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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


「永遠の夜の子どもたち」
執筆ライター  :立神勇樹
調査組織名   :ゴーストネットOFF

■オープニング■

 ――もう駄目だ。俺は「Furies」に消される。
 そいつのサイトにある日記はそこで終わっていた。日付は一月前。
 つまりそいつが失踪した前日、最後の日記って訳だ。
 一度逢っただけの男だった。
 怪奇現象やオカルトネタを取り扱うサイトの管理人で、闇の眷属の血を半分だけ引いているためか、密かに除霊や魔性退治なども請け負っている様だった。
 夏の終わりにオフ会で一緒に酒を飲んだ事を思い出した。よく笑う気のいい奴だった。
「"Furies"? 知ってるよ。最近書き込みにも増えてきたんだ。「妖怪」や「幽霊」を消滅させたり、「能力者」から「力」を消去する、ハッカーのグループがいるって」
 精一杯つま先立ちながら、瀬名雫が肩越しに画面をのぞき込んできた。
「でもハッカーがどうやって能力を消去してるのかな? なんだか嘘っぽいけど」
 そういって頭に結んだリボンを直す。
 刹那。
 ふれても居ないのに、画面の中のカーソルが動き、勝手にページをジャンプする。
 雫の悪戯かとおもったが、マウスは手の中にあって微動だにしない。
 INDEXからチャットルームへ。
 そしてキーボードを押しもしてないのに、文字が現れる。

 alekto:あなた達は何の為に「人」を殺すの?
 alekto:どうしてあなた達は「存在」するの?
 alekto:答えなさい。

 答えなさい、答えなさい、答エナサイ……。延々と繰り返される。
 延々と同じ文字が流れていく画面を見ながら、舌打ちをした。
 冷め切ってまずくなったコーヒーを飲み、"Furies"……フューリーズというのが、ギリシア神話の「復讐の三女神」を指すのだという事を思い出していた。
 おそらく、別の「仲間」の誰かが。あるいは自分が狙われている……否、挑戦状をたたきつけられているのを感じながら。

 ――現世は夢、夜の夢こそまこと。[江戸川乱歩]

■11:30 吸血鬼の優雅? な生活■

 ゴーストネットOFFで「furies」が奇妙な挑戦状を投げかけたその三十分後。

「どうも世界は私向きに出来ていないらしい」
 豪奢な部屋の豪奢なソファーに寝そべり、爪を研ぎながら秋津遼はつぶやいた。
 全く持って退屈だ。
 たかだか百年しか生きない人間と、数百年を生きる吸血鬼が全く同じ時間の流れに身を置かねばならないと言うのは、なんと退屈な事だろう。
 人間にしてみれば一日が二十四時間で、一年が三百六十五日で、一生が百年。
 それでも退屈に耐えかねて自殺する阿呆がいるというのに、その数倍、数十倍を生きる吸血鬼も同じ一日が、一分が同じ感覚で過ぎてしまうというのはあまりにも殺生な話だ。
 長い時を過ごしあぐねて棺桶の中で眠りについている仲間もいるが、それはただの逃げだ、起きれば文明に変化があるだろうが、やっぱり残りの人生は数百年残されているのだ。
 十字架よりニンニクより、退屈が一番恐ろしい。
 しめった真綿でじりじり首を絞められているような閉塞感と、気が遠くなるような時間にため息の百や二百が出るのは、まったく仕方がないと言うものだ。
 気まぐれにセルビアの青年をそそのかし某皇太子を暗殺させてみたり、雪が積もった寒い社会主義国が崩壊するのに暗躍してみたりしてみたものの、戦争や改革など、一時の起爆剤にしかならい。退屈は根本として無くならない。
 生活に不満があるわけではない。不満になれば人間の言う「金持ち」を襲い、その血をもって傀儡に仕立て上げれば、好きなだけ贅沢が出来る。傀儡が破産しようが、遼はこれっぽっちも痛痒を感じない。
 が、贅沢も続ければ飽きが来る。かといって貧乏を楽しむ気にはならないのだが。
「ふむ?」
 退屈の虫がうずく。
 血を吸うのも贅沢も、秋津を躍起になって追いかける神父達をからかうのにもいささか食傷気味だった。
 無駄な肉が一切付いてない、しなやかな腕を頭の後ろで組む。
 そして体をひねり、あたらしい傀儡の少女を見た。
 少女はピアノでも奏でるように、机の上のパソコンのキーボードを操作している。
 どうやら成果は芳しくないらしい。
 退屈しのぎにインターネットのオカルトホームページを渡り歩いている時、唐突に"Furies"とやらに出くわしたのが三十分前。
 ――復讐の三女神。
 能力者から能力を消し去り、妖怪や幽霊の類を消滅させると有名なハッカー。
 これは退屈しのぎになるかもしれない、と追いかけ始めたのだが。
(サイトの管理人は闇の眷属だったというけれど、同族だったら間抜けな奴だね)
 内心でせせら笑い、血で染め抜いたような唇を歪め天井を見る。
 Furiesと言えば神話で罪人の処罰者であり、血縁者を侮辱した者を復讐する女神だ。
 太陽神であるアポロンにすら盾突き、全能神であるゼウスですら手を出しあぐねる、古い古い太古の神。
(単に名前だけ真似ているのか、それとも何らかの復讐に動いている集団なのか)
 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、女神を名乗るからにはきれいな女性なんだろうか。と興味を引かれる。
 第一、何故人を殺すのか、という問いがまたいい。
「人間だって牛や豚を食べるのに、吸血鬼が人間を食べるのは許せない訳?」と問いつめたら、どういう顔をするだろうか。
 くすくすとこらえきれない笑いを漏らし、勢いをつけて起きあがる。
 もし彼女を見ている人間がいたら、すぐにひれ伏していただろう。
 光沢を持つシルクのシャツも、体のラインを強調する皮のパンツもすべて黒。
 はだけたシャツの合間からのぞく肌は月長石を研磨して作ったのかと思えるほど白く、押さえきれない生命力が、光となって体の中から肌を輝かせているようだった。
 すみれ色のサングラスの奥で輝く瞳は炎を閉じこめた最上級の水晶。不純物一つない透明感と、底知れない深さ。相反する二つを魔力のヴェールで内包し、見る者すべてを服従させる王の意志をたたえている。
 闇の王、魔界の王……人々に畏怖され、そして魅惑してやまない吸血鬼の末裔。それが秋津遼だった。
「ねえ、キミ」
 パソコンを操作する少女の耳に口を近づける。
 とたんに少女が頬を染める。
 まだ中学生になったばかり、しかもがちがちの箱入り娘のお嬢様だ。こういうシチュエーションにはなれていないらしく、うぶな反応が子猫の様でおもしろい。
 吹き出しそうになるのをこらえながら、遼はディスプレイをみた。
 ディスプレイの向こうには失踪した管理人のサイトの掲示板が……少女が書き込んだ「幽霊に困ってます。Furies様助けて!」といった如何にも正義感がふるいつきそうな、かわいい言葉使いで嘘の依頼が書き込まれている。
 が、反応は無いままだ。
 取り敢えずは誘い出すために「幽霊に困ってます」と嘘の依頼内容をでっち上げてみたが、警戒しているのか、客を選ぶのか、Furiesは相手にしてくれないようだ。
(ますますおもしろい)
 簡単にこちらの手管に引っかかるより、用心深い奴らの方が、ずっとおもしろい。
 どうやって能力者から能力を奪うのか、妖怪や幽霊を「徐霊」ではなく「消して」いるのか。
 何故サイトの管理人は失踪したのか。
 興味は尽きない。
(しかしどうやって、おびき出すか)
 まるで恋する相手を、いかに呼び出そうか、いかに自分に好感を持たせようかと画策する乙女のように、頭の中でいくつもの計画書をつくっては、丸めて投げ捨てる。
 と、不意に携帯電話がなり始めた。
 人がせっかくゲームを楽しんでいるのに、無粋な奴め。と舌打ち仕掛けてやめた。
 携帯電話に表示されている名前が、知己の……もっとありたいていに行ってしまえば同じ魔界の眷属である青年の名前だったからだ。
「久しぶりだね、キミとは「悪魔教会」事件以来かな? それとも「チョコとモデルと氷点下」事件以来?」
 わざと道化めいた口調でいうと、電話の向こうの青年……斎悠也はしばらく沈黙したあとでくすくすと笑い出した。
「その節はどうもありがとうございました」
 本当は感謝なんてしてないくせに、と皮肉下に心の中で舌を出しながら、電話の向こうの青年の顔を思い浮かべる。
 同じ魔界の眷属……悪魔の血を半分引く美貌の青年は、きっと苦笑しながら、その白い指でストラップを弄んでいるのだろう。
 ――そういえば、悪魔の血はまだ食したことが無かったな。
 甘いのだろうか、それとも苦いのだろうか。これはやや興味深い……などと不穏な事を考えながら、目を閉じた。
「秋津さんも……Furiesに関わってるみたいですね」
「おやおや。坊やにはどうしてそれがわかったんだい?」
 坊やはやめてください、と不満げに(おそらく口をとがらせて)言う悠也をかわいいな、と思いながら、遼は鼻を鳴らして見せた。
 五百六十七年を生き抜いてきた遼からすれば、二十一年しか生きてない青年などよちよち歩きの赤子に等しいのだ。
 遼が何も言わないで居ると、悠也はため息をついて答を返した。
「掲示板の書き込み見ました。あれはあなたでしょう?」
 耳に心地よい声、どうすればもっとも美しく人の耳に聞こえるのか計算され尽くした声に、遼は目を細める。
 全くこの悪魔の坊やときたら、ずいぶんと勘がいい、と言おうとして、今度は遼が苦笑した。
 ぼんやりとディスプレイを見続ける少女、その彼女の視線の先に刻まれた名前それは「RYO・AKITU」をアナグラムした……つまり、彼女を知る人間で、ある程度機転が効く人間であれば、すぐに見破れる名前だったからだ。
(これは、たまには傀儡を教育しろって事かな?)
 傀儡の単純さに半分あきれ、そしてアナグラムという文字のパズルを解いて見せた悠也を半分賞賛しながら、遼は肩をすくめた。
 いずれにせよ、退屈しなければどちらでも良い。
 自分は好奇心を満足させ、退屈という死に至る病を遠ざけたいだけだ。
「オーケイ。キミと協定を結ぼう。ただし、キミが私を楽しませてくれる間だけ、だけどね」
 目の片隅で傀儡の少女を眺めながら、遼はよく訓練された軍人のように律動的で無駄のない動きで部屋の隅へと移動した。
 そしてかけてあった黒のロングコートを羽織ると、獲物を追いつめた時のようにぺろりと唇をなめて見せた。
「で、何処に行けばいいのかな?」
 待ちきれないと行った様子で遼が尋ねると、悠也はまるで最初から決められていた台詞を朗読するように、間断なく答えた。
「ゴーストネットOFFです」と。


■14:00 ゴーストネットOFF −止まらない女神−■

「ふむ、私にはキミの食的嗜好は理解できないね」
 ファーストフードショップの袋を渡しながら、秋津遼はサングラスの奥の瞳を細めて悠也に言った。
 と、言われた本人は中からチーズバーガーを取り出しながら肩をすくめた。
「俺だってあなたの食的嗜好は理解できませんよ」
 吸血鬼じゃないから、という一言はあえて言わずに、立ったままハンバーガーにかじりつく。行儀の悪い食べ方だが、不思議と洗練されて見えるのは、彼の美麗な外見がなせる技だろう。
 ついでに言えば、悠也の後ろでは璃音と雫がまずそうにさめたポテトを口に運んでいる。
「これなら片手で食事できるから、いざという時に困らないでしょう」
「なるほど、落としても食費220円なら痛くはないね」
 どうやら五世紀以上生きてきた吸血鬼の美姫は、金にうるさいようだ。
 苦笑混じりに悠也が何か言おうとすると、間をおかずに再びゴーストネットの扉が開いた。
「おい、雫、白い髪に蒼い瞳をした少女を見なかったか。Furiesとかいう奴なんだが」
 と言いながら現れたのは巫灰慈である。ワンテンポおくれて、灰慈の後ろから控えめに顔を出して会釈してみせたのは寒河江深雪だ。
 突然の出来事に雫と悠也と璃音が、きょとん、としていると、またまた扉が開き、今度は制服姿の少年が飛び込んできた。
「Alecto、ここに居るんだろう?! 復讐だか何だか知らないけど殺しは良くないぜ!」
 と息を切らせながらノートパソコン片手に不敵な笑いを浮かべたのは九夏珪。
「どういうこと?」
「つまりAlectoのメッセージを見た人がここに集まってきちゃったってことね」
 訳がわからない、と言った面もちで瞬きを繰り返す雫に、璃音が全員の言葉を代弁し状況を説明する。
「何てこった。おまえらもかよ」
 灰慈は乱雑に己の黒髪をかき混ぜながら天井を見た。彼の呆れも仕方ないだろう。過去に奇妙な事件で一緒に仕事したことのある顔が、しかも同じ「Alekto」というキーワードを持って合流してしまったのだから。
 そしてそのだめ押しとばかりに、今度は扉を突き破るかのように乱暴に開けながら一人の青年が入ってきた。
 青年は勢いのまま二、三歩よろめき、緩やかな癖のかかった髪と肩を揺らし、荒々しく息をつきながら、ゴーストネットOFFの中を見渡した。
「こ、ここに、白い髪の……蒼い瞳をした少女が……Alektoって、子が来ませんでしたか?」
 茶色く汚れているハンカチを力一杯握りしめ、まるでその子が居なければ死んでしまう、と言った勢いで青年内場邦彦がいうと、全員が奇妙な、それでいてかすかに緊張したおももちでお互いの顔を見合わせた。
「これは偶然なのでしょうか?」
 手を口元にあて、困ったように深雪が言った刹那。
「偶然じゃないさ」
 今までとは別の低い声が、困惑にみちたゴーストネットOFFの中に響く。
 と、一斉に八人、計十六の瞳が扉の方を向く。
 そこには、黒いタートルのセーターにデニム。腕には暖かそうなダッフルコートとフリースのマフラーを持った青年が、苦笑を浮かべて立っていた。
「アキちゃん」
「よ、雫ちゃん」
 青年はそういうが早いか、後ろで束ねていた髪のゴムをほどき、整った顔立ちをひょうきんに見せている丸めがねを人差し指で押し上げて見せた。
「なんだなんだ? こいつら全員がAlektoに惑わされたって訳か?」
 アキ、と言われた青年は盛んに瞬きを繰り返しながら、雫の頭を軽く叩いて全員の顔を見渡した。
「キミにこいつら呼ばわりされる筋合いは無いよ」
 黒いシャツに包まれた豊かな胸を、挑発的に反らしながら遼がいうと、悠也がまったくです、と同意してみせた。
「こいつは失敬。おれは雫にFuriesについて講義するように呼ばれたんだが。名前はただのアキだ。アキと呼びたくなければ好き勝手適当に呼んでくれればいい。今のところハッキングジャパンのフリーライターで、ハッカーの追っかけをやってる。本業は大学院生だがね」
 ひょい、とたばこを取り出してくわえると、アキは肩に掛かる髪を振り払い「で?」と言ってライターを捜し始めた。
「みなさん何をどこまで知ってらっしゃるのかね? 教えていただきたいね」
 雫に目配せを送る。と、雫はゴーストネットOFFの表に出ていきすぐに戻ってきた。
 どうやら事情を知らない客にじゃまされないよう「閉店中」の看板を出してきたようだ。
「さて、どこから説明するか」
 全員を見渡した後、灰慈は手近にあった椅子を引き寄せて前後逆に腰掛けると、タバコに火を灯してから背もたれの上で手を組んだ。
 それから、ぽつり、ぽつりと誰からともなく事件に関わることになった突端を語り始めた。
 悠也と璃音、そして遼に珪。この四人のきっかけにはそう大差はなかった。
 ただし、悠也と璃音は己が身を守るために、珪はAlektoの復讐を止めたいが為に、そして遼は好奇心が故に、という理由の違いはあったが、いずれもAlektoの名前に導かれるように偶然に偶然がかさなりゴーストネットOFFへと終着した。
 月刊アトラスでAlektoの書き込みに遭遇した灰慈と深雪は、失踪した管理人の足取りを調べたのだ、と述べた。
 失踪した管理人は「失踪」してはおらず、また「殺され」てもいなかった。
 ただ、Alektoは苛烈にして容赦ないハッキングにより、あらゆる「存在証明」たる電子情報――つまり戸籍や携帯電話の記録、学校の卒業記録などを消去し、詭弁をもちいて相手の「存在」または能力の「存在」に不信を抱かせ、攪乱させ、「己を見失わせる」ことで様々な人々の「能力」を奪い去っていたのだという事実を。
 最後に邦彦が出会った白い髪と蒼い眼の少女の事を語り始めた時、アキは舌打ちをした。
「駄目だな」
 ライターを捜すのを諦めたのか、椅子に腰掛けたままの灰慈に顔をよせてタバコの先から火をもらうと、深く煙を吸い込んで、ため息のように長く長く吐き出した。
「駄目だな。もう、手遅れだ。あんたらにアレクトは止められない」
「どういう事でしょうか」
 おずおずと、しかし一歩も引かない、といった意志の強さを瞳に浮かべながら深雪が聞くと、アキはわざとらしく視線を逸らした。
「じゃ聞くけど、あんたらこれからどうするつもりだい?
「自作のプロテクトプログラムをインストールしておき、逆侵入して相応の仕返しをさせていただきます」
 毅然とした調子で悠也が言うと、アキは道化めいた仕草で肩をすくめた。
「仕返し? 逆探知して? パソコンを壊すのか? それでアレクトは止まるのか? 止まらないな。パソコンを壊されたごときで止まる「復讐」なら、最初からやらないだろう」
「復讐だか何だか知らないけど、人殺しはよくないぜ」
「人殺し? アレクトが? データや能力を消去することを殺しとは言わない。たとえそれで相手が死のうとアレクトが直接手を下したわけじゃない」
「だけど誰かが止めなきゃ復讐がループするだけだろう!」
 あざけるようなアキの言葉に珪がいらだちながら立ち上がる。しかし、アキは軽く鼻をならして「どうやって?」と聞いた。
「ふむ。確かにどうやって、だ。アレクトが何故復讐をしているのか私はしらない。キミ達はしってるの?」
「あっ」
 璃音が飄々とした遼の言葉に、声をもらした。
 確かにだれも「アレクトが一体何のために復讐をしているのか」を知らない。
 理由がわからないのに、説得なんて出来るわけがない。
「悪いことは言わない、もうFuriesに関わるのはよせ。Furiesはただのハッカーじゃない。Furiesの頭の中には不条理で説明が付かないどろどろとした怨嗟と復讐だけがつまってるんだ。人ならざる存在に対する、あるいは人ならざる存在を許す世の中に対しての恨みが、な。今ならまだ間に合う。「存在」を消されて自分が何者かわからなくなる前に、ケツまくって逃げちまえよ。いや、もう無理かもな。七つも偶然が重なることはない。偶然でない出来事は必然だ」
「そう。必然よ」
 薄いガラス細工が壊れるような少女の声が、アキのため息をうち消した。
「答を聞きに来たわ」
 傲然とあごをあげながら、一人の少女がゴーストネットに入ってきた。
 最も高温なる白い炎の髪、永久に溶けない氷と同じ蒼とも白ともつかない瞳。
 生気を感じさせない薄紫の唇からは、今にも死の吐息が漏れてきそうだ。
「なるほど、確かに女神だ。ただし……死の世界のね」
 全員が緊張を高める中、遼は少女の傲然とした瞳の中に自分と同じ「永い時」を見いだし感嘆の声でつぶやいた。
「答を聞きに来たわ」
 遼の言葉を無視しきって、少女、アレクトは再び同じ言葉を繰り返す。
 一歩一歩店内に……みんなに近づいてきているのに、不思議と足音や気配が感じられない。
「おいおい、お前さんだけ一方的に聞くのは不公平だろう。こちらの御仁だって聞きたいことはあるだろうさ」
 タバコを灰皿に押しつけもみ消しながらアキが、アレクトをちゃかすように叫んだ。
「……」
「そうよ、私だってあなたに聞きたいことあるわよ」
 それまで黙っていた璃音が、アレクトをにらみつけた。
「聞きたいこと」
「そうよ。私は何故人を殺すか、とか存在するか、とかそんなのはどうでもいい。知りたいのはただ一つ。あなたが今まで消した「人でない存在」の中に「黒狼」が居たか、それが知りたいだけよ。悪いけど私は貴方のなぞなぞに付き合う気はないわ」
「知らない。「殺す」のは私ではないわ。ティシポネかメガエラの仕事。私は「歪み」を生む存在を「消す」だけ」
「ではあなたは黒狼を知らない――?」
「あなたが人間の亜種であり、交配によって種を増やすのであるならば、生物学上あなたの行動範囲の中に少なくとも十五人の同族が存在するわ。物理的な歪みを矯正するのはティシポネとメガエラの担当。私ではない」
 音もなく、アレクトが一歩近づいた。
(あの子、影がない――)
 アレクトの足下を何気なく見た悠也が気づき、息をのんだ。
 悠也がアレクトの存在のおかしさに気づいたのと同時に、店内にあったパソコンの一つが爆発した。
「寒河江!」
「きゃっ!」
 飛び散る火花と、弾丸のようにはじけ飛ぶ金属からかばおうと、灰慈が深雪に覆い被さり、そのまま店内の床に二人して転がった。
「そんな、どうして……パソコンが弾けたの?」
「簡単さ、この店内のパソコンすべてが、とっくにアレクトの支配下にあるからさ。内部にあるハードディスクを限界まで回転加熱させて、電源ユニットをショートさせたんだ!」
 信じられない、と言った面もちの邦彦に、アキが吐き捨てるように言う。
 ぞくり、と全員が動きを止めた。
 これでは地雷原にいるようなものだ。
 よりによってここはインターネットカフェだ。まだ爆発していないパソコンは十台以上ある。それに、もし、パソコンだけじゃなく、このゴーストネットOFFのすべてが……電源系統の制御プログラムや、暖房のプログラムまでアレクトにハッキングされていたら?
「なあ、なんだか暑くないか?」
 珪がのどを押さえながら言う。確かに天井から吹き出してくる風が尋常でなくあつい。
 いや、暖房だけじゃない、すべてのパソコンが悪意を持って加熱し始めている。
 汗が噴き出したかと思うより早く、玉となって床へと落ちる。まるで真夏の様だ。
「暑い、何とかしろ」
「暑いよぉ〜」
 遼と雫が異口同音に不満をぶちまける。
 頭の奥がくらくらする。このままでは脱水症状だ。
 冷ややかな目で全員を見下すアレクトーを横目でとらえながら、深雪は無理矢理力を振り絞り床から起きあがった。
(何とかしなきゃ!)
 打ち身の痛みをこらえながら、深雪は両手を床にあてた。ただの板張りフロアなのに、まるで鉄板のように熱し始めている。
(私の中のチカラよ。私の中の雪女よ、どうかそのチカラを今ここに解放させて!)
 念じるが早いか、黒かった髪から色素がぬけ白く変色していく。
 茶色のカラーコンタクトの奥から、深紅の雪女の力の波動が光となってあふれ出す。
 瞬間、深雪を中心に空気がゆっくりと冷却され始める。
「しばらくは、これで持ちます!」
 叫ぶが早いか、珪が額の汗を吹き払い、手のひらに念を集中し始める。
「手荒い真似は苦手だけど、緊急事態だ。許してくれよっ!」
 はっ、と裂帛の声とともに、手のひらをまっすぐにつきだした。
 気功ににた、「気」の弾丸だった。
 霊や人間なら、その空気圧で吹き飛ばすことが出来る……筈だった。
 しかしアレクトはまるで涼風をうけるように瞳をとじただけだった。
「な、何?!」
「陰陽師でも坊やだと、その程度のものなのか。ははっ。甘いよ」
 そういうと、遼が笑いながら大きく跳躍して、アレクトの背後へと回り込んだ。
「駄目です! 秋津さん!」
 ほとんど悲鳴のような声で悠也が制止した。
 しかし時はすでに遅く、遼の三日月型にゆがんだ唇から、鋭い犬歯が……吸血鬼の象徴たる牙があらわれる。
 瞑目し、微動だにしないアレクトを背後から抱きしめ、病的に白い首筋に、月のように磨きたてられた遼の牙が突き刺さり……しかし、何も起こらないまま、遼は驚いたように眼を見開き、アレクトから牙を外して突き飛ばした。
 よろめいたアレクトは、不満げに鼻の頭にしわをよせながら振り返り遼をにらんだ。にらまれた遼の方は、もっと不愉快だ、というふうに顔をしかめていた。
「冗談じゃない。そいつは『虚無』だ」
『虚無?!』
 異口同音に全員が遼の言葉を吐き捨てる。
「ああそうさ。間違いない。五世紀生きてきて何人か見たことがある。そいつは夢渡りの虚無さ」
 まずいものを口にした、と ぺっ、とまずそうに唾を吐き捨てて、不愉快な表情のままヒールで床をけりつける遼の言葉に、悠也が納得した、とばかりにうなづいた。
「聞いたことがあります。夢にも現にも存在し、存在しない、意識の狭間に居る人間なのでしょう。ならば本体は別の場所にこそ存在する筈です」
「幽体離脱か」
 だったら俺が戻せるかもしれない、と言う灰慈に悠也は頭をふった。
「ちがいます、彼女にとっては俺達の現実そのもの夢。夢そのものが現実。己の意識だけじゃなくて世界のすべてが、白昼夢のように酷くもろく縛りのない空間なんです」
「そうよ。私は夢にも現にも存在する存在。そして何処にも存在しない存在」
 ほほえんでいるのか、泣いているのかわからない、ひどく曖昧な表情でアレクトがつぶやいた。
「私の誕生日に、家族が悪魔に殺されたわ。弟も、母も、父も。みんな。なのに、どうして私は生きてるのかしら。どうして悪魔は私を殺さなかったのかしら? 何故私は存在しているの。どうして一人だけ「存在」しなければならないの? 「存在」するって何?」
 つい、と足音もたてずにアレクトはさらに一歩近づいてくる。
 入り口近くにあったパソコンが、大きな音を立てて爆発した。
「弟は手足をちぎられて、私は両足も両腕も粉々に砕かれたわ。悪魔が、黒い羽根の悪魔がみんなを殺したのに、みんな言うのよ「そんなのは幻だ」って「悪魔なんかいない」って。だとしたら弟は幻に手足を引きちぎられたの? 私の両足を砕いたのは何? 悪魔が幻だとしたら、みんなが殺されたのも幻なの? ベッドから動けずに病院で眠ってる私はだれ? 誰かが私になっている夢を見ているの? 私が誰かになっている夢を見ているの? どうしたらこの夢は覚めるの?」
 ――何が本当で何が嘘?
「どうして悪魔や妖怪は人を殺すの? 人は人を殺すの? 私は悪魔や妖怪を殺したことも、人を殺したことも無いわ。弟だって、母だって、父だってみんなよ! なのに、どうして殺されなければならなかったの! 何もしていないのにすべてを奪われるなんて不公平だわ! 歪んでるわ! そんな歪んだ世界の倫理も、道徳も存在も全て否定してやるわ! 幻のくせに全てを奪っていく「歪んだ存在」もよ! その為には何だってしてやるわ! メガエラがくれたこの夢渡りのプログラムで世界を書き換えてやるのよ! 歪みの存在を全て消して、こんな世界のすべてを否定してやるのよ!」
 少女の口から、断罪の鞭が振り下ろされる。
 一つ、また一つとパソコンが爆発していく。連動するように天井の電球が破裂し、バチバチと電流が火花を散らす。
 休むことなく、止まることなく。
 ――何が本当で何が嘘?
 そんなの、誰にもわからない。
 胸の奥の小さな棘が痛んだ。
 子供の頃、戯れに思った。
 実は今見ている風景が全て夢で、本当の自分は別の人間。
 目の前で笑っている友達も、さえずっている小鳥も……全て眼がさめるまでの幻。
 そんなたわいない想像。
(だけどアレクトにとってみれば、もはや「現実」と「想像」と「夢」の区別が無くなったんだ)
 あまりにも悲しすぎたから、現実を受け止めても、受け止めなくてもつらいことに変わりないから。
 ――だから狭間に、虚無の世界に一人で、うずくまって泣いている。
 邦彦は断罪の言葉をはき続けるアレクトの向こうに、家族を捜して泣きじゃくる幼子の姿を見た。
「「存在」意義は僕だって探してるけれど、まだ見つかってないんだ。ごめんね、答えられない。けれど時々思う。その方がいいのかもしれないね。だってそれがとんでもなく酷い内容だったら、僕、耐えられないよ」
 ごめん。
 のどの奥が引きつれ、止めようとしても嗚咽が出る。
 手探りで肩掛け鞄を探る。「何か」が取り出せる筈の鞄を。
 するとかさり、と乾いた紙箱の感触がした。
 感触を頼りに「それ」をつかみ引き出す。「それ」はきれいなリボンと包装紙で包まれた箱だった。
 リボンに挟まれた小さなカードには「Happy BirthDay」。
 しかし箱にも、カードにも赤黒い不吉な刻印……誰かの血がべっとりとついていた。
 ふるえる指で邦彦がリボンをほどき中をあけると、蒼い、アレクトの瞳と同じ色のくまのぬいぐるみが出てきた。
 テディ・ベア。幸せの熊。
 箱は血にまみれていたのに。どうしてかぬいぐるみには一つも汚れはなかった。
「ごめん、今の僕には……これが精一杯みたいだ」
 そういって、アレクトに差し出した。
「どうして?」
 ――どうして、貴方が泣くの? そうアレクトがつぶやいているように見えた。
「最初の質問の時に、思ったんだ。復讐の三女神は神として祀られることで復讐を収めたんだっけ。って。でもそれは無理だからせめて「人」としての誠意を「人」の貴女に見せたい。そう思ったんだ。――だって、君は答を探してるけど、あまりにもつらすぎて、苦しすぎて自分でも止められなくなっているだろうから」
 憎しみを。
 そして世界を呪うことを。
「わからないわ」
 わからない。
 もう一度同じ言葉をつぶやいた刹那。
 全てが嘘で、夢で幻だったと言わんばかりに、アレクトの姿が消えた。
 朝霧が日の光で浄化されて消えるように。
 虹がいつの間にか空に溶けてしまうように。
「夢の狭間に逃げたな」
 体についたガラスやプラスティックの破片をはらいながら、秋津遼は不敵な微笑みでつぶやいた。
「驚いたな、アレクトに出会って消されない奴がいるなんて。自分を見失なわない奴らがいるなんて」
 割れためがねの破片で切ったのか、頬を流れる血を拭いながらアキが肩をすくめた。
 そして賞賛と呆れを絶妙の割合でブレンドした口調で、つぶやいた。
「あんたら大したもんだよ」――と。
 
■エピローグ −白い葬送−■

 その研究所は白い。
 ただひたすらに白い空間だった。
 白い空間の廊下に、すべての影が凝縮したような女性が一人歩いていた。
 ――秋津遼だ。
 腕に抱いてるのは薫り高い白百合の王たるカサブランカの花束。豪奢で華やかで、そして死者の腐臭を隠し尽くす白い手向けの花。
 花束を抱いたまま、ガラスの向こうの完全無菌室を見やる。
 両腕と両足をギプスで覆われ、頭といわず、首といわず、幾本ものカラーコードやチューブに縛られた少女が銀色の機械の森の中、たった一人ベッドで眠ってる。
 彼女の脳はすでにコンピュータの一部に組み込まれている。それでかろうじて延命しているという。
 だからと言って同情する気はさらさらない。彼女は現実の体を「電子情報」という世界に縛り付けた代わりに、夢の体を現実として産み落としたのだから。
「私の血を吸いに来たの?」
 抑揚を押さえた少女の声がすぐ隣でしたが、遼は驚かない。
「やめておくよ、キミの血はあまりおいしくなさそうだ」
 皮肉下に口を歪めて笑うと、空間がゆら、と揺れてベッドで眠る少女に告示した存在……アレクトが現れた。 遼は腕に抱えていた花束をアレクトに押しつけた。
「お見舞いのつもりかしら?」
「いや、これはキミへの葬送花さ――夢にも現にも帰れない、キミへのね」
 そういって遼はアレクトに背中を向けた。
 夢をみることも、目覚めることもないままアレクトはおそらく死ぬだろう。
 ――その時世界は滅びるだろうか?
(それはそれで、面白いかもしれないね)
 もっとも簡単に滅ぼされてやるつもりなど、これっぽっちも無いのだが。
(残るFuriesはティシポネと、メガエラか)
 いずれもアレクトに負けず劣らず面白いヤツならば良い。退屈を忘れてしまうまでに。
 そう思いながら、遼はその体を東京の雑踏のなかへと紛れ込ませていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0264/風見 璃音(かざみ・りおん)/女/150/フリーター】
【0258/秋津・遼(あきつ・りょう)/女/567/何でも屋 】
【0264/内場・邦彦(うちば・くにひこ)/男/20/大学生】
【0164/斎・悠也(いつき・ゆうや)/男/21/大学生・バイトでホスト 】
【0143/巫・灰慈/男/26/フリータイター兼『浄化屋』】
【0183/九夏・珪(くが・けい)/男/18/高校生(陰陽師)】
【0174/寒河江・深雪(さがえ・みゆき)/女/22/アナウンサー(お天気レポート担当)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、アレルギーの薬を取りに行って、何故かインフルエンザを頂戴してきた立神勇樹(たつかみ・いさぎ)です。今年のヤツは全身にコブラツイストかけられているような関節痛が特徴のにくいヤツです。
 長々とお待たせしてしまって申し訳ありません。

 さて、今回の事件は「エピローグを除いて時系列割で7シーン」。
 それぞれ「原稿用紙で30〜40枚のパラレル構成」になっております。
「なぜこのキャラが、こういう情報をもってこれたのかな?」と思われた方は、他の方の調査ファイルを見てみると、違う角度から事件が見えてくるかもしれません。枚数の差が大きいのはPC行動範囲の差です。
今回は長い割に、精神論っぽくなってしまって申し訳ない限りです。
 次回の「ティシポネ」は物理担当(笑)ですので、アクティブな追跡話になる予定です。
 同じシリーズですので、気が向いたときにご覧になっていただければ幸いです。

 なお今回の依頼はプレイングの内容があまりにも「おしい」ためかろうじて「及第点?」な内容です。
 もうすこし別方面から調査してみると、違った展開になったかもしれません。

 もしこの調査ファイルを呼んで「この能力はこういう演出がいい」とか「こういう過去があるって設定、今度やってみたいな」と思われた方は、クリエイターズルームから、メールで教えてくださると嬉しいです。(テラコンからのファンメールは返信機能が付いてないのでこちらからは返信できないのです(涙))
 あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。

 秋津遼さま。
 はじめまして。今回は参加いただきありがとうございました。
 退屈が嫌いな吸血鬼、ということで、ちょっと皮肉屋っぽくしてみましたがいかがでしょうか?
 ラストでアレクトの「本体」の場所を知ったのは「傀儡」のコネクションによるものだと了承していただければ幸いです。事件のすぐ後か、数ヶ月後かは不明ということで(笑)

 では、再び不可思議な事件でお会いできることを祈りつつ。