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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


くまのぬいぐるみ
------<オープニング>--------------------------------------

「このぬいぐるみを貰って欲しいんです」
 編集部に突然尋ねてきた少女は、やはり唐突にそう切り出した。
「くまのぬぐるみ、ね」
 デンとデスクに置かれたぬいぐるみを一瞥して、碇麗香は瞳を細
めた。
「はい、くまのぬいぐるみです」
 年の頃は13・4、と言ったところだろうか。少女は至極まじめ
な顔で頷いた。
「それで?」
「だから、このポンちゃんを貰って欲しいんです」
 ポンちゃん、というのはぬいぐるみの名前だろう。麗香は要領を
得ない少女の説明に、ややいらつきつつ問い返す。
「貰うと何かあるのかしら?」
「はい。ポンちゃん最近夜遊びが激しくて、もうボクの手には負え
ないんです」
「夜遊び?」
 ぬいぐるみが夜遊びする、と聞いて麗香は体をうずめていたイス
から少々身を乗り出した。
「毎晩毎晩すごいんです。お母さんは捨ててきなさいっていうんだ
けど、それじゃポンちゃんが可哀相だから……。近所のお姉ちゃん
に相談したら、ここに持って行ってみて、って言われたの」
 人形寺じゃないだけどね、ここは。と心の中で思いつつにっこり
笑う。
「預からせて貰うわ。もし何もなかったら連絡するから、取りに来
てね。何かあったらちゃんと貰ってあげるから」
 麗香の言葉に少女は嬉しそうに笑う。そして名残惜しそうにポン
ちゃんを見つつ、部屋を後にした。
 少女が帰ったのを見届けると、麗香は室内を見渡した。
「話、聞いてたわよね? 誰か持って帰ってレポートして」

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●寒河江深雪
「あの……」
 少女、笠原由香(かさはら・ゆか)が帰った後、月刊アトラス編
集部に深雪は顔を出した。
 瞬間、暖房の効いているはずの編集部内が寒くなった。
 そして当の本人は入り口に立ったまま、入ってこようとしない。
「はい?」
 振り返った麗香の瞳にうつったのは、お天気お姉さん、としてテ
レビに出ている深雪の姿で、不思議そうに瞬きを繰り返した。
「こちらに笠原由香ちゃん、って女の子、来ませんでしたか?」
 テレビと同じスローテンポの喋り口調。
「この子の持ち主の事かしら?」
 そう言って麗香はデスクの上に載っているポンちゃんを指さした。
「あ、はい。その子です」
「もしかして、ここに行くように言ったのはあなた?」
「はい。そうです。こちらなら何とかして下さるかと思って。でも
ちょっと心配になってしまって……」
 相変わらず入り口に立ったまま。中にいる人達は、寒いから中に
入ってドアを閉めて欲しいな、と思っていたが口には出さなかった。
 麗香は心底心配風な深雪の様子に、にっこりと笑う。
「それじゃ、これはあなたにお願いするわ。今、誰かにレポートを
頼もうと思っていた所なの。やってくれるかしら?」
「え……あ、はい」
 麗香の言葉の迫力に、深雪はつい頷いてしまった。
 それからレポート、という言葉を思い出して固まった。
(そういえば私って書き物弱かった記憶が……)
 大学の論文でかなり苦労した記憶が蘇ってくる。
 昔読者体験談に一度掲載だけの素人なのに……、ともぞもぞと口
の中で呟く、が麗香には聞こえない。
 もし聞こえたとしても、聞いては貰えなかったとは思うが。
「それじゃよろしくね」
 はい、とポンちゃんを手渡されて、深雪は反射的に受け取ってし
まった。

●寒河江駒子
「みぃちゃん、おっか〜☆」
 深雪が部屋に帰ると、座敷童子である駒子がかけてくる。
「こまこね、きょうはちゃ〜んとおるすばんしてたよ? でね、ぽ
ちぽちやってたの」
 駒子の言うぽちぽち、とはパソコンの事である。
 嬉しそうに今日一日あった事深雪に相談していた駒子の瞳が、ポ
ンちゃんで止まった。
「この“こ”だれ?」
「ポンちゃん、って言うのよ。何かね、夜遊びをするみたいなの」
 幼稚園の先生が質問の答えるように、優しく深雪は言う。
「ぽんちゃん? ……でもちがうみたいよ……あのね“にんぎょう”
は“ひと”の“たましい”がやどりやすいの。“かたち”があると
あんしんなの。でもこのこはまだよねぇ」
「うーん、私もはっきりとわからないけど、“何か”感じるのよね。
まだちょっと弱くてわからないんだけど」
「まぁいいや〜。じゃ、こまこおともだちになっていい?」
 と言いながらポンちゃんの顔を覗き込み、深雪に聞こえないくら
いの声で、
「あのね、こまこ、いつもひとりでおそとにあそびにいくのつまん
なかったんだぁ。みぃちゃんいっつもはやくねちゃうんだもん。ぽ
んちゃんよるおそとにいくのすきなんだよね? じゃあね、こまこ
といっしょにあそびいこ? こまこはおそらがとべるし、かべもぬ
けられるから、ぽんちゃんのすきなとこでい〜よ!」
 にこっと笑う。
「こまこ“ざしきわらし”だからうそつかないよ。はい、げ〜んま
ん☆」
 にこにことポンちゃんの手を握って指切りの真似。
 何を話していたのか深雪は聞こえなかったが、駒子が嬉しそうな
のを見て微笑んだ。
 そしてポンちゃんはテレビの上に置かれた。

「ふわぁ〜あ……」
 思わず欠伸をしてしまい、深雪は口を手で押さえた。
 目の端に涙が浮かぶ。
 いつもはこんな遅くまで起きていたことはない。しかし今夜は違っ
ていた。ポンちゃんの動向を見守らなければならない、という使命
があった。
「ぽんちゃんうごかないねぇ」
 わくわくしながら、駒子はテレビの上のポンちゃんを見上げた。
 初めてのお友達になれるかもしれない。
 これで一人で遊ばなく済む、と思うと嬉しくて仕方なかった。
 時計の針が12時を回る。
「あ……」
 ピクン、とポンちゃんが動いたのが見えて、駒子は嬉しそうな声
をあげた。
 瞬間、深雪は何かを感じて動きを止めた。
「何か、霊の“気”を感じるわ!」
 二人の様子におかまいなしに、ポンちゃんは居場所を確かめるよ
うに首をを左右に振った。
「……ここ、どこ?」
「こまこのうちだよ」
 正確には深雪の家だが。
「こまこ?」
「こまこはこまこだよ」
 テレビの上から飛び降りたポンちゃんは、話しかけてくれた駒子
の前に立った。
「あなた、ポンちゃん、じゃないわよね? 本当の名前は?」
 《ヒト》の“気”とは違うが、何かの霊であることは確かだった。
「ポコタだよ。ゆかちゃんはそう呼んでた」
「ぽこた?」
「うん。ゆかちゃんちのイヌ、って呼ばれてた事もあった」
「犬……」
 何か違和感があると思ったら、犬の霊だったせいなのかしら、と
深雪はまじまじとポンちゃん……ポコタを見つめた。
「どうして夜遊びしているの?」
「? ゆかちゃんが泣くから。夜にならないと動けないの。だから
夜遊んでたの」
 小首を傾げて深雪を見上げる。
「それじゃぽこた、こまことあそぼう!」
 ぐいっとポコタの手を引っ張って駒子は宙に浮く。
「ゆかちゃんは?」
「ゆかちゃんってだれ?」
「この子の持ち主の女の子よ」
 ポコタの言葉に今度は駒子が首を傾げる。そしてその問いに深雪
が答えた。
「ゆかちゃんっていないよ。ここはみぃちゃんとこまこしかいない
の。それじゃだめ?」
 さみしそうに駒子が呟く。
「こまこは遊んでくれるの? ポコタと遊ぶと楽しい?」
「うん☆」
 心底嬉しそうに笑いかけられ、ポコタは「ならいいか」と呟く。
「ゆかちゃん、もうさみしくないかな?」
「そうね。もう大丈夫だと思うわ」
 深雪は思い出した。少し前に由香が飼っていた犬が亡くなった事
を。
 そう。そしてそれ以降だった、ポンちゃんが夜遊びをする、と話
を聞いたのは。
「あの子が、あなただったのね……」
 駒子と一緒の夜の空へと遊びに行こうとしたポコタは、深雪の声
に止まった。
「あ、みゆきおねえちゃんだ。ゆかちゃんがそう言ってた」
 由香の事を捜していた為か、深雪の存在がちゃんと見えていなかっ
たポコタは、今度は認識したらしかった。
「遊んで貰ったよね。嬉しかった。今度はこまこが遊んでくれるん
だ。嬉しいな♪」
 笑ったかのように感じた。
「いこうよ、はやく!」
 友達が遊べるのが嬉しいのか、駒子はポコタをせかした。
 そして二人は楽しそうに飛び出して行った。
「由香ちゃんには悪いけど……当分このままがいいかしら」
 と呟いた次の瞬間、深雪は眠りに落ちていた。
 窓は開け放ったまま。しかしワンルームマンションの最上階で誰
かに見られる心配はなく、しかも雪女の子孫である深雪にとっては、
夜風は涼しくて気持ちのいいものだった。

 翌日。
 駒子からどうやって遊んだのかを聞いた深雪は、拙いながらもそ
れをレポートにまとめて編集部を訪れた。
 そしてポンちゃんを引き取りたい、と申し出た。
「私は別に構わないけど、あの子がなんて言うかしら……」
「由香ちゃんには話してありますので」
 やはり編集部内には入ってこない深雪に、麗香は苦笑する。
「それならいいけど」
「それじゃ、レポート、ここに置いておきますね」
 入り口の棚の上にレポートを置く。
「それじゃ、失礼します」
 脱兎のごとく編集部から消えた。
 あー熱かった、というセリフは誰にも聞こえてはいなかった。

 その後、夜の空を遊び回る駒子とポコタの姿があったが、早寝の
深雪はほとんど見ることはなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0174/寒河江深雪/女/22/アナウンサー(お天気レポート担当)】
【0291/寒河江駒子/女/218/座敷童子】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、夜来聖(やらい・しょう)と申します。
 この度は私の依頼を選んで下さり、誠にありがとうございます。
 由香にアトラスを教えたのは深雪さん、という事になっています
が、別の方の話ではまた違う人になってます。
 これはパラレル形式の書き方をしているせいですので、ご了承下
さい。
 駒子ちゃんと一緒、という書き方はされていなかったのですが、
駒子ちゃんの方のプレイングを読んでいると、一人では依頼を受け
られなかったので、一緒に書かせて頂きました。
 他の方の話では、また違った展開を見せています。もし良かった
ら読んでみて下さい。
 それでは、またの機会にお逢いできるのを楽しみにしています。