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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


東京駅の男
●オープニング【0】
「おかしいでしょ、この写真」
 月刊アトラス編集長・碇麗香は写真の束を手にして言った。
 先程麗香から写真の束を受け取り目を通してみた。最初は何の変哲もない写真だと思っていた。しかし、数回見てゆくうちに妙なことに気付いた。どの写真にも、同じ男が写っている。少しくたびれた茶系統のスーツを着て、同じく茶系統に丸いつばのついた帽子を被った男の姿が。帽子には黒く太いラインが1本入っていた。
 被写体がこの男であればおかしくはない話だが、そうではない。
「先週1週間、別件で東京駅調べてたら……こんな写真が出来上がっちゃって」
 被写体はあくまでも東京駅であり、この男ではない。しかも1週間毎日、違う場所で撮影しているにも関わらず、どの写真にも男が写っている。どう考えても変だ。
「悪いけど、この男の正体調べてきてくれないかしら。そうね、11日の朝10時なんてどう?」
 微笑む麗香。日時を指定した所からすると、締切も近いことだし記事のネタにするつもりなのだろう。
 まあ、調べるのは別に構わない。だがふと思い出した。東京駅は迷路のようになっていなかったかと。ひょっとして、上手く動かないと捕まえられないのでは――?

●東京駅・八重洲中央口【1B】
 毎日多数の乗客が行き交う東京駅。ただでさえ広いこの駅だが、乗客でごった返すと多少は狭く感じてしまうから不思議な物だ。しかも今日11日は祝日、3連休の最終日である。普段以上に乗客は多かった。
「俺1人ですか」
 大学生・斎悠也は小さく溜息を吐いた。時計を見ると朝10時ちょうど。調査に行く者はこの時間に八重洲中央口に集合ということになっていたが、現れたのは結局悠也のみだった。
(渡橋さんは中に潜り込んでるって言ってたから……走り回るのは俺だけかあ)
 けれどもこうなってしまったからには仕方がない。悠也1人で動くだけだ。
 今日の悠也はフリースのセーターにジーンズ、上にウインドブレーカーとまあ、今時の大学生といった姿だった。動きやすさを優先させたのだろう。
 携帯で渡橋十三に連絡を入れた後、手持ちの中型時刻表を開く悠也。中に掲載されている東京駅の構内図を確認した。
 はっきり言って東京駅は迷路である。地上部分にある中央線・京浜東北線・山手線・東海道線の各在来線と新幹線のみならまだしも、地下に総武線・横須賀線のホームと京葉線のホームが各々離れてある。これに地下鉄や八重洲地下街への通路が加わるのだから、何とも複雑怪奇な構造だ。
(やっぱり術を使う必要があるな)
 悠也は時刻表を閉じると、入場券を買うべく切符売り場へ向かった。

●東京駅地下・コインロッカー前【2】
 大勢の乗客が利用する東京駅だが、それでも不思議なことに人があまりやってこない場所というのが存在する。その1つが地下にあるコインロッカー前だった。悠也は改札を抜けるとまっすぐにここへやってきた。
(今のうちに……)
 懐から蝶々型の紙の束を取り出す悠也。人が居ないのをもう1度確認して、手のひらの小さな紙に一息に息吹を吹きかけた。
 幾枚もの蝶々型の紙がふわりと空中へ舞い上がる。だが紙の蝶たちは舞い上がると同時に、残らず本物の蝶へと姿を変えた。その数ざっと30。『ヒメゴト』という使役の術である。
(季節外れだけど、仕方ないでしょう)
 蝶々が悠也を取り囲むように舞っている。悠也はさっと指を一振りし、蝶たちに指示を与えた。それを受け、四方八方へ散ってゆく蝶たち。
 大きさゆえに死角もカバーでき、ターゲットの写真の男が見つかれば悠也にも分かるようになっている。1人で動かねばならない悠也にとって、心強い味方であった。
「俺も行きますか」
 軽く頬を2度叩き、悠也は近くの階段を昇っていった。

●擦れ違い【3B】
 悠也は人混みの中、中央通路を丸の内方向へ歩いていた。ちょうど中程、東海道線ホームへの階段が左右にある付近だ。時計は10時半を過ぎていた。
(参ったな、茶系統のスーツなんてやたらと多いぞ)
 人の間を上手く擦り抜けながら、悠也は周囲を見回していた。平日ではないだけましだが、それでもスーツ姿の男なんて掃いて捨てる程歩いている。救いは写真の男が帽子を被っていることか。
(まだ手掛かりがない以上、ともかく歩き回らないとな)
 そんなことを思いながら、悠也はなおも先へ歩いていった。すると、1人の女性が急ぐように前からやってきた。
「え?」
 思わず目を細める悠也。向こうからやってきたのは悠也のよく知っている女性、シュライン・エマだった。
「あっ?」
 シュラインの方も悠也の存在に気付き、驚いた表情でこちらを指差していた。それでも足は止めていない。
「シュラインさん、何やってるんです?」
「ごめん、急いでるから今度落ち着いて話すわ!」
 シュラインが悠也の脇を擦り抜け、八重洲方向へ小走りに駈けて行く。
「忙しい人だな……」
 悠也はシュラインの後姿を見て、苦笑いを浮かべた。

●追跡【4B】
「業務放送。0番ホームに回送列車到着。地下総武線ホーム、377終了」
 悠也が南通路を八重洲方向へ歩いていると、構内にそんな放送が流れた。
(これは……!)
 放送を耳にするやいなや、悠也は丸の内方向へ向きを変え駆け出した。この業務放送は、予め決めてあった十三からの暗号だった。
(地下総武線へ向かったんだな!)
 『0番ホーム』は写真の男を、『回送列車到着』は男の発見を、そして『地下総武線ホーム、377終了』は男がそちらへ向かったことを各々意味していた。
 南通路を抜け、地下総武線ホームへ降りるエスカレーターに急ぐ悠也。エスカレーターの前に来ると、悠也の造り出した蝶が1匹空中を舞っていた。同時に、悠也に蝶からの情報が伝わった。
(そうか、お前たちも今見つけたんだな)
 エスカレーターへ乗り込む悠也。前方に他の乗客が大勢居るため、駈け降りることもできない。下へ着くまでの時間が何とももどかしい。
 地下1階へ着き、悠也は蝶を探した。地下4階へ向かうエスカレーターの上を蝶が2匹舞っていた。
(下だな!)
 またエスカレーターへ乗り込む悠也。地下4階まで降りるので、着くまでの時間も今以上にもどかしい。
 地下4階に着き、再度悠也は蝶を探した。地下4階の端、そこに数匹の蝶たちが舞っていた。その蝶たちのダンスの中央に、男が1人立っていた。写真と全く同じ姿の男だ。年の頃なら20代後半か?
 ゆっくりと男に近付いてゆく悠也。男は逃げる素振りをまるで見せない。それどころか、ニヤニヤと悠也の姿を眺めていた。
「すみません、少しお話を聞かせていただけませんか?」
 悠也がにこやかに男に声をかけた。
「俺を探してたんだろ? さっきから妙な視線を感じてたよ」
 両手を広げ、参ったというポーズを男は取った。

●東京駅の男【5】
「で、俺に何が聞きたいんだ?」
 缶ジュース片手に男が言った。目の前には悠也と、連絡を受けて普段着に着替えてやってきた十三が居た。ここは地下総武線ホーム、地下5階である。
「とりあえず、これ見てもらえませんか」
 悠也が麗香から預かってきた写真の束を男に見せた。男は写真を受け取ると、1枚1枚に目を通し出した。
「ああ、俺が写ってるな。よくもまあ、こんなに写ってるもんだ。我ながら呆れるぜ」
 苦笑いを浮かべる男。写真を見終えると、悠也にそのまま返した。
「あんた何者だ?」
 十三が睨みながら男に尋ねた。
「また単刀直入な質問だな、おっさん。いいよ、答えてやるよ。俺は『東京駅の男』だ」
 さらりと男が答えた。
「意味が分からねえぞ」
「文字通りって奴だよ。この駅が出来て、どれだけの年月が経ったかはおおよそ分かるよな。なら、のべどれだけの乗客が利用したかも想像つくだろ。希望を抱いて上京してくる乗客、夢破れて故郷へ帰る乗客、仕事のために利用する乗客、旅行に来る乗客……様々な乗客が居たよ。俺はそいつらの『想い』から生まれたんだ」
 男はニヤッと十三に笑いかけた。
「ま、信じるかどうかはあんたら次第だけどな」
「けっ! 俄に信じられっか、そんなもん!」
 十三が苦々し気に言い放った。男がカメラに向かってニヤッと笑ったのを、十三はまだ根に持っていた。
「証明してやろうか? そこに列車が止まってるよな。乗ってみてくれよ」
 ホームには千葉方面へ向かう列車が、発射の時刻を待っている所だった。男に言われるままに乗り込む2人。何の障害もなく普通に乗り込めた。
「あなたは乗らないんですか?」
 悠也が男に尋ねた。しかし男は力なく頭を振った。
「乗らないんじゃない。……乗れないんだよ、俺は」
「え?」
 男が足を上げて、列車へ踏み出そうとした。だが見えない壁でもあるかのように、男の足は乗車口の手前でぴたりと止まった。
「な。乗れないだろ」
 淡々と男が言った。2人は列車から降り、男と共に列車から離れた。
「……東京駅に縛られているという訳ですか?」
 悠也が男の顔を見て言った。
「言っただろ、『想い』から生まれたって。ここから出ることもできない。だから『東京駅の男』なんだよ、俺は」
 男は自嘲気味にそう言って笑った。悠也は何か慰めの言葉をかけようかとも思ったが、その前に男が言った。
「……ま、相棒が居るから寂しくはないけどよ」
「あんたみたいなのが他にも居るってのか?」
 怪訝そうに十三が尋ねた。
「ああ。相棒はいい女だぜ。一緒に居たら紹介してやってもよかったんだがな、あいつ今日は何だか追いかけっこしてるみたいだからな」
 天井を見上げる男。十三がニヤリと笑った。
「いい女か。会ってみてぇな」
「会ってみたいですね」
 悠也が深く頷いた。
「機会があったら会わせてやるよ。ま、東京駅で何か困ったことがあったら、俺を呼んでみな。なるだけ、力になってやるからよ。報酬は酒1本でいいぜ」
 男が指を1本立てて2人に言った。

【東京駅の男 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや) / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。また、今回の依頼は『東京駅の女』と連動していますので、そちらの方にも目を通されると面白いかもしれません。見えない部分で微妙に影響を受けていますので。
・男の正体はこの通りでした。見ての通り悪い奴ではありませんし、今後もし高原担当依頼で東京駅が絡んだ場合に、上手く使えばプラスに働くかもしれませんよ。
・一見普通の方に見えても、調べてみるとそうでなかったりします。ひょっとすると皆さんの近くにも、そんな方が居られるかも……?
・斎悠也さん、5度目のご参加ありがとうございます。今回実動隊は悠也さんだけでしたので、『ヒメゴト』の使用はよかったのではないでしょうか。プレイングを判定する際、プラスに判断させていただきました。丁寧な程度もよかったと思います。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。