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チョコレートをあなたに……☆
●オープニング【0】
バレンタインデーも近くなってきた、ある日のインターネットカフェ。パソコンのモニタを見るのにも疲れ、気分転換に何気なく周囲を見回してみた。自分と同じように、モニタに見入ってる者たちがそこかしこに居る。もちろんその中には見知った顔も居た。
その中に、1人の少女が居た。小柄でポニーテール、セーラー服に身を包んだ少女だった。先週から見かけるようになった顔だ。だが、おかしなことに視線はモニタではなく、別の方を向いている。
気になって少女の視線の先を見て――納得した。視線の先には、詰襟の学生服を着た可愛らしい少年がパソコンを操作していたのだ。こちらもこの店で頻繁に見かける顔だった。少女の様子から察するに、少年のことが好きなのだろう。
ふと少女の手元に目をやると、そこには綺麗にラッピングされリボンの付いた小さな箱が。時期的にチョコレートといった所か。
少年が店を出た。少女はその姿を目で追ったが、箱を手にしたまま立ち上がることはできずにいた。
ああ、何てじれったい。暇つぶしに、少女の告白の手伝いでもしてやろうか。それとも、いっそ邪魔をしてみるか……?
●『お願い』を受けて【1A】
翌日のネットカフェ。
(今日も来てるな)
黒髪で細身の少年、世羅・フロウライトはちらりと店内の反対側に居る可愛らしい少年を見た。昨日見かけた少女が熱い視線を向けていたのが、その少年だった。
(……鈴花のお願いは聞かない訳にいかないからなあ)
『お願い』の時の様子を思い出し、くすっと笑みを浮かべる世羅。今から彼が取ろうとしている行動は、その『お願い』を受けての行動だった。
(いきなり話しかけるのもちょっと怪しいし……やっぱり力を使うしかないか)
そう結論を出し、世羅は席から立ち上がった。そのまますたすたと、少年の背後から回り込むように席へ近付いてゆく。そして、少年の肩をぽんと叩いた。電気が流れるかのごとく、世羅の脳裏に少年の思考が流れ込んでくる。
「やあ、久しぶりだね」
振り返る少年。その表情は当然ながら怪訝な物だった。
「……ああ、ごめん。人違いだったみたいだね。友だちによく似てた物だから」
人当たりのいい笑顔を見せて謝る世羅。少年も少し首を傾げたものの、特に何を言う訳でもなく、小さく会釈をした。
(任務完了、と)
世羅は耳にかかっていた髪を掻き揚げた。露になった耳にはピアスが付いていた。
やるべきことはやった。後はそれを伝えるだけである。世羅はそのまま店を出ていった。
●好きになる理由【2A】
喫茶店にやってきた細身の少年、世羅・フロウライトは王鈴花の隣に座った。
「調べてきたよ、鈴花」
世羅が優し気に鈴花に言った。そしてメモ帳を取り出し、さらさらと何やら書き付けると鈴花に手渡した。
「ありがとう……お兄ちゃん」
にっこりと笑いかける鈴花。世羅は照れたように鼻の頭を掻いた。
「さ、人も揃ったから……そろそろ本題に入ろ」
皆の顔を見回して杉森みゆきが言った。
「とりあえず、彼を好きになったきっかけから聞かせてほしいなぁ」
皆の視線が少女に集中する。少女は戸惑いながらも、口を開き説明を始めた。
「私があのネットカフェに初めて入った時……それが最初のきっかけで」
「あれ? 店員さんじゃなくてですかあ?」
寒河江深雪が口を挟んだ。
「パソコンが動かなくなった時、店員さんが近くに居なくて……そこで彼が助けてくれたんです」
うつむき加減に少女は話し続けた。その傍らで、鈴花はタロットカードを取り出し、占いを行っていた。恐らくは少女と少年の恋愛運を占っているのだろう。
少女の話に対し、熱心に耳を傾ける鈴花以外の女性陣。世羅が鈴花の占いを無言で見守っていた。
●占い【3A】
「でも、バレンタインまでまだ日にちあるのに、どうしてチョコを持ち歩いてるの?」
深雪が思い出したように言った。確かにバレンタインにはまだ1週間以上もある。
「ひょっとして、当日に渡せないとか……?」
手元のおしぼりをマイクに見立て、少女に尋ねる深雪。だが少女は小さく首を横に振った。
「私、行動するのが遅くって……。ずっと前、好きだった男の子にバレンタインの3日前からチョコを渡そうとした時も、結局渡せずに終わって……。だから今からだったら、渡せるんじゃないかと思ったんですけど……」
さらにうつむく少女。最後の方は声が消えそうになっていた。
「お姉さん……今、鈴花占ってみたんだけど……」
タロットから顔を上げ鈴花が言った。その表情は真剣そのものであった。
「過去に『戦車』の逆位置……現在に『月』の正位置……そして未来に『運命の輪』の正位置……。鈴花思ったの……お姉さんは何度となく苦い思いを味わってきて、今は不安を抱えている……告白しても失敗するんじゃないかって……」
そこまで言い、鈴花は少女の様子を窺った。少女は手で口元を押さえていた。
「だけど……未来のこれ……『運命の輪』。新しい未来が待ち受けていると鈴花は思うの……。でも占いはあくまで『予想』で、行動次第で変わっていってしまうから、お姉さんが何もしなければ、その未来も逃げていって……あ。年下なのに生意気言ってごめんなさい……」
ぺこりと頭を下げる鈴花。少女はふるふると頭を振った。
「そんなこと……。占ってくれてどうもありがとう」
少女が鈴花に感謝する。と、そこに今まで黙っていた草壁さくらが言葉を発した。
「大丈夫ですよ。きっと、天使様が見守っていてくれるはずですから」
さくらが笑顔で少女を励ました。さくらの前に置かれていたパフェのグラスは、すでに空になっていた。
●チョコレートをあなたに【5】
さらに翌日。ネットカフェには例の少女が、少年が来るのをどきどきとした様子で待ち受けていた。その様子をそっと見守る5人。
少女は杉森みゆきのアドバイスを受けて、前髪を上げて額を出していた。その方が明るく見えるとアドバイスを受けてのことだった。もちろん、それ以外にも色々とアドバイスを受けている。
そんな時、ネットカフェに1人の少女が入ってきた。コートの中にセーラー服姿の少女だ。
女子高生・滝沢百合子は店内を見回し、少女を見つけるとすぐに近付いていった。
「居た、居た……あのね、お願いがあるんだけど」
「え?」
百合子に声をかけられ、少女が顔を上げた。
「これ、落とし物だから渡しておいてほしいの。私、用事があって」
百合子はそう言って少女に手袋を片方手渡した。
「……誰にですか?」
少女は怪訝そうに百合子の顔を見た。すると百合子はくすっと笑い、小声で少女にささやいた。
「あなたがずっと見てた彼」
「!」
一瞬にして真っ赤になる少女。
「それじゃあ……頑張ってね」
百合子はそう言い残して、少女から離れた。その直後、少年が店に入ってきた。荷物を置き、席に座る少年。少女はしばし戸惑っていたが、意を決して席を立ち、少年の方へ歩いていった。
「あ、あの……」
「はい?」
少女の声に振り向く少年。その瞬間、少女は後ろに隠していた箱と手袋を少年に向かって差し出した。
「これっ、私の気持ちです!!」
顔を真っ赤にしながら、それでも笑顔を見せて少女が言った。自らの想いを伝えるべく。
「えっ……あー……僕に?」
自らを指差す少年。少女はこくんと大きく頷いた。
「……ありがとう」
少年が頬を赤らめて言った。
2人の様子を見守っていた一同は、邪魔をしないよう各々そっと店から出ていった。
●チョコケーキをあなたに【6A】
「上手くいってよかったね……お兄ちゃん……」
「そうだね、鈴花」
ネットカフェからの帰り、鈴花と世羅は先程の2人のことを話し合っていた。
「あ、そうだ。実は鈴花に謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「何……?」
「昨日は占いに影響与えちゃいけないと思って話さなかったけど、他にも見えたことがあったんだよ。それはね……彼も彼女のこと、好意を持ってたってこと。黙っててごめんよ」
「ううん……鈴花気にしてないから。結局はお姉さんが行動しなきゃ、何にもならないことだから……」
謝る世羅に対し、鈴花が静かに言った。
「あ……お兄ちゃん、あのね……」
思い出したかのように鈴花は言い、鞄の中からシンプルなラッピングが施された箱を取り出した。
「これ、鈴花が作ったチョコレートケーキなんだけど……貰ってくれる?」
箱を世羅の前に差し出す鈴花。
「鈴花が……僕のために作ってくれたの?」
「鈴花、いつもお兄ちゃんに無理言ってるから……」
「……もちろん貰うよ」
世羅がにっこりと微笑んだ。
「他の誰にも食べさせたりしない。そうだ! 鈴花、家へ来ないかい? このケーキで一緒にお茶にしよう」
笑顔で提案する世羅。そっと鈴花の髪を撫でてあげた。鈴花は嬉しそうに、かつ少し恥ずかし気に小さく頷いた。
【チョコレートをあなたに……☆ 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと) / 男 / 14 / 留学生 】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ) / 女 / 9 / 小学生(留学生)。たまに占い師 】
【 0085 / 杉森・みゆき(すぎもり・みゆき) / 女 / 21 / 大学生 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき) / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当) 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら) / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0057 / 滝沢・百合子(たきざわ・ゆりこ) / 女 / 17 / 女子高校生 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・時節物という訳で、今回の依頼はバレンタインシリーズ第2弾でした。高原は時折時節物を混ぜてゆきますので、オープニング文章にはご注意を。
・今回の依頼はPC対峙型も視野に入れた内容だったんですが、蓋を開けてみれば全員が少女の手助けに回っていました。1人くらいは邪魔する方も出てくるかと思ったんですけど、意外でしたね。
・皆さんの助けもあって、少女は無事に少年に告白できました。その後のことを語るのは、まあ野暮ですので止めておきますけれど。
・今までの依頼は少々殺伐としていて、高原はそういうのが得意なのだろうかと思われた方も居るかもしれませんが、実はこちらの系統もしっかり守備範囲だったりします。実際どのような物を書いているのかは、OMCのクリエイターズルーム内の『文章ダウンロード販売』を見ていただければ分かるのではないかと思います。
・世羅・フロウライトさん、2度目のご参加ありがとうございます。接触テレパスはこういう利用法もあるのだなと思った次第です。上手く使うと、面白い情報が得られるかもしれませんよ。プレイングはよかったと思いますよ。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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