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調査コードネーム:北海道共和国!?
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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「なあ。このなかで土方歳三って、知ってるヤツいるか?」
受話器を置いた草間武彦が、事務所内を見渡しながら訊ねた。
草間興信所。
奇妙な依頼が舞い込むことで、一部では有名な探偵事務所である。つけられたあだ名は、怪奇探偵。所長たる草間にとっては二重三重に不本意であろう。
そして、今日もまた、怪しげな仕事の依頼である。
依頼主は、函館市役所観光課。
依頼内容は、最近市内を騒がせている土方歳三の幽霊を何とかして欲しい、というものであった。
二一世紀に突入した日本で幽霊とは笑わせる話だが、お堅いお役所が仕事を頼んできたとなると、笑ってばかりもいられない事態である。普通、公共の機関は心霊現象や神秘主義などは認めないものだ。まあ、その逆より健全というものであろう。
ただ、このような依頼をしてきた裏の事情は、見え透いているように思える。
函館は観光の街である。歴史上の有名人の幽霊が現れ、それを、怪奇探偵が調査する。絶好の宣伝材料になるだろう。
要するに、客寄せのために利用しようというのだ。
舌打ちの半ダースも、プレゼントしたくなるような話である。
だが、まあ、依頼は依頼だ。
気に食わないからといって断っていたら、探偵などは務まらない。
「たいして難しい仕事にもならんだろう。観光旅行がてら、四人ばかり行ってくれ。冬の北海道は味覚の宝庫だぞ」
たしかに、観光旅行と割り切れば、それほど効率の悪い仕事でもない。
苦笑を浮かべつつ立ち上がる所員たちに、所長がもう一度声をかけた。
「土産も頼むぞ。それから、領収書も忘れずに。あとで依頼主に請求するんだからな」
どこまでも、こすっからい草間であった。
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北海道共和国!?
不機嫌そうな鉛色の空から、白い結晶がちらちらと舞い降りてくる。
空港を出たシュライン・エマは、肌を刺す寒気に、思わず身を縮めた。
べつに、彼女に限った話ではない。同行の探偵たちも、それぞれの表現方法で、寒さを口に出している。
そもそも、北海道の寒さで参らない本州人など、滅多にいるものではない。
「どうする? とりあえず、タクシーでも拾うか?」
自分の金ではないものだから、巫灰滋は気前がいい。
「レンタカーにしましょう。どのみち、足は必要なのだから」
ガイドブックを片手に持った杜こだまも提案する。豪気なことだ。普段なら、絶対こんなことは提案しない二人であろうに。
「まずは、腹ごしらえやな」
藤村圭一郎が言った。
「俺、鮭親子丼が食べたいな」
やや熱心に、九夏珪が応じる。
これから調査に赴く探偵の態度には、なかなかに見えないだろう。
なししろ、全員がガイドブックなり穴場情報誌なりを携帯しているし、なかにはカメラなどを隠し持っている者もいる。
まるで、観光旅行気分であるが、これは仕方がない。
どだい土方歳三の幽霊など、容易く信じられることではないのだ。
死後一四〇年近くも経過しているのだ。今さら世を恨んで出現するとも思えぬ。どう考えても、生きた人間の仕業であろう。
「先に食事にしましょう。飢えてると思われるのもアレだし」
シュラインが言った。全員の活動費は彼女が握っている。草間興信所の事務員ゆえ、当然のことではある。この場合でいうと、権威は神様のそれに近い。
熱心に同行者たちが頷いた。
土方歳三は、幕末の剣士である。
新撰組の副長として勇名と悪名を轟かせ、戊辰戦争と呼ばれる内乱に参加した。没したのは函館であるが、詳しい場所までは判っておらず、土方終焉の地と言われている場所が市内四カ所に存在している。
テーブルに並べられた料理に舌鼓を打ちつつ、九夏が説明した。
出発する前に、インターネットで下調べをしておいたのだ。
「死体は発見されなかったの?」
こだまが訊ねる。左手には、『巴丼』の器が握られている。イクラ、ウニ、ホタテが隙間なく盛られた、とんでもない代物だ。
箸を握ったまま、九夏が頷いた。
「死体が出てないなら、じつは生きとったってオチはどや?」
藤村が与太を飛ばす。彼の目前には、食い尽くされた毛ガニの残骸が散乱していた。
「んあ?」
一応は与太に反応した巫だったが、日本語を発することは出来なかった。山海の美味を詰め込んだ頬が、まるで冬眠前のリスのように膨らんでいる。
「ねえ。もう少し真面目に話さない?」
明らかに感情を押し殺した声で、シュラインが提案した。
よく観察してみると、彼女の拳がわずかに震えている。財政をあずかる身としては、仲間たちの暴飲暴食に対して無原則に寛大ではいられないのだろう。もっとも、彼女自身の前にも『鮭児のお造り』というレアものの料理が置いてあったが。
「もし、本物の幽霊だったら、ちゃんとした供養をして欲しいとか?」
財政担当者の機嫌を損ねてはマズイ。そう判断したのか、こだまが多少は建設的な発言をした。
「それはないな。土方に限らず、函館戦争の戦死者のために、きちんとした慰霊碑が建てられている」
満足の吐息とともに、巫が否定した。
「ただ、蝦夷共和国の幹部で戦死したのは土方だけなんだよね」
九夏がふたたび説明を始めた。
明治維新のとき、江戸を脱出した旧幕府軍は、函館の地に五稜郭要塞を建造し、北海道を独立国として再出発させようと目論んだ。その呼称が蝦夷共和国である。蝦夷とは、現在の北海道を指している。
あまり知られていないことだが、日本初の普通選挙が行われたのが、この蝦夷共和国であった。もちろん、今の選挙とは比べようもないほど不完全なものではあるが、それによって共和国の総裁は榎本武揚(えのもと たけあき)に定まった。歴史上の偉人というなら、土方よりも榎本の方が遙かに偉大である。榎本の助命を嘆願するため、官軍(明治政府軍)の幹部である黒田清隆(くろだ きよたか)が頭を丸めたほどだ。
実際、榎本はその後、外務大臣になり、不平等条約と呼ばれるアメリカとの条約を修正するための基礎を築いた。
比較すれば、土方は単なる戦闘屋であり、日本という国の有りように一石を投じたわけではない。もっともこれは、土方に責任のあることではなく、彼の地位と権限が大きなものではなかった、ということに由来している。要するに、彼は現場指揮官のひとりに過ぎず、思想や政治や戦争を主導できる立場にはなかったのだ。
このあたり、とかく比較対象にされる坂本龍馬(さかもと りょうま)とは、大きく異なっている。坂本は、ある種の理想を追って行動していたが、土方には大望があったかどうか。
「判らないわね。その程度の男が、どうして人気あるの?」
九夏の説明に、こだまが疑問の声を出した。日本生まれでない彼女にとっては、土方は英雄とは映らないのだろう。
藤村と巫が顔を見合わせ、同時に口を開いた。
「そりゃあ、格好ええからやろな」
「漢(おとこ)の死に様ってヤツだろ」
たしかに、土方の生き様と死に様は男性の魂を揺さぶるのかもしれない。
主義も思想も関係ない。ただ、己の道をまっすぐに突き進む。時代のなかで崩れ去ってゆく将軍家に最後まで忠誠を尽くす。意固地で不器用な生き方に、多くの男たちは憧憬にも似た共感を受けるのだろう。
やれやれと、シュラインが肩をすくめた。
愚かさすらも美学ととるとは、男とは度し難い生き物だ。
もっとも、強者に諂って小利口に生きるだけの男に彼女が魅力を感じるか、はなはだ疑問ではある。
さて、軽い(?)食事を終えた探偵たちは、函館市役所へと足を伸ばした。
依頼人に会うためである。
気に沿わぬ仕事ではあるが、詳しい話などを訊かなくては調査など出来たものではない。
だが、観光課課長とやらの話には、残念ながら役に立ちそうな情報は含まれていなかった。せいぜい判ったことといえば、土方歳三の姿を見たものは誰もおらず、その声だけが、深夜の五稜郭公園に響くという事くらいである。
正直に言って、これで幽霊だと決めていたのでは、世の中に起きている事件の九割までが心霊の仕業であろう。
「では、ゆっくり御滞在ください」
そう言って、課長は探偵たちを送り出したものである。
「ふう。とりあえずは、函館山にでも行ってみるか?」
何ら得るものもなく庁舎を辞去し、巫が口を開いた。
「ベイエリアが良いな。私は」
こだまも応じる。
まるっきり観光気分である。
それも仕方がない。依頼人の話を聞いて、幽霊の仕業ではない、と見極めたのだ。
物事に対する嗅覚が鈍くては、探偵など務まらない。だいたい、依頼人が解決を急いでいないことからして不審である。本当に困っているのなら、一刻も早い解決を望むはずだ。となれば、函館市としても深刻な事態だとは思っていない、という結論に達せざるをえない。
「そうね。夜までは自由行動にしましょ。ホテルで休んでおくのも良いし、観光してるのも良いし。で、二三時に五稜郭公園に集合。オッケー?」
なぜかツアーコンダクター役を引き受けているシュラインが言った。
四人は頷いたものの、すぐにその場を離れようとしない。
「どうしたの?」
不審顔のシュラインが訊ねる。
四人は、回答を言語化せず、手の平を突き出した。活動費をよこせ、という意味である。海よりも深い溜息をついた彼女は、一人二万円ずつの「お小遣い」を渡した。
「必ず、領収書をもらうように」
という言葉とともに。
まるで、どこかのしみったれ探偵のようだった。
一時的に仲間と別れたシュラインは、『オルゴール堂』へと向かった。
ここには、二〇〇年以上前のオルゴールが保存されていて、今も妙なる音色を奏でているのだ。
彼女にとっては、ぜひ見ておきたいポイントの一つである。なにしろシュラインは、音の名探偵なのだ。
美しい音を充分に堪能した彼女は、小さなオルゴールを買った。
何十年も前の流行歌が刻まれた、ゼンマイ式のオルゴールだ。
衝動買い、というものたろうか。普段の彼女には似つかわしくない行為だったが、不思議と後悔は感じなかった。
小さな包みを大切そうにコートのポケットにしまい、空に向かって息を吐く。
「武彦さんへのお土産、これでもいいかな‥‥」
そう呟くと、自然に苦笑が浮かんできた。
「ダメね。オルゴールなんか食えるか、とか言うに決まってるわ」
まったく、ものの価値を理解しない男にも困ったものである。
深夜。
かつて要塞のあった場所に、不気味な言葉が響いていた。
「‥‥我は土方歳三。この地に理想郷を築くため、よみがえった‥‥」
呆れた顔をして、五人の探偵が立ち竦んでいる。
「‥‥まったく‥‥どこにも霊なんぞいないぞ‥‥」
震える声で藤村が言った。怖いのではない。寒いのだ。
北海道のなかでは比較的温暖な函館も、深夜になればマイナス一〇度近くに達する。氷の能力を有する彼にも、さすがにこの寒さは堪える。
無言のまま歩を進めたシュラインが、手近に落ちていた棒で、ザクザクと雪を掘った。
彼女が雪の中から引きずり出したのは、耐水性のテープレコーダーである。
こだまと九夏が、盛大な溜息をついた。
どうせこんなことだろうとは思っていたが、それでも、歴史上の人物と逢うことを期待していたのだ。
「それ、壊したらどうなるかな」
肉食獣の笑いをたたえて、巫がいった。
「どう考えても愉快犯だぜ。どこかで聞いてるに決まってるさ」
同種の微笑で藤村が答える。
「じゃあ、音が消えたら確認に来るよね。当然」
笑いもせずに、九夏が応じた。
女性陣たちは口も開かず、咲き狂う毒花のような笑みを浮かべてる。
要するに、この場に犯人をおびき寄せようというのだ。
過激な方法であるが、反対意見はなかった。
けっし、寒風吹きすさぶ中で張り込みをやらされたから、気が立っているわけではない。こんなくだらない悪戯で故人の霊を侮辱する犯人が許せないだけだ。
テープレコーダーを破壊した探偵たちは、森影などに隠れ、犯人の登場を待った。ややしばらくして、一つの人影が公園内に現れる。
こんな時間に一般人が通りかかるはずはない。犯人である。
不審者を包囲するように姿を見せた探偵たちは、彼の服装を見て思わず失笑しそうになった。
フランス軍の軍服を真似た紺色の詰め襟。腰に下げた日本刀。要するに、当時の蝦夷共和国軍の服装である。
「キサマらが、我が大望を妨げるのか‥‥」
そんなことを口にしながら、ニセ土方が抜刀した。
白刃が、月明かりに輝く。
「気を付けろみんな‥‥真剣だぞ」
緊張した声で、藤村が警告を発する。
すっと女性陣が後ろに下がった。足手まといにならぬよう配慮したのだ。
これで三対一。数の上では探偵が圧倒的に優勢だが、ニセ土方は真剣を持っている。油断は出来ない。
「急急如律令(速やかに我が意に従え)!!」
裂帛の気合いとともに、九夏が符を放った。
接近しては不利である。ここは、飛び道具が最も効率がよい。
だが、九夏の手から飛んだ三枚の符は、式神の姿を形造るまえに、ことごとく両断された。
端で見ているこだまが息を呑む。
太刀筋が見えないのだ。とんでもない技量であった。
ニセ土方は、頭の中身はともかくとしても、剣の腕はかなりのものなのであろう。
「次は俺や! 俺の力は、寒いトコほど使い勝手がいいんやで!!」
叫んだ藤村が能力を解放する。
彼の能力は、物を凍結させる力である。宣言通り、このような北の地では強力な力を発揮するだろう。
キラキラと輝く空気が、ニセ土方に凝縮してゆく。
「破!!」
気合い一閃、ニセ土方の剣が中を裂き、冷気は霧のように霧散した。
唖然とする藤村に、狂気の剣士が襲いかかる。
「わっちゃちゃちゃ」
意味不明の言葉を発しながら、すんでのところで白刃をかわす藤村。
その隙に背後に忍び寄った巫が、手にした棒でニセ土方を殴りつけた。否、殴り付けようとした。
白い光が閃き、巫の手元には一五センチメートルほどの長さになってしまった棒が残される。額から冷や汗を流した巫が慌てて後ろにさがった。
探偵たちの能力は、この狂剣士には通用しない。
絶望の黒い染みが五人の内心を蚕食する。
と、そのとき、突如として、探偵たちと狂剣士間に白い影が現れた。
雪よりもなお白い影。霊視能力を持たぬシュラインには、そうとしか映らなかったが、他の四人の瞳は壮年の男性の姿をはっきりと捉えていた。
「‥‥土方歳三‥‥」
唯一、下調べをしていた九夏が掠れた声で呟く。
九夏の声が届いたのか、土方が、ちらりと視線を動かした。
それを隙だと思ったのか、ニセ土方が斬りかかる。
一閃。
下段から上段に突き上げる如く放たれた一撃が、ニセ土方の胴を薙いだ。
スローモーション映像のように、ニセ土方の躰が崩れ落ちた。
『‥‥済まなかったな。手数をかけて』
男性の声が梢を揺らし、白い影は発現と同様の唐突さで姿を消した。
倒れた犯人に、おそるおそる近づいたシュラインが、驚きの声を出す。
「ちょっと。気絶してるわよ、コイツ」
だが、彼女の言葉に反応してくれた探偵はいなかった。
「おい。本物だぞ本物」
「いやー。ええもん見させてもろたわ。これだけでも来たかい有ったんちゃう」
「すごい格好良かったよ。やっぱり本物は違うよね」
「うん。あれなら私も惚れちゃうかも」
口々に興奮を表す仲間たちに、
「ねえ! 私にも判るように説明してよ!」
と、シュラインが悔しそうにわめく。
白く輝く月が、一面の銀世界を照らしていた。
エピローグ
「‥‥これは、なんだ? 一体‥‥」
その日、草間武彦は、自分のデスクの上に鎮座まします五つの物体に目を奪われていた。
木彫りの熊が五個。
熊といえば北海道。その知識は彼の中に蓄えられているはずだ。しかも五つあるということは、ある事実と簡単に結びつくのではないか。
だが、それを口に出す勇気を、草間は持ち合わせていなかった。
「‥‥これ、なに?」
著しく言語能力を減退させた草間の問いに、答えるものは誰もいない。
ドアの隙間から、所長の様子を伺っている五人の男女。
彼らは、くすくすと笑いながら、本当のお土産を渡すタイミングを計っている。
哀愁漂う草間の背中を慰めるように、火にかけられたケトルが、景気のいい音を発した。
今日も、面白い一日になりそうだった。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家
(しゅらいん・えま)
巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター
(かんなぎ・はいじ)
九夏・珪 /男 / 18 / 陰陽師
(くが・けい)
藤村・圭一郎 /男 / 27 / 占い師
(ふじむら・けいいちろう)
杜・こだま /女 / 21 / 風水師
(もり・こだま)
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。水上雪乃です。
今回は推理の要素がない、観光旅行です。
函館観光、楽しんでいただけたでしょうか。
さて、クリエイターズルームで、草間武彦が活躍する短編を公開しました。
もしよろしかったら、覗いてみてくださいね☆
では、またお会いできることを楽しみにしております。
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