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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


黒ずくめの男
●オープニング【0】
『知ってる? 絵の中に入った女の子が居たんだって!』
 いつものように掲示板を見ていると、そんな書き込みがあった。このような書き込みは、この掲示板では日常茶飯事だ。本当かどうかなんて分かりはしない。
 ところが、だ。それに続いてこんな書き込みがあった。
『そーいえば、こないだだけど。変な男に声かけられたんだ。絵に興味はあるか、とか言ってたけど無視したよ!』
『あーっ、あたしもある! 全身黒ずくめのスーツで、何か気持ち悪いカンジー!!』
『うちもあるで! 近くに美術館あるけど、絵になんか興味ないっちゅーねん』
 さらにはこんな意見まで書き込まれる始末。
『きっと、その男が絵に入れるようにしてくれるんじゃない?』
『話混ぜてどーすんねん、あんた(笑) そんなアホな話ないやろ』
『私の友だち、絵を見に行った後で行方不明になりました。本当です』
『……捜索願い出したら?(汗) ここに書き込んでんと(汗)』
『変な男は、正義の魔法少女バニライムが成敗してくれますよ♪』
『それ、板が違う!!(笑)』
 ……さてはて、黒ずくめの男は本当に居るのだろうか。居るとすれば、その目的はいったい何なのか?

●都市伝説【4】
 土曜日・正午過ぎの都内某所。そこに古めかしい外観の骨董屋があった。
 店の名は『櫻月堂』。店名にちなんでなのか、それともただの偶然かは分からないが店近くには、立派な桜の木が立っていた。
「黒服の男か」
 『櫻月堂』主人・武神一樹は店舗備品兼私物のパソコンの画面を見ながらつぶやいた。『ゴーストネットOFF』の掲示板を見ている最中のことである。
 骨董品とオカルト。関係ないような関係あるような、奇妙な感じはするが一樹は時折暇を見てこの掲示板を覗いていた。
「単なるありがちな都市伝説だと思うが」
 一樹は口ではそう言ったものの、妙な胸騒ぎがしていた。
(……これが事実だとすると、すでに犠牲者の出ている可能性がある)
 マウスを操作し、画面をスクロールさせる一樹。すると驚くべき書き込みが一樹の目に飛び込んできた。
『投稿者:サティーン
 絵の中に入った娘なら、あたしも知ってるよ。学校の知人の話だけど。あ、本名はやばいからカンベンしてって感じー☆
 彼女M・Yって名前でさ、絵が好きで渋谷のW画廊ってとこによく行ってたんだ。そこがまた、女の子の絵ばっか並んでんだって。あたしなんかそれ聞いたら、引きまくりって感じでさー。ほら、何か変な趣味持ってそうじゃん?
 そしたらある日ぷいと居なくなっちゃってー。しばらく経って見つかったんだけど、黒ずくめの男に拉致られて、絵の中に入れられそうになったってさー。拉致られてる間に何があったか、全然教えてくんないけどさ。きっと何かされてそうだよねー(笑)』
(もう出てる……か)
 一樹は苦々しい表情を見せた。話の信憑性はともかく、事実とすれば完全に後手に回っている。
「……さくら! ちょっと電話かけてくれ。ああ、知り合いの骨董屋に片っ端だ!」
 住み込み店員の草壁さくらに声をかける一樹。それは彼の裏の顔が垣間見える瞬間だった。

●符合の一致【6B】
「立岡正蔵?」
 一樹は電話口でそう尋ね返した。ピンとこない名前だった。
「いや、一樹ちゃんの頼みたぁ違うのは重々分かってんだがね。ちょっと思い出したんで、耳ぃ入れとこうかと思って」
 電話の相手は一樹が子供の頃から世話になっていた老人だった。同じく骨董屋を営み、祖父とは仲がよかった。一樹が今持っているネットワークは、その祖父の代から築かれてきた物が基本となっていた。
「すみません。それでその、立岡という方は……」
「日本の西洋画で有名な画家さんだよ。名前くれぇ聞いたことあるだろう?」
 言われてみれば、銀座や新宿のデパート等で展覧会が行われていた記憶もある。が、1つ一樹は気にかかった。
「あれ? その方、まだ生きてませんでしたか?」
「ああ、生きとるよ」
 つまりまだ現役である。ならば骨董という範疇から多少ずれるので、最初にピンとこないのも仕方がなかった。
「が、それもどうなるこったか」
「え?」
「半年程前から病で臥せってるらしくてなぁ……ここだけの話だが、先頃悪化してそろそろ危ないらしい。一樹ちゃん、もし立岡さんの絵が回ってきたら、当分はがっちり抱えとくんだな」
「はは……心に留めておきます」
 絵画という物は大方の場合、画家の死後に値が跳ね上がる。現存する絵画以外、新しい絵画が描き上がることがなくなるからだ。
 一樹は電話を切ると、再びパソコンの前に戻った。
(ちょっと調べてみるか)
 検索サイトに行き『立岡正蔵』で検索をかけてみる一樹。大量に検索に引っかかり、ずらりと結果が並んでいた。
「検索上位のサイトを……っと」
 さすがに全部見てもいられないので、上位のサイトに絞って覗いてゆくことにした。その中に次のような記述がされてあるサイトを見つけた。
『立岡正蔵(たておか・しょうぞう/1929−)
 戦後、独学で西洋画を学んできた画家であり、その独特で繊細なタッチは見る者を和ませている。
 風景画が主だが、人物画も多く描いており、特に少女を描かせれば右に出る者は居ないとも言われている。
 なお、彼の作品は個人美術館である『立岡美術館』でも見ることができる』
「『立岡美術館』?」
 再度検索をかける一樹。どうやらこの美術館、地下鉄表参道駅近くにあるらしい。
(絵……少女……)
 一樹は難しい顔をして考え込んだ。
(符合の一致が気に入らないな)
 すくっと立ち上がる一樹。壁の時計に目をやると、午後3時を回っていた。
「……出かけてくる。さくら、後を頼む」
 一樹はそう言い残すと店を飛び出し、愛車のスーパーカブに跨がって走り去った。

●時が尽きたから【7B】
(予感適中か!)
 一樹はフルスロットルで黒ずくめの男を追っていた。『立岡美術館』の近くまでやってきた所、誰かが男と対峙しているのを遠目に発見したのだ。
 男は尋常ならざる速度で逃げていた。スーパーカブに乗っていて、どうにか振り切られないくらいだ。これだけでも人で非ざる者だと分かる。
(どこへ向かう気だ……)
 一樹はまず男の向かう先を確かめることにした。男の前に回って足止めすることも考えたが、追うのがやっとの状況では非現実的な選択になってしまう。
 男の向かった場所が判明すれば、そこに何か事件を解く鍵があるかもしれない。一樹はそれに賭けることにした。男の力を封ずるのは、それからでも遅くはない。
 男は細い道を巧みに曲がり逃げてゆく。一樹も懸命にそれを追う。何度も同じ道を回り、やがて――男はとある家の前で足を止めた。
「!」
 男と距離を取り、スーパーカブを停止させる一樹。ズザザザッ……と、タイヤの滑る音が辺りに響いた。
「……何をそんなに急いで逃げるつもりだ?」
 一樹が男に向かって声をかけた。男は一樹に背を向けたまま答える。
「どうして……どうして私の邪魔をするのだね。先日も、今日も……。私は少女たちが望んだからこそ、絵の世界へ導いているというのに。そしてそれが私の糧になる……互いのためになることを、何が問題あるというのだ」
「人と妖の境界を乱す。それ自体がすでに問題だ」
 一樹はそう言い、男に向かって右腕を突き出した。男の力を封じようというのだ。
「……無駄だよ」
 男が言い放った。
「どうやら時が尽きたようだ……」
 途端に男の姿が薄れてくる。
「待て! 逃げる気か!」
「逃げる? 馬鹿なことを。還るのだよ……ただ1人に」
 男の姿はさらに薄れてゆき、もう向こうの景色が透けて見えていた。
「絵の完成には少し足らぬが……私自身の力で補うとしよう。これで最後の絵だとも……ははは……ふはは……うわははははは……」
 男の笑い声が響き渡り――男の姿は失われた。恐らくは、永遠に。

●そして謎は残される【8A】
 エルトゥール・茉莉菜と大沢巳那斗が、武神一樹に追い付いたのは男が消えて数分後のことだった。立派な門のある日本家屋の前に集う3人。
「彼は……?」
 茉莉菜が一樹に尋ねた。
「消えたよ」
「逃げられたんですの?」
 一樹は首を横に振った。
「恐らく2度と姿は見せないだろう。『時が尽きた』とか言ってたからな」
 一樹は男の最後の言葉を2人に話した。
「『絵の完成』ですか。どこかに何か別の絵があるということなのかしら……」
 苦い顔をして茉莉菜が言った。どうにも気にかかる言葉だ。
「あのさ、ここ……」
 巳那斗が表札を指差して言った。振り向く他の2人。そこには立派な字体で『立岡正蔵』と書かれていた。
 遠くから、サイレンの音が近付いてきていた――。

●深夜ラジオより【9】
「午前1時を回りました。ここでニュースをお伝えします。昨日午後4時3分、画家の立岡正蔵さんが亡くなりました。享年72歳でした。なお、立岡さんのアトリエより描きかけであった絵画が1枚無くなっていることに家族の者が気付き、警察ではそれに対する捜査を始めるということです。午前1時のニュース、星野レミがお伝えいたしました」

【黒ずくめの男 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 武神・一樹(たけがみ・かずき) / 男 / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長 】
【 エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな) / 女 / 26 / 占い師 】
【 大沢・巳那斗(おおさわ・みなと) / 男 / 10 / 小学生 】
【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全13場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・さて、本依頼はオープニングには記載していませんでしたが、『少女はどこへ消えた』という依頼の続きでした。本依頼単体でも行動できるように考慮したつもりでしたが、いかがだったでしょうか? なお過去の依頼は『クリエーター別』よりご覧になることができます。
・本依頼のシリーズは次が最後となる予定です。最後まで謎を追い求められるのでしたら、ぜひ次回のご参加もお待ちしています。
・武神一樹さん、住み込み店員のさくらさんはお元気でしょうか? ネットワークを利用したのはよかったと思います。そのため、多少異なった情報が手に入っています。黒ずくめの男の正体、明記はしていませんがおおよその想像はつくのではないかと。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。