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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


嘆きの精霊
------<オープニング>--------------------------------------------------

「嘆きの精霊、バンシーねぇ‥‥」
 送られてきた数通の手紙に目を通しながら、碇麗香は小さく息を吐く。
 それは最近山下公園に出没している、と言われている精霊で、その泣き声を聴いた者は死を迎える、と言われていた。
 出現するのは月明かりの弱い夜。茂みの影で髪の長い女性が哀しそうにすすり泣いているらしい。
 そしてそれを聴いたと思われる3人の男性がそれぞれ別の形ではるが、死んでいた。その為話は膨らみに膨らみ、近所のおばあちゃんが寿命死しても声を聴いたせいだ、と言われるまでになっていた。
「悪くない素材ではあるけど、大きくなり過ぎね」
「編集長! コレ見て下さい」
 興味なさそうに手紙をデスクに放った麗香の後ろから、三下忠雄が1通の手紙を握りしめて走ってくる。
「またバンシーねぇ‥‥」
 それを受け取って面倒そうに目を走らせた。
 そこには犬の散歩をしていて泣き声を聴いてしまった事、同じように声を聴いた知人が2日後に事故死した、というような事が書かれていた。
「住所‥‥山下公園に近いわね。誰か手があいてる?」
 ぐるりと室内を見回すと、数人原稿を書きながら手を挙げた。
「それじゃ行ってきて頂戴。‥‥耳栓忘れずにね」

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●久我直親(くが・なおちか)
「声を聞いて人が死ぬ、とは穏やかでないな」
 編集部に資料を漁りに来ていた直親は、麗香達の話を聞いて手を止め、振り返る。視界の端で誰かが部屋を出ていったのが見えたが、別段気にしなかった。
 その手紙の調査をしに行った、というのはわかっていたからだ。
「その先に死んだ3人の男性の死因とかはわかっているんですか?」
「警察では事故死、って見てる見たいよ、全部。事故、の形は違うけど」
 直親に問われて麗香は振り向かずに言った。
「3人の共通点とかありますか?」
「知っている限りでは、無いわね。全然別の場所だし、事故原因も全然違うわ。……ああ、あるとすれば女性の泣き声を聴いた、ってやつね」
 麗香に言われて直親は苦笑した。
「気になるんだったら見てきて頂戴よ。専門でしょ?」
 にーっこりと意味ありげに麗香は笑みを浮かべる。直親は苦い顔をしつつ、資料を見せて貰っているのだから……と手紙を見せて貰った後、部屋を出ていった。
 そのまま直親は手紙の主の家へと向かった。名前は横原亜樹(よこはら・あき)。
 家につくと両親共働きのせいか、本人しかいなかった。月刊アトラスから頼まれてきた、と告げ、名乗ると、ダイニングに通してくれた。
 それなりに片づけられていて、散らかさないように極力を物を置かないようにしている様子も見受けられた。
 亜樹は紅茶をお盆に乗せて来ると、直親をあい向かいに座る。
「あ、あの……」
 なんと説明していいのか迷っているような感じで、亜樹はもぞもぞと口を動かす。
 男性には厳しいが女性には優しい直親は、口を開いた。
「事故死した知人について聞きたいのですが……」
「あ、えーっと……。友達のおじさんなんですけど、変な声を聞いた、って言って、2日後に車にはねられて亡くなってしまったんです……」
「警察はなんて?」
「よくわからないですけど、酔っぱらい運転だった、って友達は言ってました」
「酔っぱらいですか……。亡くなるまでの間に、何か妙な事を言っていた、とか聞いてますか?」
「いいえ……元々そういう事信じないひとだったみたいで、全く気にしていなかった、って……」
 バンシーの声が原因ではないのか? 直親は難しい顔でいれてくれた紅茶を口にした。
「亜樹さんがバンシーの声を聞いた時の状況を教えて貰えますか?」
 聞くと、亜樹は一瞬泣きそうな顔になる。しかしこれから調査を進めて行くには大事な事。
「……薄暗い夜でした。ラシィ……あ、うちの犬ですけど。散歩を忘れてて慌てて行ったんです。山下公園ならその時間散歩してる人もいるんで……。それでちょっと人通りの少ない散歩道に入ったとき、女の人の泣く声が聞こえて……。バンシーの噂はずっと聞いていたので、びっくりしてしまって、ラシィの手綱を離して走って帰ってきました……だから詳しくは……」
 あまり思い出したくないのだろう、亜樹はうつむいてスカートをぎゅっと握った。犬はその後、通い慣れた道筋だったので自分で戻ってきたらしいが。
「そうですか……。それから何かかわった事とかありますか?」
 亜樹はうつむいたまま左右に首を振る。
「何も……。ただ、怖くて……」
 小刻みに肩が揺れる。人前なので泣くまいとして必死に押さえているようだった。
「大丈夫ですよ。この件は必ず解決します。……これを持っていて下さい」
 言って直親はお守りを手渡した。亜樹の瞳は今にも零れそうな涙が浮かんでいた。
「あ、ありがとうございます……」
 受け取ってしっかり抱きしめる。その手の甲を涙が濡らした。
「あ、そうだ……」
 靴を履いている最中に声をかけられ、直親は顔をあげた。
「私の友達が、解決する、って山下公園に向かったんです……」
 友人を心配する真摯な表情。それに直親は重く頷いた。
「大丈夫ですよ、そのお友達も」
 その言葉に、亜樹は深々と頭を下げた。

●山下公園
 時間は午後5時を回っていた。
 神様の悪戯か、はたまた単なる偶然か。バンシーを調査しようとするものが、一斉に山下公園へと集まっていた。
 連日の噂。本当に亡くなってしまった男性達。そのせいか、いつもは人が行き交う公園内も、ひっそりと静まり返っていた。
「虱潰しに探してく、ゆう訳にはいかへんよなぁ……」
 困ったようにコリコリと頬をかいて、獅王一葉はぐるりと公園内を見渡した。
「あのぉ……?」
「え?」
 いきなり声をかけられて、一葉は飛び退くように振り向いた。
「もしかして、月刊アトラス編集部の方ですか!?」
 後ろに立っていたのは目がくりっとした可愛い女の子……榊杜夏生だった。その瞳は一葉の返答を待って輝き、しかし自分の答えを疑っていないかのようでもあった。
「あ、せやけど……?」
「やっぱりーっっっ。絶対そうだと思ったんですよ! こぉんな格好いい人が来るなんて、すっごいラッキー☆」
 ハイテンションな夏生の様子に、一葉は後ろ頭に汗を貼り付けて「また誤解さとるわ」と小さく呟く。
「あたし、横原亜樹の友達で、榊杜夏生って言います!!」
「横原……? ああ、手紙の子やね。……その子今はどないしてるん?」
「亜樹は元気ですよ。なんて言ったってあたしがついてますもん! 絶対死にません」
 きっぱりと言い切った夏生の自信に苦笑いを浮かべる。
「それで……なんかわかったんですか?」
 小首を傾げて夏生は一葉の顔をのぞき込む。
「まだ、来たばっかりやから。なんも。あんた……夏生ちゃんは何か知っとる?」
「えーっとですね、あたしの情報は……」
 と夏生は亜樹の友人のおじさんが亡くなった話や、亜樹が遭遇したバンシーの話を覚えている限りで語った。
「役に立ちました?」
「ありがと。……でもあんた帰ったほうがええで。危ないしな」
「心配してくれるんですか! 嬉しいです!! でも大丈夫ですよ。あたしすっごく運がいいんです」
 にこにこと言われ、可愛い女の子に甘い一葉はそのまま同行を許してしまった。
「そこの方達……」
「? うちらの事?」
「ええ」
 占い師然とした女性に声をかけられ、二人は立ち止まる。
「バンシーをお捜しですね?」
 占い師、エルトゥール・茉莉菜にそう言われ、夏生はきょとんと目を丸くする。
「あれ? 何で知ってるんですか?」
「今でかい声で話してたやんか」
「あ、そっか」
 一葉に言われて、夏生はペロッと舌を出した。
「んで? なんか用なん?」
「バンシーは今夜現れます。場所は目撃例の一番多いところ」
 茉莉菜は一枚一枚タロットをめくりながら言う。
「ほんまか?」
「占いは全て、信じる心から始まります」
「ほな、信用しようやないか。今夜出るってわかったんなら話は早い。出待ちやな」
 絶対に当たる、とか押しつけがましく言わない茉莉菜の言葉に、一葉は頷いた。
「「今の話本当か?」」
 別々の方向から同じセリフの声がかかる。
「ちっ」
 雨宮薫は自分と反対側に立っている久我直親の姿を見つけ、舌打ちをする。あたかも「イヤなやつにあってしまった」という顔つきだ。
 しかし直親の方は薫をいちべつしただけで、すぐに茉莉菜の方を見た。
「時間までわかりますか?」
「正確な時間はわかりませんが……日がかわる前後……ですわね」
 タロットを鮮やかにきり、並べ、めくる。それは一種のショーのような光景にも見えた。
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げると、直親はさっさと消えてしまった。
「あれ? 斎木さんやないか」
 難しい顔で歩いてきた斎木廉の姿を認め、一葉が駆け寄る。
「斎木さんもバンシーの調査なん?」
 ゆっくりとした口調で言うと、斎木は頷いた。耳の聞こえない廉は、唇の形で言葉を受け取る。
「出現は深夜前後やて」
「わざわざありがとう」
 結局その場にいた6人は、同じ場所へと集まっていた。
 特に夏生と茉莉菜は同じ事を試みようとしている事を知って、逆側に立ち、辺りを伺っていた。
 そんな中、薫は霊視を使って精霊を探ろうとしていた、が、霊の痕跡があっても、明確につかむ事が出来なかった。
「彷徨っているのか?」
 ぽつり呟く。
 その横では廉は意識を凝らして『歴眼』を使う。その場で見られたのはうずくまって泣く女性と、悲しみの波動。そして、誰かを捜している、と言った感もあった。
 直親は万が一に備え結界を張り、息を潜めた。
 一葉も同様に息を潜め、茂みに身を隠していた。そして二人が捕まえた後、女性に触れて、心の中を読もうと考えていた。
 冷たい夜風が頬を撫で、体温を奪っていく。辺りはカサカサ、という葉と枝のこすり合う音しか聞こえない。
 吐く息が白い。夏生は身を縮めながら、ポケットに手を入れた。
 瞬間。ぼんやり茂みの陰に女性が現れた。
 首をがくりと前に落とし、座り込んだ姿。まぐれもなく、目撃されているバンシーだった。
「う、うううう……」
 肩をふるわせ、女性の泣く声が公園に響く。それぞれちゃんと耳栓やらヘッドホンやらを用意していた為、聞こえない。廉に至っては初めから聞こえないのだが。
 しかし、しばらくすると、直接脳に響くような泣き声へとかわった。
 茉莉菜と夏生はそっと左右から忍び寄る。女性が気付いた気配はない。
 二人の行動を見ていた薫と直親も、逃げられないように準備は怠らない。
 そしてふたりが同時に女性を押さえた……とも思った瞬間、女性の姿消えた。
「!?」
 お互いに抱き合う格好になってしまった茉莉菜と夏生は、きょとんと辺りを見回した。この二人の行動だけなら逃げられてしまっていたかもしれなかったが、先に直親が張った結界があった為、女性は逃げられなく、少し離れた場所に寂しそうに立っていた。
「あの人はどこ? ずーっと私と一緒にいてくれるって言ったのに……」
 虚ろな瞳で遠く彼方を見つめる。
「あなたが約束した男性は、奥さんの元に戻った。もうあなたの側にはいない」
 廉の言葉に風が揺れる。それは廉がだけが知り得ていた情報。
「違うわ。ずっと側にいるって言ったの。奥さんとも別れるって。でも、あの人は今、ここにはいない……。どうして! どうしてなの!?」
 女性の叫びに呼応するかのように風が凪ぐ。
「事の真意を確かめたければ、体に戻りなさい!」
「どうして!! 一緒にいるって言ったのに!!」
「生き霊か……。男を捜して他の男を道連れにした、って所だな」
 直親は呟く。
「それなら俺の仕事だ。おまえは引っ込んでな!」
 対抗意識バリバリで、薫は一歩前に踏み出すと印を結ぶ。
「何甘ったれた事言ってるのよ!?」
 女性に負けないくらいの声で叫んだのは夏生だった。
 その迫力に一同呆然となる。
「人生は行け行けゴーゴーよ! 一人の男に未練もって後ろ向きになってどうするの! 見返してやるくらいいい女になって、もっと人生楽しまなくちゃ!!」
 すごくいい事言っているような気がするのだが、内容が内容なだけに苦笑してしまう。
「……せやな。何があったかしらんけど、他人に迷惑かけるっちゅーのはよくないわ。これからでもやり直せる。自分の体に戻りや」
「そうですわ。相談でしたらわたくしも乗りますわ」
 にっこりと茉莉菜は微笑みかける。3人の女性の勢いのせいか、風は弱くなった。その瞬間を見過ごさず、薫は素早く呪文を唱えた。
「……己の肉体へ還れ!」
 刹那、光が弾けるかのように広がり、ゆるりと消える。その後には女性の姿はなかった。
「……ご協力感謝します」
 廉は短くそう言うと、その場を立ち去った。
「結局、バンシーなんていなかったんだ……」
 少々つまらなそうに夏生は呟く。
「おらん方がええやないか。元々アイルランドの精霊さんやし。さて、一眠りして原稿やらなな……」
 ふわぁあ、と大きな欠伸をして一葉も公園を後にする。
「あ! 送って行ってくれないんですか?」
 慌てて夏生が追いかけた。
 薫は無言のまま去っていこうとする直親の背を睨むと、別の方向へと歩き出した。
 茉莉菜は小さく息を吐くと、皆と同じように公園を後にした。

●後日【直親】
 翌日亜樹の元を訪れたが、学校に行った為かいなかった。
 直親は笑む。
 いつの間にか戻ってきていたお守りを手に、その場をゆっくりと後にした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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  【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

   【獅王・一葉/女/20/大学生】 
   【榊杜・夏生/女/16/高校生】
   【エルトゥール・茉莉菜/女/26/占い師】
   【斎木・廉/女/24/刑事】
   【雨宮・薫/男/18/高校生・陰陽師】
   【久我・直親/男/27/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、夜来聖(やらい・しょう)と申します。
 この度は私の依頼を選んで下さり、誠にありがとうございます。
 雨宮さんのPLさんよりメール頂きました。狙っていて下さったみたいで、ありがとうございます。うまく直親さんを表現出来ていればいいですのが……。
 またお逢いできると嬉しいです。