きた大地震は徐々に完成に近付く、計画の進むさまを見た“きやつ”の仕業でした』
真剣な表情の若武者からは、厳しい闘いを予感させるに充分なものがひしひしと感じられる。
「で、さ。俺達はそれよりも謎のメッセージが気になるんだ」
はっとする程に明るい虎助の声に、一同が彼を見る。
「で、その気になる俺から言わせると、桃太郎のせいで俺達は最後に残っていた手がかりを失ったと想うぜ? あの影の存在をな‥‥」
「虎さん!」
珍しく声を荒げた鈴花に、フロウライトが驚いた。
「おー怖い、怖い。でもよ、マジな話であの影が最後の手がかりだったんだと俺は思うぞ? 他に何か手がかりがあると思うのか?」
「現場に残された何かが‥‥あの事件のパソコンさえあったら何とかなるんじゃない?」
一葉が出した提案は、彼女自身でも難しい事はよく判っていてのものだったが、今は何か言わなければいけないという使命感に駆られた発言だった。
「僕も、現場で何かを見付けられれば‥‥」
『皆さんの言われる現場はここになります。そして、パソコンという機械は、今貴方がお座りになっている岩の上にありましたが、調べても無駄かも知れません』
「え?」
桃太郎を見返す吉馬と一葉。
だが、彼は皆の行動を見守るように黙して立つのみだった。
「それじゃ、見てみるわ‥‥」
名残惜しそうに座っていた虎助を追い払って、一葉が岩に手をかざした。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
・
・
・
「あかんわ」
数秒後、一葉は首を横に振った。
「俺の力では調べるというわけにはいかないな、魔を祓うならどうにか出来るのだが?」
『他の方が来たようですよ、僕は見つからないでしょうが、皆さんは大丈夫ですか?』
「え?」
若侍から言われて慌てる6人は、確かに足音の響きを聞いて慌ててその場を取り繕うように観光客の振りに徹した。
●フェリーの上で
「なーんや、結局意味無しかいな‥‥ま、お土産は買ったしええわ」
うんと、伸びをした一葉に苦笑する吉馬。
結局、彼らは事件の起きた洞窟での過去を知ることは出来なかった。
目の前にモヤがかかったような、手を伸ばしても届かない何か、それが白くかすんだ闇の中に消えたような感じだった。
「鈴花、どうしたの?」
寒いのかなと、遠ざかる女木島をじっと眺めていた鈴花に声を掛けるフロウライトだが、彼女は横に首を振るばかり。
「桃太郎さんはあの島で“邪”を祓う役目をこれからも担っていくって言ってくれたけど、本当は鈴花達が‥‥今を生きている人達がしなければいけないことなんだよね‥‥」
「難しいことを言うな‥‥大人だって、そう難しく‥‥いや、真剣に考えている者は居ない」
訥々と語る直親だが、彼も自らの力で後を追おうとして断ち切られた手がかりがあった。あと少し、彼ら6人が早くこの地に来ていれば‥‥物ではなく、モノから探りを入れていれば、どうにかなったのかもしれない。
だが、謎は消えてしまったが、危険への警鐘と共に謎の事件が起こした不思議を彼らはその目で見ることになった。
「桃太郎か‥‥岡山の吉備津彦の尊は“ウラ”を退治した存在だったはずだけれど‥‥」
洞窟内では全く通信できなかったので、フェリー乗り場から再びネットに繋いだ吉馬が桃太郎伝説を調べて呟いていた。
「あれ? 虎さんは?」
『‥‥探すなよ‥‥』
鈴花の声に呟いて身を隠す虎助。
船は日の沈む瀬戸内海を、彼らを乗せて四国高松に向けて進む。
瀬戸の海に海賊の暮らした時代もあったのだろう、ノスタルジックな想いがセピアに染まるような、柔らかい陽光の注ぐ夕暮れだった。
数日後、ネットの片隅に女木島の沖に漂う男性の死体があったという事件が流れていた。
●桃太郎さん【王鈴花・世羅フロウライト】
「お兄ちゃん、桃太郎さんはいい人だったね」
「‥‥うん」
人と言うところに疑問を感じないわけではないのだが、フロウライトは鈴花の言葉に頷いた。思いがけない伝承の、お伽話の中の英雄に出会えた事は、鈴花には良い経験だったのだろう。だが、花がほころぶような笑顔が徐々に暗くなり、俯いた鈴花が口火を切ったのは事件を解決できなかった事への悔恨だった。
「鈴花の“視た”ものはあの洞窟には残ってなかったの‥‥お兄ちゃん、鈴花は間に合わなかったの‥‥」
別に、彼女が悪いわけではない。
桃太郎によれば、現世に復活した彼は島に蔓延っていた“邪”を祓うために闘い続け、その際に不浄のものを叩き切り続けていたために、彼らが求めていたものまでも一緒に滅してしまったかも知れない。そういって謝っていた鎧武者の青年は、今も人の生む“邪”と闘い、そしてまた人の心が彼を忘れたときには消えてしまう定めなのかも知れない。
(もしかしたら、桃太郎は僕達がこの事件にこれ以上深入りすることを良しとしなかった‥‥僕達を騙してでも帰したかったのかも知れない‥‥)
何故かフロウライトには別れ際に見えた桃太郎の寂しげな思念が気になっていた。
苦しむ村人を救うために、僅かな共だけを率いて立ち向かっていった桃太郎。
その彼ならば、今の彼らは救うべき村人に見えたのかも知れない。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ) / 女 / 9 / 小学生(留学生)。最も謎に近づいていた娘 】
【 0095 / 久我・直親(くが・なおちか) / 男 / 27 / 陰陽師。鍵を握っていたかも知れない青年 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは) / 女 / 20 / 大学生。お土産は讃岐うどん 】
【 0083 / 伍代・吉馬(ごだい・きつま) / 男 / 21 / 大学生。謎にあと一歩 】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと) / 男 / 14 / 留学生。かざす先は物に非ず 】
【 0104 / 桐沢・虎助(きりさわ・こすけ) / 男 / 16? / 高校生っぽい。吉備団子は美味しかった★ 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、本田光一です。
・皆さんの関心がパソコンの文字とそれを書いた人物に集中していましたが、もうひとつ、消えた謎についてを探る手段があったことを書かせていただきます。方法は今となっては蛇足でしょうから置きますが。
・シリーズ物にしたかったのですが、一月に一作が限界と思われます。
・鈴花さん、判定上では最も謎に近い人物でしたが、それでももう一押し足りないと言う結果に終わりました。残念です。
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この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。
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