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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


最後の絵画
●オープニング【0】
「まずはこれ見てくれるかしら」
 月刊アトラス編集長・碇麗香はそう切り出し、1枚の写真を見せた。写っていたのは、1枚の絵画だ。だが、その絵画が妙であることは誰の目にも明らかだった。一面真っ白なのだ。
 何も描かれていないのかとも思ったが、よく見ると白さにむらがある。恐らく白く塗りつぶしてあるのだろう。
「昨日うちに着いた手紙の中に入ってたの、それ。で、他に手紙と……鍵」
 麗香が机の上を指差した。ご丁寧に2つ並べてある。
 手紙にはワープロ文字で『原宿第2堤マンション409号室』とだけ書かれてあった。そうすると、鍵はこの部屋の物なのか。
「手紙の差出人、誰だと思う? ……先日亡くなった立岡正蔵画伯よ」
 立岡とは戦後独学で西洋画を学んできた有名な画家だ。彼の描く少女の絵画は右に出る者は居ないとまで言われていた。ちなみに、アトリエより描きかけだった絵画が1枚無くなっているのが分かり、警察が捜査に乗り出している。
「悪いけど、この絵を詳しく調べてきてくれる? どうにも気になって」
 麗香がすっと鍵を差し出した。
 誰かの単なる悪戯? まさかこれが画伯最後の絵画? それともこの絵画自体に秘密が……?

●持ち主【1C】
「よぉ、こないだの姉ちゃんじゃねぇか」
 不意に草間興信所バイトのシュライン・エマは背後から呼び止められた。振り返ると、そこには見知った顔の初老の男が立っていた。
「あっ、あなたは……」
「金沢以来か? ま、今日も行き先は同じだろうけどよ」
 情報屋・渡橋十三がニヤリと笑った。
「え? じゃあ?」
「うー、寒い。とっとと、温かい茶でも飲みに行こうぜ……不動産屋でな」
 十三はそんなことを言ったが、すでに編集部で羊羹と玉露をたらふく飲み食いしてきていた。そこはそれ、舌先三寸という奴だ。
 ともあれ狙いは一緒、シュラインは先に歩き出した十三の後をついていった。
 10分後、件のマンションを扱っている不動産屋に着いた2人。十三は入るなり、一声こう言った。
「よぉ、こないだの話どうなった?」
「はっ?」
 唐突な十三の言葉に戸惑う不動産屋の主人。
「忘れたってのか? 原宿の堤マンションっていい物件があるって言ってたろぉ? ほれほれ、この姉ちゃんが引っ越すんだよ」
 ぐいとシュラインの腕を引っ張り、十三は主人に見せつけた。
「えっ、あっ……かもしれませんね……どうぞ、こちらへ」
 腑に落ちない表情をしつつも、2人を奥へ招き入れる主人。これこそ、十三の持つ能力の影響であった。
 こうなればしめたもの。後は上手く話を誘導して、件の部屋に関する情報を手に入れるだけだ。
「確か第2堤マンションの409号室が空いてるって言ったよなぁ?」
「いや、そこは半年前に借り手が……」
「おいおい、そんな部屋を空いてるって言ってたのかよ。どんな奴が借りてんだ?」
「……この人じゃなかったですか?」
 シュラインがバッグから1枚の紙を取り出し見せた。ネットで出してきた立岡正蔵画伯の現在の写真である。
「違います。確か黒いスーツを着た男の方で……」
 そう答える主人の言葉に、2人は顔を見合わせた。

●第2堤マンション・409号室【2】
 原宿・竹下通りから南東方向に約250メートル。そこに『第2堤マンション』はあった。クリーム色の壁で6階建て。特に変哲のない普通のマンションだ。もっとも、世の多くの事件は、変哲のない場所で起こっているのだが、それはともかく。
「……開けますわよ」
 皆が見守る中、占い師であるエルトゥール・茉莉菜がドアに鍵を差し込んだ。カチャリと音がした。
 ドアを開き中へ入ると、室内はガランとしていた。家財道具は全くなく、人が住んでいる形跡すらない。それでも注意を払いつつ奥へと入ってゆく一同。
「確かこないだも奥に絵があったよな……」
 情報屋・渡橋十三が誰ともなくつぶやいた。その言葉に頷いたのは茉莉菜と草間興信所バイトのシュライン・エマだった。
「報告書で見ました。でもその事件、第3の同じ号数……」
 そうシュラインが言った時、後ろの方で大きな物音がした。びくっとしてほぼ全員が振り向くと、赤く長い髪の可愛らしい少年が壁のそばで顔を押さえてうずくまっていた。
「はうー……痛いですー……」
 半べそをかきながら少年、ラルラドール・レッドリバーが言った。どうやら周囲に気をとられているうちに、壁にしこたま顔をぶつけてしまったようだった。
「おい……大丈夫か?」
 骨董屋『櫻月堂』を営んでいる武神一樹がラルラドールのそばへ行き気遣った。こくこくと頷くラルラドール。その様子を茉莉菜や十三、シュラインは苦笑しながら見ていた。
「皆、例の絵があっ……何かあったの?」
 奥の部屋から女刑事である斎木廉が顔を出した。
「あんた気付かなかったのかぁ?」
 十三が、何を言ってるんだといった表情で廉に言った。
「だから何を」
 真顔で尋ね返す廉。本気で気付いていなかったようである。
「……奥にあるんだよな」
 十三はこれ以上突っ込むのを止め、奥の部屋へ入った。他の者もそれに続く。

●白い絵画が1枚【3】
「これはまた……えらく塗りつぶしたもんだな」
 一樹が絵画をしげしげと眺めて言った。奥の部屋、そこには件の写真にあったのと同じ絵画1枚だけが壁にかけられていた。壁紙の色からしても、この絵画であるのは間違いなさそうだった。
「……で、さっき話してくれたことは本当か?」
 一樹が茉莉菜の方を向き尋ねた。
「ええ。わたくしだけでなく、こちらの渡橋さんもその現場に居られましたから」
 静かに、だがはっきりと茉莉菜は答えた。
 部屋に入る前、茉莉菜は一連の事件について知っている限りのことを皆に話していた。
 山寺美雪という絵画を描くことが好きな少女が失踪したこと。その失踪に黒ずくめの男が関わっていて、危うく美雪が絵画の中に取り込まれそうだったこと。どうも他にも取り込まれた少女が居るらしいこと。黒ずくめの男と立岡には何らかの関係があるらしいこと――。
「立岡のお爺さま、優しかったですよ……」
 ぽつりとラルラドールがつぶやいた。昔、立岡の絵画のモデルをやったことがあったのだ。
「ある一面では優しくとも、他の面もそうであるとは限らない……」
「真理だねぇ。さすが刑事さんの言うこたぁ違うぜ」
 廉の言葉に、十三がニヤリと笑みを浮かべた。褒めているのかどうかは分からないけれど。
「絵から、特に何も感じはしないが……」
 絵画の前で、腕を組み思案する一樹。心配は杞憂に済みそうだが、この絵画の意味する物が思い浮かばない。
「……白の下、何が描かれているんだろ」
 ぽつりつぶやくシュライン。皆の視線が集まった。
「奇遇だわ。私もそう考えていた所よ」
「わたくしもですわ」
「僕もですー☆」
 相次いで廉、茉莉菜、ラルラドールが言った。
「……隠された絵かっ!」
 はっとして、一樹が再度絵画に目をやった。何かを隠すために、白く塗りつぶしたのだとすれば――。

●三角形の謎【4】
「一応、溶剤は買ってあるんですけど……」
 バッグからごそごそと溶剤を取り出そうとするシュライン。これで上の油絵の具を溶かそうというのだ。
「ばしゃっとかけちゃうんですかー?」
 シュラインと絵画を交互に見ながらラルラドールが言った。
「待って。ここは私に任せて」
 廉はそう言ってシュラインの行動を制し、絵画の前に立った。
(さて……)
 廉は意識を絵画に集中させた。それは彼女の能力『歴眼』が発動する瞬間だった。そして――廉の脳裏に画像が映し出された。
「三角形……中心にこれは……鍵……?」
 ぽつりぽつりと見えた画像について口にする廉。絵画の下には三角形が描かれており、その中心にはどこかの鍵が塗り込められていたのだ。
「三角形だぁ? どんな意味があるってんだ?」
「僕分かったですー☆ きっと、美味しいおむすびですよー☆ 立岡のお爺さま、僕におむすびくれたですー☆」
「馬鹿野郎、おむすびのわきゃねえだろ?」
「むー……えーいっ!」
 ラルラドールが十三の足を思いきり蹴った。
「痛てぇっ!! ……何しやがる、このガキはよぉっ!!」
 足を抱え、ぎろりと睨む十三。ラルラドールはくすくすと笑っていた。
「三角形……中心に鍵……三角形……」
 そんな2人をよそに、茉莉菜は両目を閉じてぶつぶつと廉の言葉を繰り返していた。
(美雪さんが消えたのが渋谷で……見つかったのは原宿ですわね……黒ずくめの男が表参道で……あっ!!)
「……分かりましたわっ!」
 両目を見開き、茉莉菜が叫んだ。

●最後の絵画【5】
「これは……」
 一樹は部屋の中で立ち尽くしていた。一樹だけではない、他の皆もそうだった。
 茉莉菜の推理を聞き、一同は別の場所へ移動してきていた。その場所は神宮前5丁目――渋谷・原宿・表参道を結ぶ三角形の中心に位置する地である。
 地図上で実際に中心に位置する場所を割り出し急行した所、そこには『管理地』と看板のかかった1軒の小さな家があった。試しに塗り込められていた鍵を使ってみると、ピタリと鍵は合っていた。
 そして意を決して家の中へ入った一同。そこで先程の一樹の言葉が出たのだ。
「絵が一杯……」
 雰囲気に圧倒されるシュライン。部屋の壁という壁一面に、絵画がかけられている。しかも、どの絵画にも違った少女が描かれていて。
「……これは」
 廉はその中の1枚に近寄り、じっくりと絵画を見つめた。
「半年前に捜索願が出されていた娘じゃ……」
「けっ! 見てるだけで、胸くそ悪くなるぜ……!」
 吐き捨てるように言う十三。
「あっ、あの絵だけおっきいですー!」
 ラルラドールが奥にかけられていた絵画を指差した。他の絵画よりも一際大きく、またそれだけが様子が異なっていた。
「ひょっとしてあれが……画伯最後の絵画では……」
 恐る恐るその絵画に近付く茉莉菜。絵画の中央には椅子に腰掛けた和服姿で長い黒髪の少女が描かれており、傍らには黒いスーツに身を包んで立つ青年の姿が。さらにその周囲には多くの少女たちの姿があった。
(似てやがる……)
 十三は青年の顔を見て思った。先日ネットカフェで見た、若き頃の立岡の顔によく似ていると。
「ねえ、この絵の少女たち……ここの絵に描かれている娘と同じ顔してない?」
 シュラインが他の絵画を見回して言った。確かに、大きな絵画に描かれている少女たちと、他の絵画に描かれている少女たちの顔は全く同じであった。
「少女を封じる度に、絵を完成させていったんだな」
 苦々しく一樹が言った。そうして、最後の力で自らの姿を絵画に焼き付けて――。
「そうするとこの少女は……?」
 茉莉菜が首を傾げた。少なくとも、この場には和服の少女らしき絵画は見当たらない。
「僕……聞いたことあるです。立岡のお爺さま、むかしむかし、僕くらいの髪の女の子が好きだったって。でも……病気で亡くなったんだって、僕モデルしてた時言ってたです……」
 しゅんとするラルラドール。
「少女を描くのが得意なのは、その少女と重なるから……かしら?」
 廉が自らの推理を話した。恐らくその推理は正しいだろう。周囲の絵画が、そして今までの事件がそれを物語っていた。
「……てな想いを抱えたまま病に倒れて、終いにゃ悪魔か何かと契約したんだろうよ。でなきゃ、病に倒れた奴が動き回れるわきゃなさそうだからな。しっかし、そうまでして完成させる程、価値ある絵かよ……」
 忌々し気に十三が言った。だが、立岡にとってはどうしても死ぬまでに完成させたかった絵画なのだろう。その結果、自ら望んでかどうかは分からないが、あの『黒ずくめの男』が生まれた訳で――。

●黙して語らず【6】
「こんな絵、とっとと壊しちまえ!」
「駄目ですわ! 不用意に傷付けると、少女たちが……!」
 十三の言葉に茉莉菜が反応した。美雪の時は取り込まれる途中だったからキャンバスを切り裂くことで救えたが、今度はすでに取り込まれている状態だ。切り裂いてしまうと、少女たちは永遠に戻ってこれない危険性がある。
「……傷付けなければいいんだな」
 そう言って一樹が大きな絵画の前に進み出た。
「え、ええ……恐らくは」
「やってみよう」
 一樹はすっと右手を大きな絵画の前にかざした。両目を閉じ、精神を集中させる。
(画伯……少女を絵に取り込むという安易な方法に頼った時にあなたの絵は死んだんだ……あなたの『それ』はすでに絵画ですらない……)
 一樹は大きく息を吸い込んだ。固唾を飲んで見守る他の5人。
(ならば俺があなたにできることはこれだけだ……!)
 カッと一樹の両目が見開かれた。それと同時に、目の前の絵画が紅い光に包まれる。
「あっ、少女たちが……!」
「……消えてゆく……」
 驚きの表情を浮かべるシュラインと茉莉菜。紅き光に包まれた絵画から、周囲の少女たちがすぅっ……と消えてゆく。
「おい、こっちの絵……!」
「白くなってるですー!」
 驚きの声を上げる十三とラルラドール。少女たちが描かれた絵画が1つ、また1つと白いキャンバスへと変わってゆく。
 やがて、絵画を包んでいた紅い光が消え失せる。周囲の絵画は全て白いキャンバスに変わっていた。その下、冷たい床の上には少女たちが折り重なって倒れていた。先程まで、絵画の中で微笑んでいた少女たちが。
「……この後が大変そうね」
 溜息と共に、廉がつぶやいた。少女たちはもとより、上やマスコミにどのように説明するべきか、考えただけで頭が痛くなる。だが誰かがやらねばならぬことだ。
 そして件の絵画――立岡最後の絵画には、白い背景の中、和服の少女と黒いスーツの青年だけが残っていた。
(画伯……あなたが好きでした少女は、あなたがこのようなことをしてまで、この絵を描いてほしかったのですか……?)
 茉莉菜は無言で絵画をじっと見つめていた。絵画の中の2人は、微笑んだまま何も答えない。絵画は黙して語らず、ただそこに存在するだけだった――。

【最後の絵画 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな) / 女 / 26 / 占い師 】
【 ラルラドール・レッドリバー(らるらどーる・れっどりばー) / 男 / 12 / 暗殺者 】
【 武神・一樹(たけがみ・かずき) / 男 / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長 】
【 斎木・廉(さいき・れん) / 女 / 24 / 刑事 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。今回はマイナスの場面番号が存在していますのでご注意を。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・『少女はどこへ消えた』『黒ずくめの男』と続いたこのシリーズも今回で完結です。とりあえず絵画も見つかり少女たちも救え出せ、結果としてはかなりよかったのではないかと思います。高原は一応バッドエンドも用意していましたから。
・シリーズ最後ですので、高原担当依頼の傾向を少しだけ。高原の多くの依頼では、推理力がそれなりに問われます。また、一方向にだけ目をとられていると、足元を掬われることもありますので。今後のご参考にしていただければと思います。
・シュライン・エマさん、2度目のご参加ありがとうございます。ファンレターありがとうございました。お名前の件、了解いたしました。以後注意したいと思います。溶剤持参と白い絵画の下に関する疑問は正解です。本文には書かれていませんが、鍵を取り出す時に使用していますから。画伯の写真は、注釈がなかったので現在の物として扱わせていただきました。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。