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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


声の行方

Opening 必然と偶然と

最終バスに揺られながら、いつも聞こえる「彼の声」。
死んだ筈の彼なのに、もう会える筈も無い彼なのに…。
友人達に話すと、それは悲しみから来る幻聴だと。
時が経てば癒してくれる問題だから今は何も考えるなと。

でも、私は…「馬鹿げている」と思われても、もう一度彼に会いたいんです…。

時折、涙声を混じらせながら話す女――須藤深雪(すどうみゆき)――に草間はテーブルの上に置いてあったティッシュを一枚差し出した。
「無理な…お願いとは充分承知しています…。でも、私…どうしても信じられなくて…」
「お気持ちはお察しします」
うっと詰まる女に草間は、重々しく口を開いた。
「では、まずは…貴方の恋人――三島孝信(みしまたかのぶ)さんがどうして亡くなったか…その原因を調べてみましょう」
草間はそう云うと穏やかに笑って、どうぞ、と先程からテーブルの上に置かれ湯気を立てているコーヒーを勧めた。
でも、っと女は勢いよく顔を上げる。
「でもっ…現実を見るのは凄く…辛いんです…。おかしい、ですね…私、旅行から帰ってきたら彼に別れ話をするつもりだった。
 なのに…帰ってきて、彼が…死んでしまっていて…私…」
再び女は俯いた。膝の上で握られた震える拳にポタリ…と大きな涙が落ちる。
「須藤さん、確かに現実を見ることは辛いです。でも、その『現実』を見ることで貴方に聞こえる『声』にも何らかの変化があるかもしれない…」
声を殺して泣く女に草間は続けた。
「それに、この世では信じられないことが往々にして起こります。過去においても…未来においても、ね」

そう云ってにっこりと男は微笑むと、手馴れた仕草で煙草を取り出し、
「…というワケだ。この依頼、君達にお願いするよ」
と、俺達の方を振り返った。


Scene-1 理由

カツカツカツ…。
漆黒の髪を夜風に棚引かせ、ワインレッドのサングラスの奥には赤い瞳が妖しく光る。
透き通るような白い肌が黒いシャツの胸元から美しく映え、そして口元は格段に目を引く真紅のルージュ。
パンプスを鳴らしながら闇夜を闊歩する女――秋津遼である。
この世に生を受けて6世紀。今まで気侭に生きてきた。
もちろんそれはこれからも変わることなく続いていく事実である。
だが、どうせ生きるのなら面白くなくては意味がない。
それが彼女の行動を起こす最たる理由であった。
そして、今宵もその残酷なまでの興味心から受けた依頼を果たすべく、巨大な歩道橋にたった一人。
「ふぅん…ここから落ちたの」
秋津遼はホワイトオフのペンキが剥げた手すりに片手を乗せ、視線を下に落とした。
その先には深夜の所為か、些かスピードを上げた車が行き交う3車線の道路。
(ま、普通の人間だったら死んで当然だね)
須藤深雪の恋人――三島孝信の事故現場を単独で調査に来ていた秋津は素直にそう思った。
(自殺か他殺か…って所だろうけど、ここには『彼』の気配は一切ないわね)
秋津は一つ溜息を吐くと、踵を返す。
すると、カサリ、と音を立てて何やら足に当たった。白く大きなユリの花束だ。
「人間って生き物は分からないね。死んだ人間に花を手向けてどうする。この世に未練でも残させようって考え?」
秋津はバカらしい、と肩を竦めて首を左右に振った。
長年生き続ける彼女は未だに『人間』という生き物を理解できないでいる。
今回のクライアントに関してもそうだった。「カワイイし美味しそうだから」という非道く単純明快な理由で依頼を受けてはみたものの、個人的感情は全く把握できていない。
別れる筈だったのに、帰ってきたら彼が死んでいて悲しくてショウガナイ?
それって単なる彼に対する「罪悪感」から来るものなんじゃないの。
人間って、よく「同情」と「恋愛」を一緒にするけど…アノ子もそのクチかね。

ひらりと夜風に攫われた上着の裾を翻し、秋津は歩き出した。
――まぁ…私は楽しめたらそれでいいんだけど。
そんな風に思いながら口元に薄い笑みを浮かべ、墨のように深く澄んだ闇に一人消えていった。


Scene-2 昼下がりの路地裏

「あん? 先月起こった歩道橋事故について詳しく教えろ、だと?」
林立したビルの間の路地にダンボールに包まっている男が機嫌の悪そうなトーンと共に顔を上げた。
昼間だと云うのにこのような薄暗がりの場所で、まるで人目を避けるように生活する人間。
彼女にとって陰陽師の次に嫌いな人種であることは間違いなかった。暗い所は好きだが臭うのはいただけない。
しかし、この街で裏表に通じる情報を一番握っているのは、このように昼間から暇を持て余している、逆に云えば自分の人生を重要視しなくなった人間達に相違ない。
「そう。アナタ達ならよく知ってるでしょう」
秋津は口の端を少し上げ、転がって山積みにされている木箱に体重を預けた。
礼は幾らでも、と加えて云う。
「ふん…まぁ綺麗なネーチャンだから教えてやるよ」
品定めするかのように秋津を眺めたあと、寝転がっていた男はぼりぼりと頭を掻きながら胡座をかいて座った。
「あの夜…名前はなんつったか、忘れちまったが、ヤローが歩道橋から落ちた。
 警察は自殺か事故か、それとも他殺か、の線で捜査していたみてーだが…死体からアルコール反応もあったしな。
 事故死だと発表した」
「事故死…ねぇ」
「まぁ、転落したときはまだ生きてたみてーだが、すぐさま来ていたバスに轢かれちまっからな…アウトだろ」
「…バス?」
秋津は今回の事件のキーワードでもある「バス」に反応して綺麗な眉をやや顰めた。
「あぁ。えーっと時間から云ってそうだな。最終バスになるんじゃねーか。そいつが倒れていたヤローをモロに轢いたらしい。
 俺もそれは流石に目撃はしてねーけど…確か仲間がそんなこと云ってたぜ」
「……………」
「俺が知ってるのはそんだけだ。後は他を当たってくれ…つってもこれ以上の情報なんぞ出てこやしねーと思うけどな」
男はそう云ってまた寝転がり、秋津に背を向けヒラヒラと右手を振った。


Scene-3 声の行方

プシュー。
目の前で乾いた音を立てながらドアが開く。
深夜12:18―――最終バスである。
カツカツと小気味のいい足音を立てながら乗り込むと、ステップを登ってすぐ左の席に、今回の事件の探偵である室田充と寒河江深雪が座っていた。
二人は些か驚いた風に秋津を見るが、秋津は気にする素振りも見せず二人が座っている丁度向い側の席に腰掛けた。
先に乗っていた須藤深雪は丁度2つ前の席に座っている。その後姿からは一切の生気が感じられず、秋津は美しい眉をやや寄せた。
――別れる予定だったのに、そんなに悲しいものかね。まあ恋愛沙汰は嫌いじゃないけど…
と思わず素直な感想を胸に抱いた。

『秋津さん、何か掴めましたか?』
向かい側に座る寒河江はやや身を乗り出してクチパクで秋津に信号を送って来た。
『まぁ、程ほどに。…後は“彼”が出てくるのを待とうじゃないか』
秋津はいつも見せる薄い笑みを口元に称えてそう返す。
少なくとも昼間の聞き込みから、“彼”がこの『最終バス』に拘っているように思えたからだ。
『出てくる…ってやっぱそうなんですか?』
二人のやり取りを見ていた室田は眉をやや顰めて秋津に訊いた。しかし、秋津は相変わらず笑みを貼り付けたままだった。
その時。前に座っていた須藤がいきなり顔を上げた。先程までは置き人形のようにピクリともしなかったのに。
秋津はそのまま視線を彼女――須藤深雪へと移した。

「ねぇ…孝信?」
須藤深雪は車内の薄暗い空間に向って淋しそうにそう云った。
「孝信…ゴメン…」
3人は思わず顔を合わせた。そして、コクンとそれぞれの意を介したように頷く。
「室田さん、お願い!」
寒河江が声を発するのと同時に室田は立つ。
「おい。お前、言いたい事があるんならハッキリ言えよ。この身体、貸してやるから…!」
室田充は虚空へ向って凛と言い放つ。丁度信号にでも引っかかたのだろうか、バスも止まった。
通路に出た室田の体が一瞬、強張ったかと思うと、一気に車内の室温が下がった。
寒河江はハッと秋津を見る。秋津はコクンと頷いた。

「深雪…」
声はまさしく室田のものだった。しかし、体に纏う雰囲気がまるで異なる。
須藤深雪はそれを察したのかこちらを振り返って大きく目を開いた。
「…孝、信…?」
室田――この場合は三島孝信と云えばいいか――は、はにかむ様に笑った。
「深雪。やっと話せるな」
「孝信、孝信…! ゴメンナサイ、私…ッ」
名前を呼ばれたことで一気に感情が噴出したのか、須藤深雪は踊るように三島@室田に抱きついた。
そして『ごめんなさい』を何度も何度も繰り返す。
「…俺は取り返しのつかないことをお前にしてしまったな…すまない」
男は女の頭を優しく撫でながら申し訳なさそうに詫びた。
「そこの探偵さんなら大体知ってるんだろう?」
そう云って秋津の方を振り返る。
「アンタ…このバスに轢かれて死んだんだってね。しかも、毎日彼女が通勤で使う最終バスに」
男は無言でこっくり頷く。でも、と続けた
「でも、警察は事故死、って断定した。違う。俺は…自殺なんだ」
「え…?」
その科白に須藤深雪は顔を上げた。
「お前が旅行に行く前、派手にケンカしたろ? 俺…てっきりお前が別の男と旅行に行くもんだと思ってた。
 許せなかった。俺、凄く独占欲が強かったんだ…」
「孝信…」
「お前とケンカ別れした後、毎日酒ばっか飲んで、いつしか馬鹿げた考えが頭に過ぎった。
 『俺が死んだらアイツを悲しみで一生縛れるかな』って」
「………………」
「冷静になって考えてみれば馬鹿げてるさ。でも俺…狂いそうだった。いや、もう狂ってたのかもな。
 だから、あの歩道橋から飛び降りたんだ…このバスが来る時間を狙って」
「………………」
「でも、死んでみて…お前の悲しむ姿を見て…もの凄く後悔した。俺はお前の何一つ分かってやれていなかった。
 だから…せめてお前に本当のことを告げて、消滅しようと思ったんだ」
「…孝信…」
「ごめんな、深雪。でも、もう『俺の死』に縛られる必要はないんだ。俺はもう充分なんだ」

「深雪さん…貴方も気持ち、伝えたら…?」
秋津の隣に立っていた寒河江深雪は徐に口を開いた。昼間の彼女の姿が目に焼きついて離れないでいたからだ。
「貴方も伝えたいこと、あるんじゃないですか。折角、室田さんが体を提供してくれたことですし…」 

「………私…やっぱり酷い女よ…」
少し詰まった後、須藤深雪は悲しそうに微笑んだ。
「貴方が死んで…凄く悲しかったの。でもね、涙が流れたのは――自分が許せなかったから。
 ああすれば良かった、こうすれば良かった、そんな後悔ばっかり。何処かで悲劇のヒロインを演じていただけなのかも知れない…」
「深雪…」
「考えてみれば、私、一度も貴方に『好き』って云ったことがなかった。おかしいね」
そう云って、再び女は淋しげに笑った。男は黙って女を抱き締める手に力を込める。
たった一つの言葉。
たった一つの気持ち。
それさえ伝われば、こんな悲劇は生まれなかった。
秋津はやはり人間の感情はよく分からないと思った。
思うが侭に生きれば、すれ違いも何も無い筈なのに。
欲望剥き出しの人間もいれば、このような人間もいる。
――全く…分からないね。

「貴方のこと好きだった。ありがとう」
須藤深雪は三島の意識が消滅する前にそう云った。最後くらい素直にならなきゃね、と笑った。
男はそんな女の頭を撫でた後、微笑んだまま室田の中から消えていく。
その様子を秋津は目を細めて見送った。


Epilogue 

(そう云えば、今回、珍しく誰の血も吸わなかったわね)
秋津はバスを降りた後、雑踏に紛れながらそう思った。
自分は美食家だと豪語する彼女は美しく若い血を好む。本来なら今回のクライアントのような女は美味しくいただきましょう、というのが彼女のモットーだ。
「まぁ…依頼だし、一応ハッピーエンドみたいだからね」
バス停を振り返りながら珍しく独り言を漏らす。
ちょうど寒河江深雪が室田充に右ストレートをお見舞いする所だった。
それを見て秋津遼は可笑しそうな笑みを口元に作りながら、いつもの如く颯爽と夜の街へ一人消えて行ったのだった。


FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0258 / 秋津・遼 / 女 / 567 / 何でも屋】
【0174 / 寒河江・深雪 / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当)】
【0076 / 室田・充 / 男 / 29 / サラリーマン】

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■         ライター通信          ■
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* 初めまして、相馬冬果(そうまとうか)と申します。
  この度は、東京怪談・草間興信所からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* OMCライターとしても東京怪談としても初めての作品です。
  かなり緊張致しましたが、少しでも皆さまに気に入って頂けたら幸いです。
* 今回の依頼は少し悲しい男女のすれ違いをテーマに書いています。
  それぞれのPCによって、須藤深雪に対する感情や受け止め方が違いますので、
  他の参加者の方の文章を読んで頂けると、この事件をより一層楽しんで頂けると思います。

≪秋津 遼 様≫
 かなりツボを突く設定、ありがとうございます(笑)。
 如何に秋津様をカッコよく描くか、それに賭けてました。
 人間や須藤深雪に対する感情を些か脚色して書かせて頂きましたが、もし外していましたら申し訳ありません。
 また機会がありましたら、お会いできることを楽しみにしております。

 相馬