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東京駅の女
●オープニング【0】
3連休前のこと。いつものように掲示板を覗いていると、次のような書き込みがあった。
『追いかけっこしませんか?
私を捕まえられたらあなたの勝ち。
そうでなければあなたの負け。
11日朝10時、丸の内中央口にてお会いしましょう。
私の姿はそこで確認してくださいな。
それまで、しっかり作戦を練ってみてはいかが?
〈東京駅の女〉』
11日といえば建国記念の日で祝日だ。祝日の東京駅……考えただけでもうんざりしてしまう。無視しようかと思ったが、すぐ下の書き込みを見て少し考え直した。
『追いかけっこするよっ!
絶対負けないからねっ☆
〈しずく〉』
どうやら掲示板の管理人、瀬名雫は参加する気満々のようだ。
まあ、参加するのは別に構わない。だがふと思い出した。東京駅って、迷路のようになっていなかったかと。ひょっとして、上手く動かないと捕まえられないんじゃないか――?
●東京駅・丸の内中央口【1】
2月11日、朝10時。東京駅・丸の内中央口の改札前。そこに6人の若い男女が集まっていた。
「はい、これ地図」
小学生・大沢巳那斗はそう言って、皆に東京駅構内の地図を手渡していった。ネット上で検索し、プリントアウトしてきた物だ。
「わあ、ありがとっ☆」
喜び受け取る雫。他の者も受け取るとすぐに地図に目を通し始める。
「ちょうどよかった、頭に叩き込まなきゃと思ってたから」
草間興信所バイトのシュライン・エマが地図に目をやったまま言った。ちなみに今日はバイトは休みだ。
「言っておくけど、きっとこっちが不利だよ」
巳那斗が皆の顔を見回して言う。
「どうして?」
きょとんとして雫が尋ねる。
「考えてみれば分かるさ。相手はわざわざ場所指定してるんだよ。この東京駅に。なら、構内に詳しいと考えた方が妥当じゃないか。それに今日という日も、向こうの手だよ。見てみなよ、あれ」
巳那斗が改札を指差した。旅行鞄を手にした旅行者が、改札を通って出てこようとしていた。
「ただでさえ祝日で人が多いのに、3連休の最終日だからなおさらさ。間違いなく、これ利用されるよ」
溜息混じりに巳那斗がそう言うと、女子高生・榊杜夏生がけらけらと笑った。
「そんなに心配しなくても大丈夫だってば。東京駅は広いけど、携帯を使って皆で連携すれば何とかなるよっ!」
夏生がポケットから携帯電話を取り出して見せた。
「それにあたし、運がいいし♪」
「携帯、地下通じないよ」
巳那斗が冷たくさらりと言い放った。
「あっ……どうしよ、雫ちゃん!」
困った顔して雫を見る夏生。
「んーっと、どうにかなるんじゃないかなぁ」
雫は夏生の肩をぽんぽんと叩き慰めた。
「ね、あれそうじゃないかな?」
改札の方を指差し、フリーター・白雪珠緒が言った。
「あれって、あの紅いコートの人かい?」
小説家・瀧川七星が尋ね返した。視線の先にある改札の中で、紅いコートを着た黒髪ポニーテールの女性が一同に向かって手招きしていた。
●ゲームのルール【2】
「『しずく』さんはどなた?」
入場券を買って改札を抜けた一同に、女性が尋ねた。雫が手を挙げてそれに答える。
「あっ、はい!」
「そう、こんにちは。私が『東京駅の女』よ。それで――後ろの5人があなたのお仲間かしら?」
にっこりと微笑む女性。女性はボディラインにぴったりした紅いシェープド・コートを羽織っていた。見た所、肩幅も細くスタイルも悪くない。雫が思わず自分の身体に目をやった。
「悪いけど、早く追いかけっこを始めないかな。こっちも色々と都合があるからさ」
挨拶もそこそこに、七星が女性に言った。
(担当寝てるうちに戻らないとまずいよな〜)
七星は我が家で眠りこけているであろう、担当編集者の姿を思い浮かべていた。何せ1週間缶詰中の所を抜け出してきたのだ。ばれたらどうなることか、考えるだに恐ろしい。
「なるほど。ならルールを説明しましょうか。今から私が逃げます。あなた方は15分後に私を探し出すべく動いてください。制限時間は1時間。それまでに私を捕まえられたら、あなた方の勝ちです」
淡々と説明する女性。
「1時間ね……」
腕時計で時刻を確認するシュライン。今は10時10分。となると、タイムリミットは11時25分だ。
「追いかけっこなら負けないにゃ!」
珠緒が女性をびしっと指差し、声高らかに宣言した。
「にゃ?」
夏生が珠緒の顔を見た。
「あっ、言い間違い! あははー☆」
笑って誤魔化す珠緒。そんな彼女を七星が思案顔で見ていた。
「なら、ゲームを開始しましょう。では15分後に」
女性はそう言うと、一同に背を向け人混みの中に紛れていった。紅いパンプスの足音が、カツコツと響いていた。
●足音の謎【3C】
「さてと」
未だ丸の内中央口付近に居たシュラインは、行き交う乗客の邪魔にならない場所へ移動していた。
(足音はしっかり覚えたから……うん)
両目を閉じ、両耳に全神経を集中させるシュライン。様々な音が飛び込んでくる中、シュラインは音を素早く取捨選択していく。そして目的の音を拾い出す。
(あっちの方ね)
北通路の方から、記憶していた女性の足音が聞こえていた。きっと女性は北通路を歩いているのだろう。
すぐさま移動するべく、集中を止めようとしたその時――ある音をシュラインの耳が拾った。
「……え?」
驚きがつぶやきとなって出てしまうシュライン。驚くのも無理はなかった。何故なら、中央通路からも聞こえてきたのだから。記憶していた足音が――。
(嘘……いくら何でもおかしいわ)
足音の聞こえた時間は、さほど離れていない。したがって瞬間移動でもしない限り、北通路から中央通路まで移動できる訳がない。
シュラインは一瞬迷ったが、より記憶に近かった足音の方を追うことにした。まっすぐに駆け出すシュライン――中央通路へ。
中央通路を八重洲方向へ急ぐシュライン。すると、前方に居る青年の姿が視界に入った。
「え?」
青年が思わず目を細めた。向こうからやってきたのはシュラインのよく知っている青年、斎悠也だった。
「あっ?」
シュラインが驚きの表情で悠也を指差した。それでも足は止めない。
「シュラインさん、何やってるんです?」
「ごめん、急いでるから今度落ち着いて話すわ!」
シュラインは悠也の脇を擦り抜け、小走りに駈けて行った。
●駆け抜けるレディ【4C】
「京葉線で追い込む? 分かったわ、今から行くから!」
そう言い、シュラインは携帯電話を切った。巳那斗から、女性が現れたとの連絡を受けた所だった。
頭に叩き込んだ東京駅の構内図を思い出すシュライン。現在地は中央通路の八重洲寄りであった。
(……確かあそこ、地下にも改札があったはずよね)
念のため、巳那斗に貰った構内図を出して確認してみる。思った通り、京葉線には地下改札が存在していた。
(丸の内側から行けば、挟み撃ちできるじゃない!)
シュラインが駆け出した。近くにあった地下への階段を駈け降り、中央地下通路を地下総武線ホーム方面へ駈けてゆく。
すると目の前に談笑しながら歩いている2人の少女が居た。夏生と雫だ。
「何やってんの! 見つかったわよ、彼女!」
シュラインのその声に、驚いて振り返る2人。
「挟み撃ちするから、一緒に来て!」
夏生の手をぐいっと引っ張り、駈け続けるシュライン。雫も慌ててその後を追いかける。そして3人は地下南口改札を抜け、丸の内自由通路を駈けていった。
●東京駅の女【5】
「まさか負けるなんて思わなかったわ」
負けたにも関わらず、明るい顔をして女性が言った。一同は地下京葉線ホーム・地下1階に集まっていた。
「わざと地下に行ったんじゃない?」
巳那斗が女性に尋ねた。
「あら、どうしてかしら?」
「地下は移動が限定されるだろう? 普通はそこに行くはずないよ。だったら、わざとって考えるのが自然だよ。追いかけっこ自体を楽しんでたんだろ?」
巳那斗の言葉に、女性はただ笑みを浮かべるだけだった。
「何にしても私の負けは負けよ。何か聞きたいことがあれば、答えてあげるけど……?」
一同の顔を見回す女性。しかし6人は顔を見合わせるばかりだった。
「そういえば……勝負の後のこと、何にも決めてなかったよね」
雫がぽつりとつぶやいた。
「決めてなかったよね」
深く頷く夏生。それを聞くと、突然女性が吹き出した。
「うふふっ、ごめんなさい。結局、あなたたちもただ追いかけっこを楽しみに来てくれたのね……ありがとう。久々に退屈しなくて済んだわ」
そう言って女性がにっこりと微笑んだ。
「でも、何もないというのもあれだから……そうね、もしもこの東京駅で何か困ったことがあれば、私を探してみて。ひょっとしたら、力になれるかもしれないから。じゃあ……私はそろそろ行くわ。本当に、今日は楽しかった。」
女性が6人から離れ、八重洲連絡通路の方へ歩き出した。
「待って! あなたの名前は?」
シュラインが女性を呼び止め尋ねた。女性が振り返り微笑んだ。それはどことなく、寂しさを含んだ微笑みで。
「『東京駅の女』よ。それ以上でも以下でもないわ」
女性はそう答えると再び歩き出し、やがて6人の前から姿を消した。
「さてと、追いかけっこも終わったし……珠緒」
七星が低めの声で珠緒を呼んだ。
「にゃっ!? にゃ……何ですかぁ……?」
じりじりと後ずさる珠緒。
「ちょっとじっくり話を聞かせてもらいたいんだけど……」
言葉こそ丁寧だが、七星の目は明らかに怒っていた。
「あ……あははっ……にゃ……さよならにゃ〜っ!!」
珠緒が脱兎のごとく駆け出した。すぐさま後を追いかける七星。
「待てーっ、タマーっ!!」
残された4人はそんな2人を呆気に取られて見つめていた。
【東京駅の女 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0029 / 大沢・巳那斗(おおさわ・みなと) / 男 / 10 / 小学生 】
【 0017 / 榊杜・夏生(さかきもり・なつき) / 女 / 16 / 高校生 】
【 0234 / 白雪・珠緒(しらゆき・たまお) / 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ) / 男 / 26 / 小説家 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全13場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。また、今回の依頼は『東京駅の男』と連動していますので、そちらの方にも目を通されると面白いかもしれません。見えない部分で微妙に影響を受けていますので。
・追いかけっこは皆さんの勝利に終わりました。皆さん上手に動いていたと思いますよ。ただ、どなたも女性の正体について考察されていないのが不思議ではありましたが。という訳で、女性の正体は伏せさせていただきました。
・今後もし高原担当依頼で東京駅が絡んだ場合に、彼女を上手く使えばプラスに働くかもしれませんよ。
・シュライン・エマさん、5度目のご参加ありがとうございます。足音を記憶したのは半分正解でした。どうしてほぼ同じ時間に、別の場所から足音が聞こえたんでしょうね? 構内図を頭に叩き込んだのは正解です。複雑怪奇な東京駅は、しっかり道を記憶して動かないと迷ってしまいますからね。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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