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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


嘆きの精霊
------<オープニング>--------------------------------------------------

「嘆きの精霊、バンシーねぇ‥‥」
 送られてきた数通の手紙に目を通しながら、碇麗香は小さく息を吐く。
 それは最近山下公園に出没している、と言われている精霊で、その泣き声を聴いた者は死を迎える、と言われていた。
 出現するのは月明かりの弱い夜。茂みの影で髪の長い女性が哀しそうにすすり泣いているらしい。
 そしてそれを聴いたと思われる3人の男性がそれぞれ別の形ではるが、死んでいた。その為話は膨らみに膨らみ、近所のおばあちゃんが寿命死しても声を聴いたせいだ、と言われるまでになっていた。
「悪くない素材ではあるけど、大きくなり過ぎね」
「編集長! コレ見て下さい」
 興味なさそうに手紙をデスクに放った麗香の後ろから、三下忠雄が1通の手紙を握りしめて走ってくる。
「またバンシーねぇ‥‥」
 それを受け取って面倒そうに目を走らせた。
 そこには犬の散歩をしていて泣き声を聴いてしまった事、同じように声を聴いた知人が2日後に事故死した、というような事が書かれていた。
「住所‥‥山下公園に近いわね。誰か手があいてる?」
 ぐるりと室内を見回すと、数人原稿を書きながら手を挙げた。
「それじゃ行ってきて頂戴。‥‥耳栓忘れずにね」

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●斎木廉(さいき・れん)
 廉は警視庁のデータベースを眺めていた。
 ここ最近の山下公園で起こった事件がリストアップされている。
 それを見やりつつ、騒がれているバンシーの事件を思い出す。
「セイレーンに似ているな……」
 呟きながら次々と送っていく。
 泣き声を聴いた者が死ぬのなら、自分はこの調査にうってつけだと思っていた。
 廉は耳が聞こえない。しかし完璧に読心術をマスターしてる為、日常生活や調査に支障はない。
 バンシーの事件に関わりがありそうなものは3件。どれも男性が死んでいる。
と言ってもどれも事故死と判定されたもので、超常現象によって亡くなった形跡は見られなかった。
 しかしどれも自分が直接現場に赴いたものではなかったので、信憑性は薄い。
 頭の固い捜査官が現場に立とうものなら、多少不審な点があっても見過ごされてしまう。
 ため息をつきつつ立ち上がる。現場に行った方が早い。そう判断したからだ。
 廉には読心術の他に『歴眼』という能力があった。過去にあった事などが読みとれる力。それを使ってバンシーの痕跡が探れれば……。
 瞬間、バンシーとは全く関係ないであろう事件のファイルが目に飛び込んできた。それは、不倫の末相手の奥さんに刺された女性のものだった。女性は意識不明のまま病院に運ばれ、未だ意識を取り戻してはいない。
 何故興味を惹かれたのかわからないが、廉は自分の勘を信じ、その事を覚えて置いた。

●山下公園
 時間は午後5時を回っていた。
 神様の悪戯か、はたまた単なる偶然か。バンシーを調査しようとするものが、一斉に山下公園へと集まっていた。
 連日の噂。本当に亡くなってしまった男性達。そのせいか、いつもは人が行き交う公園内も、ひっそりと静まり返っていた。
「虱潰しに探してく、ゆう訳にはいかへんよなぁ……」
 困ったようにコリコリと頬をかいて、獅王一葉はぐるりと公園内を見渡した。
「あのぉ……?」
「え?」
 いきなり声をかけられて、一葉は飛び退くように振り向いた。
「もしかして、月刊アトラス編集部の方ですか!?」
 後ろに立っていたのは目がくりっとした可愛い女の子……榊杜夏生だった。その瞳は一葉の返答を待って輝き、しかし自分の答えを疑っていないかのようでもあった。
「あ、せやけど……?」
「やっぱりーっっっ。絶対そうだと思ったんですよ! こぉんな格好いい人が来るなんて、すっごいラッキー☆」
 ハイテンションな夏生の様子に、一葉は後ろ頭に汗を貼り付けて「また誤解さとるわ」と小さく呟く。
「あたし、横原亜樹の友達で、榊杜夏生って言います!!」
「横原……? ああ、手紙の子やね。……その子今はどないしてるん?」
「亜樹は元気ですよ。なんて言ったってあたしがついてますもん! 絶対死にません」
 きっぱりと言い切った夏生の自信に苦笑いを浮かべる。
「それで……なんかわかったんですか?」
 小首を傾げて夏生は一葉の顔をのぞき込む。
「まだ、来たばっかりやから。なんも。あんた……夏生ちゃんは何か知っとる?」
「えーっとですね、あたしの情報は……」
 と夏生は亜樹の友人のおじさんが亡くなった話や、亜樹が遭遇したバンシーの話を覚えている限りで語った。
「役に立ちました?」
「ありがと。……でもあんた帰ったほうがええで。危ないしな」
「心配してくれるんですか! 嬉しいです!! でも大丈夫ですよ。あたしすっごく運がいいんです」
 にこにこと言われ、可愛い女の子に甘い一葉はそのまま同行を許してしまった。
「そこの方達……」
「? うちらの事?」
「ええ」
 占い師然とした女性に声をかけられ、二人は立ち止まる。
「バンシーをお捜しですね?」
 占い師、エルトゥール・茉莉菜にそう言われ、夏生はきょとんと目を丸くする。
「あれ? 何で知ってるんですか?」
「今でかい声で話してたやんか」
「あ、そっか」
 一葉に言われて、夏生はペロッと舌を出した。
「んで? なんか用なん?」
「バンシーは今夜現れます。場所は目撃例の一番多いところ」
 茉莉菜は一枚一枚タロットをめくりながら言う。
「ほんまか?」
「占いは全て、信じる心から始まります」
「ほな、信用しようやないか。今夜出るってわかったんなら話は早い。出待ちやな」
 絶対に当たる、とか押しつけがましく言わない茉莉菜の言葉に、一葉は頷いた。
「「今の話本当か?」」
 別々の方向から同じセリフの声がかかる。
「ちっ」
 雨宮薫は自分と反対側に立っている久我直親の姿を見つけ、舌打ちをする。あたかも「イヤなやつにあってしまった」という顔つきだ。
 しかし直親の方は薫をいちべつしただけで、すぐに茉莉菜の方を見た。
「時間までわかりますか?」
「正確な時間はわかりませんが……日がかわる前後……ですわね」
 タロットを鮮やかにきり、並べ、めくる。それは一種のショーのような光景にも見えた。
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げると、直親はさっさと消えてしまった。
「あれ? 斎木さんやないか」
 難しい顔で歩いてきた斎木廉の姿を認め、一葉が駆け寄る。
「斎木さんもバンシーの調査なん?」
 ゆっくりとした口調で言うと、斎木は頷いた。耳の聞こえない廉は、唇の形で言葉を受け取る。
「出現は深夜前後やて」
「わざわざありがとう」
 結局その場にいた6人は、同じ場所へと集まっていた。
 特に夏生と茉莉菜は同じ事を試みようとしている事を知って、逆側に立ち、辺りを伺っていた。
 そんな中、薫は霊視を使って精霊を探ろうとしていた、が、霊の痕跡があっても、明確につかむ事が出来なかった。
「彷徨っているのか?」
 ぽつり呟く。
 その横では廉は意識を凝らして『歴眼』を使う。その場で見られたのはうずくまって泣く女性と、悲しみの波動。そして、誰かを捜している、と言った感もあった。
 直親は万が一に備え結界を張り、息を潜めた。
 一葉も同様に息を潜め、茂みに身を隠していた。そして二人が捕まえた後、女性に触れて、心の中を読もうと考えていた。
 冷たい夜風が頬を撫で、体温を奪っていく。辺りはカサカサ、という葉と枝のこすり合う音しか聞こえない。
 吐く息が白い。夏生は身を縮めながら、ポケットに手を入れた。
 瞬間。ぼんやり茂みの陰に女性が現れた。
 首をがくりと前に落とし、座り込んだ姿。まぐれもなく、目撃されているバンシーだった。
「う、うううう……」
 肩をふるわせ、女性の泣く声が公園に響く。それぞれちゃんと耳栓やらヘッドホンやらを用意していた為、聞こえない。廉に至っては初めから聞こえないのだが。
 しかし、しばらくすると、直接脳に響くような泣き声へとかわった。
 茉莉菜と夏生はそっと左右から忍び寄る。女性が気付いた気配はない。
 二人の行動を見ていた薫と直親も、逃げられないように準備は怠らない。
 そしてふたりが同時に女性を押さえた……とも思った瞬間、女性の姿消えた。
「!?」
 お互いに抱き合う格好になってしまった茉莉菜と夏生は、きょとんと辺りを見回した。この二人の行動だけなら逃げられてしまっていたかもしれなかったが、先に直親が張った結界があった為、女性は逃げられなく、少し離れた場所に寂しそうに立っていた。
「あの人はどこ? ずーっと私と一緒にいてくれるって言ったのに……」
 虚ろな瞳で遠く彼方を見つめる。
「あなたが約束した男性は、奥さんの元に戻った。もうあなたの側にはいない」
 廉の言葉に風が揺れる。それは廉がだけが知り得ていた情報。
「違うわ。ずっと側にいるって言ったの。奥さんとも別れるって。でも、あの人は今、ここにはいない……。どうして! どうしてなの!?」
 女性の叫びに呼応するかのように風が凪ぐ。
「事の真意を確かめたければ、体に戻りなさい!」
「どうして!! 一緒にいるって言ったのに!!」
「生き霊か……。男を捜して他の男を道連れにした、って所だな」
 直親は呟く。
「それなら俺の仕事だ。おまえは引っ込んでな!」
 対抗意識バリバリで、薫は一歩前に踏み出すと印を結ぶ。
「何甘ったれた事言ってるのよ!?」
 女性に負けないくらいの声で叫んだのは夏生だった。
 その迫力に一同呆然となる。
「人生は行け行けゴーゴーよ! 一人の男に未練もって後ろ向きになってどうするの! 見返してやるくらいいい女になって、もっと人生楽しまなくちゃ!!」
 すごくいい事言っているような気がするのだが、内容が内容なだけに苦笑してしまう。
「……せやな。何があったかしらんけど、他人に迷惑かけるっちゅーのはよくないわ。これからでもやり直せる。自分の体に戻りや」
「そうですわ。相談でしたらわたくしも乗りますわ」
 にっこりと茉莉菜は微笑みかける。3人の女性の勢いのせいか、風は弱くなった。その瞬間を見過ごさず、薫は素早く呪文を唱えた。
「……己の肉体へ還れ!」
 刹那、光が弾けるかのように広がり、ゆるりと消える。その後には女性の姿はなかった。
「……ご協力感謝します」
 廉は短くそう言うと、その場を立ち去った。
「結局、バンシーなんていなかったんだ……」
 少々つまらなそうに夏生は呟く。
「おらん方がええやないか。元々アイルランドの精霊さんやし。さて、一眠りして原稿やらなな……」
 ふわぁあ、と大きな欠伸をして一葉も公園を後にする。
「あ! 送って行ってくれないんですか?」
 慌てて夏生が追いかけた。
 薫は無言のまま去っていこうとする直親の背を睨むと、別の方向へと歩き出した。
 茉莉菜は小さく息を吐くと、皆と同じように公園を後にした。

●後日【廉】
 公園を後にした廉は、自宅には戻らず、病院を訪れていた。
 意識の戻らなかった女性。彼女は廉を待っていたかのように、到着と同時に目をあけた。
 虚ろな瞳。はっきりしない意識。
 廉は茉莉菜に連絡をとると、カウンセラーを頼んだ。
 専門家に委ねても良かったのだが、やはり事情を知っている方がいいと思ったからだ。
 廉は彼女の処遇に悩む。暗殺系を主として活動し、時には抹殺もしてきたが。今回は無意識の罪。それが許されるかどうかわからないが、これからの彼女の人生に任せてもいい、と感じていた。
 近々彼女は退院する。男ともきっぱりと決別した。
 そして廉はいつもと同じように、仕事へと歩き出した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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  【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

   【獅王・一葉/女/20/大学生】 
   【榊杜・夏生/女/16/高校生】
   【エルトゥール・茉莉菜/女/26/占い師】
   【斎木・廉/女/24/刑事】
   【雨宮・薫/男/18/高校生・陰陽師】
   【久我・直親/男/27/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、夜来聖(やらい・しょう)と申します。
 この度は私の依頼を選んで下さり、誠にありがとうございます。
 耳が聞こえない、という事ですごくこの依頼にピッタリだ……と本当に思ってしまいました。
 またお逢いできると嬉しいです。