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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


吸血鬼騒動
●オープニング【0】
 街中でバレンタイン商戦が始まっていたある日のこと、1人の中年男性が草間興信所を訪れた。
「吸血鬼……はご存知ですか」
 男性は開口一番そう草間に尋ねた。思わず草間が怪訝な顔を見せた。
「いやっ、私は居るとは思わんのですがね。ただ……事件が事件ですから、どうなんでしょうかなあ」
 そう前置きして、男性は依頼内容を話し出した。
 男性はとある街の町内会長なのだが、ここ最近町内で事件が頻発しているのだという。それは真夜中に女性が襲われるという事件だった。
 襲われるといっても、怪我をさせるといったことではない。ただ眠らされて……血を少し抜かれた状態で発見されるだけで。
「……吸われていると言った方が正しいのかもしれませんがね」
 被害者の女性の腕に2ケ所、血を抜かれたような痕があった。まるでそこに牙を突き立て、吸い取ったようにも見えなくはない痕が。
「警察も巡回してくれているんですが、念には念をという訳で……どうか犯人の尻尾を捕まえてはもらえないでしょうか?」
 深々と男性は頭を下げた。

●機嫌悪し【1B】
「はぁい☆ こんにちは、草間さん」
 興信所のドアを開け、銀髪の女性が顔を出した。怪訝そうな表情で女性を見る草間。見ようによっては怒っているようにも取れる。
「そんな怖い顔しないでほしいんだけどぉ……」
 笑顔を見せて女性、白雪珠緒は中へ入ってきた。衣服の上からでも分かる豊満な肉体が、ほのかな色気を醸し出していた。
「人手を探してるって聞いたんだけど、あたしを雇ってくれないかなってぇ」
 軽やかな足取りで草間に近付く珠緒。すると草間は黙って1枚の書類を珠緒の眼前に突き付けた。
「……なら、とっととこの調査に取りかかってくれ」
 草間の口振りは、何かあったのか機嫌が悪そうだった。珠緒は拍子抜けしたが、草間の気分が変わらぬうちに書類を受け取り、内容の確認をした。
「名前だけ聞いておこうか」
「あたし、白雪珠緒です。よろしく☆」
 珠緒は右手を招き猫のように上げ、草間にウィンクを放った。

●猫の集会所【2A】
 街中には猫の集会所という物がある。文字通り、多くの猫が集まる場所のことだ。猫たちはそこで、様々な情報交換を行っているのである。そう、それは人間では分からないような内容まで。
 今日も集会所には猫たちが集まっていた。黒・ぶち・虎……それこそ様々である。そんな猫たちの集まる場所に、1匹の白猫が近付いてきていた。雪のような白い毛に、オレンジ色の瞳。そこに居る猫たちとは違った印象を持つ猫であった。
「にゃんにゃ?」
 白猫が最初に鳴いた。それを皮切りに、他の猫たちも鳴き出し、会話らしき物が始まった。
「なごなご」
「にゃー、にゃにゃんにゃ」
「みゃーご、なごなご、にゃん!」
「ふみゃ! にゃー、にゃー、にゃー」
「にゃ☆」
 ……さすがにこれでは意味が分からないので、人間の言葉に直して説明しよう。
 白猫が『最近この辺りに現れる吸血鬼について何か知ってる?』と尋ね、他の猫たちがそれに答えていたのだ。
 その中に有力な情報が1つあった。どうやら相手は魔物ではなく、人間らしいと。
(人間かあ……ちょっと残念にゃ☆)
 白猫――珠緒は多少がっかりしながらも、得られた情報に手応えを感じていた。

●作戦開始【3A】
 真夜中の公園に7人の男女が集っていた。
「じゃ、チームの確認を。私と……」
 シュライン・エマが各人を指差しつつ、巡回チームの確認を始めた。便宜上、今回は彼女がリーダーを務めることになっていた。
 Aチームがシュラインと斎悠也、Bチームが白雪珠緒と瀧川七星、Cチームが草壁さくらとファルナ・新宮――ファルナの友だちでメイドのファルファも一緒だ――、以上のようにチーム編成はなっていた。
「そこだけは女性3人になっちゃったけど、気を付けてね」
 ファルナたちのチームを指差し注意するシュライン。できれば全チーム男女ペアで組むようにしたかったのだが、こればかりは仕方がない。
(でもまあ、彼女が居るから大丈夫かな……)
 シュラインはちらりとさくらを見た。洋服姿のさくらは、傍らのファルナと言葉を交わしていた。
「質問。犯人らしき相手を見つけたら?」
 七星が手を挙げて尋ねた。
「可能なら確保、かな。無理だったら、携帯で連絡取り合って追い詰めましょ。だけど無理は禁物。相手は本当に吸血鬼かもしれないから……」
 シュラインはそう言って腕を押さえた。実はシュライン、腕に十字架を巻き付け、なおかつ噛み辛いようテーピングを施していた。
「それから手口ですけど、道端で苦しんでいる振りをして、女性が近付いてきた所を……って、とこらしいです」
 悠也が昼間シュラインと共に調べてきた情報を皆に語った。
「クロロホルムでも嗅がせたんだろうねー」
 七星が若干楽しそうにつぶやいた。
「そういうこと。薬局も回ってみたけど、別段怪しい話もなかったわ」
 シュラインが両手を広げ、肩をすくめた。
「んー、難しい話は後回し! とにかく吸血鬼退治に出かけましょ☆」
 珠緒が七星に腕を絡め言った。珠緒の柔らかな胸が、七星の腕に押し付けられていた。
 そして、7人は揃って公園を出た。

●追跡【4C】
「で……何でずっと腕絡めてるのかな?」
 七星が珠緒に尋ねた。公園からずっと、珠緒は七星に腕を絡めたままであった。
「いけない? あたし、お兄さん気に入っちゃったしぃ☆」
 甘えた口調で珠緒が答える。端から見ていると金髪と銀髪の男女で、今時のカップルに見える2人であった。
「別にいいけどね」
 表情を変えることなく、七星がさらっと言った。まあ、内心ではこの状況をとても楽しんでいたりするが。
 すでに1時間以上は歩き回っていたが、他のチームと何度か擦れ違ったくらいで、怪しい人影は見当たらない。いい加減に退屈し始めたその時――七星の携帯電話が鳴った。
「Bチーム。……えっ、出た?」
 眉をひそめる七星。珠緒が絡めていた腕を放した。
「Aチームが追跡中……了解。Cチーム、現在地と犯人の逃亡方向は? うん……なるほど、了解。では、Bチームも追跡開始……また後程!」
 七星は携帯電話を切ると、即座に走り出した。
「にゃっ!?」
 慌てて珠緒もその後を追う。
「犯人、こっち方面に逃げてるらしい。上手く袋小路に誘い込めば、確保可能!」
 楽し気に七星が言った。
「この先で2手に分かれよう! 俺はまっすぐ行くから、珠緒は右に曲がって1本向こうの路地に!」
 昼間現場を見るついでに頭に叩き込んだ周辺の道を頭に思い浮かべ、指示を飛ばす七星。珠緒は走る速度を早め、一足先に右手に曲がっていった。

●確保【5】
 音を追うAチーム、理詰めのBチーム、他チームからの指示により犯人の行く先を封鎖するCチーム。各チームの連携が取れた動きにより、犯人は次第に追い詰められていった。
 そして――犯人は袋小路に誘導されてしまった。先にもう道はない。塀があるだけだ。
「もう逃げられないわよ!」
 シュラインが犯人に言った。すぐ後ろには他の5人も控えていた。その中にはファルナをおぶったファルファの姿もあった。6対1では勝負あったような物だ。
 しかし、犯人はそれでも逃げようと最後の手段に出た。何と塀をよじ登ろうとしたのだ。
 だが、塀の向こう側から意外な顔が飛び出した。
「はーい、残念でしたー☆」
 珠緒がひょこっと顔を出した。どうやってか知らないが、彼女は塀の中に回り込んでいたのである。
 犯人が驚いている隙に、悠也が飛び出した。犯人に体当たりし、そのまま塀に押し付ける悠也。そして用意していた手錠を、後ろ手に犯人にかけた。
「勝負あった、じたばたすんな!」
 こうなってはどうしようもない。犯人はその場に崩れ落ちた。
「さーて、顔を拝ませて貰おうかなっと」
 七星が犯人に近寄り、サングラスと大きなマスクを剥ぎ取った。
「……え?」
 露になった顔を見て、目が点になる七星。サングラスとマスクの下から、女性の顔が現れていた。

●動機【6A】
「チョコのためなんですって」
 呆れたようにシュラインが言った。事件から3日後の昼間、草間興信所での話である。
「最近は何だ、ウィスキーの代わりに血を入れるのが流行ってるのか?」
 報告を受けていた草間が皮肉混じりに言った。
「そうらしいよ、草間。呪術の世界じゃさ」
 しれっと言い放つ七星。腕の中に毛並みの綺麗な白猫を抱え込んでいた。
 逮捕された犯人が語ったことだが――事件の動機はバレンタインのチョコに混ぜる血を採取するためだった。
 昨年暮れ、犯人が古本屋で見つけた1冊の古びた本。その中に『想いを伝える方法』が載っていたのだ。『多くの血を混入し、最後に自らの血で仕上げた食物を、想い人に食させるべし』と。恐らくその本は、一種の呪術書だったのではないかと思われる。
「で、夜中に女性を襲って血を抜いていた訳なんだけど……犯人の職業聞いてびっくりだわ」
「看護婦なんだってさ、犯人。血を抜くのも慣れてるだろうし、病院にはクロロホルムもあるだろうしねー。『事実は小説より奇なり』だよ、ほんと」
 つまり、件の傷跡は注射であることがばれないための偽装であって、吸血鬼の仕業ではなかったのである。
「こうなると、チョコも安心して食えやしないな」
 やれやれと言った表情で草間が言った。
「あら、武彦さん。そんなチョコを貰う心当りでも? おもてになりますのね」
 悪戯っぽく言うシュライン。草間は咳払いして、七星に話しかけた。
「そういやお前、その猫はどうしたんだ?」
「ん、この子? いやね、ここ来る途中で妙に懐かれちゃってさ〜。直感的に俺も気に入ったから、お持ち帰りしたって訳。うちの子になるんだよな。な?」
 七星は優しく白猫の頭を撫でてやった。
「なーお☆」
 白猫が嬉し気に鳴いた――。

【吸血鬼騒動 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 白雪・珠緒(しらゆき・たまお) / 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】
【 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 斎・悠也(いつき・ゆうや) / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 草壁・さくら(くさかべ・さくら) / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう) / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 瀧川・七星(たきがわ・なせ) / 男 / 26 / 小説家 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・時節物という訳で、今回の依頼はバレンタインシリーズ第1弾でした。高原は時折時節物を混ぜてゆきますので、オープニング文章にはご注意を。
・今回の依頼は犯人も捕まり、成功でした。あの後、犯人の勤めていた病院では、薬物の管理不行届で当局より強いお叱りを受けています。
・白雪珠緒さん、プレイング楽しく読ませていただきました。本文では触れていませんが、出没範囲は報告しています。それから……たぶん猫缶の方が美味しいんじゃないかと高原は思います、はい。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。