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くまのぬいぐるみ
------＜オープニング＞--------------------------------------
「このぬいぐるみを貰って欲しいんです」
編集部に突然尋ねてきた少女は、やはり唐突にそう切り出した。
「くまのぬぐるみ、ね」
デンとデスクに置かれたぬいぐるみを一瞥して、碇麗香は瞳を細
めた。
「はい、くまのぬいぐるみです」
年の頃は１３・４、と言ったところだろうか。少女は至極まじめ
な顔で頷いた。
「それで？」
「だから、このポンちゃんを貰って欲しいんです」
ポンちゃん、というのはぬいぐるみの名前だろう。麗香は要領を
得ない少女の説明に、ややいらつきつつ問い返す。
「貰うと何かあるのかしら？」
「はい。ポンちゃん最近夜遊びが激しくて、もうボクの手には負え
ないんです」
「夜遊び？」
ぬいぐるみが夜遊びする、と聞いて麗香は体をうずめていたイス
から少々身を乗り出した。
「毎晩毎晩すごいんです。お母さんは捨ててきなさいっていうんだ
けど、それじゃポンちゃんが可哀相だから……。近所のお姉ちゃん
に相談したら、ここに持って行ってみて、って言われたの」
人形寺じゃないだけどね、ここは。と心の中で思いつつにっこり
笑う。
「預からせて貰うわ。もし何もなかったら連絡するから、取りに来
てね。何かあったらちゃんと貰ってあげるから」
麗香の言葉に少女は嬉しそうに笑う。そして名残惜しそうにポン
ちゃんを見つつ、部屋を後にした。
少女が帰ったのを見届けると、麗香は室内を見渡した。
「話、聞いてたわよね？ 誰か持って帰ってレポートして」
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●秋津遼
「依頼主が子供か」
お金になりそうもないな、と呟きつつ、遼は手を挙げた。
「私やってもいいよ。面白そうだし」
「じゃ、頼むわね」
麗香からからポンちゃんを受け取って、遼はまじまじと見つめる。
今所は異常なし。すこし気配を感じるけど、明確にわかるほど強
くなかった。
「何か曰くとかあったらもっと面白いんだけどな」
特に口紅をつけている訳でもないのに、紅くぬれた唇が笑みを作
る。
「地道な捜査とかは苦手だけど、気が向いたからやってみるか♪」
齢５６７歳の吸血鬼は、気まぐれで。お金になることなら進んで
やるが、それ以外は自分の気の向くまま、という感じだった。
「さっきの子の住所とか教えてよ」
「どうぞ」
すでに書き写してあった住所と名前をメモしてあった紙を、麗香
は遼に渡す。
「あ、やってくれるのは嬉しいけど、手は出さないでよ？」
麗香の言葉に苦笑した。
どこまでわかっているのか知らないが、麗香は遼が興味を持って
接するに値する人間だった。
「努力はするよ」
でも、精気に満ちあふれた子だったから、味見くらいしちゃうか
もね、と内心ほくそ笑みつつ。
「それじゃよろしくね」
麗香に背中を押されつつ、遼は編集部を後にした。
「さて、何から調べるか……」
貰った人、とかエピソード、関係かな。初めからついてたんだな
ら、それなりの話が訊けるだろうし。
そう思いつつ遼は笠原由香（かさはら・ゆか）宅を訪れた。
「あ！ ポンちゃん!!」
呼び鈴を鳴らすと、すでに帰宅していた先程の少女、由香がパタ
パタとスリッパをならしつつ玄関へ現れた。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな？」
「うん！ ちょっと待っててね」
元気良くまた奥に入っていった由香。そこでなにやら会話してい
るのが聞こえる。
「……でね、ポンちゃんが……訊きたいことがあるって……」
小声で話しているつもりなのだろうが、由香の声は玄関まで響い
ていた。そして待つこと１分少々。母親らしき人物が、エプロンで
手を拭きながら出てきた。
「なにやら娘が変なことをお願いしてしまったみたいで……」
遼の手に持たれているポンちゃんを見て、複雑そうな色を瞳に浮
かべる。
「あ、別に気にしないで。慣れてるし。ちょこっと話聞きたいだけ
だから」
さばさばした遼の口調に、母親は変な安心感を持ったらしい。
コレ幸いに、と妙な物でも売りつけられるのでは、などと思って
いたのかも知れない。しかし遼は簡単な手荷物とポンちゃんしか持っ
ていない。一見安心出来るような外見ではないの確かなのだが。妙
に白い肌。それに比べてひきたつ紅い唇。勘のいい人なら何かを感
じ取るものだが、母親には霊感の類はないらしかった。
「玄関先ではなんですから、上がって下さい」
丁重に奥へと通される。
ダイニングへと足を踏み入れると、薄緑のソファに座るようすす
められた。
「それで、訊きたいこと、というのは？」
遼の雰囲気に合わせてくれたのか、それとも元々この家では日本
茶より紅茶が好まれているのか、茶葉から入れたアールグレイが遼
の鼻腔をくすぐった。
「この子の事なんだけど。貰ったときから夜遊びしてたの？」
「いえ……」
母親は言いにくそうに由香を見、小さく首を振った。
「ポンちゃんはね、少し前から一緒に遊ぶようになったの。ボクの
友達のポコタが死んじゃってから」
「ポコタ？」
「少し前まで飼っていた犬です。交通事故で死んでしまって」
「庭にお墓作ったんだよ。すっごい哀しかったけど、ポンちゃんが
遊んでくれたから、ボク元気なの」
困ったような顔の母親に、にこにこ顔の由香。
ポンちゃんにポコタ。ネーミングセンスを疑いたくなるが、この
際そういう細かい突っ込みはしないでおく。
「遊ぶって具体的には？」
「えーっとね、お空飛んだり、部屋の模様替えしたり。鬼ごっこと
かかくれんぼもやったよ！」
思い出しつつ指折り数える。母親は複雑そうだ。
「ポンタが死んでから、の現象で……」
遼は紅茶に口を付けながら、思考を巡らせる。
オーソドックスに考えるなら、その犬の魂が乗り移った、と考え
るのが正当だろう。
まだ姿を現してはいないが、夜にはなればわかること。
自分の力も昼間よりは夜の方が断然強い。
「前の持ち主とかいるの？」
「ポンちゃんは誰からか貰った物？」
「いいえ。この子の誕生日に主人がプレゼントしたものです」
「そっか」
カチャン、とカップを置くとき小さな音をたてた。
「なんとなくだけどわかったよ。それで、この子にもう害がないっ
てわかれば、返してもＯＫだよね？」
「ええ、まぁ……」
「由香ちゃん、って言ったっけ？ ポンちゃんとはもう遊べなくな
るよ？」
「……我慢する」
元気そうな瞳が、端で見ていても哀しくなるくらい曇る。
しかし生憎遼にはそれを可哀相、と思う気持ちはない。どちらか
を選べばどちらかがなくなる。仕方のないことだから。
「じゃ、一晩預かるよ。明日、編集部に取りにおいで」
先は見えた。だから明日の約束は出来た。
由香は少しさみしそうに頷いた。
「さて、後は本陣の出番を待つのみ、ってとこかな」
あの世に行くのを嫌がるようだったら、無理矢理にでも逝かせる
つもりだった。
由香の事は気に入っていた。素直に自分の感情を表して。なによ
りも精気が気に入った。
だからポンちゃんを返してあげてもいい、というような気になっ
ていた。
「本当なら、依代を無くしちゃえば早いんだけどね。ま、いっか」
宿る場所が無くなってしまえば、霊はまた彷徨うしかない。そこ
を無理矢理ひっつかまえて……、と遼には出来たがやらなかった。
「ダメにしちゃったら、依頼料減らされるかもしれないしな」
それが本当の理由であったのか、定かではない。
しかしだた待っている、というのも性に合わない。
「なんかじれったいな。引きづり出せれば楽なんだけどな」
腹いせにポンちゃんにでこぴんしてみる。
「先に食事でも行ってくるか♪」
時間はまだ余裕がある。遼は夕方の街へと繰り出した。
「やっぱりあの由香、って子にしておけば良かったな……」
なかなか食事にありつけなかった。
吸血鬼である遼の食事は勿論、血液。
人間が牛や豚を食べるように、人間の血液を食料にしてもなんら
問題はい。遼はそう考えていた。勿論反対者多数だろう。知ったこ
とではないが。
「そろそろ頃合いだな」
時計を見ると１２時をさそうとしていた。
ポンちゃんを見ると、わずかに体が左右に揺れた。
瞬間、遼の視界にポンちゃんと重なるように、犬の姿が見える。
犬……ポコタは場所を確認するようにキョロキョロと辺りを見回
し、遼の視線とぶつかった。
「お姉ちゃん、誰？ 怖い人？」
さすがに敏感なのか、近寄っては来なかった。
「怖い人……かどうか判断するのは周りの勝手だけど、犬の血液に
は興味がないから」
あっさり言うと、ポコタちょこん、とその場に腰をおろした。
「ゆかちゃんいないね」
「いないな」
「どうして？ 一緒に遊ぶ時間なのに」
小首を傾げて、また部屋の中を見回した。
「その遊びがたたって、母親に追い出されたんだよ、キミ」
「そうなの……」
しゅん、と肩を落としてカーペットを眺める。
さてどうして説得したものか、と悩む。回りくどいのは苦手だ。
やっぱりここは単刀直入にあがって貰った方が楽。
「いつまでもいるとこじゃないよ、ここは」
「でも、ゆかちゃん哀しそうだったから……」
「気持ちはわからないでもない。でも、嫌がる人がいたんじゃ可哀
相なのも確かだね」
「……うん、わかった。ゆかちゃんにもゆかちゃんのママにも嫌わ
れたくないから、行くね」
「それがいいよ」
つい、と上を向いたポンタは思い出したように遼を見た。
「ゆかちゃん、楽しかったかな？」
「楽しかった、って言ってたな。キミが死んだこと、哀しまなくて
すんだ、って」
「そっか。よかった。じゃ、お姉さんありがとう」
笑った気がした。
ポコタの気配の消えたポンちゃんは、ポテ、とカーペットの上に
倒れた。
「案外呆気なかったなぁ……」
ぼやきつつポンちゃんを拾い上げて眺める。
「もっと抵抗して暴れてくれても良かったのに……」
とんでもないこと呟きつつ、テーブルの上に置く。
遼としてはポルターガイストをばしばし起こして、思い切り抵抗
してくれた方が面白みがあった。
５００年以上も生きていれば、かわった楽しみ方を覚えるのも無
理はない。
遼は憂さ晴らしに出かけようかどうか、迷っていた。
「お姉ちゃん、どうもありがとう!!」
翌日。遼が編集部に顔を出すと、すでに由香の姿があった。
そしてポンちゃんを受け取ると、嬉しそうに帰っていく。
「一仕事終わりー。ちゃんと報酬頂戴よ」
「わかってるわよ」
うーん、と背伸びをしてそのままそっくり返り麗香を見て言うと、
麗香は苦笑する。
「でもその前に原稿あげて頂戴ね」
「……」
これもお金のため、と遼はレポート用紙に目を走らせた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0258／秋津遼／女／５６７／何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。再びお目にかかることが出来て嬉しいです。
メールありがとうございました。
口調……今回は気を付けてみたのですが、いかがだったでしょう
か？
はっきりと色々言って頂けるので、とても嬉しいです。キャラも
掴みやすいですし。
また何かありましたらいつでも言って下さい。
これはパラレル形式で書かれています。他の方の話では違った面
が見られるかも知れません。良かったら見てみて下さい。
それでは、またお逢いできることを楽しみにしています。
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