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題名『インタビュー』
執筆:K@kkou
●起 〜〜オープニング〜〜
ようやく片づいた。
アンケート葉書の集計を終えた三下は、大きく伸びをする。ずっと机にかじりついていたせいで脊椎が固まっていた。こきこきと音をたてる。凝りのほぐれる感覚が心地よい。
「終わったようね」
後ろから声がかかった。振り返ると編集長の碇麗香。いつのまにやって来たのか集計結果を覗き込んでいる。
「何か特徴的なことはあった?」
「そうですね。…………回収率が良くない、とか?」
麗香の拳骨が三下の後頭部にめり込んだ。
「それはあなたが面白い記事を書けないからでしょう。だいたい、何で疑問形で答えるのよ。他には?」
三下は殴られた箇所をさすりながら答える。
「ここ、『好きな作家』の欄。この近藤学っていう回答がダントツに多いんですよ」
「近藤、かぁ」
近藤学は新進の小説家だ。おどろおどろしい作風が特徴で、ホラーと言うより怪奇と言った方がしっくりくる。
近藤と言えば、と三下が口を開いた。
「カウンセリング、よく効くみたいですね」
彼は、なんでも本業は心理カウンセラーだそうで結構名医らしい。小説は片手間と言うことか。このユニークな経歴も手伝って、ホラーマニアに限らず一般の読書人にも知名度がそこそこ高かった。
「でも、近藤のカウンセリングを受けると性格が変わっちゃうって噂も耳にしますよね」
近藤に掛かった患者の性格は激変してしまう、という噂は彼が登場して間をおかず広まったものだ。それは出版界やマニアの間で密やかに語られている程度で、まだ世に広まっているわけではない。一種の都市伝説といえた。
「よし。うちで毎号やってる、作家とか漫画家とかのインタビューコーナー、今度は彼にしましょう。そこの何人か、アポとって近藤にインタビューに行ってちょうだい。出来れば噂の真偽もよろしく」
●承 〜〜作戦立案〜〜
どうしよう、やっぱり止めておけばよかったかな──それが月刊アトラス編集部の片隅、来客用応接ソファに座っている新米カメラウーマン高遠紗弓(たかとお・さゆみ)の気持ちだった。隣には自分と同年代か多少年下くらいの、日焼けした茶髪少年。向かいには初対面の、二十代半ばほどの女性が座っている。少年は紗弓が最近出入りするようになったアトラス編集部でバイトしている子だ。何度か見かけたことはあるものの、話したことはない。いや、あるのかも知れないが覚えていない。とりあえず笑っておいている。知らない人といるときには笑顔に限る。
ハッキリ言って人付き合いは苦手だ。あまり他人と交わることに興味がない。だからだろうか、ひとの顔も名前もよく忘れる。きわだった個性の持ち主でもないとなかなか憶えられない。アトラス編集部には何度も出入りしているのでほとんどの人間に会ったはずだが、顔と名前が一致するのは三下と編集長くらいだ。三下はあまりに頻繁にミスを繰り返すのでインパクトが強い。それでも最初のうちは顔とよくミスすることしか憶えていなくて、心の中でミス男くんと仮称していた。編集長は、その立場が個性だ。だから立場から離れたプライベートなことは何も知らない。名前も知らないのだ。編集長という呼び名で通じるから困りはしない。
少年も女性も馴れた相手ではない。気心の知れない人たちと席を同じくするのは緊張してしょうがなかった。しかもこれから三人で一緒に仕事を──近藤へのインタビューをしなきゃいけないのだ。不安に思うなという方が無理である。
紗弓は風景写真を主に手がけていた。風景はいい。何しろ人間じゃない。周りに人がいないと気を使わなくてすむ。無人島なんかで生活できたら最高だ。紗弓のサバイバル能力じゃ無理だろうけど。
そんな彼女がアトラスに出入りするようになったのは、ときどき写真に風景以外の、何か、が写ってたりするからだ。なぜそんなものが自分に撮れるのか紗弓は知らない。霊感が高いわけでもない。偶然写るだけなのか。それにしてはそういう写真の数が多すぎる。もしかしたら、「能力」を持っているせいかも知れない。でも、自分の「能力」は、霊感とは関係ないはずだ、と思う。オカルトの勉強をしたことがないので、よくわからないが。
とにもかくにも、何か、が写るおかげでアトラスの仕事がもらえる。それに、理由なんてどうだっていい。何か、だろうが風景だろうが結局は同じなのだ。どっちにしろ人間じゃない。
編集長からインタビューの話が出たとき、紗弓はどうしようか躊躇した。いつもなら風景しか撮ろうという気にならない。人物写真など興味の範囲外だ。なんで人間なんか撮らなきゃいけないのか。しかし、そのカウンセリング医師には妙に惹かれるものがあった。もしかしたら、何か、が撮れるかもしれない。
彼を撮ってみようかな、と思った。
それだけなら何も躊躇することはない。躊躇の原因となったのは茶髪の少年だ。茶髪少年は真っ先に立候補した。なんて我が強いんだ。元気の押し売り。得意とは言いかねるタイプ。インタビューをするとなれば、この男と仕事をしなくちゃならない。
逡巡の末、結局インタビューの仕事をすることにした。どうせこの少年以外にも誰か行くのだろう。自分はそれに付いていって写真を撮ればいい。ほかの誰かがこの少年をあやしてくれる。きっと三下が行くに違いない、そう思っていた。しかし、三下は別の用事があるとかで、目の前にいる女性が行くことになった。彼女は以前別企画で、アトラスの仕事をしているらしかった。
女性が口を開いた。
「では、自己紹介をしましょう。わたくしはエルトゥール・茉莉奈(−・まりな)。占い師ですわ」
占い師。なるほど、占い師ならオカルト誌の仕事をしていてもおかしくはないだろう。何しろ風景写真家がインタビューの随行をするくらいだ。占い師の方がよっぽどオカルトっぽい。私は最近この編集部に出入りするようになったけど、この人はいつ頃からこの編集部にいるのだろう。そんなに最近ではあるまい。彼女以外は新人バイトと新米カメラマンだ。彼女まで新顔ではとても仕事がうまくいくとは思えない。きっとこれまでに記事を、あることないこと面白か可笑しく書いたことは、一度や二度じゃないだろう。それにこの人、普段は何をしているんだろう。占い師って、それだけで生活できるほど儲かりはしないはずだ、と思う。何か副業をしていると思うんだけど……あ、それがアトラスか。実は彼女、かつかつの生活で、三畳一間の小さな下宿で赤い手ぬぐいをマフラーにして暮らしていたりして。
とりとめのないことをつらつら考えていたが、ふと視線を感じて意識が現実に戻った。ふたりがこちらを見つめている。どうしたのだろうか。まさか変な想像をしていたのがばれたのだろうか。赤い手ぬぐいのあたりはかなり可笑しかったから、もしかしたら笑いを漏らしちゃっていたかも知れない。もしバレたら、変な人扱いをされてしまう。しかし、その割にはふたりとも、蔑んだ目で見ていない。
あ、自己紹介!
ようやく彼女らの意図に気づいた紗弓は、「高遠」と名乗った。ふたりはまだ見ている。もっと言葉を欲している。下の名も告げた方がいいだろうか。
思案していると茶髪少年が
「高遠紗弓さん。新人カメラウーマンっす」
咄嗟にフォローを入れてくれた。ありがたい。が、なぜそんなことを知っているのだろう。編集部でプロフィールを教えて貰ったのだろうか。
そんな紗弓を放って置いて、占い師(なんて名前だっけ?)と少年は会話をし始めた。
「近藤さんってどういう人なんスかね。俺、あんまり本なんて読まないから知んないんスよ」
そう言って少年はニカッと笑いかけた。占い師は、しばし少年を見つめたあと、軽く嘆息した。
「小説を読む限り、あなたとは正反対の人ですわ」
なんかどんどん話題が進んでるけど、少年の自己紹介はどうなったのだろう。もうすんでしまったんだろうか。困った。名前がわからない。まあ、名前を出さずに会話するすべは知っているから何とかなるだろうとは思う。とはいえ、名前のないものは胡乱(うろん)だ。あだ名でもつけておこう。
茶髪だからチャッピー? 冬なのに日焼けしているからガングロ君? フォローを入れてくれたからフォローマン?
どれも今ひとつといった感じだった。
(あ、いけない。よく考えたら、こんなことしてちゃ、また話題に取り残されちゃう)
紗弓は意識を再び現実に戻した。占い師が少年にしゃべりかけている。
「それからね、こかげさん」
こかげ。これが少年の名だろうか。
「近藤さんが行うのはカウンセリング。カウンセラーというのは、カウンセリングを行う人のこと。つまり近藤さん自身のことですわ」
では、参りましょう、と言って占い師は立ち上がった。どうやら出発らしい。しまった。あんまり打ち合わせにならなかった。
●転 〜〜高遠紗弓の場合〜〜
どうしよう、と待合室のソファに座りながら紗弓は思った。近藤のカウンセリングを受けることになってしまった。道中、気をそらしていた間にどんな会話があったのか少年にそれとなく探りを入れてみたところ、どうやら近藤のカウンセリングをみんなで受けてみることに決まったらしい。すでに占い師はずいぶん前に診察室の方へ行ってしまった。その次に順番取りをしていた少年は、今、行った。次は私だ。
(私にはべつに悩みなんてないしなぁ)
確かに紗弓は人付き合いが苦手だ。だが、気にしなくちゃならないというわけでもないはずだ。
確かに紗弓は孤独だ、人付き合いが苦手だから。だが、苦にならないのだからいいじゃないか。
確かに紗弓は「能力」を持っていて、しかもたまに暴走する。だが、それこそ、だから何だというのだ。
(…………なんか、こう思い返してみると、私って結構社会不適合者のような気がする)
そんな思いが頭の片隅をかすめる。
(まあ、いいや。どうせ私で最後。実は取材で来た、と告げてこんな馬鹿話は終わりにしよう)
ややあって受付の看護婦さんから、中に入るよう呼びかけがあった。少年が入ってからずいぶん待たされたような気がするし、ちょっとの間だったような気もする。どれくらい待たされたのか時計を見ようと思ったが、彼の入っていった時間を覚えておかなかったのを思い出し、やめた。
診療室内はすっきりと、よく整理されていた。
「どうぞ」
近藤は椅子に座るよう促した。穏やかな顔つき。低くゆっくりとした声には、他人を落ち着かせる響きがある。紗弓は知らぬうちに安心感を覚えていた。見たところ近藤は四十前後といったところだろうか。その年齢に達すれば誰しもある程度の落ち着きと安定感を得るとはいえ、彼のそれは年齢以上のものを感じさせる。
「今日はどうなさったんですか」
「実は……ごめんなさい、悩みなんてありません。雑誌の取材なんです」
「ええ、知っています」
いきなり予想外の返答だった。取材の告白を肯定されてしまった。まさか占い師か少年が何かミスでもしてバレてしまったんだろうか。
近藤は、ははは、と笑った。
「そう驚かないでくださいよ。実は月刊アトラスの三下さんから連絡があったんですよ。今日の何時、誰々が取材に行きますって。えーと、確か茉莉菜さん、湖影さん、高遠さんの三人でしたっけ。約束の時間に取材の人たちは来ず、代わりに初診の方が三人もいっぺんに来た。しかも受付の名簿には立て続けに、湖影さん、高遠さんだ。茉莉菜さんにこのことを告げたらあっさり兜を脱ぎましたよ」
そういって再び、はははと笑った。
●結 〜〜インタビュー 〜〜
結局あのあと、普通にインタビューをして帰ってきた。
インタビューでは占い師と少年が、カウンセリングのこととか人格が変わっちゃうこととか色々聞いてたが、紗弓は興味がないので聞き流しつつ写真を撮ることの専念した。果たして、何か、は写っているのだろうか。ところどころシャッターを押す指を休めて近藤たちの会話を聞いた限り、たぶん近藤は何らかの「能力」が使える。それが何かまではわからない。しかし、もしそうだとするなら近藤の写真に、何か、が写っている可能性も出てくるだろう。今、写真を現像している。これがすめば結果が分かる。写っていて欲しい。
でも、なんでそんなに、何か、が気になるんだろう?
何か、が写っていようがいまいが実はどうだっていいんじゃないだろうか。なにしろ、何か、が何なのか、どういう意味があるのか、害があるのかないのか、紗弓にはまったくわからない。いや、紗弓の本分は風景写真だ──何か、が写ってせっかくの写真がダメになってしまうことがあるのだから、何か、は有害に決まっている。忌み嫌ってしかるべきなのだ。にも関わらず、あんな訳の分からないものに心惹かれるのはなぜだろう。
現像が終わった。
(訳が分からないからかな)
紗弓は出来上がった写真を見ながらそう思った。わからないものをわかりたいと思う気持ち。子供っぽい好奇心と言ってしまえばそれまでだが、それが自分にもまだある。
一枚目、写っていない。
二枚目、やはり写っていない。
三枚目、四枚目……
結局どの写真にも、何か、は写っていなかった。
ふぅ、と紗弓は軽く嘆息した。まあ、いい。アトラスで使う写真──仕事用の写真としては上出来だ。そう思って自分を納得させる。
ふとカメラが目に入った。紗弓の大事なカメラ。愛用のカメラ。風景を写すカメラ。
何か、を写すカメラ。
紗弓はカメラを手に取ると、自分にレンズを向けた。シャッターを切ってみる。フィルムも電源も入れていない状態なので、うんともすんとも言わない。こんなこと、ただの戯れだ。でも、もし。
(もしフィルムや電源を入れて私を撮れば、何か、が写るのかな?)
そう考えるとなぜか妙に楽しく、紗弓はひとりくすくすと笑ってしまった。
『インタビュー』了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0033/エルトゥール・茉莉菜(−・まりな)/女/25/占い師】
【0187/高遠紗弓(たかとお・さゆみ)/女/19/カメラマン】
【0218/湖影龍之助(こかげ・りゅうのすけ)/男/17/高校生】
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■ ライター通信 ■
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このたびは、当作品をお買いあげいただきありがとうございます。さて、まず最初にお詫びしなければいけません。当作品の納期についてです。詳しい経緯についてはテラネッツ本社から連絡があったと思いますので、ここではただひたすらに、申し訳ございませんでしたと頭を下げるのみです。
さて、紗弓はあまり他人に関心を示さないタイプのようなので、上記のような結果となりました。機会があれば他のPC方の文章を読んでみてください。違った様相を呈しているはずです。
では、今夜はこのへんで。
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