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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


チョコとモデルと氷点下
●オープニング【0】
「姉を探してほしいんです」
 依頼人の女性・竹村真理(たけむら・まり)はまっすぐな眼差しを草間に向けた。
 真理の姉・アサミはモデル――といっても、売れっ子ではないのだが――をしており、約1ヶ月前から新進気鋭の芸術家・若林弘人(わかばやし・ひろと)のモデルを務めていた。
 しかし1週間前のこと。突然アサミは姿を消してしまった。真理は、アサミと最後に会った若林や心当り全てを尋ね歩いたが、その消息は杳としてつかめなかった。
「それはそうと、お姉さんは何のモデルをされていたんです?」
 草間が真理に尋ねた。すると真理がバッグの中からチケットを数枚取り出し、草間の前に並べた。
「このイベントの目玉である……チョコレートの女神像のモデルを」
 真理が並べたチケットには『バレンタイン記念・チョコレート博覧会』と書かれていた。このイベントでは世界各国の様々なチョコを集め、紹介・試食・即売を行い、その目玉が数人の料理人や芸術家がチョコで作った等身大の女神像の展示だった。
 女神像は溶けぬよう、氷点下に温度設定した特設スペースにて展示されているとのこと。
 果たしてアサミはどこへ消えたのか?

●ネコネコ情報網【1C】
 『若林』と表札のかかった立派な家がある。その周囲をうろつき回る1人の色気ある女性の姿があった――銀髪の女性、白雪珠緒である。
 きょろきょろと何かを探しているような様子。見ようによっては不審者に見える。
「あっ、居たっ☆」
 目的の物を見つけ、駆け寄る珠緒。その先には猫が3匹居た。
「煮干し、煮干し☆」
 珠緒はポケットから煮干しを数本取り出し、猫たちの前にばらまいた。たちまち煮干しに寄ってくる猫たち。珠緒は猫たちのそばでしゃがみ込むと、優し気に語りかけた。
「にゃんにゃごにゃ?」
「にゃにゃん?」
 1匹の猫が顔を上げ、珠緒を見つめた。
「にゃごにゃご……にゃーお、みゃおみゃお」
「ふにゃあ。みゃみゃんみゃ、みゅー」
「にゃご? にゃんにゃん。にゃー、にゃー」
 他の猫たちも顔を上げ、珠緒との会話に参加した。
「にゃっ! みゅー……みゃみゃっ?」
「うにゃん☆ にゃんにゃかにゃかにゃか」
「なーご……みゅん?」
「うにゃー!」
「ふみぃ。みゃー、ふにゃー」
「にゃー……ありがとにゃん☆」
 珠緒はポケットからさらに煮干しを取り出すと、猫たちに与えた。
 猫たちとの会話の内容、それはアサミの足取りについてであった。アサミと最後に会ったのは若林である。ならば、この近辺の猫たちから情報を聞けばよいと珠緒は思い立ったのだ。
 しかし、手に入った情報は少々妙な物だった。
(家に入るのは見られているのに、何で出ていったのが目撃されてないんだろ……)
 猫たちが見落とした可能性もあるが……それにしては妙な話である。

●矛盾【3】
 真夜中の草間興信所。そう広い訳でもないこの事務所に、所長の草間を始めとして7人と、猫1匹が集まっていた。
「集まるのはいいんだが……このチョコは何だ」
 むすっとした表情で草間が言った。目の前の机には、包装もされていないチョコレートの箱が1つ。
「お土産ですよ、お土産。せっかくですから」
 しれっと斎悠也が言った。
「俺への嫌がらせか?」
「あら、武彦さん。今からそんなこと言ってちゃ、当日が大変じゃない?」
 猫缶を開けながら、シュライン・エマがくすっと笑った。実はシュラインもこっそりチョコを購入していたのだ。
「はーい、タマ。ご飯よ」
 開けた猫缶を白猫タマの前に置くシュライン。
「なーお☆」
 タマは一声鳴くと、すぐに猫缶を食べ始めた。
「……で、首尾はどうだったんだ?」
 気を取り直して草間が一同に尋ねる。
「女神像だけど、チョコで作ってるんじゃなかったね」
 秋津遼が口を開いた。それを悠也が補足する。
「石膏像作って、それにチョココーティングしたそうです。本人から確認しました」
「全部チョコじゃないんですかー……」
 ラルラドール・レッドリバーが残念そうにつぶやいた。全体がチョコレートで作られていると思っていたのだろう。
「なら、チョコの中に彼女が入ってる線はないね。推理小説だとよくある展開だけどねー」
 滝川七星が表情も変えず、さらりと言い放った。そしてタマの方を向いてにこりと微笑む。
「美味しいかい、タマ?」
「みゃー☆」
 高い声でタマが鳴いた。
「ただおかしい話が1つあるんですけど」
 草壁さくらが口を挟んだ。
「珠緒様が聞き込んできた情報なんですが、アサミ様が若林様の自宅へ入る所は目撃されているのに、出ていった所が目撃されていないそうです」
「おかしな話だな、それは」
 草間はそう言って、悠也と遼の顔をちらりと見た。
「何も匂いは感じなかったけどね」
「同じく。でもあれですね、若林さんって人は変に作品に自信持ってる人ですね」
 自宅でのやり取りを思い出し悠也が言った。
「そういう人はあれだよ、作品を思い切りけなしてやるといいよ。面白いように怒り出すから」
 本気か冗談か区別のつかない口調で言う七星。草間はただ苦笑していた。
「アサミって娘も、聞いた話じゃ、何かそういうタイプなんだよねー」
「チョコのお姉さん、そんな人なんですかー」
 退屈だったのか、ラルラドールはソファから立ち上がって、タマの尻尾とじゃれていた。タマは少し嫌そうな顔をしていた。
「そろそろ連絡あるはずなんだがな……」
 電話を見つめ、草間がつぶやく。と、その瞬間に電話が鳴った。
「もしもし、草間……」
 そこまで言うと、草間は電話のボタンを押した。相手の声がスピーカーから流れ出す。
「よお、草間の旦那かい」
 電話の相手は渡橋十三だった。実は十三、警備の制服に着替え、会場の中へ潜り込んでいたのだ。
「何か分かったか?」
「へへっ……旦那、そう急かすんじゃねえよ。ちょっと隙見て、像の爪先削ってみたんだけどよぉ、妙なもん出てきやがったぜ」
「何だ?」
「石膏だろうな、ありゃ。中に石膏の像が入ってやがる。てっきり痴情の縺れで、死体の1つや2つ入ってると思ったけどよ。読みが外れやがったな」
 この十三の報告は、悠也たちが若林から聞き込んだ情報が事実であることの証明となった。女神像の中には石膏像、これはもう事実である。
「しかし何だなあ……旦那。綺麗は綺麗なんだが、もちっとスタイルがよけりゃなあ」
 なおも続く十三の言葉に、シュラインとさくらが顔を見合わせた。シュラインが草間から受話器を奪い、十三に話しかける。
「もしもし、スタイルがどうしたの?」
「おう、その声はシュラインの姉ちゃんだな。いやな、俺の見た所、足の太さや腰のくびれ、モデルって割りにゃ普通の太さに見えてよぉ」
「嘘! 私たち今日彼女のプロモ見てきたけど、そんなことなかったわよ? 腰のくびれもはっきりしてて、足なんかほんと細くて――」
「……は? どういうこった、そりゃ……」
 スピーカーから、十三の戸惑った声が流れた。
「シュラインさんの言葉が事実なら……おかしなことになりますね」
 悠也が腕を組みながら唸った。
「若林さん、コーティング後にアサミさんのサイズに近付くよう、石膏像を若干小さめに作ったって言ってたんですよ」
 若林の言葉が本当に事実であれば、十三とシュラインのやり取りのような矛盾が起こる訳がない。百歩譲って誤差はあったとしても、はっきり印象が変わるまではいかないはずだ。
「……本人呼び出して、聞いた方が早いんじゃない?」
 遼が静かに言い放った。

●墜ちたる女神像【4】
 真夜中の『チョコレート博覧会』会場。人の大勢居る昼間と違って、人も居らず明かりの落ちた会場は寂しい限りである。
 けれども特設スペースは氷点下に保つ必要があるため、低い音を立てて機械が動いている。普段ならそれだけの話だ。けれども今夜は事情が違っていた。特設スペースの中に、10人近くの男女が集まっていた。
「……こんな時間に呼び出して、どういうつもりだい。第一、君たちがこんな所に居るのがおかしいんだ」
 若林が睨み付けるように一同を見回した。
「警備員、彼らを追い出したらどうなんだい」
「うるせぇ! 警備員の俺が通したんだ、何ら問題がないってな。それとも何かい、疾しい気持ちでもあるってか?」
 ニヤニヤ笑いながら、警備員姿の十三が言った。
「いやっ……そんなことは……」
 憮然とした表情で言葉を濁す若林。
「若林さん、確か俺たちにこう言いましたよね」
 区切りを乗り越え、女神像へ近付いてゆく悠也。
「『コーティング後に彼女のスタイルに近付くよう、若干小さめに石膏像を作ってね』と」
「ああ、言ったさ。それが何だっていうんだ」
「でもおかしいんですよね。小さめにした割りには……でしたよね、シュラインさん」
「そう、実際のアサミさんより大きくなっている」
 悠也の言葉を受けて、シュラインが言った。
「それはその……そうだ! コーティングが予定より厚くなったんだ!」
「おいおい、ふざけたこと言うなって。俺が爪先削った時は、あんたが言う程厚くなかったぜ」
 いつの間にやら、十三も女神像のそばへやってきていた。十三だけでなく、七星やラルラドールも一緒に。
「削ったのか! 僕の作品を……!」
 若林が怒りの表情を浮かべた。
「当たり前だよ。削ったお陰で、中に石膏像があるのが確認されたんだから、感謝してくれてもいいんじゃないかな」
 火に油を注ぐがごとく、さらりと七星が言った。
「ぐっ……! だったらもういいだろう! 何を疑ってるか知らないが、チョコの中は石膏像なんだよ!!」
「チョコの中は、だよねぇ」
 若林の背後に回り込んでいた白雪珠緒が、くすくすと笑いながら言った。若林がふと気付くと、前には遼、左にシュライン、右にさくらと、周囲を女性陣に取り囲まれていた。
「あたし知ってるもーん。モデルの娘、家に入ったのは目撃されてても、出ていったのは目撃されてないって。これってどういうことかなー?」
「何を馬鹿なことを! 始終見張られている訳でなし、目撃されてないこともあるだろう!」
 吐き捨てるように若林が言った。
「ほぉ、そうかい。だったら、こいつをぶっ壊しても問題はねえよなぁ? 疾しい気持ちもねえんだからよぉ。おい、やっちまおうぜ」
「はいですー!」
 十三の言葉に、ラルラドールが両手を上げて応えた。
「止めろ! 僕の作品を傷付ける気か! お前らみたいな芸術の分からない奴らが……!!」
 女神像の方へ駆け出そうとする若林。だが、行く手を遼が阻んだ。
「邪魔するな!!」
「呼んでるよ」
 遼はすっと若林の背後を指差した。反射的に振り向く若林。
「!!」
 若林の表情が一瞬にして固まった。すぐ後ろにアサミが立ち、恨めしそうに若林を見つめていた。
「……私の身体はどこ……?」
 アサミがゆっくりと手を上げ、若林にすがろうとする。後ずさる若林。
「ひっ……くっ、来るな!」
「ねえ……私の身体……返して……」
 なおも追うアサミ。
「来るなぁっ!!」
 若林はさらに後ずさろうとしたが、遼がひょいと出した足に引っかかり、背中から転んだ。
「愚かだね」
 遼が薄く冷たい笑みを浮かべた。
「ねえ……ねえ……」
 アサミは若林の身体に覆い被さると、そのまますうっと姿を消した。顔を見合わせるシュラインとさくら。アサミのプロモーションビデオを見た成果の賜物であった。
 その隙に、思い思いの手段で女神像を壊しにかかる男性陣。やがて悠也が叫んだ。
「……出ました!」
 その声に女神像の方を向く女性陣。チョコレートのコーティングが剥げ、石膏像も壊された中から、女性の腕がだらりと下がっていた。
「チョコの中にお姉さんが居たです……」
 ラルラドールがぼそっとつぶやいた。
「あの女が……あの女が悪いんだ! 芸術の何たるかも分からないくせに……僕の……僕の作品を馬鹿にしたような態度を取るから……僕の作品をっ……!!」
「だからって……殺していいはずがありませんよ……」
 哀し気な瞳で、さくらは若林を見つめた。
「……僕の……僕の作品を……僕の……」
 若林は冷たい床を見つめたまま、ただぶつぶつと言葉を繰り返していた――。

●珠緒とタマ【5】
「あーあ、嫌な事件だったなあ」
 明け方、七星は自宅へと帰りながらつぶやいた。隣には珠緒の姿もある。
「でも、小説のネタにするんでしょぉ?」
 珠緒が七星に腕を絡めた。
「うーん、トリック自体はよくある物だし。そのままじゃ使えないよ」
 さらっと七星が答えた。もっとも、トリックがよくある物でなくとも、使う気はあまりしないのだが。事件が事件だけに。
「あ、そうそう。七星にこれあげる☆」
 珠緒はポケットから小さな箱を取り出し、七星に手渡した。
「毎日毎日のお礼のチョコ☆」
「俺にくれるの? ありがとなっ!」
 七星は顔をほころばせ、そそくさと箱をポケットに入れた。
(……ん?)
 だが、珠緒の言葉が頭にふと引っかかった。
(毎日毎日ってどういう意味だ? 毎日やってることって……タマに猫缶やるくらいだよなあ。そういやタマどこ行ったっけ……)
 何気なく周囲を見回す七星。事務所に居たのは覚えている。問題はその後だ。タマが居なくなって、珠緒が居る。事務所には珠緒が居なくて、タマが居て……。
「どうしたにゃぁ?」
 珠緒が甘えた声を出した。じっと珠緒の目を見つめる七星。
(……まさかなあ……)
 七星は頭を振って苦笑した。

【チョコとモデルと氷点下 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0234 / 白雪・珠緒(しらゆき・たまお) / 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】
【 0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや) / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0258 / 秋津・遼(あきつ・りょう) / 女 / 20前後? / 何でも屋 】
【 0152 / ラルラドール・レッドリバー(らるらどーる・れっどりばー) / 男 / 12 / 暗殺者 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ) / 男 / 26 / 小説家 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら) / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全9場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・時節物という訳で、今回の依頼はバレンタインシリーズ第3弾ラストでした。バレンタインシリーズ、各々は関係ありませんが、イベント1つ取っても様々な面があるものです。
・今回はかなりミステリ寄りな内容でした。高原のミステリ作品の傾向は、OMCのクリエイターズルーム内の『文章ダウンロード販売』を見ていただければ分かるのではないかと思います。後々に予定している依頼では、さらにミステリ寄りな物が待っていますので。
・プレイングの傾向ですが、今回は妙に連携が取れていたような気がします。ひょっとして相談をされていたんでしょうか? 高原担当依頼においては、連携はプラスに働くことが多いので、上手く利用してみてください。ただ、連携内容の見極めは必要ですよ。
・蛇足になりますが補足を。アサミですが、真理が依頼を出した時点ですでに殺され石膏像の中に居ました。アサミを救うことができなかったからといって、どうか悔やまないでください。
・白雪珠緒さん、2度目のご参加ありがとうございます。情報網の利用は正解でした。上手い利用法です。個人的には、あの場面は書いていて楽しかったです。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。