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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


くまのぬいぐるみ
------<オープニング>--------------------------------------

「このぬいぐるみを貰って欲しいんです」
 編集部に突然尋ねてきた少女は、やはり唐突にそう切り出した。
「くまのぬぐるみ、ね」
 デンとデスクに置かれたぬいぐるみを一瞥して、碇麗香は瞳を細
めた。
「はい、くまのぬいぐるみです」
 年の頃は13・4、と言ったところだろうか。少女は至極まじめ
な顔で頷いた。
「それで?」
「だから、このポンちゃんを貰って欲しいんです」
 ポンちゃん、というのはぬいぐるみの名前だろう。麗香は要領を
得ない少女の説明に、ややいらつきつつ問い返す。
「貰うと何かあるのかしら?」
「はい。ポンちゃん最近夜遊びが激しくて、もうボクの手には負え
ないんです」
「夜遊び?」
 ぬいぐるみが夜遊びする、と聞いて麗香は体をうずめていたイス
から少々身を乗り出した。
「毎晩毎晩すごいんです。お母さんは捨ててきなさいっていうんだ
けど、それじゃポンちゃんが可哀相だから……。近所のお姉ちゃん
に相談したら、ここに持って行ってみて、って言われたの」
 人形寺じゃないだけどね、ここは。と心の中で思いつつにっこり
笑う。
「預からせて貰うわ。もし何もなかったら連絡するから、取りに来
てね。何かあったらちゃんと貰ってあげるから」
 麗香の言葉に少女は嬉しそうに笑う。そして名残惜しそうにポン
ちゃんを見つつ、部屋を後にした。
 少女が帰ったのを見届けると、麗香は室内を見渡した。
「話、聞いてたわよね? 誰か持って帰ってレポートして」

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●羽柴戒那
「レポートやって来ますよ」
 そう言って戒那は麗香からポンちゃんを受け取った。
 赤いウェーブを描いた髪。30半ばなのだが、20代にしか見えない
上、黒の上下に身を包んでいる為、本業である大学教授には到底見
えない。
 瞳の色は金色で、肌は白。横文字の名前が似合いそうだがれっき
とした漢字である。
「やってくれるの?」
「ええ、まぁ」
 短く答えて荷物をまとめた。
 一見興味がなさそうに見えるが、子供や女性に優しい戒那は、件
の少女・笠原由香(かさはら・ゆか)を見ていて、引き受けてもい
いと思ったのかもしれない。
「明日レポートにまとめておけばいいんですね?」
「ええ、そうよ。よろしく」
 麗香に確認を取りながら、同居中の相手、斎悠也へと電話をかけ
た。
 ぬいぐるみを持って帰る事を伝えるためだ。
 しばしの呼び出し音。
『もしもし?』
 悠也の声が聞こえ、少し笑う。
「俺だけど。今日アトラスでくまのぬいぐるみを預かったの。持っ
て帰るから」
 と切り出し、手短に理由を話す。
「で、今どこにいるの?」
『スーパーで買い物中ですよ』
「それじゃ、グラタン食べたい」
『……』
 唐突な戒那の意見に、苦笑いの吐息が聞こえた。
『わかりました。エビとカニ、どっちがいいですか?』
「……エビ」
『はい。それじゃ』
 電話が切れて、戒那は内ポケットに携帯をしまう。そしてポンち
ゃんと荷物を小脇に抱えて部屋を出ていった。
「なかなか見せつけてくれるじゃない」
 周りの事を気にしない様子に、麗香は苦笑した。

●斎悠也
「今日は寒いから鍋物にしましょうか……」
 朝出るとき、リクエストを聞いておくべきだったかな、と思いつ
つ白菜を手にとって眺める。
 漆黒の髪、金の瞳、白い肌。見目麗しい長身の男性が白菜を眺め
ている姿は、注目の的。しかし本人は至って気にしていなかった。
 瞬間、胸元に入れて置いた携帯が震えた。一瞬なんだろう? と
思ったが、スーパーに入る前にバイブにしておいた思い出した。
「もしもし?」
『俺だけど……』
 名前を告げずに用件へと入る。聞かなくても声でわかる。
 友達以上、恋人未満の現在同居中の羽柴戒那だった。
 彼女の話では月刊アトラス編集部で預かったぬいぐるみを持って
帰ってくるらしい。
『で、今どこにいるの?』
「スーパーで買い物中ですよ」
 そうだ、リクエストを聞いておこうか、と思った次の瞬間。
『それじゃ、グラタン食べたい』
 唐突で、でもらしい言葉に苦笑してしまう。
「わかりました。エビとカニ、どっちがいいですか?」
『……エビ』
「はい、それじゃ」
 思いがけずリクエストが聞けて良かった、と悠也は白菜を戻した。

 家に戻った戒那は、ポンちゃんを一旦テーブルの上に置くと、着
替えて荷物を片づけた。
 そしてソファに座って飲み物を飲んで落ち着いてから、ポンちゃ
んを再び手に取った。
 なんの変哲もないぬいぐるみ。それを額に当てて目をつむる。
 戒那にはサイコメトリ−物から過去の記憶を読みとる−力があっ
た。
「……」
 飛び込んできたのはしゃがみこんで泣く由香の姿。その前には墓
なのだろうか、塚のような山に棒がたてられていた。
 瞬間、墓の中から白い煙のようなものが出てきて、戒那に向かっ
てきた……。
「!?」
 場面は突然かわる。物の記憶の断片を読みとるだけなので、時や
場所を選ぶのは困難。
 たまにはどうでもいい情報だけが読みとれる場合もあった。
 次の場面は夜中だった。
 由香の笑顔。タンスやベッドが浮いて、位置をかえる。
 ドアを開けた母親の驚愕の表情。
「……」
 映像はそこで途切れた。
 戒那は頭を軽く振って、ポンちゃんをテーブルに戻した。そして
見た映像を分析する。
「……犬の霊がとりついてる、って考えるのが妥当か……」
 少女の泣き声によって成仏出来ず、ぬいぐるみにとどまった。
 それが戒那の出した結論だった。
「ただいま戻りました」
「お帰り」
 悠也が戻ってきた頃、戒那はポンちゃんをそのままに大学の仕事
をしていた。
「今、夕飯作りますから」
「ああ」
 すでにポンちゃんについて聞いていた悠也は、テーブルの上のぬ
いぐるみを一瞥して、キッチンへと向かった。
 本日の夕飯はグラタンとベランダの家庭菜園で育てた野菜のサラ
ダ。そして自作のアイスクリームがデザート。
「……という訳」
 食事をとりながら、戒那は過去見の情報を悠也に告げる。
「俺もそう思います」
 戒那の推理に、悠也は同意する。
「このぬいぐるみの行動をレポートすればいいんですね?」
「そう」
 食事が終わると、戒那はビデオカメラをセットする。悠也はその
間に追跡の札などを作成、ぬいぐるみの背中に貼り付けておく。
 そして互いに自分の仕事を始めた。動き出すまで時間がある。ずっ
と眺めているのでは勿体ない。
 戒那は大学の仕事。悠也はぬいぐるみから見えない位置に座り、
鏡で時々確認しながら大学のレポートをノートパソコンでやってい
た。
 いつもの静かな時が流れる。
 普段からあまり会話はない。が、互いが通じ合っているように、
たいだいの気持ちはわかっていた。
 悠也はすっと立ち上がるとコーヒーを入れ、戒那の側におく。戒
那はそれを当然のように飲む。
 恋人未満、という関係にありながら、それ以上のものを感じさせ
た。
 時計の針は12時をさす。
 ノートパソコンから視線をあげた悠也の瞳に、ぴくり、と動いた
ぬいぐるみの姿うつった。
 戒那も気がついたようで、息を殺したような気配が漂う。
「……」
 ポンちゃんは辺りを確認するようにキョロキョロと部屋の中を見
回した。
 悠也の術で二人の姿はポンちゃんに見えていない。
 戒那は素早くビデオを回す。
「……ゆかちゃん?」
 ぴょこん、と乗せられていたソファから飛び降りて、部屋の中を
探索する。
「ゆかちゃん? かくれんぼ?」
 途方にくれたように天井を見上げる。そしてポンちゃんは重力を
感じさせない仕草で浮かんだ。
「遊ばないの? どこに行っちゃったの? ゆかちゃん!!」
 誰もいないことに不信感を抱いたのか、ポンちゃんは所狭しと部
屋中を飛び回る。
「ゆかちゃん、ゆかちゃん、ゆかちゃん!!」
 人間に危害を加えるような真似はしないらしい。
 ただひたすらに少女を捜している。
 しばらくすると、部屋の中の探索を諦めて、外へと飛び出してい
く。二人はポンちゃんの後を追う。
 ポンちゃんはまっすぐ由香の家の方向へと向かっていた。
「あの子の家に帰るつもりか……」
「あのぬいぐるみを持ってきた子ですか?」
「そう。住所的に向こうだから」
 ポンちゃんについてある追跡の札で、見失う事はない。
 追っていくと、やはり由香の家の前だった。
 そしてさみしそうに窓から家の中を覗いていた。
「ゆかちゃん……」
 夜の空を飛び回ったポンちゃんは、そう一言呟くと地面の落ちた。
「気がすんだんでしょうか?」
「どうなのかしら。よくわからないけど、これをレポート書いて提
出すれば終わりね」
 戒那はそう言ってポンちゃんをひょいっと拾い上げた。

 翌日、戒那はレポートと一緒にロープでぐるぐる巻きにしたポン
ちゃんを、編集部に提出した。
「これが夕べあった事です」
 行動の全てを書いたレポートを渡して、戒那は編集部を後にした。
「せっかちね」
 麗香はため息をつきながら、レポートに目を通した。
 そこには几帳面に昨晩の事が、時間から何まで事細かに記されて
いた。
「犬、か……。供養した方がいいのかしら、ね」
 呟きながら、麗香はロープで縛られたポンちゃんの額を、軽くつ
ついた。

「出して来たわよ」
 編集部を出たところで、戒那は悠也に電話をかけた。
『どうでした?』
「どうするかは編集長の決めることでしょ」
 言い放った戒那の口調に、悠也は苦笑する。
『……今晩の夕飯、どうしますか?』
「そうね……」
 終わってしまえば過去の事。
 二人は今晩の夕食の話を始めた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 【0121/羽柴戒那/女/35/大学助教授】
 【0164/斎悠也/男/21/大学生・バイトでホスト】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、夜来聖(やらい・しょう)です。
 この度は私の依頼を選んで頂きまして、誠にありがとうございま
す。
 戒那さんって格好いい女性、というイメージが強くて、頑張って
書いてみたのですが……。イメージに合っていれば嬉しいのですが。
 悠也さんは書きやすいキャラではありました。
 料理のうまい男性……羨ましいです。
 今回の依頼はパラレル形式で書いています。他の方の話ではまた
違った展開で話が進んでいますので、機会があったら読んでやって
下さい。
 それでは、またの機会にお逢いできることを楽しみにしています。