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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


吸血鬼騒動
●オープニング【0】
 街中でバレンタイン商戦が始まっていたある日のこと、1人の中年男性が草間興信所を訪れた。
「吸血鬼……はご存知ですか」
 男性は開口一番そう草間に尋ねた。思わず草間が怪訝な顔を見せた。
「いやっ、私は居るとは思わんのですがね。ただ……事件が事件ですから、どうなんでしょうかなあ」
 そう前置きして、男性は依頼内容を話し出した。
 男性はとある街の町内会長なのだが、ここ最近町内で事件が頻発しているのだという。それは真夜中に女性が襲われるという事件だった。
 襲われるといっても、怪我をさせるといったことではない。ただ眠らされて……血を少し抜かれた状態で発見されるだけで。
「……吸われていると言った方が正しいのかもしれませんがね」
 被害者の女性の腕に2ケ所、血を抜かれたような痕があった。まるでそこに牙を突き立て、吸い取ったようにも見えなくはない痕が。
「警察も巡回してくれているんですが、念には念をという訳で……どうか犯人の尻尾を捕まえてはもらえないでしょうか?」
 深々と男性は頭を下げた。

●困った時の草間【1A】
「草間〜〜〜、ネタちょうだーい」
 金髪長髪の青年、瀧川七星は興信所のドアをガチャッと開けるなり、開口一番そう言い放った。
「……うちはお前にネタ提供するために仕事やってんじゃないぞ」
 七星を冷たい目で一瞥すると、草間は再び手元の書類に視線を戻した。
「そんな冷たいこと言うなって〜。締切近くて、久々にピンチなんだよー」
 泣き言を言いつつ、つかつかと草間に近付く七星。売れっ子小説家である七星だが、常にネタが頭に溢れている訳ではなく、出ない時だって当然ながらある。それがたまたま今日だっただけで。
「知るか」
 冷たく突き放す草間。七星はふと草間の手にしている書類に目がいった。
「ん? それは?」
「…………」
 草間は即座に書類を仕舞おうとしたが、一瞬七星の伸ばした手の方が早かった。
「ふむふむ、なーるほど。血を抜かれた女性かあ……」
 素早く書類の内容に目を通す七星。草間は散らかった机に肘をつき、頭を抱えていた。
「面白そうな依頼だな。俺も一枚噛んでいい?」
「……無茶するなよ」
 そう告げた草間の目は、はっきりと怒っていた。
「しないって、俺一般人だしー」
 しれっと七星は言い放った。だが、こんな面白そうな依頼、七星が無茶しない訳がなかった。

●古典的【2C】
 寒空の公園の下、ベンチに腰掛けている七星。その隣に、みすぼらしい衣服の男が座っていた。
「ふーん、クロロホルムで」
 興味深そうにつぶやく七星。
「そういうこった。古典的な手口らしいぜ」
 男がニヤニヤと言った。
(本物の吸血鬼がそんなまだるっこしい手順を踏むかな……)
 ふと七星の心に沸き上がる疑念。もっとも実際の吸血鬼に会ったことがないのだから、そのような奴が居ないとは言い切れないのだが。
「ありがと。これ、いつもの」
 七星は煙草を1箱取り出すと、それを男に渡した。
「毎度毎度すまねえな」
 男はちらりと煙草を見た後、そそくさと懐に仕舞った。箱の中に、丸まった1万円札が入っていた――。

●作戦開始【3A】
 真夜中の公園に7人の男女が集っていた。
「じゃ、チームの確認を。私と……」
 シュライン・エマが各人を指差しつつ、巡回チームの確認を始めた。便宜上、今回は彼女がリーダーを務めることになっていた。
 Aチームがシュラインと斎悠也、Bチームが白雪珠緒と瀧川七星、Cチームが草壁さくらとファルナ・新宮――ファルナの友だちでメイドのファルファも一緒だ――、以上のようにチーム編成はなっていた。
「そこだけは女性3人になっちゃったけど、気を付けてね」
 ファルナたちのチームを指差し注意するシュライン。できれば全チーム男女ペアで組むようにしたかったのだが、こればかりは仕方がない。
(でもまあ、彼女が居るから大丈夫かな……)
 シュラインはちらりとさくらを見た。洋服姿のさくらは、傍らのファルナと言葉を交わしていた。
「質問。犯人らしき相手を見つけたら?」
 七星が手を挙げて尋ねた。
「可能なら確保、かな。無理だったら、携帯で連絡取り合って追い詰めましょ。だけど無理は禁物。相手は本当に吸血鬼かもしれないから……」
 シュラインはそう言って腕を押さえた。実はシュライン、腕に十字架を巻き付け、なおかつ噛み辛いようテーピングを施していた。
「それから手口ですけど、道端で苦しんでいる振りをして、女性が近付いてきた所を……って、とこらしいです」
 悠也が昼間シュラインと共に調べてきた情報を皆に語った。
「クロロホルムでも嗅がせたんだろうねー」
 七星が若干楽しそうにつぶやいた。
「そういうこと。薬局も回ってみたけど、別段怪しい話もなかったわ」
 シュラインが両手を広げ、肩をすくめた。
「んー、難しい話は後回し! とにかく吸血鬼退治に出かけましょ☆」
 珠緒が七星に腕を絡め言った。珠緒の柔らかな胸が、七星の腕に押し付けられていた。
 そして、7人は揃って公園を出た。

●追跡【4C】
「で……何でずっと腕絡めてるのかな?」
 七星が珠緒に尋ねた。公園からずっと、珠緒は七星に腕を絡めたままであった。
「いけない? あたし、お兄さん気に入っちゃったしぃ☆」
 甘えた口調で珠緒が答える。端から見ていると金髪と銀髪の男女で、今時のカップルに見える2人であった。
「別にいいけどね」
 表情を変えることなく、七星がさらっと言った。まあ、内心ではこの状況をとても楽しんでいたりするが。
 すでに1時間以上は歩き回っていたが、他のチームと何度か擦れ違ったくらいで、怪しい人影は見当たらない。いい加減に退屈し始めたその時――七星の携帯電話が鳴った。
「Bチーム。……えっ、出た?」
 眉をひそめる七星。珠緒が絡めていた腕を放した。
「Aチームが追跡中……了解。Cチーム、現在地と犯人の逃亡方向は? うん……なるほど、了解。では、Bチームも追跡開始……また後程!」
 七星は携帯電話を切ると、即座に走り出した。
「にゃっ!?」
 慌てて珠緒もその後を追う。
「犯人、こっち方面に逃げてるらしい。上手く袋小路に誘い込めば、確保可能!」
 楽し気に七星が言った。
「この先で2手に分かれよう! 俺はまっすぐ行くから、珠緒は右に曲がって1本向こうの路地に!」
 昼間現場を見るついでに頭に叩き込んだ周辺の道を頭に思い浮かべ、指示を飛ばす七星。珠緒は走る速度を早め、一足先に右手に曲がっていった。

●確保【5】
 音を追うAチーム、理詰めのBチーム、他チームからの指示により犯人の行く先を封鎖するCチーム。各チームの連携が取れた動きにより、犯人は次第に追い詰められていった。
 そして――犯人は袋小路に誘導されてしまった。先にもう道はない。塀があるだけだ。
「もう逃げられないわよ!」
 シュラインが犯人に言った。すぐ後ろには他の5人も控えていた。その中にはファルナをおぶったファルファの姿もあった。6対1では勝負あったような物だ。
 しかし、犯人はそれでも逃げようと最後の手段に出た。何と塀をよじ登ろうとしたのだ。
 だが、塀の向こう側から意外な顔が飛び出した。
「はーい、残念でしたー☆」
 珠緒がひょこっと顔を出した。どうやってか知らないが、彼女は塀の中に回り込んでいたのである。
 犯人が驚いている隙に、悠也が飛び出した。犯人に体当たりし、そのまま塀に押し付ける悠也。そして用意していた手錠を、後ろ手に犯人にかけた。
「勝負あった、じたばたすんな!」
 こうなってはどうしようもない。犯人はその場に崩れ落ちた。
「さーて、顔を拝ませて貰おうかなっと」
 七星が犯人に近寄り、サングラスと大きなマスクを剥ぎ取った。
「……え?」
 露になった顔を見て、目が点になる七星。サングラスとマスクの下から、女性の顔が現れていた。

●動機【6A】
「チョコのためなんですって」
 呆れたようにシュラインが言った。事件から3日後の昼間、草間興信所での話である。
「最近は何だ、ウィスキーの代わりに血を入れるのが流行ってるのか?」
 報告を受けていた草間が皮肉混じりに言った。
「そうらしいよ、草間。呪術の世界じゃさ」
 しれっと言い放つ七星。腕の中に毛並みの綺麗な白猫を抱え込んでいた。
 逮捕された犯人が語ったことだが――事件の動機はバレンタインのチョコに混ぜる血を採取するためだった。
 昨年暮れ、犯人が古本屋で見つけた1冊の古びた本。その中に『想いを伝える方法』が載っていたのだ。『多くの血を混入し、最後に自らの血で仕上げた食物を、想い人に食させるべし』と。恐らくその本は、一種の呪術書だったのではないかと思われる。
「で、夜中に女性を襲って血を抜いていた訳なんだけど……犯人の職業聞いてびっくりだわ」
「看護婦なんだってさ、犯人。血を抜くのも慣れてるだろうし、病院にはクロロホルムもあるだろうしねー。『事実は小説より奇なり』だよ、ほんと」
 つまり、件の傷跡は注射であることがばれないための偽装であって、吸血鬼の仕業ではなかったのである。
「こうなると、チョコも安心して食えやしないな」
 やれやれと言った表情で草間が言った。
「あら、武彦さん。そんなチョコを貰う心当りでも? おもてになりますのね」
 悪戯っぽく言うシュライン。草間は咳払いして、七星に話しかけた。
「そういやお前、その猫はどうしたんだ?」
「ん、この子? いやね、ここ来る途中で妙に懐かれちゃってさ〜。直感的に俺も気に入ったから、お持ち帰りしたって訳。うちの子になるんだよな。な?」
 七星は優しく白猫の頭を撫でてやった。
「なーお☆」
 白猫が嬉し気に鳴いた――。

【吸血鬼騒動 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 瀧川・七星(たきがわ・なせ) / 男 / 26 / 小説家 】
【 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 斎・悠也(いつき・ゆうや) / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 草壁・さくら(くさかべ・さくら) / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう) / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 白雪・珠緒(しらゆき・たまお) / 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・時節物という訳で、今回の依頼はバレンタインシリーズ第1弾でした。高原は時折時節物を混ぜてゆきますので、オープニング文章にはご注意を。
・今回の依頼は犯人も捕まり、成功でした。あの後、犯人の勤めていた病院では、薬物の管理不行届で当局より強いお叱りを受けています。
・瀧川七星さん、楽しいプレイングありがとうございました。本文では詳しく触れていませんが、現場を回ったのは正解でした。犯人を追い詰めるのに役立っていますから。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。