コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


出せない手紙
------<オープニング>--------------------------------------

 その日、2世代くらい前の雰囲気を纏った女性が、草間興信所を
訪れた。
 髪はボブで、下の方が軽くカールしている。瞳は少し茶色がかっ
ていて優しげな光を宿していた。年の頃は24・5といったところ
だろうか。
「あのぉ……お願いしたい事があってやって来たのですが……」
 女性は深川加世子(ふかがわ・かよこ)と名乗った。
「お願い、とは?」
 根元まで吸い終わった煙草を灰皿で潰して、草間は応接セットに
座り、加世子にもすわるようすすめる。
「この手紙を出して欲しいんです」
「手紙を?」
 自分で出せばいいのに、と思いつつ、草間はその日5本目の煙草
に火を点け、気がついたように加世子に断りを入れる。
「いいですか?」
 火を点けてからいいも悪いもないと思うが、加世子は小さく頷い
た。
 そして手紙をテーブルの上に置いてもう一度繰り返す。
「この手紙を出して欲しいんです……。自分で出せばいい、とお思
いになられるでしょうけど……自分で出す勇気が無くて」
 困ったように小首を傾げて笑う。
「しかし我々に依頼する、となると少々お金がかかりますが……」
「はい、承知しております。これくらいで足りますでしょうか?」
 差し出された封筒の中身を見て、草間は数枚取り出し返す。
「このくらいで」
「まぁ、そんなにお安くてよろしいんですの?」
「手紙を出すだけ、ですから」
 苦笑い。久々にまともな依頼かと思えば、単純すぎる依頼。
「それではお預かりします」
「よろしくお願い致します……」
 深々と加世子は頭を下げて事務所を後にした。そして加世子を見
送り、入り口に立っていた草間は振り返る。
「おい、誰かこれ、出しておいてくれ」

------------------------------------------------------------
 仕事の帰り、何か興味深い事象はないか、と仕事の合間に高御堂
将人(たかみどう・まさと)は草間興信所を訪れた。
 そして丁度その時加世子がやってきた。
(手紙を出すのに、何で勇気が必要なのでしょうか……?)
 疑問を抱きつつ、失礼のない程度に加世子を見る。
 今時の女性とはかなりかけ離れた雰囲気を持つ女性である。それ
が第一印象。具体的に言えば、自分の母親や祖母から受ける印象に
似ていた。
 将人は加世子に向けて精神感応を試みる。
 浮かんできたのは白い壁。そして白衣。薬品の臭い。心配そうな
家族の顔。手紙への想い−それから察するに、ラブレターなのかも
しれない−。恥じらい。……悲しみ。
 少なからず興味を抱いた。
「私が、出しておきましょうか?」
 女性を見送り振り返った草間に、将人は告げた。
 その言葉に草間は一瞬困ったような顔になる。将人はここの事務
員でも調査員でもない。しかし時々手伝って貰っているのは事実。
「んじゃ……頼もうかな。あまりギャランティーは期待せんでくれ」
「わかってますよ。家に帰るついでですから」
 草間らしい言葉に笑みを浮かぶ。
「よろしく」
 手紙を手渡されて、将人は軽く宛先を見、裏書きも見た。
 宛先は広島で、加世子は白金。
「広島か……」

 翌日。将人はまだその手紙を持っていた。
 図書館に向かうと、司書の仕事の合間に宛先を地図や過去の新聞
などで調べる。
 その間に加世子の気をたぐって式神をとばす。式神である鳥が大
きく羽ばたいて行ったのを確認すると、視線を戻した。
「えーっと、あ、ここだな」
 下を向いたため、ずれたメガネを指先で直すと、今度は新聞をと
りにく。
 国会図書館、という場所柄、全国の新聞がかなり遡って置いてあ
る。普段は邪魔な紙の束でしかないそれが、たまに役にたつ。
 めくり慣れた指先が、新聞をめくり、見慣れた黒い瞳が記事を素
早く探す。
 いくつか面白そうな事件を見かけたが、宛先の人物と結びつくよ
うな事件は見あたらなかった。
「単なる……ラブレターなのか……」
 不謹慎だが少々つまらなそうに手紙を見た後、式神の帰りを待っ
た。
 お昼過ぎ。遅い昼飯をとっていた将人の元に、式神が戻ってきた。
「ご苦労様」
 つい感情のない式神にまで労をねぎらってしまうのは、将人の性
格所以だろう。
 将人は式神が情報を受け取る。
「?」
 見えたのは病室で横たわる老婆の姿だった。
「人違い……な訳じゃないよな……?」
 思わず漏らした呟き。ちゃんと加世子の気を辿って行かせた。
 不意に脳裏に40代くらいの女性の声が響く。
『お母さん、大丈夫ですか?』
『大丈夫ですよ。昨日、手紙を出しに行ってきたんだよ』
『手紙? お母さんここ一ヶ月病院から出ていないじゃないですか。
出しになんていけませんよ』
 苦笑。とうとうぼけてしまったのかしら? という女性の心の呟
き。
『敏雄(としお)さんに、届くといいわねぇ……』
 夢見がちな表情で老婆は遠くに地に想いを馳せるように、瞳をつ
むった。
 よくよく見ると老婆には、昨日の女性の面影があった。
「精神体だけが、依頼に来た……?」
 メガネを外して目をつむり、目頭を押さえた。
 精神体ならば、肉体年齢に引きずられず、若い姿で動ける。
 将人はやおら立ち上がり、弁当箱をしまう。
「出して来るか」
 ため息混じり。最後の願いであるのかもしれない、この手紙を出
す事が。
 図書館を離れると、すぐ側にあったポストに投函した。
 これで依頼は終わり。呆気ないものだった。
 ラブレターでない方が、面白かったのに、とひとりごちつつ図書
館へと戻った。

 翌日。
「……」
 仕事を来た将人は目を疑った。
 仕事机の上に置かれた手紙。確かに昨日投函したはずなのに。
「これは一体……? 昨日他の郵便を出してしまったのか……?」
 呟くと、荷物を置いてまたポストへと向かった。
 今度は郵便物をしっかり確かめ、入れる。
「これでよし」
 パンパン、と意味もなく埃を払うように手を叩いた。

 そしてその翌日。
「……」
 またもや机の上にあった手紙。昨日投函した。間違えているは
ずはない。きちんと確認したのだから。
 切手も貼ってある。第一戻るならリターンアドレスの方ではな
いのか。
 将人は疑問を抱えつつ、自分の好きな展開になってきたのかも、
と不謹慎にも思う。
 そして戻ってくる事を何だか楽しみにしながら、もう一度投函
した。

 さらに翌日。
「やっぱり」
 その手紙は机の上にあった。
 将人の唇が笑みを浮かべる。
 郵便局の消印も押されていない、今書き上がったかのような封
筒。将人はそれをカバンに入れると、休みの届けを出した。
「すみません、急用が出来てしまったもので……」
 普段から人受けが良く、まじめに働いていた為、許可はすんな
りおりた。
 将人は家に戻ると支度を整え、手紙を大事にしまう。住所はす
でに別の紙にうつしてある。
 駅で切符を買い求め、指定席へと体をうずめた。
 長い旅だ、座れるかどうかわからない自由席を選ぶのは危険だっ
た。
 メガネを外し、シートに体を預け、目をつむる。
 瞼の裏に、あの日事務所で見た女性と、病院の女性とか交互に
浮かんだ。
 広島まではかなりの長旅だった。途中で飛行機に乗り換え、空
港へと降り立った頃には、かなり日が暮れていた。
「今日はもう遅いな」
 とりあえず市内まで行くと、ホテルをとった。
 観光案内所で格安で程度のいいホテルを紹介して貰う。
 風呂に入りさっぱりした所で、手紙を取り出して眺めた。
「今度は本人が引っ越してた、なんて落ちはないよな……」
 苦笑い。
 手紙を枕元に置いたまま、眠りについた。

 手紙を預かってから6日目。
 将人は雪村敏雄(ゆきむら・としお)宅の前に立っていた。
「間違いない」
 時間は10時。早くもなく遅くもない、と思う。
 人の家を尋ねるのには丁度いい時間だ。
 ピンポーン、と呼び鈴を鳴らす。
「はーい」
 中なら元気な女性の声が返ってくる。
 しばらく待っていると、玄関ドアが開けられ、少々色黒な女性
が現れた。そして将人を見てきょとんとなる。
「えーっと、セールスならお断りですけど……」
「あ、いいえ。私、草間興信所から来た高御堂将人、という者な
のですが」
「くさま、こうしんじょ?」
 棒読みにそのまま繰り返す。そして顔が曇る。興信所が尋ねて
来るような事があったかしら? という風に。
 探偵事務所、興信所。一般の人からすると印象はあまり良くな
い。特に利用したことのない人からすれば、素行調査、いわゆる
浮気調査が主だと思っていた。
「ああ、すみません。深川加世子さん、という女性からこちらの
敏雄さんに手紙を届けに来たんです」
「義父に、ですか?」
「敏雄さん、というのはお父様なんですか?」
「はい。でも……」
 困ったわ、どうしましょう、という顔で家の中と外を見比べる。
「ちょっと待って下さいね」
 そう言って女性は家の中に消えた。
 将人は言われたとおりその場で待っていると、今度は男性が姿
を現した。
「父に用、というのは貴方ですか?」
 生真面目そうな男性で、将人が頷くと家の中に通してくれた。
 ソファをすすめられ、座ると、先程の女性がお茶を持ってくる。
「手紙、という事ですが」
「はい。深川加世子さん、という女性からお預かりしています」
「深川……?」
 聞き覚えがないのか、男性は首を傾げつつ手紙を見つめる。
「それで、敏雄さんは?」
 尋ねた将人だったが、どこかで勘が告げていた。
 もう、この世にはいないのではないのか、と。
「そうだわ! 思い出した」
「どうした?」
「加世子さん、って。確かお義父さんが最後に私を間違えて呼ん
でいた人だわ。なんでも戦後で別れ別れになった婚約者だとかな
んとか」
 お盆を胸に抱いて、女性は思い出すように呟く。
「でも、その人がなんで今更……?」
 男性は腑に落ちないように手紙を見た。
「加世子さんも入院しているんです。具体的な病名とかはわかり
ませんが、最後に敏雄さんに伝えたいことでもあったのではない
ですか?」
「しかし……父は他界して2年が経ちます。丁度、今日が命日で
今朝墓参りに行ってきたんですよ」
 将人の言葉に納得したようだったが、男性は肩を落として言っ
た。やはり敏雄は亡くなっていた。
 その為だったのだろうか、手紙が届かなかったのは。
「読ませて頂いてもよろしいでしょうか?」
「私に決定権はありませんが、おそらくいいかと思います」
 男性は手紙を開けて便せんに目を通す。
 その瞳からは涙が溢れていた。
「ずっと、覚えていて、くれたんだね……」
 口をついて出た言葉。それは男性の声に似ていたが、違うよう
にも感じだ。
 精神感応で、それが敏雄の言葉だと、将人にはわかった、が口
にはしなかった。
「それでは、確かに届けましたから」
 手紙は届けられた。本人が他界していたとは言え、読んでくれ
たのは確かだった。それだけでいいのかもしれない。
 将人はそう納得し、もう1泊してから家路へとついた。

「……という訳だったんですよ」
 草間興信所へと事の顛末を報告しに行った将人。
 草間は難しい顔で聞いていた。
「広島まで……もう少しもらっときゃ良かったな」
 交通費だけで足が出ている。
 しかし将人は請求しなかった。お金が欲しくてした仕事ではな
かったから。
「あの……草間興信所、というのはこちらでよろしいのでしょう
か?」
「はい」
「!?」
 返事をした草間の横で、将人は目をぱちぱちさせた。
 今調査員は誰もいない。自然草間が応対することになるのだが。
 その女性は加世子の娘だった。式神の情報でみた姿。
「母が生前こちらで大変お世話になったそうで……。これを届け
るように言われました」
 女性が差し出したのは謝礼金と手紙。
 それをに目を通した草間は、将人に渡す。
「あんたが読むべきものらしい」
 言われて受け取り、読む。
 そこには無事手紙を届けて貰ったお礼と、夢の中で敏雄に逢え
た事がつづられていた。
 渡す物を渡した女性は、頭を下げると事務所を出ていった。本
来なら母親がどうお世話になったのか聞きたい所だったのであろ
うが、二人の雰囲気からそれは無理だと判断したらしい。
「旅費だ」
 謝礼金から旅費分を抜いて草間は将人に押しつける。
「え、でも……」
「こう言うことはちゃんとやっておかないと、次が頼めないだろ」
 煙草に火を点けながら言った草間に、将人は笑みを浮かべる。
 単純だったような、難しかったような依頼は、こうして幕を閉
じた。
 そして将人はその手紙を手に、仕事へと赴いた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
  【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

   【高御堂・将人/男/25歳/図書館司書】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 初めまして、夜来聖(やらい・しょう)と申します。
 この度は私の依頼を選んで頂き、誠にありがとうございます。
 将人さんの仕事や、プレイングで本来なら最後にならないとわ
からなかった事が最初からわかってしまい、思わず笑ってしまい
ました。
 難解な事件ではありませんでしたが、このような形となりまし
た。
 またお逢いできると嬉しいです。それでは。