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−StalkeR− 狂気の愛情
------<オープニング>-----------------------------------------------------------
「助けてください!」
数人がたむろしている草間興信所に、うら若い女性が走りこんで来た。
しかも様子が尋常では無い。
「どうかしましたか?」
草間の声に、我に返ったのか息を整えて礼をした。
「探偵さん、最近‥‥‥ストーカーに付き纏われてるみたいなんです!」
ふむ。
久しぶりに興信所らしき仕事がやってきたか。
あまり、妙な仕事ばかり持ち込まれていると、妙な噂も立ちかねないからな。
「まずはお名前を。それから詳しい状況をお教え願えますか?」
「はい。新藤彩花って言います‥‥‥事情ですけど、一ヶ月くらい前の事だったと思います。一通の手紙が届いた事が総ての始まりでした」
『愛しい彩花へ
昨日駅で、二人は運命的な出会いをしたよね。
僕を見つめるきみの瞳は凄く熱くて、溶けそうになってしまったよ。
これからはずうっと一緒にいてあげる。
よっしぃより』
「この手紙が届くようになってから、毎晩毎晩電話が掛かってくるようになって。電話番号変
えても、何処で調べてくるのかまた電話かかって来て‥‥‥もう、怖くて電話外しました」
がたがたと震え出す彩花。
「電話の内容は?」
「いちいち私が今日した事とか並べ立てて‥‥‥男の人と話なんかすると、電話の向うで喚きたてるんです。あの男は誰だ、売女! とかって」
「他に被害は?」
「いつも気配を感じるようになって。特に夜に家に帰ってくる時とか、後ろから着いて来る気がして、怖くて‥‥‥」
「そうですか‥‥‥他に何かありませんか?」
不安なのだろう。
目をきょろきょろさせ、体はずっと小刻みに震えている。かわいそうに、夜も眠れないのか目の下には隈が出来、血色もかなり悪い。
そして、草間の問いに再び泣き出してしまう。
「私と話をした男の人たちが次々事故にあったり、怪我をしたり‥‥‥怖くて怖くて‥‥‥お願いです、助けてください!!」
-----<シュライン・エマの場合>------------------------------------------------------
大体の事情は飲み込めた。草間が示した料金に彩花は一も二も無く頷くと手付金として20
万程を草間に手渡す。
「ありがとうございます。3時間ごとの計算になるんで、この範囲内で収まりましたら残りの
お金は返却します。で、足が出ましたら追加で請求させていただきます。よろしいですね?
それとお名前を」
「はい、望月彩花です。よろしくお願いします」
最近急増しているストーカー対策の依頼だが‥‥‥。
ちなみにこの場にいるメンバーは高御堂将人、斎悠也、抜剣白鬼、瀬田茅衣子、シュライン・
エマである。
あまり、関連性の見られないメンバーではあるが、こんな連中で無ければ解決できない事件
もある。さて、この事件は一体どんな結末が待ち受けているのだろうか。
「はい、どうぞ」
ふわりと漂う芳香に一同そちらに目をやると、悠也が玻璃の茶器で茉莉花茶を注いで彩花に
差し出していた。
「落ち着きますよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます‥‥‥」
柔らかな口当たりのそれを飲むと、彩花は小さく溜息を付く。暖かな茉莉花茶は傷ついた心
をやさしく包み込む。
‥‥‥んが、それを見て草間は渋い表情をしている。その視線がまた人の事務所に勝手に物
持ち込みやがって、と語っていた。
「さて、と。どうする? お前等この仕事やるか? 嫌なら別の連中に回すが」
一同の顔を見渡す草間に対して、一番最初に反応を見せたのは‥‥‥。
「私やります! っつーか、許せない、女の敵めっ!! 絶対にふんじばってやるっ」
両拳を握り締め、そう宣言したのは茅衣子であった。心の底から怒っているようで目が三角
になっている。
「そんなに怒ると皺ができますよ、茅衣子さん。さて、俺もやらせていただきましょう。あま
りにも不快な輩ですし、それに茅衣子さんだけじゃ心許無い」
「な、なんですってぇっ!」
白鬼の言葉に噛み付く茅衣子。が、さらりと人の良い笑顔でそれを受け流す‥‥‥って、そ
れって言うのはあしらわれてると言った方が正しいか。
「‥‥‥あなたのような美しい女性が涙を浮かべて苦しんでいるのに、黙って見過ごす事なん
か、俺にはできない。必ず犯人は見つけ出して見せますよ」
普通、この手の言い回しをすれば、かなりくっさい臭いがぷんぷんな物だが、悠也が言うと
自然に聞けるのが、また何というか‥‥‥。
「ま、私は別に。‥‥‥私はきちんとあんた‥‥‥えっと彩花さん? の事守るからさ」
心の中で襲われるのは男性諸氏だからせいぜい頑張ってね、と呟きながら、他のメンバーに
もお茶など差し出すエマ。
だが、将人はそれを受け取りつつ、苦笑をエマに投げ掛ける。
「ま‥‥‥そう言う事ですけれど。彩花さん、5人もいればあなたを守る事も、そして卑怯極
まる犯人を追い詰める事も出来るでしょう。もう大丈夫ですから、安心してください」
「は、はい‥‥‥」
やれやれ、回りくどい。やるんならやるでいいじゃねーか。
草間は吸っていた煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、一同の顔を見渡す。
「よし、話は決まった。やるからには必ずその変態野郎から依頼者を守る事、これが第一。そ
して、その変態の正体を突き止めること、これが第二。何も突き止めたところで我々がその男
を確保する必要は無い‥‥‥後は警察に任せればいい」
誰も口に出さなかったが、その犯人が人で在らざる者であった場合は、その先は各自の判断
と言う事になるのだろう。
「ところで彩花さん。よろしければバックなど調べさせてはいただけないでしょうか。中に何
か仕掛けられているかもしれない」
悠也の言葉におずおずとバックを差し出す彩花。
「ちょっと待った。女性のプライバシーなんだから、衆目監視の中で晒すのはどうもいただけ
ないわ」
「あ、あの‥‥‥結構です。どうぞ、見てください。別に何も入ってませんので。お気遣いく
ださってありがとうございます」
エマが言葉をそう遮る彩花。まあ、本人がそう言うなら何も言う事はないとエマは皆が飲み
終わった湯飲みなど片付けて回る。
「いいんですね、それじゃあ‥‥‥」
その時、将人のこめかみにチリチリと嫌な感覚が走り、思わず手が悠也の持つバックに飛ん
でいた。跳ね飛ばされたバックは口を開けたまま壁に叩き付けられる。
「何するんですか! とつ‥‥‥」
抗議の声をあげる悠也だが、次の瞬間茅衣子の悲鳴にその先の言葉がかき消されてしまった。
しかし、その僅かな間に悠也もその理由を理解する。
バックから小さな黒い影が飛び出してきたのだ!
「ヲンビンビシ カラカラ シバリ ソワカ!」
内縛印を結んで白鬼が眞言を唱えると、その影は飛ぶ力を奪われたのか地面に墜ちていく。
見ると、4対の羽を持つ中指大の百足がそこにいた。禍々しい赤と緑が、毒虫である事を示し
ている。縛印を結んだまま、白鬼はその百足を踏み潰した。
ただのストーカー事件では無いという明確な証拠。羽のある百足など実在する訳も無いので
あるが‥‥‥その足元にはしっかりと死骸が残っている。
「も、もしかしてしき‥‥‥いたぁっ!!」
何かを言おうとした茅衣子の足を踏みつけるエマ。
「ごめんごめん、虫は嫌いでふらついちゃって」
全く動揺した表情も見せずにそう言うエマに茅衣子は疑いの眼差しを向けるが、彩花に見え
ないようにエマは唇に人差し指を当てた。
「何処で紛れ込んだんだろうね。虫が入るようなところに置いた記憶は?」
「そ、そんな‥‥‥無いです!」
百足が鞄に入っているなどあまり気持ちいいものである訳も無く、不快感で彩花の顔は覆わ
れている。さりげなく寄り添っている将人と悠也に何と無く安心感を覚えているようであるが。 百足の死骸を見せないように悠也と将人は表に彩花を連れて行き、白鬼が何気にそれに着い
て行く。エマも行こうとするが、茅衣子がその腕を引っ張る。
「なんで足踏んだの? 何か理由がありそうだったけど」
思わずエマは苦笑すると、百足の死骸を指差した。
「何? 百足がどうしたの?」
その指の先に視線を走らせると、しっかりと緑色の体液をぶちまけた百足の死骸があった。
怪訝そうにそれを見つめている茅衣子。
「式神が死んでも死骸は残らないわ。式神と言うのは時媚鬼を術により符や木片に宿らせた物
であって、その生き物その物ではないから。それに、依頼者に余計な不安を与える事は無いわ。あれはただの百足。それでいいじゃない」
何と無く納得行かないようであるが、それだけ言うと出て行ってしまう。一人取り残される
のも馬鹿臭いので大急ぎで茅衣子は大急ぎで後を追って行く。
さて、やっぱりあの百足片付けるのは俺しかいないんだろうな。エマのヤツ、片して行って
くれればいいのに。とりあえず箒とちりとりを出そうと席を立ち上がった時、ふと一枚の護符
とメモが目に飛び込んで来た。
「なんだ? 『ストーカーにお気をつけて』だ? ったく‥‥‥余計な事しやがって」
苦笑と共にそれを取ると、とりあえずポケットにしまい込む。
出て行った者達に一抹の不安を覚えつつ、その原因である飛百足を片付けていた。
さて。
場所的に言えば、事務所にいるのが一番安全と言えば安全なのだが、事態の解決にはならな
い。とりあえず彼女の家をクリーニングする事にした。
状況的に‥‥‥。
先に事務所を出た彩花と男三人。そして、後から出た女二人。
意図的に行われた物ではないが、やや一行の間に時間が空いていた。
‥‥‥空間に悪意が満ちている‥‥‥。
悪意の気配が1つでは無く、そこかしこから発せられるそれに将人は眩暈すら感じていた。
何かがおかしい。
さすがにここまで強い思念であれば、悠也も白鬼もそれを感じていた。これを受け続けて彩
花が不安になるなと言う方が無理というものだ。
「どう判断すればいいのか」
白鬼がやや迷ったように視線を走らすが、一番それを感じているはずの将人は真っ直ぐ前か
ら視線を動かそうとしない。
「現実は現実‥‥‥それだけですよ」
「‥‥‥ところで。家まで遠いですか?」
白鬼と将人の会話に耳をそばだてていた彩花の注意を引こうと悠也はそう、問い掛けてみる。話題を無理やりずらした観もあったりするが。
「え、あ‥‥‥はい。バスで10分くらいです」
バス停までは後1分ぐらい歩くだろうか。そして、エマと茅衣子が追いついてきた。
「歩くの速すぎ。彩花さん一緒なんだから、もう少し気使いなよ。男性諸君」
「そーそー、デリカシーの欠片もなさそうだよねっ」
それどころでなかったりしたのであるが、先程より向けられる悪意が少なくなったように将
人は感じていた。
そしてバスに乗り10分。降りてから徒歩で5分。レジテンス笹塚の103号室が彩花の部
屋である。
「‥‥‥鍵‥‥‥え!? やだっっ!!」
確かにかけて出たという鍵は開いており、中に入った瞬間異様な光景に彩花は硬直してしまっ
ていた。玄関に彼女の飼っていた無残な死骸が打ち捨てられていたのだ。
『男の心を弄ぶ酷い女。男3人をはべらしてさぞかし満足な事だろうよ。僕の心は沸騰寸前!
かわいいもこは僕の心の色で寝てるのが嬉しいみたい。あははっ、喜んでもらえるかな?』
泣き崩れた彩花を抱きしめて、愛猫の変わり果てた姿から目をそらさせるエマ。
興信所を出てから然程の時間は立っていないはず!
能力的に肉弾戦の得意な悠也と白鬼が部屋の中へと飛び込み、将人と茅衣子が外を警戒する。
しかし、部屋の中を一通り捜索を終えた物の犯人に結びつく手掛かりは全くといっていいほ
ど見つからなかった。
猫のもこの死骸を取り上げ、流れ出た血をとりあえず新聞紙で片す。
とても落ち着ける状況ではない‥‥‥力無く倒れこんでいるもこの傷跡を調べて見る白鬼。
まだ、暖かいな‥‥‥刃物で切りつけたような後では無い‥‥‥それに、青緑色に腫れ上がっている処を見ると、毒が注入された事を示している。何かに噛まれたのか?
「すみません‥‥‥あの、もこが成仏できるように‥‥‥お経をあげて貰えませんか‥‥‥お
願い‥‥‥します」
涙声で目を真っ赤に腫らした彩花の哀願に、白鬼は静かに懐から数珠を取り出して経文を読
み始めた。
その光景はあまりにも虚しくて。
「許せないっ! 許せないよ!!」
戻ってきた茅衣子が感情の赴くままに叫び声をあげると、後ろから来た将人がその肩に手を
置いて首を振る。
「大きな声は出さないほうがいいよ。彩花さんの立場って物もあるだろうしさ」
「だって許せないよ‥‥‥こんなのっ」
常軌を逸した状況に、周りの浮遊霊も巻き込んで悪想念の渦が部屋の中を支配している。近
い感覚で言えば大音響の鳴る音楽のクラブの中に足を踏み入れているような‥‥‥もっともこ
ちらはかなり強烈に不快なのであるが。
しかし‥‥‥猫が変質者に殺された程度でここまで物凄い渦にまでなる物であろうか。
部屋の中を怪訝な表情で見渡す将人の様子を見るうちに、悠也の鼻腔にかすかな臭いが飛び
込んで来た。
‥‥‥これは?
大分違うようではあるが、どこか共通する臭い。それは強烈に悪い状況を示していた。
「ここを出よう、みんな‥‥‥早く!」
悠也が叫んだその時、白鬼が突如として取り乱す。
「何をしてるんだ! 止めなさい!! 止めないか!!」
「う‥‥‥ううう‥‥‥あああああっっ!!」
茅衣子は体を掻き毟って倒れこむと、白目を剥いて痙攣し始めた。
「馬鹿なっ! 成仏すまいと抵抗する動物霊を降霊しようなんて‥‥‥無茶だ!」
白鬼の言葉の示すとおり、高い霊媒能力を持つ茅衣子は、怒り狂い憎しみを露にする猫の霊
を自らの体の中に招き入れたのだ。
「しかし、何のために?」
将人の声に、各自の心の中に憶測が飛び交う‥‥‥が、白鬼はそれを考えるよりも猫の霊を
体の中から追い出そうと錫杖を振りかざす。
「待ってください! もこちゃんは私が説得します! だから乱暴な事はしないで!!」
茅衣子の上に体を投げ出す彩花。そして、必死に茅衣子の中の猫のもこに話し掛けている。
「もこちゃん! もう、苦しまないで。乱暴はしないで! もう、大丈夫だから。お願いっ、
彩花の言う事聞いて!!」
叫び声と共に、茅衣子の口から薄紅色の気体がゆっくりと漏れて、どんどんと固まりを成し
て行く。そして‥‥‥。
「これは‥‥‥男!?」
何か、人のかたちを成していったそれは、やがて細部まで克明に現し始めていた。その薄紅
色の気体は、完全に一人の男の姿をそこに生じさせていた。
それを見た瞬間、彩花の目が大きく見開かれ、ぷるぷると震えながら男の顔を指差す。
「こ、この人‥‥‥駅の前の広場で露店やってた‥‥‥」
そして、その男の口から、なにやら藁藁と蠢く物が溢れ出してくる。
「虫です‥‥‥か?」
悠也の目には少なくともそう映ったが、何であるか具体的には分からない。
ガサガサガサ‥‥‥。
何かの擦れ合う音がエマの鼓膜を僅かに震わす。
どこ? どこから??
その音の正体を探して部屋の中を移動していくと‥‥‥ソファベッドの枕の下に、百足が一
匹潜んでいるのを見つけた。
その瞬間、強い殺気を将人は感じた! 方向はエマのいるソファベッドの方!
「エマっ! 危ないっ!!」
それが事務所で見た飛百足であると認識したその時、百足は物凄い勢いでエマ目掛けて飛び
掛かって行く!!
「痛あっっ!」
物凄い激痛が飛んでくる百足を払おうとした右手の甲に走り、痛みのあまりその場にうずく
まってしまう。
その百足は再びエマに襲いかかろうと飛んでいくが、白鬼の振るう錫杖によって撃墜されて
とどめに将人が踏みつける。
「エマさん! 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、既にエマの額にはうっすらと脂汗が浮かび、手はゴルフボール大の青緑
色の腫れが広がっていた。
先程感じた臭いがもし考えている物と同じであれば、エマの命は風前の灯であると言わざる
を得ない。死毒の百足であったようだ。
あまり考えている暇は無い。能力がばれるかも知れないがそれを言っている場合でもない。
右手を取ると、噛まれた傷口に唇を添える悠也。思いっきり毒を吸い出すと、ティッシュを
取り出して毒を吐く。
毒の中和。そして、傷の治癒。
「毒を吸い出したからもう大丈夫。毒の量も然程多くはないし、心配ないよ」
あくまで、毒を吸い出したから症状が無くなった風に装っておく。吸い出したと言っても、
虫歯でもあれば吸い出した人間が危険であるし、血管を回っているからそんなに劇的に治る訳
は無いのだが。
だが、エマの状況がとりあえず快方に向かっているならば、後一人倒れている茅衣子のほう
が心配だ。
「今、猫の霊は成仏しました。もう、大丈夫」
白鬼の言葉に、ぐったりと肩の力を抜く彩花。
どうやらそちらも大丈夫のようで、何とか状況は収束したようだ。それに、犯人と思われる
駅の前で会った人物を特定できたので、その人物について詳しく調査したい所であるが。
「一旦、どこかに場所を移して状況を立て直しましょう。それに悠也くん、ここには何かある
んだろう?」
将人の問いに答える悠也。まだ、緊張感が解けようも無いこの状況に、次の手をどう打つか。目的が見えているだけに気持ちが逸る。
「‥‥‥まだ、さっきの百足がいるかもしれない。もし、俺の推測が正しいとしたら、あの百
足が式神と同じ能力を持っていて‥‥‥盗聴器や隠しカメラと同じ役目を果たしていたのでは
ないでしょうか」
「自ら着いて回る盗聴器や隠しカメラか。情報が正確な訳だね」
溜息を付いて数珠をしまいつつ、白鬼は茅衣子に活を入れた。
「く‥‥‥うっ‥‥‥」
「無茶しちゃあ、いけないよ。一歩間違えれば連れて行かれる位に‥‥‥」
「ちょっと待って!」
目を覚ました茅衣子に語りかける白鬼の言葉を途中で遮る将人。
「いかに今殺されたばかりの猫霊とは言え、エクソシストの茅衣子の霊の連れ去る事の出来る
程、強い霊力を持っているでしょうか? それに悠也くん、あなた何か判っているのでしょう。
さっき確か、早くここを出ようって言っていたよね」
しばしの無言に彼は何を思っていたのだろう。
長い長い沈黙、いや実際にはそう長いものでもなかったのかもしれない。
悠也のその表情がそう感じさせたのだろうか。
「総ては‥‥‥この部屋を出てからです。行きましょう」
とりあえず、探すべき相手の事は分かった。
一旦態勢を立て直す為、すぐ近くにある公園へと向かう一同。何とかエマは自力で歩けるが
茅衣子は将人に肩を借りねば歩けない状態である。
公園には昼間だというのに子供の姿も‥‥‥誰もいない。
「とりあえず、百足は通常の虫ではないことは明々白々。結界をまず張って今後のことを考え
るとしましょう」
心理的肉体的ダメージの大きい女性陣をベンチに座らせ、男性陣はとりあえずその周りを囲
むようにして立っていた。
ややぐったりしているのが心配なのか、正面の悠也が茅衣子の顔を覗き込む。
「茅衣子さん、大丈夫ですか?」
「うん、へーきだよ」
公園に来る道々買った緑茶を飲みつつ、茅衣子は大きな溜息を付く。
「まあ、心当たりがあると言うならそこに行くしかないでしょうね。可能性は一つずつ潰して
いくしかないでしょう」
「それはともかくとして‥‥‥結局、悠也君。キミは何を知っているんだい?」
「‥‥‥いや、何かを『知って』はいません。ただ、何かを『感じた』と言うのが正確だと思
うんですが‥‥‥あの百足を操りし者は術者と言うよりむしろ魔では無いか、と」
まさか臭ったと言う訳にもいかないのでそう話してみる。事態がここまで進行した以上、今
更彩花に隠すのも無理であると思ったから。
「確かに式神にしては能力が‥‥‥毒はもちろん飛行に魔力の増幅や隠蔽なんか、分体と言っ
ても良い位の力を持っていたからね。」
悠也の言葉を受けて将人がそう、分析してみる。
しかし、もしあの百足が際限なく出てくるようであれば、正直な所お手上げである。強大な
力を持つ魔であっても一個体であれば何とか攻略法も見つかる物であるが、このようなタイプ
の敵はどこからどのように攻めてくるか予見しづらい。
手段はただ一つ。
先手を取って、反撃の機会を与えずに潰す。
罠を張って待っているかもしれないが、時間が過ぎれば過ぎるほどこちらが不利になる状況
である以上、迷っている暇は無い。
茅衣子に寄り添って治癒の力を使い続ける悠也。回復の時間すら待つのが惜しい。
「でも、彩花さんを直接相手の前に出て行かせる訳にも行かないわよね。ここまでイっちゃっ
てる魔だと、人ごみの中で暴発しかねないし」
そう言って、一同を見渡すエマ。だが、白鬼はそれに対して首をかしげた。
「だが、視認していただけない事には相手を特定できない」
「それについては大丈夫。大体、残っている感情の力が特徴的だから私が判断できると思うし。
それに‥‥‥悠也君、あなたにも分かるんでしょう。二人で間違いないとなれば、相手の家ま
で逆に付けて行って‥‥‥」
白鬼の疑問にそう答えた将人。そして、それにすっかり元気になった茅衣子が続ける。
「相手が魔だって言うんだったら浄化しなくちゃ! もう、絶対許さないんだからっ!!」
白鬼の結界の能力は信頼に足る物であって、ここにいる事は特定しきれないと思われる。
で、あるならここから隠形の力を持つ符を持って出れば奇襲は可能なのではないか。
一人、将人がその男が露店を開いている駅の方向に向き直り、大きく一つ拍手を打つ。
「理不尽な悪夢は今日で終わり。彼の者が人に在らざる者であるならば、闇に帰すのが人とし
ての使命でしょう」
無言のまま小さな符を6枚取り出すと、大きな手で小さく折りたたむ白鬼。
で。
「えーっ! この紙切れ飲むのおっ!?」
茅衣子が驚くのも無理も無い。白鬼がそのたたんだ物をおもむろにごっくんと飲み込んでし
まったのだ。続けて、悠也も将人もエマも‥‥‥それを見て彩花もそれを飲み込んでいた。
「うう、嫌だなあ」
「いやいや、実はそれイチゴ味なんだよ☆(かわいらしく)」
‥‥‥白鬼さん白鬼さん。
嫌がる子供に薬飲ませる訳じゃないんだから、イチゴ味て。
だがしかし、それに納得して茅衣子は、目を瞑って一息にそれを飲み込んだ。
「あ、ほんとにイチゴ味っ!」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥えっ!?
何処の駅でも物売りと言うのは規制されており、あまり露店が開いている事は無い。
だが、鞄に商品を入れてさり気なく置いている者がいたりする。
あの日は残業もあって、駅に着いたのは8時前頃になっていただろうか。彩花が品物を見て
いた露店というのもそう言うところで、結構話し込んだ記憶がある。
考えてみればあの日から、いつもの光景がいつもの光景で無くなっていった。
何時何処でどの様な形で人と人の運命が交わるかは、不作為の作為によって誰も知らずに誰
かに操られたように動き、そして総てが終わった時、それがなんであったか、どうしてそうなったのか、やってきた追憶に教えられる事になる。
そんなあいまいな世界で理不尽な夢は今日もまた咲き、魔が忍び寄る‥‥‥。
一行はその男がいたという駅に向かう事にした、が。
もし、予測が正しければ、全員の風体容貌は相手に割れている事になる。
と、言う事で彩花の部屋で使った術等は相手に判っていると判断した方がいいだろう。
「式神召喚 急急如律令!!」
紡がれた言葉と共に符よりいでし式神は、将人が操る鳥の形の者が大空へと舞い上がって、
その男の事を探し始めた。
「本物の鳥と違って鳥目って事はないんだよね?」
「夜飛ぶ鳥もいたりするのよ。まあ、今はさして関係無いけれど」
茅衣子とエマがそんな事を会話しているうちに、さっさと鳥は将人の手に戻ってきていた。
「以外にあっさりと見つかりましたよ。まあ、もう魔力がかなり漏れ出していますので、常人
でもある程度近くに行けば判るでしょうね」
鳥の式神が再び飛んで、その男の死角を見つけ出す。
姿さえ見られなければ、一行の発する気配や魔力は気取られる事も無いだろう。そのまま、
その男が見える位置にまで移って来ていた。
「なんか‥‥‥麻薬中毒者みたいですね」
禅寺なんかに行くと、たまにそう言う者を見かけることがあるな、と白鬼は思いつつさらに
見ていると、男の商品が見えた。なにか中国風のシルバーアクセのようであるが。
客付きは殆ど無い。商品に興味はあってもその男の様子に異常を感じるのであろう。
だが、だからと言ってまだ人通りもある駅前の広場、いくらなんでもここで急襲する訳にも
いくまい。
結局、今日の男の商売が終わるのを待ち、その帰る家に逆にストーキングしてやろう、とい
うことになった。
「何が楽しくてこんな事やるのかしら。暇なヒトだこと」
エマは溜息と共に前方を行く将人の向こうを歩くその男を見つめる。隠形符の威力は大した
もので、男は一行のことを気付く様子も無い。
そうしてその男の入って行ったのは、古物商の看板を掲げる『中壺堂』と言う店であった。
「‥‥‥あそこに住んでいるのかしら?」
様子を見に行こうとしたエマが慌てて引き換えしてくる。男が紙袋を手にして、すぐに出て
来たのだ。
「何買ったんだろ? 骨董好きなのかなあ?」
「取り立てて関係無いでしょ」
と、茅衣子の疑問にエマがそう言うが‥‥‥悠也は何か考えながら店の方を見る。
「いや、何を買ったか調べましょう。どちらにしろ、魔だと判っている相手の所に、彩花さん
を連れて行く訳には行きませんから、このまま追うのと何を買ったか調べて彩花さんを守るの
と」
この提案に非を唱える人間はいなかった。
「私は絶対追っかける!」
「私は‥‥‥彩花さんと一緒にいるわ」
「追っかけるほうで。魔であれば降伏させねばならないので」
「このままにしては置けませんからね。私も行くほうにしましょう」
「じゃあ、俺は残りましょう。女性二人残していくのも心配なので」
と、どちらに行くか決まったようだ。
既に行動に入っているが、追跡班は茅衣子、白鬼、将人。そして、護衛班にエマと悠也となっ
た。護衛であるので、家に近付く必要は無い。
と、言うよりもどちらかと言えば彩花の心境を考えて離れるべきなのであろう。
しかし、もし敵の力が予想以上に大きかった場合、フォローに入らねばならない。むざむざ
殺らせる訳には行かないだろう。
と言う事で、追跡班を見失わない程度の距離を保ちながら、後を追う事にした。
場所さえ特定できれば、とりあえず問題は無いだろう。
「彩花さん、ごめんね。どんな相手が出てくるかわからないから。連中についていかないと」
「いえ。ここまでしていただけて、凄くありがたいです」
女性二人の前を警戒しながら歩く悠也。隠形符を持っているとは言え、姿が消えると言う類
の符ではない。目視を受けたらそれで発見されてしまう。
「入っていく家を見つけたようですね‥‥‥突入に決めたのか‥‥‥行った!」
追跡班がその男の家に入っていくのを三人は見つめていた。
「多分、あの人がそうなんですよね‥‥‥もし、その人が『魔』って言う存在なら、どうなっ
てしまうんですか?」
「言い方はいろいろあるけれど‥‥‥浄化、降伏、滅殺‥‥‥でも、まあ。完全な意味で、本
当の『魔』は殺す事は出来ないわ。この人間の住む世界との繋がりを断ち切られる、そういう
ことね」
通常の神経の持ち主であれば、人を殺す、と言う行為に躊躇いを持つのは当然であるし、と
りつかれた(?)男がどうなるか‥‥‥詳しく聞くのは、彩花には怖くて出来なかった。
もちろん、嫌な事をされて、怖い事をされて、もこを殺されて、憎しみが無いと言えば嘘に
なる。
だが、だからと言ってその男を傷つけようとは思わない。自分と関わりを持たぬ所に行って
くれればそれでいいのだ。
もう、疲れたよ‥‥‥。
そんな想いで、自らを守る二人を見つめる彩花。この人たちが終わりにしてくれる。
きっと。
「‥‥‥ちょっと待ってください」
先を行く悠也が振り向かずに、手で二人を制止する。その視線の先には、一人の男が立ち尽
くす姿があった。
何時の間に‥‥‥いや!?
「斎くん、あれは??」
「‥‥‥あの男だ」
突如として目の前に現れた男は既に人の姿のそれでは無く、下半身が百足のそれになってい
た。戦慄が背中を駆け抜ける。
「き、きゃああああああああっっ!?」
『ふ‥‥‥ふふふふ。ようやく逢えたね‥‥‥僕の彩花』
「いや、いやあっ! 来ないで!!」
にじり寄ってくる男に拒絶反応を示す彩花。
だがもちろん、その接近を悠也もエマも許す訳も無く。当然の如く、その間に割って入る。
「あら? あの人‥‥‥霊体!?」
「‥‥‥そうですね、どうやら‥‥‥そのようだ」
肉体を持たない霊体が外に出ていると言う事は‥‥‥いや、そんな事は今は良い。
『邪魔は許さない。運命の赤い糸は誰にも断ち切れないんだァッ!』
「何が赤い糸よ。気持ち悪い」
吐き捨てるように放ったエマの言葉に男の顔色はさっと変わり、憤怒の表情でエマに飛びか
かって来た!
「させない!! 風よ‥‥‥風よ、集いて我が敵を討ち果たせっ!!」
風神符は悠也の手から離れると同時に一陣の風となり、刃となって男の身体を斬りつけた!
『グゥオオオッ! お、お前何者だあっ!!』
風が斬った男の体の部分が消滅して‥‥‥なんと、その部分が百足のそれに再生していく!
「こ、これはっ!?」
「なんて‥‥‥気持ち悪い!!」
『‥‥‥何故こんナ連中トきみは一緒にいるンだ‥‥‥僕の‥‥‥僕ノ彩花‥‥‥』
その声を聞いて、エマは眉を潜めた。明らかに人の声の律動とは違う。
だが、妙な事にその中に悲しみの感情を乗せた音が含まれていることに気付く。
そして、攻撃してきた悠也に悪意を男は向けてくるが‥‥‥。
(助けてくれ‥‥‥もう‥‥‥嫌だ)
暴力的に渦巻く感情の中で、嵐の海に浮かぶ小船のような弱々しげな声が聞こえたような気
がした。
それに二人が一瞬声を囚われた瞬間、男の口から大量の百足が吐き出され、攻撃をした悠也
に襲い掛かってきた!
『死ね死ね死ね死ね死ネ死ネ死ネ死ネッっ!!』
「だ、だいじょうぶですかっ!?」
「近付かないでっ!!」
慌てて取り払おうと彩花が近付いてくるが、それを制止する悠也。毒は効かないとは言え、
あまり気持ちいいとは言えないこの状態。
だが、大量の百足を通して、闇の中でもがいている男の姿が見えてきた。
がんじがらめになった鎖に引き裂かれそうになりながら、泣声をあげる男の方を。
ポケットの中から一枚の符を取り出して念を込めると、百足たちはぼとぼとと体から落ちて
行く。
『ア‥‥‥熱っ!! 貴様、何をシタっ!!』
「焔身符。まあ、焼ければ落ちると思いましてね。さて‥‥‥どうやらこの事件の黒幕と原因
が分かりました。切れても尚、糸に縛られたマリオネット‥‥‥もう、苦しまずに良いですよ」
そっとエマに耳打ちする悠也。やや、驚いた表情を浮かべるが、エマは大きく息を吐いて呼
吸を整える。
「憎しみも怒りも、総て。縛鎖はあなたの心にある。発しなさい、総てを」
『ウオオオオオオッ!!』
優しく、しかしはっきりと悠也は言い放って正面に立つ。両腕を振り上げて、男は悠也に飛
び掛かってきた。
「‥‥‥眠れ‥‥‥眠れ、母の手に‥‥‥♪」
その手が悠也の身体に掛かろうとしたその時、エマの口から出たのは‥‥‥子守唄。
完全にボイスコントロールされたそれは、かつてエマが母の腕の中で聞いた優しく、柔らか
な旋律。
『ヤメロっ!! ヤメロオオオオオっ!!』
完全に先程の男の声は失せ、何か地の底から響くような声があたりに響き渡る。
「エマ、続けて!」
だが、そんな事は言うまでもなく。心を込めて歌うエマは揺るぐ事も無く柔らかな旋律を響
かせ続ける。そしてその旋律は音量では勝っている男の絶叫を、大きく打ち消していった。
「呪縛を‥‥‥解き放て!」
視線を合わせた悠也がその能力を用いて、感情の操作を行う。
総てを無心に‥‥‥。
強い障壁を持った今までとは違い、力が混乱している状態で悠也の力がすんなりと男の心の
中に入っていく。多くの百足が巣くうそこをこじ開けて、エマの子守唄が心を直撃した。
『グッ‥‥‥ギャアアアアアアアア!』
バヒュン!!
何かおどろおどろしい紫の光が、男の家の方へと飛んでいく。
そして‥‥‥。
そこに残されたのは、下半身の無い男。身体を起こす事も出来ずに大地に横たわっている。
『‥‥‥ようやく‥‥‥終われる‥‥‥』
生気の無い声で、そう呟く男。その声には先程までの荒々しさの微塵も無い。
「あなたが、ストーカーさんですね」
『‥‥‥きちんと名前もあります。須藤充明、それが僕の名前です』
消え入りそうな声。今までの経緯を考えてると、声が弱弱しくなったからと言って安心して
近寄る事も出来ないが。
「あんた、どうしてストーカーなんかしたの?」
エマの問いに、苦笑を浮かべて男は答える。
『そんなつもりは無かったんです。ただ、彼女が‥‥‥彩花さんがまぶしかった。それが‥‥
‥こんな事になるなんて』
「どういうことですか?」
『総ての始まりは、骨董屋で買った百足の置物を落として壊した時から始まりました。綺麗で
精緻な物だったのに非常に安かったので買ったのですが‥‥‥』
落として壊して、挙句封じられた魔が中から放たれたと言う訳か。
『そして壊してから、心の中の闇がどんどん大きくなって‥‥‥自分じゃない自分が心の中を
支配していくようになって‥‥‥このざまです』
「あなたはこのざまで済むかも知れないけど、彩花さんは生きた心地しなかったのよ。わかっ
てる?」
エマの厳しい口調に気押されてか男はうつむいていたが、はっとして顔をあげる。
『そういえば、お仲間が僕の体の所に行っているのではないですか?』
顔を見合わせてから頷くエマと悠也。それを見て、男は表情をゆがめた。
『ヤバいです。早く行ってあげてください。時間がたてばたつ程、ヤツは力を取り戻します。
僕の体を乗っ取ってから約一時間‥‥‥そろそろ力の10分の1程度取り戻している筈です。
脇の下の目から攻撃してきますが、そこが弱点です。早く!』
「時間稼ぎさせないでっ!!」
走っていった先には将人と白鬼と茅衣子が百眼魔君と対峙している。
『フン‥‥‥聞イテ来タヨウダナ。ドノ道、モウアノ人間ハ助カラン。マア、直グニデモオ前
等モアノ男ノ後ヲ追ワセテヤル。賑ヤカデ寂シクモナカロウテ!』
奇異な気合が家を大きく揺らし、邪気が部屋の中を満たす。
この力が、孫悟空をも撃退した力か!
「ヲン マリシエイ ソワカ!」
摩利支天の眞言を白鬼が唱えると、錫杖の先に刀が現れる。そして、構える事無く間髪無し
に斬り付けに行く!
『ヌオオオオオオッ!」
薄皮一枚で斬撃をかわした百眼魔君は緑色の体液を滴らせつつ、丸太のように太くなった腕
で百鬼を吹っ飛ばした!
「ぐあっ!」
「だいじょうぶ?」
壁に叩き付けられ、床に落ちる百鬼を助け起こそうとする茅衣子。
だが、そんな二人に百眼魔君は飛百足を吐きかけてきた! 毒虫共が二人に迫る!!
「させるか! 金旭鶏!!」
丁度飛んでくる飛百足たちを横から加え取ると、バキバキ音を立ててそれを食い尽くす。
『グゥッ!! オノレェッ!!』
さて、どの様に遊んでやりましょうか。
既に出してある金旭鶏とは別に2、3体は同時に出せそうですね。
けれど、場所がこのような部屋では飛行を得意する式神は返って不利ですか‥‥‥ならば!
「式神召喚! 四翼鴉 急急如律令!!」
放った式神は窓へと突進して、突き破って外へと飛び出ていった。
『フハハハハッ!! 何処ニ放ッテ居ルノダ!! マア、良イ。本当ノ我ノ力ヲ見セテヤロウ。
目ヲ見開イテヨォク見ルガイイ!!」
そう言い放つと、来ていた衣服をバリバリと引き裂いた。
露になったその体の上腕内側から脇腹にかけて、びっしりと目が蠢いている。
もっとも、その殆どが閉じられているが‥‥‥。
「あれが全部開いたら、総ての力が元に戻る‥‥‥そうなる前に倒さねばならない、と言う訳
ですか」
かすかな溜息をついて、もう一枚の符の存在を確かめる将人。此れが切り札です‥‥‥。
『低劣ナ人間ドモヨ! 死ネ!!』
その程度のボキャブラリーしかない自分が低劣では無いのかという話はとりあえずおいて、
右脇腹の目が紫色に光り、右手の掌に収束していく!
そして。
放たれた紫光がエマを直撃する!!
避ける暇も無くそれを受けてしまったエマは、スローモーションのように壁に叩き付けられ
て、前のめりに倒れこんで床にバウンドする。
「エマさん!」
「気を抜いてはいけませんっ!! 」
駆け寄ろうとした茅衣子に注意を与え、白鬼は刀を振りかざして百眼魔君を牽制する。
「いけない‥‥‥外傷性ショックを起こしそうだ‥‥‥」
そろそろと悠也は近付いて酷く傷ついた腹部に治癒の力を施す。跡とかは残らずに施術出来
そうだけど‥‥‥。
「みんなっ! エマさんの治療に専念させてくださいっ!!」
とにかく早く癒さないと‥‥‥貧血を起こして青白い顔になってきたエマの顔は激痛に歪み、
純白の肌は焼け爛れていた。
「くぅっ‥‥‥ゆう‥‥‥や‥‥‥私の‥‥‥事はいいから! みん‥‥‥なと一緒に戦っ‥‥‥て」
搾り出すように、弱弱しい声でそう言うエマ。
だが、無言で悠也は微笑みながら施術を続ける。かなり、強い酸と毒性を持った粘液が同時
に発射されている‥‥‥中和して再生しなければ‥‥‥。
白鬼は九字を切って金剛合掌をしてから懐から数珠を左手で取り出すと右手で刃の付いた錫杖を振る。
「ここは最早引く事かなわず‥‥‥ですね。一気に決めます!!」
不動明王の御名を大声で呼ばわると、数珠を振るって焔の球を現出させた!
「業火持ちて一切の不浄を滅ぼし賜えっ‥‥‥不動明王焔爆呪!」
「天上の刃持ちて不浄を斬り裂き賜えっ‥‥‥摩利支天星刃呪!」
複雑な印を結んで続け様に呪文を唱える白鬼。焔球と刃が百眼魔君へと襲い掛かる!!
『甘イワ、小童ァ!!』
口から吐き出したたくさんの百足たちが壁となる。業火はその壁を塵一つ残さずに焼き払って刃がそれを乗り越えていく。
ザシュっ!!
紫の光でそれを防ごうとしたが、僅かに軌道を変えただけで百眼魔君の右手の四本の指を斬り飛ばし、頬に一筋の傷をつける。
『グアアアアアッ‥‥‥オノレェェェェッ!』
だが、紫の粘液がぐにゃぐにゃとその手の上で蠢いて、再び指の形を形成していく!
「自分で再生までするのっ!?」
「弱点は、脇の下の目ですっ!!」
施術を続けながら、聞いた弱点を叫ぶ悠也。
‥‥‥‥‥‥そして、口元に笑みを浮かべる将人。
「僅かな時でしたが、それなりの成果はあったようです。それでは食らってください。符術『葬鳳陣』!!」
手にした札を空に投げると宙に光球が現れて、それが金旭鶏に直撃する。
『ナッ‥‥‥鳳凰ッッ!?』
実際には鳳雛であるのだが、わざわざ訂正する事でもない。そして、一斉に窓ガラスが割ら
れて大量の鳥が部屋に雪崩込んできた。その中には四翼鴉もいる。
「こ、これはっ!?」
思わず白鬼も狼狽を見せるが、鳥たちは彼等には見向きもせず、百眼魔君に群がっていく。
『グ、グオオオッ!! ナ、何ダァッッ!??』
鳳雛の統率により鳥たちの攻撃は止む事無く、肉片と体液を撒き散らしていく。その攻撃に再生もしていくが、完全に百眼魔君の動きが止まった。
「茅衣子っ! 今だっっ!!」
「分かってるっ。 御八幡大菩薩‥‥‥御力を我が手に貸し賜いて敵を滅せよっっ!!」
鳳雛の掛け声一つで鳥が飛び退いた瞬間、茅衣子が破魔弓を引いて、張り詰めた弦を解き放つ!
『グハアッッ! バ、馬鹿ナッッ!!』
破魔の矢が弱点と宣言された脇の下の目に直撃し、その力が百眼魔君の細胞の総てに行き渡って‥‥‥はじけた。
『馬鹿ナッ、馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナァッ‥‥‥コノ私ガ、低劣ナ人間如キニ敗レルナド‥‥‥認
メン、認メンゾオッ!!』
肉体の構成力が失われたのか、さらさらと砂となって崩れ落ちていく。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥えっ!?」
後ろで見ていた彩花が思わず声を漏らす。
そう、あの男。須藤充明の体は消滅してしまったのだ。眼前で魔に喰われ、そしてその魔が
倒されて消えていく。
理解しろ、というほうが無理なのであろう。
だが、同化を認めてしまった以上、取りうる手段これしかなかった。
と、いうよりも、まともに戦ったらまるで歯の立たない相手であったろう。完全なる復活前
であったから、このような結果を導き出せたのだ。
「終わりました。元通りです、ね」
「‥‥‥ううっ、いつまでおなかみてるのよっ!!」
治ったらすでにこれ、現金なものだ。まあ、完治してよかったな、と傷一つ残っていないエ
マのおなかを見る。
「だぁかぁら、見るなっての!」
すっかり元気になったエマとは対照的に、いつも元気印の茅衣子は何と無くふさいでいる。
「どうかしましたか?」
悲しげな気を発していた茅衣子に話し掛ける将人。
「いや、何でも無いんだけどっ。ただ、ね‥‥‥何時も嫌な気分だなって。破魔を成した時っ
て。いや、別に後悔してる訳じゃないし、間違いは無かったと思うんだけど‥‥‥なんかね」
「いいんですよ、それで。人間ですから」
「うん」
そんな会話をしていると、既に人の形を保つ事が出来ずに光の球となった須藤充明の魂が目
の前まで飛んできた。
『皆さん、ありがとうございました。この世に未練がないわけではありませんが、このまま楽
になれるのがとっても嬉しくて‥‥‥彩花さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ございせんでした。
それでは、お迎えも来たようですので‥‥‥さようなら』
どこからか現れた光球に誘われ、充明の魂は空に消えていく。それを見て、彩花はぺたりと
お尻を床についた。
「終わったんですよね‥‥‥いろんなことが。なんか‥‥‥つかれた」
------<エピローグ>-------------------------------------------------------
結果、充明の肉体は消滅した。
けれど、殺人の事件として扱うにはたぶんに無理がある。遺体が無いし、そもそも結界の中
で行われた事件は、周りに全く気付かれていない。商人が存在しないのだ。
誰も現場を知らぬので、充明が居なくなった事すら誰も気付く事は無いだろう。
もし、あの時百足の置物を買わなかったら‥‥‥壊さなかったら‥‥‥こんな事にはならな
かったのかもしれない。
運命の糸のあやは何をもたらすかは、誰も知らない。誰も知り得ない、未来。
無言のまま、その家を後にする。
もう、一歩前の足跡すら、過去の記憶。
彩花の心の傷も時とともに癒えていくのだろう。
とりあえずは、終わり。
時はただ、流れ行く‥‥‥。
【終幕】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ 女 26 翻訳家&幽霊作家+時々
草間興信所でバイト
0164 斎・悠也 男 21 バイトでホスト
0092 高御堂・将人 男 25 図書館司書
0065 抜剣・白鬼 男 30 僧侶(退魔僧)
0293 瀬田・茅衣子 女 エクソシスト(普段は高
校生)
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■ ライター通信 ■
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初めまして、シナリオお買い上げありがとうございます。篠田改め戌野足往(い
ぬの あゆき)と申します。遅くなりまして大変申し訳ございませんでした。
結果的に依頼は成功ですが、実のところ危ない場面も無いわけでは無かったので
すが‥‥‥まあ、戦力的にはギリギリでした。
戌野が人数を欲しがるときには多分強い敵が出ます(笑)。
そんな感じでやってきたのですが、さてさて時間が掛かりすぎました。申し訳ご
ざいませんでした。
あまりかっこよく描写できなかったかもしれません。いかがでしたでしょうか。
もしよろしければ、クリエーターズルームからご意見ご感想などいただけましたら、
今後の参考にさせていただきます。
今回はシナリオお買い上げありがとうございました。またの御指名を心よりお待
ち申し上げております。それでは。
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