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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:原爆ぅ!?
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>--------------------------------------

 昼食時の賑やかな喧噪が店内を包み込んでいる。
 ありふれた日常と当たり前の平和。
「平和だねぇ」
 かけそばの丼を片手に、草間武彦がしみじみと呟いた。
 同行している友人たちが苦笑を浮かべる。
 たしかに、世の中は平和である。
 平和でないのは、草間の財布の中身くらいのものだろう。
 立ち食いそば屋でランチ、という事態が、彼の経済状態を如実に表している。
 だいたい、金がないならば「飯を奢る」などと柄にもない事を言わねば良いのだ。それとも、またぞろギャンブルにつぎ込んで、捕らぬ狸の皮算用でもしていたのだろうか。
 同行者たちが内心の声を飲み込んだとき、唐突にそれは起こった。
 店内にまで響く大音響。
 慌てて外に飛び出す客。
 唖然と上空を見上げた草間が掠れた呟きを漏らす。
「‥‥嘘だろ‥‥」
 彼の瞳は捉えていたのだ。
 晴れ渡った空の下、不吉な形の雲が広がりつつあることを。
 キノコ雲。
 それは、そう呼ばれているものだった。
 かつてこの国は、二度、その光景を目にしている。
「‥‥本物だとしたら、もう逃げても手遅れだな。こうなったら正体を確かめてやる。俺の精神安定のためにもな。どうだ? お前らも一緒にくるか?」
 自分自身を納得させるように言うと、彼は、同行者たちを振り返った。
 不吉な雲が、彼らの姿を見つめている。

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原爆ぅ!?
 キノコ雲の下、どんぶりを抱えたまま走り出そうとした草間武彦は、だが、一歩も動けなかった。
 息が苦しくなり視界が霞む。
 さっそく放射能の影響だろうか。
 むろん、そうではない。
 斎木廉の目配せを受けた武神一樹によって、襟首を摘み上げられているのだ。
 まるで、悪戯を見つかった仔猫のような有様であるが、
「そんなに可愛らしいものじゃないわね」
 と、えらく不人情なことをシュライン・エマは考えた。
 まあ、たいして同情の余地があるわけではない。
 混乱に乗じて飲食料金を踏み倒そうとしているのは明々白々だったからだ。
「このまま出ていったら、食い逃げと窃盗の現行犯よ。草間」
 どこまでも冷静に廉が指摘する。
 現職の警官である彼女の目前で軽犯罪を目論むとは、なかなかのオロカモノである。
「諦めるんだな、草間」
 襟首から手を離した武神が、からかうように言った。
「‥‥殺す気かよ‥‥」
 扼殺の危機から解放され、草間は恨みがましい目で武神を睨む。
「まさか。死ぬ前に手を離しただろ」
「あと一七・四二秒で死ぬところだったぞ」
「えらく細かい数字だな」
「ほっとけ。人殺しめ」
「そういう台詞は実際に死んでから言え」
「死んだら文句も言えんわ!」
「ふむ。ものの道理だな」
「あのなぁ‥‥」
 男ふたりが不毛な論争を繰り広げる。
 シュラインが深い溜息を漏らし、ハンドバッグから財布を取りだした。
 このあたり、彼女は草間に甘すぎる、といえないこともない。
 女性ものの財布を開くシュラインの前に、すっと千円札が差し出される。
 廉であった。
 どうやら、現実感覚という分野において、女性陣に軍配が上がるのは確実そうだった。

 さて、滞りなく会計を済ませた探偵たちは、爆心地へと向かっていた。
 四人とも徒歩である。
 呑気といえば呑気だが、慌てても仕方がないのだ。
 もしも本物の原子爆弾ならば、逃げたところで意味はない。そもそも、この四人の中で本物だと思っている者など、誰ひとりとしていない。
 とはいえ、完全に達観することができないのも事実である。
 武神は懐から携帯電話を取りだし、自宅に連絡を入れていた。
 彼の自宅とは、すなわち『櫻月堂』である。東京で起こる怪奇事件の情報は、たいてい、この変哲のない骨董屋に集まるのだ。そういうシステムが完成しているのである。
 だが、今回は櫻月堂に情報のリークはなかった。
 応対した住み込み店員も落ち着いたものである。
 武神は、安堵の吐息を漏らしつつ電話を切った。
 彼自身、原爆などという荒唐無稽な事を信じているわけではないが、身近なもの安否が確認できるということは、安堵感をもたらすものだ。
 ふと周りを見渡すと、仲間たちがそれぞれの表情でキノコ雲を見上げている。
 シュラインは、どこで買ったのか使い捨てカメラなどを使って、雲の写真を取りまくっているし、廉も真剣な眼差しを雲に送っていた。草間はというと、どうやら、タバコの煙でキノコ雲が創ろうとしているようだ。
「‥‥なにをやってるんだ。お前は」
 呆れた口調で武神が問いかける。
「いや。人工的にキノコ雲が創れないかと思ってな‥‥」
 対する草間の答えである。
 趣旨としては判らなくもないが、真剣さに難がある。むろん、武神に感銘を与えることなどできるわけがない。
「マイナス四〇〇点だな」
「ぐは! 一応は真面目に実験してたんだが‥‥」
「言い訳をしたから、更にマイナス五〇点」
「‥‥マイナス四五〇点‥‥」
「累計で一万点に達したら温泉旅行にペアでご招待だ。頑張ってくれ」
「ちなみに、ジャッジは誰がするんだ?」
「俺だ」
「‥‥そうか‥‥」
「雲が消えるわ‥‥」
 男二人の漫才を冷然と聞き流して廉が言った。実際に聞こえていたわけではないが、表情と性格から考えて、こいつらの言いそうな事は判る。わざわざ唇を読む必要すらないほどだ。
「まずいわね。爆心地が判らなくなるわ」
 シュラインが危惧の念を口に出す。
「それは心配ない。爆心地の目星は、だいたい着いている」
 廉の能力の一つ、『歴眼』である。非常に使い古された表現を用いれば、千里眼というあたりが適当だろうか。だが、もちろん万能の力ではない。ないものは見えぬし、場所を特定する作業には地理感覚も不可欠だ。
「雲の大きさから考えても、せいぜい五〇〇メートルくらいしか離れていないわ」
「そうね。もっと遠かったら、ここまでハッキリした爆発音は聞こえないから。それに、飛行機やヘリコプターの音も聞こえなかったし」
 廉の言葉をシュラインが補強する。
 超聴覚を有する彼女にも、この爆発の不審点が判っていた。
 普通、爆弾を落とすならば飛行機などで輸送しなくてはならないし、ミサイルを用いるとしても音までは消せない。
「なるほど、な」
 女性陣の意見を統合しながら武神が頷いた。
 彼らの居た蕎麦屋から爆心地までの距離を五〇〇メートルと仮定した場合、爆発は、いたって小規模だったということになる。
 何故なら、キノコ雲の全体像がハッキリと視認できたからだ。
 本当に原子爆弾が爆発したとすれば、彼らの上空は、完全に雲に覆われるだろう。つまり、傘の下に入ってしまうのだ。
 こうして、探偵たちは現場に到着する前に、事件の謎をほとんど解決してしまった。
 あとは、現場において証拠を固めるのみである。

 爆発現場はすぐに判った。
 すでに野次馬が集まっていたからである。
 このあたり日本人の国民性とでもいうのだろうか。なにか事件なり事故なりが発生すると、必ず野次馬が押し掛けるのだ。
 捜査官の消防隊の邪魔になるだろう、という発想は、彼らにはないらしい。
 そこまで娯楽に飢えているわけでもあるまいに。
「こういう連中の上にこそバクダンを落とすべきだな」
 初詣の明治神宮のような人混みに苛立ったのか、草間が不穏当なことを考えた。
 彼だって野次馬の一人なのだが。
 ところで、草間は考えるだけで住ませたが、より過激な行動をとった者もいる。
 廉である。
 むろん、野次馬の上に爆弾を降らせたわけではない。
 彼女はこう叫んで黒革の手帳をかざしたのだ。
「警察です! 道を空けなさい!!」
 と。
 効果は絶大だった。
 さっと群衆が引いてゆく。まあ、積極的に警察と関わりたい人間は少ないのだから、当然の結果であろう。
 モーゼのように悠然と、人の海を割って進む彼女と従う三人。
 考えてみれば、廉の主張も詭弁めいている。
 四人のなかで現職の警察官といえば彼女のみである。しかも、彼女の所属は公安部であって、通常の刑事事件に捜査権は有していない。もし、そのことを指摘されたら困ったことになる。
 もっとも、それを指摘する人間などいないだろう。
 仲間たちが言うはずはないし、群集心理に陥っている野次馬は冷静さを欠いている。こちらが凛とした態度を崩さない限り、彼らは小動物のように固まって遠方から眺めるだけである。
 それに、爆発物ということならば、公安部だって完全に管轄外なわけではない。テロの可能性だってあるのだから。
 そこまで考えて、廉は苦笑を浮かべた。
 テロの可能性など極小である。
「ま、こんな空き地じゃ、テロもなにもないな」
 廉の思考を読んだように、武神も笑った。
 やがて見えてきた現場は、ただの空き地だったのである。
 すでに、幾人かの警官と救急車が駆けつけていた。
 なかなかのレスポンスタイムである。
「あーこらこら。一般人は入っちゃイカン」
 警官の一人が追い払おうとする。
「私たちは刑事部参事官たる稲積警視正の直轄部隊です。状況を説明してください」
 ごく簡単にシュラインが言った。
 とんでもない身分詐称であるが、コネクションとは、こういうときにこそ活かされるべきものなのだ。なおも渋るようならば、実際に稲積に電話させればよい。
 幸い、応対した警官は権威に弱いタイプの男らしく、畏まった口調で説明してくれた。
 ただ、警官たちも現場に到着したばかりであり、それほど詳細な情報を持っているわけではなかった。とりあえず判ったことといえば、この空き地の中央部に置いてあったゴミ燃やし用のドラム缶が爆発した、ということと、側にいた男が全身火傷の重態で病院に運ばれた、ということくらいである。
 廉が腕を組み、考え込んだ。
 状況を分析してみると、さほど複雑ではない。
 側に倒れていた男というのは、おそらく、この空き地でゴミを燃やしていたのだろう。
「愉快犯の仕業かしらね‥‥」
 いつの間にか側に来たシュラインも小首を傾げている。
 銀色の瞳と青い瞳が、解答を求めて彷徨った。
 こんなところで燃やすことのできるゴミなどたかが知れている。紙くずや布きれ、枯れ葉など。まさか産業廃棄物ということもあるまい。だいたい、危険なものがドラム缶に入っていれば、火をつける前に気付くだろう。
 二人の美女の視線の先で、男性陣がそれぞれに動き回っている。
 草間は、見物人や警官に事情を訊いているようだし、武神は‥‥。
「なにやってるのかしら?」
「‥‥さあ?」
 ふたたび首を傾げるシュラインと廉。
 空き地の隅にしゃがみこんだ武神は、見ようによっては、かなり不気味といえる。
 じつは、彼は「妖」どもから情報を得ているのだ。
 状況提供は、なにも人間の専売特許ではないのである。
「あら?」
 そう言って、廉がコートのポケットから絹のハンカチを取りだした。
 視力の良い彼女が摘み上げたのは、小さくて透明な物体だった。
「ガラス、ね」
 覗き込んだシュラインが言う。
 たしかに、ガラスの破片など、どこにでも落ちているだろう。
「ちゃんと調べないと判らないけど、一度熔けてるわ。これ」
「てことは、ドラム缶の中で燃やされた可能性が高いわね」
「そう。でも、不燃ゴミは燃やさないでしょう。普通」
「モラルの問題だと思うけど、たしかにそうね」
「いや。モラルの問題じゃないな。知識と感情の問題だ」
 人外の情報を収集していた武神が戻ってきて、女性陣の会話に参加した。
「どういうこと?」
 廉が聞きとがめる。
「ちょっと話を聞いてきたんだが、ここで、かなり怒りながら、服だのビンだのを炎に投げ込んでいたヤツがいるらしい。前後の事情から考えると、その人物こそ、大火傷をしたヤツだろうな」
「怒りながら?」
 沈毅な光を青い瞳にたたえて、シュラインが誰に言うともなく口を開いた。
 事件という可能性は置くとしても、怒りながら自殺する人間はいない。であれば、事故の可能性が高まる。なにか、危険なものを誤って火中に投じたか‥‥。
「俺の方でも少し判ったぞ。この土地は私有地でな。持ち主は会社役員だそうだ。さっそく家の方に捜査官を派遣した。廉、名前借りたからな」
 草間も戻り、会話に加わった。
 名前のことについては、廉は軽く頷いたのみである。彼女としても同様の指示を出したであろうから、咎めるには及ばない。そう考えてしまうあたり、上司の人格的影響を受けてしまってるのかもしれない。
「‥‥どうも、事件性はなさそうね」
 シュラインが総括した感想を述べ、他の三人も頷いた。
 たぶん、事故であろう。
 なにかを誤って燃やしてしまったのだ。
 問題は、その「なにか」である。キノコ雲を発生させるほどのものならば、探偵たちならずとも無関心ではいられない。
「‥‥たぶん、シンナーだと思うわ」
 ガラスの破片をじっと見つめながら、廉が言葉を紡いだ。
「となれば、一緒に燃やしたのは『特効服』か。なるほど、これなら繋がるな」
 納得したように武神が右手で下顎を撫でた。
 不良息子に怒った父親が、ヤンキー服やシンナーを没収して燃やしてしまう。ありそうな話である。そして、そのような状況ならば、冷静な判断力など失っているだろう。
「ちょっと待って。シンナー燃やすとキノコ雲ができるの?」
 シュラインが、もっともな疑問を口にする。
「ああ。シンナーに限らないが揮発性の液体はとんでもない熱量が出る。もし、一瓶丸ごと火にくべたのだとすれば、生きているの不思議ね」
 職業柄、爆発物に詳しい廉が説明した。
「火に近づけるなって注意書きされてるのにな」
 武神が慨嘆した。
 まったく、説明書を無視する人間の、なんと多いことか。
 と、そのとき、彼らの前に警官が立った。
 空き地の持ち主の自宅に出かけていた捜査官から連絡が入ったのだ。
「特効服とかシンナーとかが無くなっていたでしょ」
 警官が報告するより前にシュラインが正解を口にした。
 疑問符を頭に乗せた警官が酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
 警官の様子に無意味に胸をそらせ、
「当然だ。俺たちは」
「怪奇探偵だからな」
 と、武神と草間がにやりと笑い合う。
 無言のまま、廉が苦笑を浮かべていた。
 どうやら、十把一絡げにされてしまったらしい。
 不思議と、不快感は感じなかった。
 突き抜ける蒼穹は、穏やかな陽射しを地上に投げかけている。
 むろん、放射能の雨を降らすこともない。
 まったく、あんな事は二度で沢山である。
 小鳥たちが、平和を讃えるかのように、空で遊んでいた。


                 終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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  【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
(たけがみ・かずき)
斎木・廉     /女  / 24 / 刑事
(さいき・れん)


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■         ライター通信          ■
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毎度ありがとうございます。
水上雪乃です。
久しぶりに少人数シナリオでした。
皆さんの推理は当たりましたか?
楽しんでいただけたら幸いです。
ところで、シンナーを火中に入れると、本当にキノコ雲が発生します。
ものすごい勢いで爆発しますから。
絶対にしないでくださいね。死んじゃいますよ。

☆水上雪乃 新作情報☆

二月からの水上雪乃の執筆スケジュールです。
毎週月曜日と木曜日に、新しいシナリオをアップします。
窓口のオープンは、午後7時ごろを予定しております。
奮ってご参加くださいね☆

はい。
ちょっとCMでした。
それでは、またお会いできることを祈って。