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幽霊に愛の手を
●19：43 沖田 龍二
「むぅ‥‥」
沖田は画面を睨みつけた。実に、不可解だったのだ。
発端は、沖田に届いた1通のメール。
それには、たった一言【明日、午後3時に会いに行きます】と書いてあるだけだった。
差し出し人はレイ、となっている。
知り合いではない。だが、心当たりはあった。
今日、ゴーストネットで見た１件の書きこみ‥‥。
【成仏できない幽霊を、助けてあげませんか？
興味を持たれた方にはメールを送ります レイ】
そのメッセージを読んだ瞬間、どうやって？ と突っ込みを入れたのは沖田だけではなかっただろう。
幽霊を助ける方法より、メールを送る方法の方がわからない。
ゴーストネットでメールアドレスを公開する人間などまずいないのだから。
現に、沖田はその書きこみに興味は持ったものの、レスさえつけなかったのだ。
それなのに、メールが来た。しかも、【レイ】は会いに来るという。
でも、どうやって？
明日の15時に沖田がいる場所など、彼自身にもわからないのに‥‥。
「なんだろう、これ‥‥」
他の奴にもこのメールが届いているんだろうか、と沖田はぼんやり思った。
●20：18 滝沢 百合子
百合子は受け取ったメールを何度も読みなおしていた。
「変なメール。差し出し人に心当たりはないし‥‥。なんだか怖いわ」
とはいうものの、恐怖心よりも好奇心は強いものだった。
「このレイって子が助けてほしい霊そのもののような気がする。それなら、こんなメールを送ってくることだってできるはずだもの」
会いに来るのは、助けて欲しいから。
だとすれば、特殊な能力はなくても、できることをしてあげたい。それには、他の人の助けを借りるのがいいかもしれなかった。
百合子は、雫のホームページにアクセスすると、そこの掲示板に書きこむ。
【レイさんからメールを受け取った人たちへ
明日15時、ゴーストネットで待ち合わせましょう】
そして、何気なく掲示板の過去ログを読んでいた百合子は、その場にレイの書きこみがなくなっていることに気付いた。
「雫さん、消しちゃったのかな？」
百合子は疑問を感じた。
●21：20 瀬名 雫
「なぁんか、面白そう☆ 明日の3時、ゴーストネットカフェに行ってみようっと。ひょっとして、すごいことになるかも知れないし」
好奇心に瞳を輝かせながら、雫はPCモニターを眺めた。
そこには【レイ】からのメールと、それを受け取った何人かの書きこみが表示されたページとが、別ウィンドウで開かれている。
それを交互に見比べながら、雫は素早く頭を巡らせた。
「メールを送ってきたのはいたずら好きなハッカーか、それとも‥‥霊その人だったりして！」
だって、名前からして【レイ】だもんね。雫はそう呟くと、ペロリと唇をなめた。
●22:08 桐谷 虎助
ごろごろりーん。
ぐいーっと手ぇ伸ばして、足伸ばして、くわぁーっと口あけて、おまけに尻尾も伸ばして‥‥。
ああ、至福の瞬間‥‥。
「おい、虎助！」
「‥‥あおん？」
桐谷のデカ息子が訝しげな顔でこちらを睨んできた。
「なーんで、お前当てにメールが来てんだよっ！ しかもこんなわけわからんやつ！」
あ、もしかして俺の正体、疑われてる？ なんか最近そんな雰囲気を感じるんだけど‥‥。
とりあえず、俺はネコらしく怒られてる時の仕草に移る。
即ち‥‥喉を鳴らしながら身体を足にこすり付ける。これで大抵のネコ好き人間は機嫌を直してくれるのだ。
ついでに座ってるデカ息子の膝にあがりこみ、モニターのメールを盗み見る。
‥‥なるほど。ネットカフェで読んだあの記事の奴か。会いに来るって言うからには、恐らく俺の正体を知ってるんだろうな。
いいだろう。どうせ暇なら持て余してんだ。来るって言うなら待っててやるか。
● 3：05 秋津 遼
「午後3時か」
少々不満げに遼は呟いた。あまり昼は好きではない。
苦手、というほどではないのだが、夜の方が思い通りに動き回れるのだ。
「まぁいい。もっとも、この依頼人が成仏できない霊そのものだとすれば、私との接触はお門違いというものだがな」
なんにせよ、放っておくにはあまりに面白そうなネタだ。
「報酬は‥‥期待できなそうだけどな。さて、そろそろ食事に行くか」
白い肌を黒い革のジャケットに包むと、遼は夜の街へと繰り出した。
都会はいい。少々特殊な食の嗜好を持つ彼女でも、食べるものに困ることがないのだから。
■そして、それぞれの夜は明け、朝は過ぎ、約束の時間がやってくる。
●14:50 ゴーストネットOFF
「あ、遼さんだー！」
長身の、中性的な雰囲気を匂わせた美人に、瀬名雫は手を振った。
「あとはダレが来るのかな？ 百合子ちゃんは来るよね。掲示板で召集かけてたし。」
そんな雫の足元には本来の妖怪猫又ではなく猫の姿のままじゃれつく虎助がいる。
「噂をすれば、影、かな」
遼が静かに言う。
見ると、長い髪を1本の三つ編みに結った高校生が店の中に入ってくるところだった。
「百合子ちゃん、待ってたよー！」
雫が声をかける。
「あら、これだけ？」
百合子は周りをみまわした。思ったより少ない。それに、退魔系の人間がいないようだ。
（大丈夫かしら‥‥）
にこやかながらも、内心では不安になる百合子だった。
「あの人たちもかな？」
店の外に立っている4人の人影を指差して、雫が遼に話しかける。
「ま、今回は集まる人数が多くても報酬が減るわけじゃなし‥‥」
そう言いながら、雫の指差す方向を見た遼の顔つきが、途端に変わる。
「あれ、人間だけど、人間じゃないな」
遼は虎助に同意を求めた。ネコがうなずく。
4人は内部の緊張が高まるのにも気付かないような様子で中に入ってきた。
そして、固唾を飲んで見守る雫、遼、百合子、虎助に一人ずつ話しかける。
●15：00 滝沢 百合子
「はじめまして」
百合子に話しかけてきたのは、内気そうな少年だった。
「あなたがレイさん？」
百合子は優しく訊ねた。おびえたような様子の彼が気になったのだ。
「ボクは、レイです」
彼はぎこちない笑みを浮かべる。百合子は、彼と目の高さが揃うように、かがみこんだ。
「どうして、私に会いに来てくれたの？」
「ボク、どうしてもお母さんに言いたいことがあって」
「お母さん？」
レイ君は、泣きそうな顔をした。
「ボクが死んじゃったから、お母さん、何もできなくなっちゃったんだ」
「お母さんに会いに行きたいのね？ じゃ、一緒に行きましょうよ」
「ううん、ダメなんだ。この子の身体はボクのじゃないから。すぐに返してあげなきゃ」
霊感の強い人間には、波長さえ合えば乗り移れるのだという。
「小さい子はね、長く入ってたらダメなんだ。だけど、ボクは大人とは波長が合わないから」
そういいながら、少年は目を伏せた。
「わかったわ。まずはその子の体から出なくちゃいけないのね？」
百合子はうなずいた。
「でもね、ボク、霊力が弱いから、霊感が強い人じゃないとみつけられないと思うんだ」
百合子は少し困った。というのも、彼女は格別に霊感が強いというわけではないからだった。
「あのね、携帯、持ってきてる？」
百合子はうなずいた。
「じゃ、安心だね。ボク、パソコンからメールを送るよ」
●15：52 出発
百合子は、レイという少年と一度別れ、表に出た。
ゴーストネットにいた他のメンバーのうち、まだ内部に残っていたのは彼女のほかには雫だけだったので、軽くジェスチャーをして、表に出る。
「怖いことになるかと思ったけど、これなら本当に人助けだわ」
少しほっとして、彼女は呟いた。
そこに、メールの着信音が響いた。
【歩くと少し距離があるけど、いいかな？ レイ】
百合子は、構わない、と返事をしようとした。
すると、それを遮るようにまたメールが飛びこんでくる。
【ボクには百合子さんの考えてること、念じてくれたらわかるから。
それと、着信音は切っておいた方がいいよ レイ】
「歩くのは構わないわ。道を説明して」
独り言を言っているように見えるのがイヤだったので、百合子は携帯を耳に当て、話しながら歩いているような振りをした。
●16：38 病院
「ここ？」
百合子は、少年のナビゲーションに従って、大きな病院にたどりついた。
【うん。ボクのお母さん、そこに入院してるんだ‥‥さて、どうしようかな。病院で携帯はマナー違反だよね。ちょっと待ってて】
言われたとおり待っていると、病院から一人の女の子が飛び出してくる。
「百合子さん、早く早く」
「え？」
女の子に服を引っ張られて、百合子はびっくりした。
「ボクだよ。ネットワーク経由でここまで来たんだ。で、近くに男の子がいなかったから‥‥。でも、この子じゃあんまり適性がないんだ。だから、急いで！」
そういうことなら、と百合子は少女と一緒に走り出した。
「すみません。急がなくてはいけないんです」
非難がましい目を向ける看護婦さんに頭を下げながら、二人はどんどん階段を上っていく。
「こうやって、会いに、行くなら、いつでも、ひとりで、できるんでしょ？」
息を切らせて、百合子が尋ねると、
「ボクじゃ、お母さんに、ボクの死を、認めさせて、あげられないんだ。ボクが、話しかければ、話しかけるほど、お母さんは、ボクが生きてる、と思って、しまうから」
レイが乗り移った女の子も苦しそうに答えた。
「じゃあ、どうしたら、いいの？」
「まずは、会ってから！」
二人は、一つの病室に飛びこんだ。
そこには、30代くらいの女性が座っていた。
普段は美人なのだろう、と思われるのだが、うつろな表情と化粧っ気のない顔は生気がなく、人形のようだった。
「誰？ カズオ？ 帰ってきたの？」
彼女は二人の方に顔を向けた。
「あら。どなた？ うちのカズオがまだ帰ってこないの。ご存知ないかしら？」
（レイの本当の名前はカズオなのね）
百合子は胸のうちに思った。
「ねぇ、カズオはもういないんだよ」
レイは悲しげな声をふりしぼって、自分の母親に告げる。
「嘘よ。そんなわけないでしょう？」
百合子は、そんなやりとりに胸を痛めた。
（あたしには‥‥あたしには、何ができるの？）
「カズオ君のおかあさん、こんにちは」
百合子は、言葉を捜すようにして、彼女に話しかけた。
「私、カズオ君に頼まれてここに来たんです。彼、あなたのことが心配で、この世を離れられなくなっているんです」
「あなた、カズオを知ってるの？ あの子はどこにいるの？ あの子を返して！」
母親は、がしっ、と百合子の腕をつかんだ。食いこむような指の力に、百合子は悲鳴をあげそうになる。
「お母さんっ、お姉さんから手を離してよ。お母さんがボクのことで悲しいのはわかるけど、他人のせいにしちゃダメだよ。ボク、そんなお母さん、見たくなんてない」
そう言ったレイ‥‥いや、カズオは不意に顔を上げた。
「そうか‥‥ねぇ、百合子さん‥‥ボク、今わかったかもしれない。お母さんがボクのことを忘れられないから、ボクは成仏できないんじゃないんだ。そうじゃない。ボクがお母さんを忘れられないから、この世を離れられないんだ。他人のせいにしてるのは、僕の方だ‥‥」
「ダメ、ダメよ、カズオ」
慌てたように母親が、百合子の腕から手を離し、女の子の身体を抱きしめる。
まるで、逃げていく魂をその場につなぎとめようとするかのように。
「お母さん、もういいんだ。ボク、行くよ」
その一言を残したまま、カズオの声はそれきり聞こえなくなってしまった。
後には、すすり泣きの声だけが残る。
「ああ、カズオが行っちゃった‥‥」
子供のように泣く母親は、息子が霊となって会いに来てくれていたことを知っていた。
「もう、会えない‥‥」
百合子は、泣いている彼女の腕から少女を抱き取ると、そっと病室を後にした。
●20：07 滝沢 百合子
「結局、どういうことだったんだろう？ レイはカズオ君だったのよね‥‥」
呟きながら、百合子はPCを立ち上げた。メールが届いていた。
【ありがとう。あなたのおかげで、一人、成仏のできない幽霊が減りました。 レイ】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【0057 ／ 滝沢 百合子 ／ 女 ／ 17歳 ／ 女子高校生】
【0104 ／ 桐谷 虎助 ／ 男 ／ 152歳 ／ 桐谷さん家のペット】
【0258 ／ 秋津 遼 ／ 女 ／ 567歳 ／ 何でも屋 】
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■ ライター通信 ■
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☆鈴音りんねです。「幽霊に愛の手を」をお届けいたします。
楽しんでいただけましたでしょうか。
今回はちょっと切ないお話でしたが、最後にはレイから
メールが‥‥？
どうやら、レイというのはカズオのことではないようです。
むしろ、カズオがレイの一人？
また、レイが掲示板で助けを求めることがあるかもしれない
みたいです。
☆りんね、風邪をひいてしまいまして。
脱水症状で動けなくなったのは久方ぶりでした。
（過去に何度かそんな経験があること自体、問題ですが）
楽しみにしていて下さる方がいるのに、締め切りぎりぎりに
なってしまって、もうしわけありませんでした。
どうぞ、お身体にはお気をつけて‥‥。
これからも「東京怪談」を楽しんでくださいね。
それでは、またｖ
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