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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


声の行方

Opening 必然と偶然と

最終バスに揺られながら、いつも聞こえる「彼の声」。
死んだ筈の彼なのに、もう会える筈も無い彼なのに…。
友人達に話すと、それは悲しみから来る幻聴だと。
時が経てば癒してくれる問題だから今は何も考えるなと。

でも、私は…「馬鹿げている」と思われても、もう一度彼に会いたいんです…。

時折、涙声を混じらせながら話す女――須藤深雪(すどうみゆき)――に草間はテーブルの上に置いてあったティッシュを一枚差し出した。
「無理な…お願いとは充分承知しています…。でも、私…どうしても信じられなくて…」
「お気持ちはお察しします」
うっと詰まる女に草間は、重々しく口を開いた。
「では、まずは…貴方の恋人――三島孝信(みしまたかのぶ)さんがどうして亡くなったか…その原因を調べてみましょう」
草間はそう云うと穏やかに笑って、どうぞ、と先程からテーブルの上に置かれ湯気を立てているコーヒーを勧めた。
でも、っと女は勢いよく顔を上げる。
「でもっ…現実を見るのは凄く…辛いんです…。おかしい、ですね…私、旅行から帰ってきたら彼に別れ話をするつもりだった。
 なのに…帰ってきて、彼が…死んでしまっていて…私…」
再び女は俯いた。膝の上で握られた震える拳にポタリ…と大きな涙が落ちる。
「須藤さん、確かに現実を見ることは辛いです。でも、その『現実』を見ることで貴方に聞こえる『声』にも何らかの変化があるかもしれない…」
声を殺して泣く女に草間は続けた。
「それに、この世では信じられないことが往々にして起こります。過去においても…未来においても、ね」

そう云ってにっこりと男は微笑むと、手馴れた仕草で煙草を取り出し、
「…というワケだ。この依頼、君達にお願いするよ」
と、俺達の方を振り返った。


Scene-1 生きながらに死する女

真っ暗闇にぼわんと篭るような赤いランプと排気音。
ゴゴゴゴ…と大型車特有の鈍い揺れと掠めるように流れるネオンサイン。
「ふわぁ」
その中――深夜12時丁度に発車した都営バスの中で、サラリーマン風の男が小さな欠伸を一つ噛み殺した。
ブルーのワイシャツにブラックのネクタイ、皺の多く入ったヨレヨレの通勤用カバンを膝に抱えている。
些か日常に疲れた雰囲気が伝わる男――室田充、その人であった。
「ちょっと、室田さん…大丈夫?」
その隣の席から覗き込むように伺うのは黒い髪としっとりとした声が印象的な、それでいて親しみやすそうな雰囲気を醸し出す女性――寒河江深雪。
「あーん、ちょっと夕べも遅くってさ。最近、気になる書き込みも多いし」
メガネの奥にある瞳を眠そうに何度も擦りながら室田は応える。
「気になる書き込み…?」
寒河江深雪はその返事に少し訝しげに眉を顰めた。
と、同時にバスがゆっくりと左に寄る。

プシュー。
乾いた音を立てながら、二人が座る席の丁度後ろのドアが開く。
足音をまるで殺すかのようにステップを登って乗り込む客が一人。今回のクライアントの須藤深雪であった。
須藤は一切顔を上げることなく、吸い込まれるままに一人用の席に腰掛ける。
右手で持っていたバッグを膝の上に乗せると、だらりと腕を下に垂らした。
仕事に疲れているのか、それとも恋人を亡くした辛さなのか、はたまた両方なのか。
二人の位置から見える須藤の背中には―― 一切の生気が感じられなかった。
「ね、ね、室田さん。どー思います?」
コソコソと極力抑えた声で寒河江深雪は室田充に囁く。
「うーん…そうだな…」
そう答えるものの、再び小さな欠伸を噛み殺しながら、何処か『心ここにあらず』な室田に、寒河江深雪はふぅと大きく溜息を吐いた。
仕方ないので須藤の背中に視線を戻す。
女の背中を見ながら、寒河江は昼間話した須藤の姿を思い出した。


Scene-2 昼下がりの公園

「お隣、いいですか?」
物静かな公園のベンチで一人弁当を広げてぼーっとする女に、寒河江深雪は極自然に話し掛けた。
「あ、…ハイ」
突然の出来事に女――須藤深雪は些か驚いた風だったが、どうぞ、と傍らの荷物を下に置き、席を空けた。
「今日はいいお天気ですね。天気予報、ばっちり当たりましたね」
寒河江はにっこりと笑って雲一つない青空を仰いだ。
それはもう抜けるような快晴で、まるで地球の丸さが分かるような吸い込まれる青。
しかし、穏やかに微笑む寒河江を他所に須藤深雪は、自分の足元をじーっと見つめたまま動かなかった。
須藤は隣に座ったこの寒河江深雪が草間興信所の探偵であることを一切知らない。
『クライアントと探偵は事件解決まではなるべく顔を合わせない方がいい』
草間武彦が自分を含め他の人間を探偵として雇う時に唯一忠告した内容だ。
寒河江はそれを実に忠実に守っていた。
しかし、今回の依頼と探偵の面子をみるに、やはり自分がクライアントと一度接触を取った方がいい。
そう思った。ただし、『探偵』だとは明かさずに。

「どうかしましたか?」
自分も女と同じように弁当を膝に広げて箸を加える寒河江深雪は、包み込むような穏やかな表情で須藤に声を掛けた。
須藤は箸を持ったまま、弁当には一切手をつけていない風だった。
「食べないと体、壊しますよ。私、仕事柄、朝がすんごく早いんですが、このお昼を楽しみに頑張って毎朝起きてるんです」
たまに寝坊しちゃうこともあるんですが、と小さく舌を出しながら寒河江は笑った。
「…私…食欲、全然なくって…。食べてもスグに気持ち悪くなっちゃって…」
須藤深雪はぼそり、と呟くような声で云った。その声は、最初に草間興信所に尋ねてきたあの時よりも沈んでいるかのように思えた。
「…何か辛いことでもありましたか?」
敢えて寒河江は訊いてみる。ここで本音を引き出そうとは思ってはいない。
だが、事件を担当するに当たって、彼女の『人間像』が知りたかった。
「…ツライ、こと……」
ぽつり、と零すと女は耐えかねたようにまた、ぽつりぽつりと口を開いた。
「彼、が遠くに…行ってしまって…私、どう…しようも、なくって…」
「悲しみに…押しつぶされそうですか?」
「そう…でも、私…」
そこまで云うと須藤は止まった。漆黒の瞳は抜けるような青も公園の木々も――もちろん隣にいる自分も映し出してはいなかった。
「…でも、私…悲しみ、よりも…後悔の方が…強いんです」
女の頬を音も立てずに大きな涙がスッと零れ、落ちた。
それが彼女の今の気持ちを雄弁に語っていた。寒河江はそう思った。


Scene-3 声の行方

プシュー。
再び後ろで乾いた音が鳴った。ドアが開く音だ。
その音で寒河江も同じく呆けていた室田もハッと我を取り戻す。少し慌てた動作で横を振り返った。
カツカツと小気味のいい足音で乗り込んできたのは、今回の事件の探偵の一人――秋津遼であった。
彼女はこちらに気を配る素振りも見せず、二人が座っている丁度向い側の席に腰掛けた。須藤深雪の2つ後ろの席だった。
『秋津さん、何か掴めましたか?』
寒河江はやや身を乗り出してクチパクで秋津に信号を送る。
『まぁ、程ほどに。…後は“彼”が出てくるのを待とうじゃないか』
秋津はいつも見せる薄い笑みを口元に称えてそう返した。
『出てくる…ってやっぱそうなんですか?』
二人のやり取りを見ていた室田は眉をやや顰めて秋津に訊いた。しかし、秋津は相変わらず笑みを貼り付けたままだった。
その時。前に座っていた須藤がいきなり顔を上げた。先程までは置き人形のようにピクリともしなかったのに。
寒河江は今の会話が聞かれたのかと思ってハッと前を向いた。

「ねぇ…孝信?」
須藤深雪は車内の薄暗い空間に向って淋しそうにそう云った。
「孝信…ゴメン…」
3人は思わず顔を合わせた。そして、コクンとそれぞれの意を介したように頷く。
「室田さん、お願い!」
寒河江が声を発するのと同時に室田は立つ。
「おい。お前、言いたい事があるんならハッキリ言えよ。この身体、貸してやるから…!」
室田充は虚空へ向って凛と言い放つ。丁度信号にでも引っかかたのだろうか、バスも止まった。
通路に出た室田の体が一瞬、強張ったかと思うと、一気に車内の室温が下がった。
寒河江はハッと秋津を見る。秋津はコクンと頷いた。

「深雪…」
声はまさしく室田のものだった。しかし、体に纏う雰囲気がまるで異なる。
須藤深雪はそれを察したのかこちらを振り返って大きく目を開いた。
「…孝、信…?」
室田――この場合は三島孝信と云えばいいか――は、はにかむ様に笑った。
「深雪。やっと話せるな」
「孝信、孝信…! ゴメンナサイ、私…ッ」
名前を呼ばれたことで一気に感情が噴出したのか、須藤深雪は踊るように三島@室田に抱きついた。
そして『ごめんなさい』を何度も何度も繰り返す。
「…俺は取り返しのつかないことをお前にしてしまったな…すまない」
男は女の頭を優しく撫でながら申し訳なさそうに詫びた。
「そこの探偵さんなら大体知ってるんだろう?」
そう云って秋津遼の方を振り返る。
「アンタ…このバスに轢かれて死んだんだってね。しかも、毎日彼女が通勤で使う最終バスに」
男は無言でこっくり頷く。でも、と続けた
「でも、警察は事故死、って断定した。違う。俺は…自殺なんだ」
「え…?」
その科白に須藤深雪は顔を上げた。
「お前が旅行に行く前、派手にケンカしたろ? 俺…てっきりお前が別の男と旅行に行くもんだと思ってた。
 許せなかった。俺、凄く独占欲が強かったんだ…」
「孝信…」
「お前とケンカ別れした後、毎日酒ばっか飲んで、いつしか馬鹿げた考えが頭に過ぎった。
 『俺が死んだらアイツを悲しみで一生縛れるかな』って」
「………………」
「冷静になって考えてみれば馬鹿げてるさ。でも俺…狂いそうだった。いや、もう狂ってたのかもな。
 だから、あの歩道橋から飛び降りたんだ…このバスが来る時間を狙って」
「………………」
「でも、死んでみて…お前の悲しむ姿を見て…もの凄く後悔した。俺はお前の何一つ分かってやれていなかった。
 だから…せめてお前に本当のことを告げて、消滅しようと思ったんだ」
「…孝信…」
「ごめんな、深雪。でも、もう『俺の死』に縛られる必要はないんだ。俺はもう充分なんだ」

「深雪さん…貴方も気持ち、伝えたら…?」
二人の後ろに立っていた寒河江深雪は徐に口を開いた。昼間の彼女の姿が目に焼きついて離れないでいたからだ。
「貴方も伝えたいこと、あるんじゃないですか。折角、室田さんが体を提供してくれたことですし…」 

「………私…やっぱり酷い女よ…」
少し詰まった後、須藤深雪は悲しそうに微笑んだ。
「貴方が死んで…凄く悲しかったの。でもね、涙が流れたのは――自分が許せなかったから。
 ああすれば良かった、こうすれば良かった、そんな後悔ばっかり。何処かで悲劇のヒロインを演じていただけなのかも知れない…」
「深雪…」
「考えてみれば、私、一度も貴方に『好き』って云ったことがなかった。おかしいね」
そう云って、再び女は淋しげに笑った。男は黙って女を抱き締める手に力を込める。
たった一つの言葉。
たった一つの気持ち。
それさえ伝われば、こんな悲劇は生まれなかった。
寒河江は二人の背中を見ながら云い知れぬもどかしさに胸が詰まった。

「貴方のこと好きだった。ありがとう」
須藤深雪は三島の意識が消滅する前にそう云った。最後くらい素直にならなきゃね、と笑った。
男はそんな女の頭を撫でた後、微笑んだまま室田の中から消えていく。
これで…須藤さん、前を向いて歩いていけるかな…。
寒河江は目を細めて手を胸の前で強く握り締めた。


Epilogue 

「それにしても、室田さん。よく体、提供してくれましたよね」
バスから降りた後、寒河江深雪は笑いながら室田を覗き込んだ。
「まぁ…バスに乗り込んだときから、『なんかあったら僕ごとやっちゃって。…やり過ぎたら治療費はきっちり請求させてもらうけどね』…ってな気持ちだったからね」
室田は頭を掻きながら、でも、と続けた。
「でも、君も秋津さんも手加減しなさそうだから、正直、無事に解決してホっとしてるよ」
真剣な顔をして室田がそう云ったので、寒河江は華麗なる右ストレートが脇腹にお見舞いしたのだった。


FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0174 / 寒河江・深雪 / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当)】
【0258 / 秋津・遼 / 女 / 567 / 何でも屋】
【0076 / 室田・充 / 男 / 29 / サラリーマン】

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■         ライター通信          ■
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* 初めまして、相馬冬果(そうまとうか)と申します。
  この度は、東京怪談・草間興信所からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* OMCライターとしても東京怪談としても初めての作品です。
  かなり緊張致しましたが、少しでも皆さまに気に入って頂けたら幸いです。
* 今回の依頼は少し悲しい男女のすれ違いをテーマに書いています。
  それぞれのPCによって、須藤深雪に対する感情や受け止め方が違いますので、
  他の参加者の方の文章を読んで頂けると、この事件をより一層楽しんで頂けると思います。

≪寒河江 深雪 様≫
 僕の中では癒し系…として受け止めさせて頂きましたが…どうでしょうか?(笑)
 とても動かしやすく、素敵な設定だと思います。夏に傍にいて欲しい…。
 プレイングは室田充さんと相談したのでしょうか? 二人のコンビネーションを楽しく書かせて頂きました。
 また機会がありましたら、お会いできることを楽しみにしております。

 相馬