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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:お嬢ちゃまは怪奇探偵
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「‥‥ほう。これは大口の依頼だな」
 届いたばかりの書簡を眺め、草間武彦は感嘆符と煙草の煙を同時に吐き出した。
 依頼者は、栃木の山林王と呼ばれる富豪である。
 最近、不審火とみられる山火事が幾度も起こっている。いずれもすぐに消し止められているが、近隣の住民たちはの間には狐火の仕業だという噂も流れ始めだした。困窮きわまったので、高名な怪奇探偵に原因究明と解決をお願いしたい。
 と、これが大筋の内容であった。
「おい。誰か手の空いているヤツ‥‥」
「は〜い! あたし☆ あたし♪」
 勢い込んで指令を下そうとする草間を、少女の声が中断させた。声の正体を芳川絵梨佳という。現役の中学生だ。草間が敵わない相手というものは日本中に幾らでもいるが、絵梨佳もその一人である。
「あのなぁ絵梨佳。俺はお前を雇った憶えなんぞないんだが‥‥」
「大丈夫☆ あたしも給料もらった憶えないし♪」
 そういう問題ではない筈だが、この少女の手にかかると、どうでも良いような気になってくる。まあ、完全にペースに飲み込まれてしまっているわけだ。
「どうしてもダメだって言うなら、勝手に付いてっちゃおうかな☆」
「‥‥それだけは止めてくれ。危険すぎる‥‥」
 なんだかよく判らない脅迫に屈した草間が、渋々と白旗を掲げる。
「‥‥みんな、聞いての通りだ。またガキのお守りで恐縮だが、よろしく頼む‥‥」
 一気に三〇〇歳ほど歳をとったように、草間がうなだれる。
「ガキじゃないも〜〜ん!!」
 そんな所長の様子に構うことなく絵梨佳が暴れ出し、事務所はマグニチュード四の地震に襲われた。

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お嬢ちゃまは怪奇探偵
 うららかな陽射しを浴びて、八人乗りの大型ワゴン車がひた走る。
 東京都と栃木県を結ぶ国道である。
 ハンドルを握るのはシュライン・エマ、同乗するのは怪奇探偵の面々だ。
 車内には陽気な音楽が満ちている。車載オーディオではない。芳川絵梨佳が持ち込んだハンディカラオケである。
 まるで遠足気分だった。
 この仕事は、絵梨佳が怪奇探偵として認められるため試金石となるべきものなのだが、緊迫感のないこと夥しい。
 まあ、絵梨佳自身どこまで本気で探偵を志しているのか怪しいところではある。
「それにしても、おまえ、ちっとも育たねぇなぁ」
 絵梨佳の隣に座している中島文彦が、色気を醸し出すには小さすぎる胸や尻を眺めながらからかった。
 ちなみに、この中島というのは偽名である。色々と法律の女神に逆らうことをやっているので、本名を名乗るのはよろしくないのだ。
「なによぉ。先月から比べたらバストだって一センチ育ったからね! 嘘だと思ったら見せあげようか!」
 ない胸を必要以上にそらし、絵梨佳が挑発する。もっとも、この程度の挑発に乗るような純朴な者は、怪奇探偵のなかには含まれていない。
「へ! つつしんで辞退申し上げるぜ」
 ガキの裸に興味なんぞない、と、中島に再挑発され、
「むっき〜! 腹立つ〜〜! こうなったら意地でも脱いでやるぅ!!」
 などと言って暴れ出すていたらくだった。
 至近距離で大声を出された中島がのけぞる。
 カラオケマイクを握ったまま叫ぶのは、できたら遠慮して欲しいものだ。
「まあまあ、絵梨佳」
 と、まるで平和主義者のように、杜こだまが身を乗り出した。
 狭い車内でいがみ合っていても仕方がないだろう。
 それに、まさか本当に脱ぐわけはないとは思うが、なにしろ相手は絵梨佳である。何をするか知れたものではないのだ。
 と、こだまが良識人ぶっている横で、拗ねている者もいる。
 雪村心だ。
 せっかくこだまの隣の席をキープしたのに、肝心の本人が絵梨佳の相手にかまけているのでは、機嫌だって悪くなろうというものである。
 だいたい、これは遠足ではなくて仕事なのだ。カラオケを持ち込んだり騒いだり、絵梨佳という娘は不謹慎すぎる。そう考えてしまう雪村だったが、彼が今回の仕事に参加した理由も充分に私的な事情を含んでいたので、口に出してまで非難する気にはなれなかった。
 とはいえ、この元気すぎる中学生に対して隔意を抱いてしまうのは如何ともし難い。
 考えてみれば、彼と絵梨佳は初対面である。
 人間関係が得意ではない雪村が、馴染むはずもない。
 富豪の子弟にも、色々あるというわけだ。まあ、絵梨佳も雪村も両極端すぎるような気もするが。
 ところで、絵梨佳と初対面な人間は、あと二人いる。
 武神一樹と草壁さくらの骨董屋コンビだ。
 今回の仕事では、民俗学者と助手という肩書きである。実際、この二人には民俗学についての知識の持ち合わせがかなり有り、学者と名乗っても遜色はない。
「それにしても、何故、犯人は狐火などという噂を撒いたのでしょうか?」
 美しい金髪の助手が、ナビゲーターシートの上で質問を発した。
 彼女にしても武神にしても、今回の件が狐の仕業だとは、半グラムも考えていないのだ。理由は簡単である。自らの住環境を、わざわざ悪化させる動物など存在しない。むろん、妖狐だってそれは同じだ。
 自分で環境を破壊するイキモノは、この地球上では一種類しかいない。
「それなら思い当たる節があるわ。ちょっと私のバッグ取ってくれる? 武彦さ‥‥」
 言い終わる直前、シュラインはこの場にいない人物の名を呼んでしまったことに気が付いた。
「名前を間違う間柄でもなかろうに‥‥。いや、待てよ‥‥」
 苦笑混じりでブランド品の鞄を取りあげた武神が、心付いたように表情を切り替える。
「なるほど、新しいバッグだな。草間からのプレゼントか? しかも、まだ、ちゃんと礼を言っていないな」
 見事な推理力である。
 当てられた方は嬉しくも何ともないが。
 シュラインの様子は変わることなく、きちんと前を向いたまま運転を続けている。
 だが、さくらの瞳は捉えていた。
 速度計の針がぐんぐんと上昇するのを。
「‥‥助手席は最も死亡率が高いと言います。大丈夫でしょうか‥‥」
 声に出さずに呟く。
 どれほど長く生きていても、死の恐怖から自由になるのは容易くはない。
「ヴィトンのアルマか。草間にしちゃあ思い切った買い物だな」
 余計なことを言う武神を、燃やしてしまおうかと、一瞬思ったほどだ。
 ‥‥閑話休題。
「栃木県は狐火の名産地なのよ」
 紆余曲折の後、武神とさくらに資料を渡すことが出来たシュラインは、相変わらず前を向いたまま言葉を紡いだ。
 運転中なのだから前方を注視しているのは当然である。脇見運転をしてはいけないと教習所で習ったではないか。けっして、骨董屋コンビの顔をまともに見られなかったからではない。
 栃木県の那須高原といえば、九尾の狐『玉藻の前』の終焉の地として全国的に有名である。玉藻の前が化身したという殺生石は、現在もなお毒の息を吐き続けているのだ。むろん、これは伝説に仮借した自然現象である。だが、栃木県民の多く、特に古い世代が妖狐の存在を寝物語に育ったのは確か事実だった。
 したがって、栃木県では単なる不審火が狐火といわれることも珍しくはない。
「なるほどな。俺は、座敷童と同じパターンだと踏んでいたが」
 思慮深げに腕を組み、武神が自説を開陳した。
 座敷童とは東北地方などに伝わる伝承で、主に金持ちの家に住みつく妖怪のようなものだ。古来から幸運や富貴を呼ぶものと言われているが、物事には別の側面も存在する。
 閉鎖された共同体、つまり村や集落では、富を独占する者に対しての嫉妬心が強くなる傾向がある。都会であれば名も知らぬ金持ちでも、そのような場所では顔も名前も知られているからだ。
 あいつの家が金持ちなのは、座敷童が住んでいるからに違いない!
 というわけだ。
 これは、中世ヨーロッパの魔女狩りに類似している。幸運を得たものや富を築いたものは、悪魔と契約したからだ決めつけられるのだ。この場合、本人の努力や才能などは関係ない。成功と失敗は運不運だけのなのだろう。
 こういう連中こそ、本当の意味での冒涜者だ。
 と、武神は思う。
「たしかに、その可能性も捨てがたいわね」
 聞き終えたシュラインが嘆息する。
 妬み嫉みは人の性としても、いささか救われがたい。
 救われがたいが、武神の言い分は無視できぬだけの論拠をもっている。
「たとえ嫌がらせだとしても、私は同情しないな」
 こだまが口を挟んだ。
 実際に金銭に苦労している彼女にしてみれば、金持ちというだけで有罪は確定なのかもしれない。
 彼女の横では、雪村が身体を縮めていた。
 べつに罪なことではないが、彼の実家は富豪である。
 雪村の前途には、まだまだ困難が立ちはだかっているようだ。
「まあ、頑張ってくれや」
 その様子を見ながら、中島が内心で呟く。
 腕には絵梨佳をまつわりつかせていた。鬱陶しいことこの上ないが、子犬のように懐いてくる少女を無下にもできない。それに、しばらく前に彼が渡した組み紐を携帯のストラップに使用しているなど、存外に可愛いところもあるのだ。
 金持ちといっても人それぞれ、善人もいれば悪人もいる。嫉妬を煽るだけが芸ではないだろう。
 そう考えてしまうのは、中島が成長したのか、妥協の結果であるのか。
 七人の人間と七つの思惑をのせてワゴン車は走る。

 依頼主と対面した探偵たちは、悪印象をもたなかった。
 中肉中背の肢体、半白の頭髪、穏やかそうな両眼。平凡な容姿だが、人格的な安定感と奥深さが滲み出しているようだ。
 もちろん、怪奇探偵は外見に騙されるほど純朴ではない。
 彼らが依頼主たる志村友成(しむら ともなり)への評価を高めているのは、屋敷に到着するまでに近隣を巡ったからである。
 都会へと続く林道は、私道にもかかわらず、きちんと舗装され整備されていた。
 社宅なども、草間興信所の建物より、一万倍も立派なものである。
 町には生活協同組合が置かれ、物資は破格の安さで手に入る。スポーツ施設や娯楽施設も充実し、すべて無料で利用できる。ついでに、町内には巡回バスが走っており、これも町民は無料であった。労働者向けの病院もあり、こちらは無料とはいかないまでも、格安である。
 生活整備に厚生施設、なんやかやで年間億単位の金銭が必要なのだが、それら全てを志村家が負担している。とは、説明してくれた役人の弁であった。
 嫌味なほどの厚遇ではあるが、都会から遠く離れた寒村に人を留めるには、それなりの内政努力が必要なのであろう。
 それに、労働者やその家族を大切にするということは、結局は経営者の利益になるのだ。気持ちよく働いてもらった方が作業効率も高まるし、良質の製品を生み出す。無理をさせたり虐待したりしては、労働意欲を削ぐだけである。労働者なくして経営者なし。これをわきまえないものだけが部下を粗末にする。
 志村氏はそれを認識していた。まあ、日本企業の経営者には珍しいことではある。
 事業で得た利益を地元に還元することで支配基盤を安定させるという方式は、現在のところ、盤石なものであるようだ。
 あるいは、ただの人気取りかもしれないが、人気取りすらしないような経営者などよりも余程マシだろう。
 事実、志村林業の業績は、この不景気な時代にあって揺るぎなく佇立している。
「では、犯人には全く心当たりがないのですか?」
 丁寧な口調でシュラインが問いかけた。
 ここまで地元に尽くしている志村が、地元民から恨まれるとは思えない。だが、いつの世にも不平分子は存在する。逆恨みの線も捨てきることはできない。
「むろん、あります。競争に敗れたライバル企業、この町の発展を妬む近隣の町村、我が社を解雇されたもの、私自身に悪意を抱くもの。数えあげればキリがないでしょう」
 ほろ苦い表情で志村が答える。
 この人は、畏怖されてはいないが愛されているのだろうな、と、こだまは思った。
 彼女は金持ちに偏見を抱いている。しかしそれは、野別幕なしに発動されるものではない。ちゃんと人を見る目も持っているのだ。
「ところで、狐から恨みを買うような憶えはあるのかい?」
 と、中島が確認する。
 せいぜい言葉を選びはしたが、乱暴な口調である。
 とはいえ、これは確認しておかなくてはいけないことだ。
「私の仕事は、山を崩し森を壊すものです。恨まれてないとは思いませんが」
 志村の答えはもっともである。
 だが、武神とさくらがゆっくりと首を振った。
 違うのだ。自らの罪を認め贖罪しようとするものに、自然は復讐したりしない。それに、復讐ならば志村自身や家族へと向かうだろう。森を壊すものへの報復として森を燃やすのでは間尺に合わなすぎる。
 では、やはり人間の仕業なのだ。
 復讐か嫌がらせか、単なる悪戯か。とにかくも肉体を持つものが何らかの意図をもって暗躍していると考えるのが普通だろう。
「発生場所の地図を見せてもらえるかい?」
 中島が提案し、程なく探偵たちの前に大きな地図が広げられた。
 部屋の隅でおとなしくしていた年少組も額を寄せてくる。
 雪村はともかく、絵梨佳が覗き込んだところでたいして意味はないのだが。
「‥‥道の近くばかりだな」
 地図上の印を慎重に観察し、武神が口を開いた。
 無言のまま、さくらも頷く。
 犯人がどういう人物かは判らないが、森の奥まで入るつもりがないのは確かなようだ。それとも、逃げ道を確保するためだろうか。
「犯行は、夜ですよね?」
「いえ。昼間でも起こります。二十四時間体制で、青年団が巡回してくれてはいますが」
 こだまの簡潔な問いに、もう一つの事柄を合わせて志村が答える。
「‥‥難しいわね‥‥」
「‥‥むずかしいわね☆」
 シュラインが腕を組み、絵梨佳が真似をした。
 雪村が渋い顔をする。
 どう好意的に解釈しても、絵梨佳は足手まといだ。
「もっとも、ボクだって大して役に立つわけじゃないけど」
 軽い自嘲を込めて述懐してみる。
 全長二〇キロに渡る林道と昼夜を問わず発生する火災。
 難事件に慣れている怪奇探偵にとっても、かなりの難問である。
「せめて、何か法則性みてぇなモンがありゃあな‥‥」
 珍しく自信なさげに中島がうめく。
「とりあえず、現場に行ってみるのが良いと思う。何か手がかりが残っているかもしれない」
 たしかに、こだまの言う通りであった。

 現場に到着した探偵たちは、さっそく調査を始める。
 まだ遠足気分のものが一人いるが、最初から戦力外なので問題にならない。心配なのは、糸の切れた凧みたいにフラフラと飛んでいってしまうことだが、お気に入りの中島をイケニエとして差し出しておけば、しばらくはおとなしくしているだろう。
 尊い犠牲となる中島氏に合掌。
 さて、薄情な探偵たちがみるところ、この火災に法則性はない。
 ただ、火元は判明した。
 道路の両側に積み上げられている材木である。
 木は、切り出しただけでは役に立たない。乾燥させないと寸法が狂うのだ。今時は機械乾燥が主流であるが、良質の材木を作るには自然乾燥が一番である。道の彼方まで連なる材木の列は圧巻であった。さすがは、栃木の山林王、というところか。
「‥‥たしかに、よく燃えそうではありますね‥‥」
 さくらが言う。その瞳には、それほどの嫌悪感は浮かんでいない。
 切り出された木は若木ではなく、森の奥からは新鮮な精気が漂ってくる。きちんと植樹し、サイクルを守って切り出しているのだろう。
 自然を愛する彼女としても、このようなやり方ならば許容できる。
 同時に、せっかく自然と共存している人々を貶めるような放火犯に立腹した。
「だが、怨恨にしては奇妙だな。燃やすなら、一度に全て燃やせば良い」
「そうね。効率を考えると確かにそう」
 武神の呟きにこだまが反応する。
「‥‥じわじわと恐怖心を煽るってやり方もあると思います」
 雪村が自信なさげに意見を述べた。
 つい、こだまに語りかけてしまうのは、他のメンバーに未だ馴染んでいないからだ。彼女になら普通に話せる。これは、二つ意味があるが。
「それはどうでしょう。二度三度なら判りますが、こうして十数度も繰り返しては恐怖も不審に変わりましょう。現に私たちも呼ばれているわけですから」
 穏やかに、さくらが反論する。
 例えば、ここで探偵たちが事件を解決してしまった場合、放火犯としては何の成果も挙げられないことになる。犯罪が行われたとき、そこには必ず利害があるはずだ。このまま解決しては、志村に与える傷はあまりにも小さい。まさか、怪奇探偵と対決したくて放火したわけでもあるまい。
 理路整然としたその言葉に、思わず雪村が赤面する。
 なんと子供っぽい意見を述べてしまったことか。未熟さに歯噛みする思いである。
 だが、黙り込んだのは彼だけではなかった。
 武神、シュライン、こだまの三人も、一様に黙り込んでいる。
 卓絶した推理力と論理思考力を持つ彼らの脳裡に、なにかが引っかかっているのだ。
 それは、指先に刺さった棘のように、三人を苛立たせた。
「‥‥ひょっとして、私たちは考え違いをしていたかもしれない」
 やがて、こだまの唇が言葉を紡ぐ。
「‥‥犯罪の影にある犯人像を、勝手に作り出していたというわけか」
 下顎に右手をあて、武神も唇を歪めた。
「‥‥怨恨とか、余計なことを省いて考えれば、答えは一つね」
 満腔の自信に青い瞳を輝かせ、シュラインも言う。
『これは全て人間の仕業!』
 三人の声が唱和した。
 さくらと雪村が顔を見合わせる。
 あまりにも自明のことだからだ。
 しかし、三人の言いたいことには、まだ続きがある。
 放火の犯人は人間である。だがそれは、志村氏に恨みを持つものではない。ひょっとしたら、志村氏など知らないかもしれない。
「どういうことですか? こだまさん?」
 怪訝な顔をした黒髪の高校生が問う。
「富豪が絡んでるから怨恨を疑う。放火だと考えるから混乱する。そういうことよ」
 謎めいた微笑を浮かべ、こだまが応えた。
 その微笑に心をとろけさせつつ、雪村の思考は迷路へと入り込んで行く。
「‥‥なるほど、犯人は草間様の嗜好品、ですか‥‥」
 理解を示したのはさくらの方だった。
「正解だ。車窓から捨てられた吸い殻が、乾燥中の材木の上に落ちればどうなるか。実験するまでもないだろうな」
 ごく簡単に、武神が言い放った。
 どのような物事でも、結果がある以上、原因がある。
 原因を解き明かせば、解決できぬ謎など存在しないのだ。
 それが彼の持論だった。むろん、今回も例外ではない。
 連続放火事件は、ドライバーのモラルの低下によって引き起こされたのだ。
 つまり、この林道を利用する運転者が窓からタバコを捨てる。あるいは、位置的に考えて、助手席に座るものが捨てているのかもしれない。
 ともかくも、捨てられたものは「火」である。落ちた場所に可燃物があれば、当然のように延焼する。そして不運なことに、ここには可燃物が山積みされているのだ。
 そんなことは見れば判るはずなのだが、この国のドライバーの多くは盲目らしい。
 想像力を持たないと言うべきだろうか。
 火の扱いは慎重に。
 小学生でも知っている常識だ。自動車は十八歳、煙草は二十歳、最低限その年齢に達しないと、どちらも嗜むことはできない。小学生にできることすらできない大人、考えてみずとも、情けない限りである。
「‥‥問題は今後よね‥‥どうやって火災を防ぐか‥‥」
 シュラインが大仰な溜息をつく。
 ここまでモラルが低いのであれば、防災ポスターなど意味がない。
 監視所を設けるなどの対応策では、人手と金がかかりすぎるし、長期的な展望とはなりにくい。
 木材に防火シートを被せれば、火災は防げるものの乾燥の目的を果たせなくなる。
 あるいは、一般車の乗り入れを禁止するか。私道だから問題ないが、それでは、町民の生活に負担を強いることになる。
「やっぱり、別の場所に乾燥スペースを作るしかないわね」
 こだまが言う。陰鬱な口調であった。
「‥‥なんか悔しいですね‥‥志村さんは何も悪いことしてないのに‥‥」
 最も若い雪村が、ストレートな感想を述べた。
 武神もシュラインもさくらも、彼の若さを笑う気にはなれなかった。
 正しいことをしているはずの人間が節を曲げなくてはならぬとしたら、この国は何をもって次代への遺産とするのか。
 暗澹たる空気が探偵たちの間を回遊する。
 と、重くなった雰囲気を破り、中島の悲鳴が周囲に響いた。
「こら〜〜! 和んでねぇで、こっちをなんとかしろ〜〜〜!!」
 十個の瞳が集中する場所は、探偵たちから二キロメートルほど離れている。
 デジタルカメラを片手に走り回る絵梨佳とそれを追いかける中島。
 例えていうなら、大型犬に引きずり回される飼い主という構図だろうか。
「‥‥あいつら、いつの間にあんなところまで行ったんだ?」
 一同を代表する形で、武神が呟いた。
 もちろん、解答を持ち合わせるものなど、誰もいなかった。
 絵梨佳の嬌声を聞きながら、探偵たちの顔に苦笑が浮かぶ。
 まったく、役立たずに見えて絵梨佳は大したものだ。沈みかけていた探偵たちの気分を見事に払拭するとは。もしかすると、彼女は得難いムードメーカーなのかもしれない。
 冬の乾いた空の下、穏やかに微笑む探偵たち。
 小鳥が唱うような笑い声と、
「なんで俺だけこんな目に〜〜〜!?」
 という悲痛な叫びが、小歌劇の幕引きのように響いていた。

  エピローグ

 草間興信所に戻ったシュラインは、世にも珍しいものを発見した。
 事務所が片づいていたのである。
 彼女の記憶に間違いがなければ、有史以来、初めてのことた。
 思わず入り口のプレートを再確認する彼女の前に、所長が姿を見せた。
 白い割烹着、白い頭巾。
 遙か昔に絶滅したはずの「日本の母」スタイルである。
「おう! お帰りシュライン!」
 その日本の母は、なぜか男の声で気さくに声などかけてくる。
「‥‥ただいま‥‥なんでそんな格好してるの?」
「おいおい。お前掃除しとけって言ったんだろうが」
「吸い殻と菓子袋くらい片づけろとは言ったけど‥‥」
「いやぁ。やりだしたら止まらなくなってな。徹夜で掃除しちまったぞ」
 ‥‥草間は悪霊にでも取り憑かれたのだろうか。
 むろん、そんなはずはない。なにかを隠しているだけだ。
「で?」
「いや、な。この掃除機なんだが、これがまた性能がいいんだ!」
「‥‥いくらしたの?」
「‥‥」
「‥‥いくらしたの? 武彦さん?」
「‥‥五十万円‥‥」
「‥‥一ヶ月間、タバコ禁止」
「‥‥あのシュラインさん? それはちょっとキビシイのではないかと愚考いたしますですが」
 怪しい言葉遣いで説得を試みようとする草間に、シュラインは満面の笑みを向けた。
「禁止よ☆ 武彦さん☆」


                         終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0030/ 杜・こだま    /女  / 21 / 風水師
  (もり・こだま)
0303/ 雪村・心     /男  / 15 / 高校生
  (ゆきむら・しん)
0213/ 張・暁文     /男  / 24 / サラリーマン(自称)
  (ちゃん・しゃおうぇん)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)

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■         ライター通信          ■
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毎度のご注文ありがとうございます。
こん回のテーマは、自然破壊と人間のモラルでした。
お客さまの推理は当たりましたか?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。

                水上雪乃