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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


「永遠の夜の子どもたち」
執筆ライター  :立神勇樹
調査組織名   :ゴーストネットOFF

■オープニング■

 ――もう駄目だ。俺は「Furies」に消される。
 そいつのサイトにある日記はそこで終わっていた。日付は一月前。
 つまりそいつが失踪した前日、最後の日記って訳だ。
 一度逢っただけの男だった。
 怪奇現象やオカルトネタを取り扱うサイトの管理人で、闇の眷属の血を半分だけ引いているためか、密かに除霊や魔性退治なども請け負っている様だった。
 夏の終わりにオフ会で一緒に酒を飲んだ事を思い出した。よく笑う気のいい奴だった。
「"Furies"? 知ってるよ。最近書き込みにも増えてきたんだ。「妖怪」や「幽霊」を消滅させたり、「能力者」から「力」を消去する、ハッカーのグループがいるって」
 精一杯つま先立ちながら、瀬名雫が肩越しに画面をのぞき込んできた。
「でもハッカーがどうやって能力を消去してるのかな? なんだか嘘っぽいけど」
 そういって頭に結んだリボンを直す。
 刹那。
 ふれても居ないのに、画面の中のカーソルが動き、勝手にページをジャンプする。
 雫の悪戯かとおもったが、マウスは手の中にあって微動だにしない。
 INDEXからチャットルームへ。
 そしてキーボードを押しもしてないのに、文字が現れる。

 alekto:あなた達は何の為に「人」を殺すの?
 alekto:どうしてあなた達は「存在」するの?
 alekto:答えなさい。

 答えなさい、答えなさい、答エナサイ……。延々と繰り返される。
 延々と同じ文字が流れていく画面を見ながら、舌打ちをした。
 冷め切ってまずくなったコーヒーを飲み、"Furies"……フューリーズというのが、ギリシア神話の「復讐の三女神」を指すのだという事を思い出していた。
 おそらく、別の「仲間」の誰かが。あるいは自分が狙われている……否、挑戦状をたたきつけられているのを感じながら。


 ――現世は夢、夜の夢こそまこと。[江戸川乱歩]


■10:00 ゴーストネットOFF■

「穏やかじゃないわね」
 流れていくチャットの文字を見ながら、風見璃音が最初に吐き捨てた言葉はそれだった。
 肩越しに画面をのぞきこんで瀬名雫を片手でおしやりながら、目にかかる黒髪をかき上げた。
 熟れた果実のようにみずみずしく艶やかな唇に浮かぶのは、不躾な相手に対する不満と、これから始まる出来事に対する好奇心が混じった、曖昧な、それでいて挑戦的な笑み。
 璃音は再びコンピュータのディスプレイをにらみつける。
 行きつけのインターネットカフェ……つまりゴーストネットOFFで何気なくみた「Furies」の書き込み。
 それは人ならざる身である璃音に対する挑戦であった。
 せっかく穏やかに人として暮らしを満喫しているのに。
 璃音は数十年の間、一日も書かさずに手入れしてきた薔薇園を、汚れた野犬に踏みしだかれたような、胸の痛みといらだちにおそわれた。もっとも彼女は薔薇園を作ったことなど一度もなかったし、ただの野犬ごときの乱行に泣き寝入りするほど、弱いつもりもなかったが。
 というのも、彼女には秘密があった。
 彼女の姿は本来の姿ではない。本来の璃音の姿は銀狼であり、今の姿はあくまでも人の世に生きるための仮身に過ぎない。
 その気にさえなればいつだって、銀色に輝く狼になれるのだ。月光を結晶化した銀の毛皮と人の血を吸ってもなお透明に輝く深紅の瞳を持つ、魔と美の力あふれる存在に。
 だが今の東京で生きるにはいささか本当の姿は目立ちすぎた。
 それゆえに、プラチナを紡いだような髪を黒に染め、乾燥し眼に負担がかかるとわかっていても、深紅の瞳を黒に変えるカラーコンタクトレンズを欠かさない。
 つまり、そういった変装を施しているおかげで、璃音の周りにいる人間は皆、人以上の何か(この場合は秘められたる魔力なのだが)を感じ、魅かれながらも、「彼女の瞳は黒髪黒瞳で日本語をしゃべる」から「ちょっと変わってるけどやっぱり日本人」という評価を下してくれている。ごくまれに「髪の色と瞳の色が不釣り合いに地味ね」なんてよけいなことを言う、妙に感が鋭い人間がいるのだが、そういう人間には近づかないようにしてうまく人間の社会に、この東京に紛れ込んでいた。
 なのに、これだ。
 こちらは何もしていないのに、人ではないというだけで敵視してくる心が狭い奴ら。
 利己的で身勝手な正義を振り回し、己の魔力を隠しながら細々と暮らしている魔の眷属を、衆目の下に引きずり出し、辱め、暴力を振るう。こういう奴がいるから、迷惑なのだ。
(だいたい、こういう奴らって、自分より弱いヤツとは戦うけど、自分より強いヤツとは戦わない根性無しなののよ)
 不満からとがりそうになる唇を、無理矢理ひきつけて、璃音はため息をついた。
(関わりたくはないけど、いつ自分の元に現れるかもしれないしね。不安の芽はつんでおかなきゃ)
 そう思い、マウスを操作して画面を切り替える。
 そもそも璃音が人に身をやつし、コンビニの店員など全く持って人間らしい生活をしているのには理由がある。
 生涯の伴侶となるべき「黒狼」を探し求めさまよっているのだ。
 誰よりも強く、美しく、賢い――そして数少ない同族の「黒狼」。
 彼を捜し求めるためだけに、璃音は人の世をさまよい、転々と渡り歩いてきたのだ。
(くだらない連中にやられるような「旦那様」じゃないと思うけど……)
 不安と、「旦那様」に対する期待が胸の中をぐるぐる回る。
「どうしようか」
 つぶやく。マウスのカーソルは止まったままだ。
 ハッカーということは、あらゆる電子情報に通じていると聞いたことがある。ならば「黒狼」の情報も持っているかもしれない。だとしたらやはり正体を突き止めるべきだ。その為にはどうする? まずこういう情報に詳しそうなサイトの管理人に接触してみるか?
 それだけのことを瞬きより早く考えつくすと、自分の肩越しにのぞき込んでくる人物――瀬名雫をちらりとみた。
(どれだけこの情報をもらえるかわからないけど、ないよりはマシでしょう)
 まだ子供子供している大きな瞳を見ながら、璃音は肩をすくめた。
 もちろん、ネタにされては適わないから正体をかくして、と息を吸い込んだ瞬間、凛とした、まるで早朝の森をわたるような透明で涼やかな声が璃音の鼓膜を震わせた。
「あなたもですか」
 璃音は顔を上げて声の方をみて、驚きに息をのんだ。
 夜を紡いで作られたような夜闇の黒髪。光の加減できらきらと輝き彩を変える金の瞳。肌は処女雪のように白く、ほのやかにうかぶ静脈は白大理石に浮かぶ模様のように繊細で美しい。
 均整のとれた黄金律の体は平均より高く、しなやかさと強さと脆さを矛盾無く内包しており――つまり、彼をつくる為だけに神はこの世を作ったのだ。あるいは悪魔が神を誘惑するために彼を作ったのだ、と言われてもおかしくない位の美青年が璃音のすぐ横に立っていたからだ。
(人間とは思えない美しさだわ。でも、黒狼様にはかなわないけれどね)
 内心焦りながら、あごをあげて璃音は青年を見た。
 しかし、璃音のあせりは正当といえば正当なものだろう。
 なぜなら、璃音は気づくことがなかったが、青年……つまり斎悠也は正確には半分しか「人間」でない。
 残りの半分はいわゆる悪魔、それも上位の悪魔のハーフである。
 魔女の母親が願った美しい容貌、そして人をたらしこむことにたけた父譲りの話術を持つ、立派な人外の存在である。
 もっとも本人にしてみれば、人外の部分は「なんだかついてきてしまった」オプションと感じているのか、人としてのプライドなのか、出し惜しみなのか。普段は人間、神道系の術者として暮らしている。
 つまり二人の出会いは「人じゃないけど人として生きている」者同士の出会いであったのだが、あいにくお互い気づいてはいない。もっとも気づいていたとしても、微笑む程度で、わざわざ口にだして確認するような無礼を働くつもりもなかっただろうが。
「少し気になる状況ですね」
 言って、悠也はしなやかに動く人差し指で唇をなでた。
 というのも、同じゴーストネットOFFでインターネットを楽しんでいた悠也の画面も、璃音と同じサイトのチャットルームへと強制的に切り替えられていたからだ。
(俺が悪魔のハーフだという事、悪魔としての能力は両親と現在同居中の口の堅い親友以外は知らないはずなんですが……)
 疑問に想い、眉根を寄せていると、雫が騒ぎ始め、もしや、と璃音の方をみると、自分が見たものと同じ画面になっていた。だから声をかける気になったのだ。
「俺のところにAlektoから質問があるとしたら勉強不足ですね。俺は「人」を殺した事ありませんから」
 肩をすくめて「質問されても答える義務も義理もありません」と言うと、雫がうーん。とうなって腕に抱えていたノートパソコンをおいて、店内を見渡した。
 平日のお昼前とあって、カフェの中には璃音と悠也以外の客はみあたらない。
 当然、二人のパソコン以外は電源が入っていたものの、インターネット閲覧用のブラウザーは起動されていなかった。
「これね、たぶん、ゴーストネットのサーバに接続していた人全員がリモートコントロールによって強制的にあのページをみせられたんじゃないかなぁ」
「全員?」
 璃音が聞き返すと雫が大きな瞳を瞬かせ、セーラー服ににた上着をいじりながら、困ったように声を潜めて見せた。
「えーと、ここに来るのは「普通」じゃない人もいるでしょ。だから」
「なるほど、不特定多数に送って、引っかかった人間をおびき寄せるつもりでこの場所を選んだという事ですか。確かに、ここなら「普通」じゃない人間が引っかかる確率は、ほかの場所よりは高い」
 よく磨かれたウェールズシューズのつま先で、軽くフロアを蹴って悠也がいうと、璃音がかすかに苦笑した。
 ――人であっても人殺しする人としない人がいて、それぞれ個性が存在する。
 魔物だって妖怪だって霊だって同じ事だ。それが悠也の考えだったが、不特定多数に情報を流していると言うことなら、悠也がそうAlektoに返事をしても何かの反応があるとは考えられない。
「不特定多数ってことは、引っかかってる人もいるでしょうね」
 もう一度さめたコーヒーで唇をしめらせて璃音が言うと、悠也は大きくうなづいた。
「ええ、そうです。もう少し情報があればいいのですが」
「アキちゃんなら知ってるかも」
「アキちゃん?」
 異口同音に璃音と悠也が聞くと、雫が両手の人差し指を付き合わせたり離したりしながら言葉をつづけた。
「ハッキング・ジャパンってハッキングの雑誌の記事かいてるフリーのライターさんだよ。時々ここに遊びにくるの。ちょっと前にFuriesの記事書いていたと思う。雫、仲良しだから携帯電話で呼べば多分来てくれるとおもうよ」
 それは、と璃音はほほえんだ。
 Furiesに接触できたら、黒狼の事を聞けるかもしれない。いや、まず聞いてみようという気が沸き上がってきたのだ。
 それと同時に、悠也も母の日に初めてカーネーションを渡す少年のような、無邪気な微笑みを浮かべた。
「俺達以外にも動いてる人がいるみたいだしね」
 悠也が指さした画面の一点には、先ほどまでには無かった別の人物の新たな書き込みがあった。
 くすくすと、こらえきれない笑みをもらしながら悠也は唐突に携帯電話を取り出し、ある女性に電話をかけた。
 秋津遼――「悪魔教会」または「チョコとモデルと氷点下」事件で知己となった彼女へ。


■14:00 ゴーストネットOFF −止まらない女神−■

「ふむ、私にはキミの食的嗜好は理解できないね」
 ファーストフードショップの袋を渡しながら、秋津遼はサングラスの奥の瞳を細めて悠也に言った。
 と、言われた本人は中からチーズバーガーを取り出しながら肩をすくめた。
「俺だってあなたの食的嗜好は理解できませんよ」
 吸血鬼じゃないから、という一言はあえて言わずに、立ったままハンバーガーにかじりつく。行儀の悪い食べ方だが、不思議と洗練されて見えるのは、彼の美麗な外見がなせる技だろう。
 ついでに言えば、悠也の後ろでは璃音と雫がまずそうにさめたポテトを口に運んでいる。
「これなら片手で食事できるから、いざという時に困らないでしょう」
「なるほど、落としても食費220円なら痛くはないね」
 どうやら五世紀以上生きてきた吸血鬼の美姫は、金にうるさいようだ。
 苦笑混じりに悠也が何か言おうとすると、間をおかずに再びゴーストネットの扉が開いた。
「おい、雫、白い髪に蒼い瞳をした少女を見なかったか。Furiesとかいう奴なんだが」
 と言いながら現れたのは巫灰慈である。ワンテンポおくれて、灰慈の後ろから控えめに顔を出して会釈してみせたのは寒河江深雪だ。
 突然の出来事に雫と悠也と璃音が、きょとん、としていると、またまた扉が開き、今度は制服姿の少年が飛び込んできた。
「Alecto、ここに居るんだろう?! 復讐だか何だか知らないけど殺しは良くないぜ!」
 と息を切らせながらノートパソコン片手に不敵な笑いを浮かべたのは九夏珪。
「どういうこと?」
「つまりAlectoのメッセージを見た人がここに集まってきちゃったってことね」
 訳がわからない、と言った面もちで瞬きを繰り返す雫に、璃音が全員の言葉を代弁し状況を説明する。
「何てこった。おまえらもかよ」
 灰慈は乱雑に己の黒髪をかき混ぜながら天井を見た。彼の呆れも仕方ないだろう。過去に奇妙な事件で一緒に仕事したことのある顔が、しかも同じ「Alekto」というキーワードを持って合流してしまったのだから。
 そしてそのだめ押しとばかりに、今度は扉を突き破るかのように乱暴に開けながら一人の青年が入ってきた。
 青年は勢いのまま二、三歩よろめき、緩やかな癖のかかった髪と肩を揺らし、荒々しく息をつきながら、ゴーストネットOFFの中を見渡した。
「こ、ここに、白い髪の……蒼い瞳をした少女が……Alektoって、子が来ませんでしたか?」
 茶色く汚れているハンカチを力一杯握りしめ、まるでその子が居なければ死んでしまう、と言った勢いで青年内場邦彦がいうと、全員が奇妙な、それでいてかすかに緊張したおももちでお互いの顔を見合わせた。
「これは偶然なのでしょうか?」
 手を口元にあて、困ったように深雪が言った刹那。
「偶然じゃないさ」
 今までとは別の低い声が、困惑にみちたゴーストネットOFFの中に響く。
 と、一斉に八人、計十六の瞳が扉の方を向く。
 そこには、黒いタートルのセーターにデニム。腕には暖かそうなダッフルコートとフリースのマフラーを持った青年が、苦笑を浮かべて立っていた。
「アキちゃん」
「よ、雫ちゃん」
 青年はそういうが早いか、後ろで束ねていた髪のゴムをほどき、整った顔立ちをひょうきんに見せている丸めがねを人差し指で押し上げて見せた。
「なんだなんだ? こいつら全員がAlektoに惑わされたって訳か?」
 アキ、と言われた青年は盛んに瞬きを繰り返しながら、雫の頭を軽く叩いて全員の顔を見渡した。
「キミにこいつら呼ばわりされる筋合いは無いよ」
 黒いシャツに包まれた豊かな胸を、挑発的に反らしながら遼がいうと、悠也がまったくです、と同意してみせた。
「こいつは失敬。おれは雫にFuriesについて講義するように呼ばれたんだが。名前はただのアキだ。アキと呼びたくなければ好き勝手適当に呼んでくれればいい。今のところハッキングジャパンのフリーライターで、ハッカーの追っかけをやってる。本業は大学院生だがね」
 ひょい、とたばこを取り出してくわえると、アキは肩に掛かる髪を振り払い「で?」と言ってライターを捜し始めた。
「みなさん何をどこまで知ってらっしゃるのかね? 教えていただきたいね」
 雫に目配せを送る。と、雫はゴーストネットOFFの表に出ていきすぐに戻ってきた。
 どうやら事情を知らない客にじゃまされないよう「閉店中」の看板を出してきたようだ。
「さて、どこから説明するか」
 全員を見渡した後、灰慈は手近にあった椅子を引き寄せて前後逆に腰掛けると、タバコに火を灯してから背もたれの上で手を組んだ。
 それから、ぽつり、ぽつりと誰からともなく事件に関わることになった突端を語り始めた。
 悠也と璃音、そして遼に珪。この四人のきっかけにはそう大差はなかった。
 ただし、悠也と璃音は己が身を守るために、珪はAlektoの復讐を止めたいが為に、そして遼は好奇心が故に、という理由の違いはあったが、いずれもAlektoの名前に導かれるように偶然に偶然がかさなりゴーストネットOFFへと終着した。
 月刊アトラスでAlektoの書き込みに遭遇した灰慈と深雪は、失踪した管理人の足取りを調べたのだ、と述べた。
 失踪した管理人は「失踪」してはおらず、また「殺され」てもいなかった。
 ただ、Alektoは苛烈にして容赦ないハッキングにより、あらゆる「存在証明」たる電子情報――つまり戸籍や携帯電話の記録、学校の卒業記録などを消去し、詭弁をもちいて相手の「存在」または能力の「存在」に不信を抱かせ、攪乱させ、「己を見失わせる」ことで様々な人々の「能力」を奪い去っていたのだという事実を。
 最後に邦彦が出会った白い髪と蒼い眼の少女の事を語り始めた時、アキは舌打ちをした。
「駄目だな」
 ライターを捜すのを諦めたのか、椅子に腰掛けたままの灰慈に顔をよせてタバコの先から火をもらうと、深く煙を吸い込んで、ため息のように長く長く吐き出した。
「駄目だな。もう、手遅れだ。あんたらにアレクトは止められない」
「どういう事でしょうか」
 おずおずと、しかし一歩も引かない、といった意志の強さを瞳に浮かべながら深雪が聞くと、アキはわざとらしく視線を逸らした。
「じゃ聞くけど、あんたらこれからどうするつもりだい?
「自作のプロテクトプログラムをインストールしておき、逆侵入して相応の仕返しをさせていただきます」
 毅然とした調子で悠也が言うと、アキは道化めいた仕草で肩をすくめた。
「仕返し? 逆探知して? パソコンを壊すのか? それでアレクトは止まるのか? 止まらないな。パソコンを壊されたごときで止まる「復讐」なら、最初からやらないだろう」
「復讐だか何だか知らないけど、人殺しはよくないぜ」
「人殺し? アレクトが? データや能力を消去することを殺しとは言わない。たとえそれで相手が死のうとアレクトが直接手を下したわけじゃない」
「だけど誰かが止めなきゃ復讐がループするだけだろう!」
 あざけるようなアキの言葉に珪がいらだちながら立ち上がる。しかし、アキは軽く鼻をならして「どうやって?」と聞いた。
「ふむ。確かにどうやって、だ。アレクトが何故復讐をしているのか私はしらない。キミ達はしってるの?」
「あっ」
 璃音が飄々とした遼の言葉に、声をもらした。
 確かにだれも「アレクトが一体何のために復讐をしているのか」を知らない。
 理由がわからないのに、説得なんて出来るわけがない。
「悪いことは言わない、もうFuriesに関わるのはよせ。Furiesはただのハッカーじゃない。Furiesの頭の中には不条理で説明が付かないどろどろとした怨嗟と復讐だけがつまってるんだ。人ならざる存在に対する、あるいは人ならざる存在を許す世の中に対しての恨みが、な。今ならまだ間に合う。「存在」を消されて自分が何者かわからなくなる前に、ケツまくって逃げちまえよ。いや、もう無理かもな。七つも偶然が重なることはない。偶然でない出来事は必然だ」
「そう。必然よ」
 薄いガラス細工が壊れるような少女の声が、アキのため息をうち消した。
「答を聞きに来たわ」
 傲然とあごをあげながら、一人の少女がゴーストネットに入ってきた。
 最も高温なる白い炎の髪、永久に溶けない氷と同じ蒼とも白ともつかない瞳。
 生気を感じさせない薄紫の唇からは、今にも死の吐息が漏れてきそうだ。
「なるほど、確かに女神だ。ただし……死の世界のね」
 全員が緊張を高める中、遼は少女の傲然とした瞳の中に自分と同じ「永い時」を見いだし感嘆の声でつぶやいた。
「答を聞きに来たわ」
 遼の言葉を無視しきって、少女、アレクトは再び同じ言葉を繰り返す。
 一歩一歩店内に……みんなに近づいてきているのに、不思議と足音や気配が感じられない。
「おいおい、お前さんだけ一方的に聞くのは不公平だろう。こちらの御仁だって聞きたいことはあるだろうさ」
 タバコを灰皿に押しつけもみ消しながらアキが、アレクトをちゃかすように叫んだ。
「……」
「そうよ、私だってあなたに聞きたいことあるわよ」
 それまで黙っていた璃音が、アレクトをにらみつけた。
「聞きたいこと」
「そうよ。私は何故人を殺すか、とか存在するか、とかそんなのはどうでもいい。知りたいのはただ一つ。あなたが今まで消した「人でない存在」の中に「黒狼」が居たか、それが知りたいだけよ。悪いけど私は貴方のなぞなぞに付き合う気はないわ」
「知らない。「殺す」のは私ではないわ。ティシポネかメガエラの仕事。私は「歪み」を生む存在を「消す」だけ」
「ではあなたは黒狼を知らない――?」
「あなたが人間の亜種であり、交配によって種を増やすのであるならば、生物学上あなたの行動範囲の中に少なくとも十五人の同族が存在するわ。物理的な歪みを矯正するのはティシポネとメガエラの担当。私ではない」
 音もなく、アレクトが一歩近づいた。
(あの子、影がない――)
 アレクトの足下を何気なく見た悠也が気づき、息をのんだ。
 悠也がアレクトの存在のおかしさに気づいたのと同時に、店内にあったパソコンの一つが爆発した。
「寒河江!」
「きゃっ!」
 飛び散る火花と、弾丸のようにはじけ飛ぶ金属からかばおうと、灰慈が深雪に覆い被さり、そのまま店内の床に二人して転がった。
「そんな、どうして……パソコンが弾けたの?」
「簡単さ、この店内のパソコンすべてが、とっくにアレクトの支配下にあるからさ。内部にあるハードディスクを限界まで回転加熱させて、電源ユニットをショートさせたんだ!」
 信じられない、と言った面もちの邦彦に、アキが吐き捨てるように言う。
 ぞくり、と全員が動きを止めた。
 これでは地雷原にいるようなものだ。
 よりによってここはインターネットカフェだ。まだ爆発していないパソコンは十台以上ある。それに、もし、パソコンだけじゃなく、このゴーストネットOFFのすべてが……電源系統の制御プログラムや、暖房のプログラムまでアレクトにハッキングされていたら?
「なあ、なんだか暑くないか?」
 珪がのどを押さえながら言う。確かに天井から吹き出してくる風が尋常でなくあつい。
 いや、暖房だけじゃない、すべてのパソコンが悪意を持って加熱し始めている。
 汗が噴き出したかと思うより早く、玉となって床へと落ちる。まるで真夏の様だ。
「暑い、何とかしろ」
「暑いよぉ〜」
 遼と雫が異口同音に不満をぶちまける。
 頭の奥がくらくらする。このままでは脱水症状だ。
 冷ややかな目で全員を見下すアレクトーを横目でとらえながら、深雪は無理矢理力を振り絞り床から起きあがった。
(何とかしなきゃ!)
 打ち身の痛みをこらえながら、深雪は両手を床にあてた。ただの板張りフロアなのに、まるで鉄板のように熱し始めている。
(私の中のチカラよ。私の中の雪女よ、どうかそのチカラを今ここに解放させて!)
 念じるが早いか、黒かった髪から色素がぬけ白く変色していく。
 茶色のカラーコンタクトの奥から、深紅の雪女の力の波動が光となってあふれ出す。
 瞬間、深雪を中心に空気がゆっくりと冷却され始める。
「しばらくは、これで持ちます!」
 叫ぶが早いか、珪が額の汗を吹き払い、手のひらに念を集中し始める。
「手荒い真似は苦手だけど、緊急事態だ。許してくれよっ!」
 はっ、と裂帛の声とともに、手のひらをまっすぐにつきだした。
 気功ににた、「気」の弾丸だった。
 霊や人間なら、その空気圧で吹き飛ばすことが出来る……筈だった。
 しかしアレクトはまるで涼風をうけるように瞳をとじただけだった。
「な、何?!」
「陰陽師でも坊やだと、その程度のものなのか。ははっ。甘いよ」
 そういうと、遼が笑いながら大きく跳躍して、アレクトの背後へと回り込んだ。
「駄目です! 秋津さん!」
 ほとんど悲鳴のような声で悠也が制止した。
 しかし時はすでに遅く、遼の三日月型にゆがんだ唇から、鋭い犬歯が……吸血鬼の象徴たる牙があらわれる。
 瞑目し、微動だにしないアレクトを背後から抱きしめ、病的に白い首筋に、月のように磨きたてられた遼の牙が突き刺さり……しかし、何も起こらないまま、遼は驚いたように眼を見開き、アレクトから牙を外して突き飛ばした。
 よろめいたアレクトは、不満げに鼻の頭にしわをよせながら振り返り遼をにらんだ。にらまれた遼の方は、もっと不愉快だ、というふうに顔をしかめていた。
「冗談じゃない。そいつは『虚無』だ」
『虚無?!』
 異口同音に全員が遼の言葉を吐き捨てる。
「ああそうさ。間違いない。五世紀生きてきて何人か見たことがある。そいつは夢渡りの虚無さ」
 まずいものを口にした、と ぺっ、とまずそうに唾を吐き捨てて、不愉快な表情のままヒールで床をけりつける遼の言葉に、悠也が納得した、とばかりにうなづいた。
「聞いたことがあります。夢にも現にも存在し、存在しない、意識の狭間に居る人間なのでしょう。ならば本体は別の場所にこそ存在する筈です」
「幽体離脱か」
 だったら俺が戻せるかもしれない、と言う灰慈に悠也は頭をふった。
「ちがいます、彼女にとっては俺達の現実そのもの夢。夢そのものが現実。己の意識だけじゃなくて世界のすべてが、白昼夢のように酷くもろく縛りのない空間なんです」
「そうよ。私は夢にも現にも存在する存在。そして何処にも存在しない存在」
 ほほえんでいるのか、泣いているのかわからない、ひどく曖昧な表情でアレクトがつぶやいた。
「私の誕生日に、家族が悪魔に殺されたわ。弟も、母も、父も。みんな。なのに、どうして私は生きてるのかしら。どうして悪魔は私を殺さなかったのかしら? 何故私は存在しているの。どうして一人だけ「存在」しなければならないの? 「存在」するって何?」
 つい、と足音もたてずにアレクトはさらに一歩近づいてくる。
 入り口近くにあったパソコンが、大きな音を立てて爆発した。
「弟は手足をちぎられて、私は両足も両腕も粉々に砕かれたわ。悪魔が、黒い羽根の悪魔がみんなを殺したのに、みんな言うのよ「そんなのは幻だ」って「悪魔なんかいない」って。だとしたら弟は幻に手足を引きちぎられたの? 私の両足を砕いたのは何? 悪魔が幻だとしたら、みんなが殺されたのも幻なの? ベッドから動けずに病院で眠ってる私はだれ? 誰かが私になっている夢を見ているの? 私が誰かになっている夢を見ているの? どうしたらこの夢は覚めるの?」
 ――何が本当で何が嘘?
「どうして悪魔や妖怪は人を殺すの? 人は人を殺すの? 私は悪魔や妖怪を殺したことも、人を殺したことも無いわ。弟だって、母だって、父だってみんなよ! なのに、どうして殺されなければならなかったの! 何もしていないのにすべてを奪われるなんて不公平だわ! 歪んでるわ! そんな歪んだ世界の倫理も、道徳も存在も全て否定してやるわ! 幻のくせに全てを奪っていく「歪んだ存在」もよ! その為には何だってしてやるわ! メガエラがくれたこの夢渡りのプログラムで世界を書き換えてやるのよ! 歪みの存在を全て消して、こんな世界のすべてを否定してやるのよ!」
 少女の口から、断罪の鞭が振り下ろされる。
 一つ、また一つとパソコンが爆発していく。連動するように天井の電球が破裂し、バチバチと電流が火花を散らす。
 休むことなく、止まることなく。
 ――何が本当で何が嘘?
 そんなの、誰にもわからない。
 胸の奥の小さな棘が痛んだ。
 子供の頃、戯れに思った。
 実は今見ている風景が全て夢で、本当の自分は別の人間。
 目の前で笑っている友達も、さえずっている小鳥も……全て眼がさめるまでの幻。
 そんなたわいない想像。
(だけどアレクトにとってみれば、もはや「現実」と「想像」と「夢」の区別が無くなったんだ)
 あまりにも悲しすぎたから、現実を受け止めても、受け止めなくてもつらいことに変わりないから。
 ――だから狭間に、虚無の世界に一人で、うずくまって泣いている。
 邦彦は断罪の言葉をはき続けるアレクトの向こうに、家族を捜して泣きじゃくる幼子の姿を見た。
「「存在」意義は僕だって探してるけれど、まだ見つかってないんだ。ごめんね、答えられない。けれど時々思う。その方がいいのかもしれないね。だってそれがとんでもなく酷い内容だったら、僕、耐えられないよ」
 ごめん。
 のどの奥が引きつれ、止めようとしても嗚咽が出る。
 手探りで肩掛け鞄を探る。「何か」が取り出せる筈の鞄を。
 するとかさり、と乾いた紙箱の感触がした。
 感触を頼りに「それ」をつかみ引き出す。「それ」はきれいなリボンと包装紙で包まれた箱だった。
 リボンに挟まれた小さなカードには「Happy BirthDay」。
 しかし箱にも、カードにも赤黒い不吉な刻印……誰かの血がべっとりとついていた。
 ふるえる指で邦彦がリボンをほどき中をあけると、蒼い、アレクトの瞳と同じ色のくまのぬいぐるみが出てきた。
 テディ・ベア。幸せの熊。
 箱は血にまみれていたのに。どうしてかぬいぐるみには一つも汚れはなかった。
「ごめん、今の僕には……これが精一杯みたいだ」
 そういって、アレクトに差し出した。
「どうして?」
 ――どうして、貴方が泣くの? そうアレクトがつぶやいているように見えた。
「最初の質問の時に、思ったんだ。復讐の三女神は神として祀られることで復讐を収めたんだっけ。って。でもそれは無理だからせめて「人」としての誠意を「人」の貴女に見せたい。そう思ったんだ。――だって、君は答を探してるけど、あまりにもつらすぎて、苦しすぎて自分でも止められなくなっているだろうから」
 憎しみを。
 そして世界を呪うことを。
「わからないわ」
 わからない。
 もう一度同じ言葉をつぶやいた刹那。
 全てが嘘で、夢で幻だったと言わんばかりに、アレクトの姿が消えた。
 朝霧が日の光で浄化されて消えるように。
 虹がいつの間にか空に溶けてしまうように。
「夢の狭間に逃げたな」
 体についたガラスやプラスティックの破片をはらいながら、秋津遼は不敵な微笑みでつぶやいた。
「驚いたな、アレクトに出会って消されない奴がいるなんて。自分を見失なわない奴らがいるなんて」
 割れためがねの破片で切ったのか、頬を流れる血を拭いながらアキが肩をすくめた。
 そして賞賛と呆れを絶妙の割合でブレンドした口調で、つぶやいた。
「あんたら大したもんだよ」――と。
 
■エピローグ −休戦協定−■

「おや、これはハンサム君。俺の行く手を塞いでどうしようっていうのさ」
 深夜。ようやく壊れたパソコンを片づけ終わったゴーストネットOFFの前。
 グラスがわれ、フレームがねじ曲がっためがねをかけたアキが、頬に張った絆創膏をなでながら言った。
 アキの前には行く手を塞ぐように悠也が立っていた。
 引っかかっていたことがあった。
 アレクトの襲撃でどさくさに紛れてしまって他のメンバーは気づかなかったようだが、話術にたける悠也だけがアキが犯したミスに気がついた。
「いいえ、何でもありません。ただ、あなたがFuriesのどちらかを確認しておきたいだけです」
 好きなアイスクリームの種類でも尋ねるような調子で悠也が微笑して聞くと、アキは調子の外れた口笛を吹いて見せた。
 ――アキはあまりにもFuriesについて、アレクトの手口について知りすぎていた。
 そして彼の「アレクトに出会って消されない奴がいるなんて」という言葉は、逆に言えば「アレクトに出会ったものは消される」という事だ。
 アレクトをよく知り、消されていないのは仲間――Furiesだろう。
「顔だけじゃないな、ハンサム君。俺は頭がいい子が大好きさ。だけどそんなことを知ってどうする?」
 焦げ茶の髪の合間から、深い森のような緑の瞳で悠也をとらえる。
 口も目も笑っているが、放たれる気配はどこまでも鋭い。
 一触即発、今にも戦闘になだれ込みそうな空気を解いたのは、以外にもアキではなく悠也の方だった。
「――いいえ。やめておきましょう。雫ちゃんに嫌われて、ゴーストネットOFF立入禁止なんて言われるのは、痛いですからね」
 半分本当、半分嘘を言うと、アキは壊れためがねを外してにやりとわらった。
 そして時代がかった動作でお辞儀をしてみせると、アキは壊れためがねを街路のゴミ箱に投げ捨てた。
(この休戦は――あまり長くはないな)
 その金の瞳を細め、悠也はアキの背中をずっと眺めながら、ぼんやりとその事実を知覚していた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0264/風見 璃音(かざみ・りおん)/女/150/フリーター】
【0258/秋津・遼(あきつ・りょう)/女/567/何でも屋 】
【0264/内場・邦彦(うちば・くにひこ)/男/20/大学生】
【0164/斎・悠也(いつき・ゆうや)/男/21/大学生・バイトでホスト 】
【0143/巫・灰慈/男/26/フリータイター兼『浄化屋』】
【0183/九夏・珪(くが・けい)/男/18/高校生(陰陽師)】
【0174/寒河江・深雪(さがえ・みゆき)/女/22/アナウンサー(お天気レポート担当)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、アレルギーの薬を取りに行って、何故かインフルエンザを頂戴してきた立神勇樹(たつかみ・いさぎ)です。今年のヤツは全身にコブラツイストかけられているような関節痛が特徴のにくいヤツです。
 長々とお待たせしてしまって申し訳ありません。

 さて、今回の事件は「エピローグを除いて時系列割で7シーン」。
 それぞれ「原稿用紙で30〜40枚のパラレル構成」になっております。
「なぜこのキャラが、こういう情報をもってこれたのかな?」と思われた方は、他の方の調査ファイルを見てみると、違う角度から事件が見えてくるかもしれません。枚数の差が大きいのはPC行動範囲の差です。
今回は長い割に、精神論っぽくなってしまって申し訳ない限りです。
 次回の「ティシポネ」は物理担当(笑)ですので、アクティブな追跡話になる予定です。
 同じシリーズですので、気が向いたときにご覧になっていただければ幸いです。

 なお今回の依頼はプレイングの内容があまりにお「おしい」ためかろうじて「及第点?」な内容です。
 もうすこし別方面から調査してみると、違った展開になったかもしれません。

 もしこの調査ファイルを呼んで「この能力はこういう演出がいい」とか「こういう過去があるって設定、今度やってみたいな」と思われた方は、クリエイターズルームから、メールで教えてくださると嬉しいです。(テラコンからのファンメールは返信機能が付いてないのでこちらからは返信できないのです(涙))
 あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。

斎悠也様
 二度目の参加ですね。ありがとうございました。
 今回は戦闘らしい戦闘も発生しないことから、サポートの役割に回ってしまったようですが。いかがでしたでしょうか?
 なお、ハッキングに対する忠告のプレイングは残念ながら不採用とさせていただきました。
 理由は……あのー。ネットワークにおいて追跡は合法ですが、反撃は違法っす(涙)
 故に説得力がないかなーと。(汗)

 では、再び不可思議な事件でお会いできることを祈りつつ。