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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


アクナホテル・901号室
●オープニング【0】
「『アクナホテル』は知ってるかしら?」
 月刊アトラス編集長・碇麗香が反応を確かめるように尋ねた。聞いたこともある気がするが、すぐには思い出せない。
「浅草の……そうね、隅田川沿いにあるビジネスホテルだけど。そこに1泊してきてくれないかしら」
 そこまで言うと、麗香は飲みかけの珈琲に口をつけた。
 急に『1泊してこい』と言われても、言葉を素直に信じる訳にいかない。何といっても、相手は編集長なのだから。きっと裏があるに違いない。
「やあね、何神妙な顔してるの。ちょっと取材してきてもらうだけよ」
 そう言い麗香はくすっと微笑んだ。ああ、やっぱり裏があった……。
「そこの901号室に幽霊が出る……らしくて。匿名で何通か投稿きてるのよ、うちに。ただ、幽霊の性別とか詳しいことは分からないんだけど」
 机の上にあったハガキを手に取り、ひらひらさせる麗香。読ませてもらったが、参考になりそうもない。
「まあ、幽霊が出ても仕方ない所だけどね。……ほら、1年前と5ヶ月前にそこで殺人事件があったでしょう?」
 ――思い出した。
 確かどちらもまだ犯人は捕まっていない。それに、事件があったのは9階ではなかったはずだが……?

●元と現【1A】
 浅草警察署前、1人の男が署の建物を睨むように見上げていた。
「気は進まねェが……」
 そうつぶやくと、『陣内探偵事務所』所長・陣内十蔵はくわえていた煙草を投げ捨て、足で踏み消した。ぼさぼさ頭に無精髭、そして使い古されたコート。探偵として、はまりきった服装である。
 過去に問題を起こし警察を辞めた十蔵にしてみれば、警察はなるべくなら近寄りたくはない場所だった。何より過去を知っている人間が居ないとも限らない。だが旧知の麗香から受けた今回の依頼、殺人事件が絡んでいる可能性もあるため、待ち合わせ場所へ向かう前に渋々地元署を訪れることにしたのだ。好き嫌いを言っている場合ではなかった。
「道路は灰皿ではありませんけれど?」
 十蔵の背後から声がかかる。振り返ると妙齢の女性がそこに立っていた。ストレートの黒い長髪で寒色系のスーツに身を包み、神秘的な色をした瞳で十蔵を見据えている。落ち着いた雰囲気を持ついい女といった所か。
 しかし十蔵は彼女の衣服の襟元に着けられていたバッチを見逃さなかった。
「私服警官か」
 眉をひそめる十蔵。
「だとしたら何か?」
「……何でもねェよ。俺はこれから用があるんでな。私服の相手してる暇はねェ」
 そう言い女性に背を向ける十蔵。またもや女性が声をかけた。
「アクナホテル・901号室」
「……何者だ、おまえ」
 振り返り、十蔵は女性を睨み付けた。コートのポケットに突っ込まれた拳を強く握りしめる。
「あなたも麗香さんに頼まれたんでしょう。欲しい情報はすでに調べてあるわ。警察の中に飛び込むよりはましだと思いますけど」
 表情をほとんど変えずに言う女性。
「こっちの素性もお見通しって訳か。なら、自己紹介は必要ねェよな。で、そっちは?」
「斎木廉。よろしく」

●901号室【2】
 アクナホテル・901号室。エグゼクティブスウィートと呼ばれる部屋だ。その名に恥じない内容で、まずセミダブルのベッドが2つ並んでおり、ソファーベッドも1つある。さらには6畳間の和室まであった。
「はー。ビジネスホテルって、もっと狭い部屋かと思ってたんですけど、違うんですね」
 高校生陰陽師・九夏珪が興味深気に室内を見回してつぶやいた。壁には安物だろうが、絵画までかけられている。
「これなら全員居ても大丈夫そうだな」
 和室であぐらをかいていた私立探偵・陣内十蔵はそう言って、部屋備え付けの緑茶をすすった。
 普通定員4人のこの部屋に、今は6人もの人間が集っていた。十蔵の言葉を借りて説明するなら、最年長の十蔵の他にはガキ2人・無表情な女刑事・色気過多の女・無愛想な青年という面々だ。もっとも、待ち合わせ場所で思わずそう口にして、非難の集中砲火を浴びたのだが。
「事件のあった部屋も押さえてあるのよね?」
 少し不満顔で臨時教員・不知火響が尋ねた。不満顔なのは、学校で目を付けている高校生陰陽師・雨宮薫と2人きりで同室になれなかったからである。その薫はといえば、響から目を背けていた。
「ああ、405号室と711号室だな。誰か鍵持ってたろ」
 十蔵が他の面々を見回すと、法医学生・紫月夾が懐から鍵を取り出し、無言でテーブルの上に差し出した。鍵といっても部屋番号の書いてある長い棒が付いているタイプではなく、カードキーだ。
「確か磁気データ使ってるんだよな、この手の鍵は」
「そう。つまり理論上では、データを読み込んで複製してしまえば、どの部屋にでも入ることができるわ」
 静かに女刑事・斎木廉が答えた。答えた後、何故か夾の方にちらりと視線を向けたが、すぐに言葉を続けた。
「これを含めて、情報を総合しましょうか」
 6人は各々で調査・入手してきた情報を出し合った。そしてまとまったのが次の事柄であった。

●整理された情報【3】
・最初の事件は1年前、405号室にて。
・2度目は5ヶ月前、711号室にて。
・部屋は共にシングル。
・被害者は共に20代女性。2人の間に親戚友人関係等一切なし。
・殺害方法は共に絞殺。その他外傷や着衣の乱れ等なし。背後から両手で絞められたと思われ、その度合から犯人は男と推定される。死亡推定時刻は共に深夜0〜2時の間。
・非常階段および部屋の窓からによる侵入の形跡なし。
・当日の宿泊者は調査済み。犯行時間が深夜であるため、アリバイ不明者多数。
・ホテルは24時間門限なし・全室オートロック。外出時、原則として鍵はフロントへ。
・エレベーターはフロントより死角の位置にある。
・事件当日の防犯カメラには、不審な男の姿は映っていない。
・各階の部屋の並びは、廊下を挟み道路側と隅田川側に分かれる。405号室と901号室は隅田川側、711号室は道路側である。
・フロントマネージャーは元マジシャン。
・事件のあった部屋は極力使用を避けるようにしている。
・ホテルの従業員に幽霊を見た者は居ないが、宿泊客からの苦情は把握している。
・幽霊は901号室のみで、深夜に目撃されているらしい。しかし宿泊客全員が目撃した訳ではない。
・殺人事件と幽霊騒ぎにホテルは迷惑している。
・事件後、客足は1割程度落ちている。
・宿泊客への無料朝食バイキングと10階の露天風呂付き大浴場は大変好評である。そのため、長期出張者によく利用されている。
・近頃、都下ホテルで絞殺事件が頻発しているらしい。

●整理の後【4】
「状況としては宿泊客による犯行の線が濃厚だが、外部からの侵入も否定できねェって訳か……難儀だな、こりゃ」
 箇条書きにされた情報を眺めながら十蔵が唸った。
「不審な男もカメラにゃ映ってねェし」
「根本的な設計ミスだな」
 呆れたように薫が言った。無論、エレベーターについてである。
「とりあえず、先に事件のあった部屋を調べておきましょう。深夜までかなり時間あるんだから」
 響がそう提案した。それは他の皆も思っていたことで、2手に分かれ調べることに決まった。
「じゃあ私、薫君と一緒ね☆」
 薫が立ち上がった瞬間を見計らい、すかさず腕を絡める響。胸元の大きく開いたシャツから、胸の谷間が覗いていた。
「……勝手にしてくれ」
 いちいち言い返す気もないといった薫の表情。十蔵がそんな2人を見てニヤニヤ笑っていた。
「よく噂だと、絵の後ろにお札があったりするんですよね〜」
 にこにことそんなことを言いながら、珪が部屋にかけられていた絵画をひょいと持ち上げた。
「……うわ」
 絵画の裏には、しっかりと札が貼られていた――誰も笑いはしなかった。

●405号室【5A】
 405号室を調べることになったのは、薫・響・十蔵の3人だった。
「何か見えるか?」
 こめかみを押さえながら十蔵が言った。すっかり暗くなった窓の外には隅田川が流れていた。
「どう、薫君?」
 入口付近に立っていた響が尋ねると、薫は頭を振った。
「……気配のかけらもない。ここで事件が起きたとは思えない空気だ」
「だろうな……」
 しかめっ面の十蔵。
(どういうこった……読めやしねえってのは)
自らも能力を用いて覗いてみたものの、見えたのは『空白』のみ。ただ苦痛だけが残る結果になっていた。
「ここよりも、901号室の方が空気が妙だ。入った際、冷たい物を感じなかったか?」
 薫は懐から紙を取り出し、ベッドの上に置いた。それは人間のような形をしていた。
「何だそりゃ」
 十蔵が胡散臭そうに紙を見つめた。
「人形(ひとがた)だ……何か異変があれば、これを通じて状況が把握できる」
 淡々と説明する薫。
「さすがは陰陽師ねえ。手際いいわぁ」
 感心したように響が頷いた。
「ますますお気に入りになっちゃいそ☆」
「……若けェのに苦労してそうだな」
「いつものことだ……」
 気遣う十蔵に対し、薫は静かに首を振った。

●丑三つ時【6】
 事件の起こった部屋での調査は互いに芳しくなく、結局は幽霊が現れると思しい時刻まで901号室で待機することとなった。
 交代で仮眠等を取りつつも時間は流れてゆく。そして午前2時。丑三つ時を迎えし時――香の匂いが漂っていた室内の空気が不意に揺らいだ。
「来るぞ!」
 目を見開き薫が短く叫んだ。それを合図に、各々が身構える。部屋全体が静寂に包まれた。
 窓のそば、そこに白い影が浮かんでいた。最初は朧げだった影も、次第に輪郭がはっきりしてゆき、やがて影は人の姿となる。若い女性の姿だった。
 憂いを帯びた瞳でこちらを見つめている女性。廉がはっとして言った。
「5ヶ月前の事件の女性だわ」
「なるほど……そういうことか」
 全てを悟ったかのような十蔵の口振り。続けて薫と珪に声をかける。
「おい、そこの陰陽師コンビ! 奴さんに敵意はあるか?」
「いや、敵意は感じられない」
「そうだね、敵意じゃなくて……何かを訴えかけたいような、そんな感じがする」
 2人が相次いで答えた。
「だろうな」
 十蔵がニヤリとした。思った通り、という表情だ。
「……どういうことよ。この幽霊が被害者らしいことは分かったけれど、殺されたのは711号室でしょう?」
 十蔵に尋ねる響。納得がいかない表情である。
「ああ。ただし……遺体が発見されたのはな」
「えっ?」
「……そうか。そういうことだな」
 驚く響の隣で、夾がつぶやいた。十蔵が何を言いたいのか分かったようだ。
「おい、あんた! 何か伝えたいことがあって、幾人もの前に姿を見せたんだろう!」
 十蔵は女性を見据えて言った。ゆっくりと頷く女性。
「今から俺がそれを言い当ててやるから、じっくり聞いてくれよ。あんたは……ここで殺されたんだな」

●探偵の推理【7】
 夾以外の皆の視線が十蔵に集まった。
「恐らくはあんたの前の被害者も、だろ?」
 十蔵の言葉に女性はこくんと頷いた。
「……フロントへ行ってきます」
 突然そう言い残し、廉が部屋を飛び出していった。さすがに先程の一言で廉も気付いたらしい。
「え、え、え? それってどういう……」
 十蔵と女性を交互に見ながら、珪が尋ねた。
「分からねェか? 遺体が発見されりゃ、そこが犯行現場だと思いがちだが、そうじゃねェ場合も多くある。ここで殺害した後、部屋へ運んだとすりゃどうだ? つまり、事件当日にここに泊まってた奴が犯人だってこった」
「あっ……」
 盲点であった。
(そりゃ何も読めねェはずだぜ……)
 十蔵は苦笑いを浮かべた。犯行現場は異なるのだから、能力を以てしても上手く読めるはずもない。それは他の者にも言えることだった。
「しかし……他所から運ばれたことに、警察が気付かなかったのは変だな」
 薫が疑問を口にした。間髪入れず、夾がその疑問に答える。
「捜査員や鑑識、監察医が愚かだったか……」
「……偽装に長けたプロの犯行だろうな。殺すことに快感を感じてるような、どうしようもねェ男のな!」
 夾の言葉の後、忌々し気に十蔵が吐き捨てた。
 そうこうしているうちに、廉が部屋に戻ってきた。手に1枚の紙を持って。
「分かったわ。犯人が」
 その言葉に、女性を含めた皆の視線が集まった。
「2つの事件当日、この部屋に宿泊していたのは同一人物で……宿泊記録によると、岡田尚美26歳」
「何? 女がやったってのか!」
 十蔵が驚きの表情を見せた。まさか犯人が女性であるとは思いもしなかったようだ。
「あ、そうか。男の人が部屋に招き入れるより、まだ女の人の方が警戒心も薄れるわね……」
 納得したように響が言った。そう、まさにその通りであった。
「……だがその女は、殺人に快感を覚えるとんだ女狐だったって訳だ」
 十蔵が溜息を吐いた。しばしの沈黙。
「……おい、あんた」
 十蔵は女性の方へ向き直った。
「後は任せて、あんたはあるべき場所へ帰んな。ほら、こいつが犯人挙げてくれるってよ」
 親指でくいっと廉を指差す十蔵。廉は小さく頷いた。
「この世界に留まっても、何もいいことはない。他の悪しき力に利用される前に帰った方がいい」
 薫が静かに女性に告げた。無論、拒否すれば強制的に祓うことを心に決めていた。
 女性はしばらく皆の顔を見回していたが、やがてにっこり微笑み、深々と頭を下げた。と同時に、女性の輪郭がぼやけてくる。
「あっ、消えてゆく……」
 響がつぶやいた。女性の輪郭は次第に曖昧になってゆき、朧げな影へと変わってゆく。そして――一同の前から完全に姿を消した。

●編集部にて【8A】
 宿泊より10日後。十蔵と廉は麗香に会いに、別々に編集部を訪れていた。もちろん、報告を兼ねてだ。
「話も事実だったし、犯人は捕まるし、うちはいいネタができたし、万々歳ね」
 くすっと麗香が笑った。犯人は5日前に逮捕されていた。
「そういや犯人の女、変なことになったらしいな。留置場内で、両手両足の骨が折られたって聞いたけどよ」
「アキレス腱切断も付け加えて」
 十蔵が尋ねると、廉は表情を変えずに答えた。
「誰がやったか知らねェが罰が当たったんだろう。にしても、だ」
 十蔵は手にしていた新聞を、勢いよく開いた。
「……1人捕まったからって、なかなか犯罪って奴は減らねェよな」
 小さな記事を指差す十蔵。そこには、また都下のホテルで絞殺死体が発見されたと書かれていた。

【アクナホテル・901号室 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 陣内・十蔵(じんない・じゅうぞう) / 男 / 42 / 私立探偵 】
【 斎木・廉(さいき・れん) / 女 / 24 / 刑事 】
【 九夏・珪(くが・けい) / 男 / 18 / 高校生(陰陽師) 】
【 不知火・響(しらぬい・ひびき) / 女 / 28 / 臨時教師(保健室勤務) 】
【 雨宮・薫(あまみや・かおる) / 男 / 18 / 陰陽師。普段は学生(高校生) 】
【 紫月・夾(しづき・きょう) / 男 / 24 / 大学生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全13場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回は同系統の能力を持たれた方が多く集まっていましたので、普段より少々辛目にプレイングを見ています。
・今回の依頼は能力およびプレイングの結果、見事犯人逮捕まで結びつきましたので完全成功です。おめでとうございます。
・今回収集した情報ですが、覚えておいて損はありません。高原担当依頼では、過去の高原担当依頼に参加して得た情報が役立つこともありえますので。
・陣内十蔵さん、プレイングと能力から導かれた結果、何気に今回キーパーソンになっています。幽霊に関する読みは、1番鋭いと思いましたよ。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。