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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:綾のカンタン魔法教室☆
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜5人

------<オープニング>--------------------------------------

「やはり戦力の調整をするべきだと思いますね」
「‥‥だろうな」
「でもねぇ。わたしの技は誰にでも教えて良いってもんじゃないんだけどなぁ」
 稲積秀人と草間武彦の言葉に、新山綾が渋面を作った。
 刑事部参事官室、つまり稲積の牙城である。
 先日の一件以来、綾はここに預けられている。怪奇探偵に降伏してしまった以上、もはや内調に戻ることもできぬ。
 稲積と草間の提案は、綾の持つ物理魔法を部下や仲間に教えたらどうか、というものだった。
 たしかに、これからの戦いは厳しいものになる。本気で日本転覆を企んでいる七条家との最終決戦だ。戦力は多い程良い。
 とはいえ、魔法を多くの人に教えるのは、綾としても躊躇ってしまう。
 誰にでも使えるものだけに、簡単に悪用できるのだ。
「ふう。仕方がないわね。なるべく信用に値する人を人選してよ」
 それでも彼女がそう言ったのは、戦略上必要だからである。このままの戦力で敵と戦えば、敗北はしないまでも犠牲が増えることは疑いえない。
「助かります」
「気にしないで秀人クン。キミとわたしの仲じゃない☆」
「‥‥お前ら、いつの間にそんなことに‥‥」
「違いますよ! 草間さん! 新山さんも適当なこと言うのは止めてください!」
「冷たいのね。あんなに激しく求めあったのに」
「ほうほう」
「違いますって!!」
 こうして、警視庁にその人ありと呼ばれる稲積警視正は、一組の男女の玩具にされるのだった。

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綾のカンタン魔法教室
 肌を刺す寒風も僅かだが穏やかになり、街は春に向けての装いをはじめる。
「ようこそ。わたしの研究室へ」
 居並ぶ生徒たちを眺めやって、新山綾は厳かに告げた。
 生徒たち、否、探偵たちの胡乱げな視線が集中する。
 ここは警視庁ビルの一角だ。一〇万歩譲ったとしても、綾の研究室のはずはない。
 とはいえ、彼女のためにこの部屋が用意されたのは事実だし、今日は教師役をつとめることも確かだ。
 魔法の教師である。
 探偵たちは、『物理魔法』を習得するために集まったのだ。
 それに、他にも訊かねばならないことが幾つもある。
 例えば、綾がなぜ内閣調査室などに関わっているか。また、綾の仲間とは何者か。そしてその戦う相手とは。
「とりあえずは、ことの経緯を、俺たちにも判るように説明してくれ」
 一同を代表する形で、武神一樹が口を開く。
 ちなみに、彼と綾は同年であるが、とてもそうは見えなかった。これは、武神が落ち着きすぎているのか、綾が若作りなのか、おそらく両方であろう。
 軽く頷いて、若作りの教授が生徒たちを見回した。
 巫灰滋と視線が合い、やや慌てて逸らす。彼の腕に抱かれて投降したのだ。ばつの悪いこと夥しい。
 シュライン・エマと九夏珪もいる。実際に「魔法」を使用した二人だ。青い瞳の美女は思慮深げな光を瞳にたたえ、茶色い髪の陰陽師の瞳は知的興奮に輝いている。その対比が
綾には興味深かった。
 斎木廉も斎悠也も、前回、剣を交えたメンバーだ。
 それぞれに特化した能力の持ち主であり、だからこそ並々ならぬ大敵を前にして新しい力を望むのだろう。陰陽、神道、仏教、キリスト教、その他すべての分野に属さない全く新しい力。すなわち物理魔法。あるいは、無属性の技術というべきだろうか。
 むろん、警戒心を持っているものもいる。
 武神やシュラインなどが代表格であろう。この技術が流出した場合のことを思えば、安穏としていられないのだ。
 そのような懸念に対しても、綾はきちんと説明を加えるつもりだった。
「まずは、わたしがこれを発見した時期だけど‥‥」
 赤い唇が言葉を紡ぎ出す。
 綾が物理魔法の存在を知ったのは二年半ほど前のことである。当時、彼女は札幌の北斗学院大学でキリスト教と聖書の研究をおこなっていた。この頃は、催眠術が少し使えるだけの、平凡な女性だったのだ。まあ、二八歳の若さで助教授に出世するような女性を平凡というどうかは微妙なところであるが、内調や自衛隊に関わり、魔法を行使する今の彼女に比すれば、遙かに平凡で穏当だろう。
 ところで、聖書とは一冊の書物ではない。旧約三九編、新約二七編の合計六六編の書物から成り立っている。ちなみに旧約聖書に描かれているのは、ジーザス・クライスト生誕以前の説話だ。なかなかに壮大で幻想的で、読み物としてもけっこう面白い。まあ、それはともかくとして、綾の研究とは、この聖書の研究である。より正確には、割愛されたり削除されたりした部分、外典とか偽典とか呼ばれる部分の研究だった。
 それらを研究し調査してゆく過程で、現在の科学とは異なった科学を知ったのである。
「それが風と炎の魔法だったんっすか?」
 やや性急に九夏が結論を求める。
「誤解しないで珪クン。わたしは、風も炎も操ることはできないわ。わたしに干渉できるのは、空気の成分密度と摩擦力よ」
 要領の得ないことを綾が言い、探偵たちは顔を見合わせた。
 実際、黒い瞳の大学教授は、幾度も風と炎を操っている。
「どうも判らんな。具体的に説明してくれ」
 腕を組んだ巫が、椅子の上で、なぜとはなく身体を前後に動かしながら言った。
 ちらりと、廉が見る。べつに備品のことを気にしたわけでもあるまいが。
「そうねぇ。たとえばタバコに火をつける時、アナタだったらどうする? 悠也クン?」
「マッチかライターを使います」
 指名された斎が、ごく普通に答える。この場合、奇をてらったことを言っても仕方がない。
「そうね。マッチの方が解りやすいから、これで説明するわ」
 マッチは、棒の先に取り付けられた発火性物質に摩擦で火をつける。より細かく言うと、摩擦によって生じる熱で発火しているのだ。
「‥‥なるほど。それで成分密度と摩擦力なわけね」
 理解の表情を閃かせ、シュラインが頷いた。
 綾は、大気中を漂うリンを集め、それに摩擦を加えることで炎を生み出していたのだ。
「しかし、たったそれだけのことで、あれほど強大なパワーを生み出すとは」
 感心したように廉が言った。
 だが、それに対して綾は苦笑を浮かべる。
「そうじゃないわ。よく思い出してみて。わたしの方から攻撃を仕掛けたときは、たいしたことなかったでしょ? 日比谷公園で戦ったときと那須高原で戦ったとき、どっちのわたしが手強かった?」
 たしかに、日比谷で戦ったときには圧倒的だった綾に、那須高原では互角以上の戦いを挑むことができた。これは、事前に綿密な準備をしていたからだ。
「つまり、お前の技は、相手の攻撃に対応して使った方が、より効果が得られるということか」
 下顎に右手を当て、武神がさらりと言ってのけた。彼には、物理魔法の弱点と綾の本当の能力が読み取れていた。相手の能力に対応して、ということは、常に先制させなくては意味がないということだ。これは、なかなかの難事業である。相手がどう動くか正確に予想し、それに対して最も有効な手段で反撃する。口で言うのは簡単だが、並の予測力や思考力でできることではない。
「ご名答。だいたいは一樹さんの言った通りよ。じゃあ、次は実践編に入るけど、でも、その前にお茶にしましょ。みんなも疲れたでしょ」
 そう言った綾が、インターフォンに向かって飲み物を頼む。
 やがて室内に入ってきたのは、盆を持った草間武彦と稲積秀人だった。
 稲積は嬉しそうに、草間は仏頂面でアイスティーを配る。
 半ば呆れながら生徒たちは、それを見守っていた。
「どうして草間さんと稲積さんは、一緒に習わないんですか?」
 冷たい紅茶を受け取った九夏が、罪のない口調で余計なことを訊ねた。
 シュラインが笑いを含んだ表情で首を振る。彼女は、草間が魔法を習得できない理由を知っている。ふと見ると、廉が何とも情けなさそうな顔をしていた。
「ねえ。もしかして稲積警視正が魔法ができない理由知ってるの?」
「参事官は、超が付くほど外国語が苦手なのよ‥‥」
「‥‥武彦さんと同じ理由か」
 深い溜息をつく二人。
 それを尻目に、草間と稲積が、綾の前で英語のようなものを口にしていた。
「じす、いず、あ〜、ぺん」
「あ、あい、あむぅ、あ、ぼ〜い」
「‥‥秀人、アンタの持ってるのはペンじゃなくてトレー。武彦、アンタはもうボーイって歳じゃないでしょうが‥‥」
 じつは先日来、この二人組も綾に魔法を教えてもらおうとしているのだが、魔法以前の段階でストップしている。草間はともかく稲積などは、東京大学を卒業しているのだが。
 ここはやはり、シュラインと廉が頑張るしかないのだ。
 一方、こんな会話をしているものもいる。
「Cぐらいかな?」
「いや、Dはあるでしょう」
「85・58・86ってところか」
「いやいや。56くらいじゃないですか」
「素晴らしいな」
「素晴らしいですねぇ」
 巫と斎である。話題は、綾のプロポーションについてだった。
 もはや、何の目的でここにいるか判らない二人である。
 もちろん、真剣なものたちもいる。
「強くなりたいんです。もう、俺の力不足のせいで人が傷付くのは嫌なんですよ」
 とは、九夏の言葉である。
 武神は口を開きかけたが、結局は何も言わなかった。
 九夏の心理が理解できたからである。若いうちは、とかく力を求めるものだ。まして、彼のように実戦をくぐり抜けてきたものならば当然だろう。武神自身は綾の魔法の行使について懐疑的であるが、その点を九夏に伝えても仕方がない。
 年長者が、きちんとした安全策を取ればよい、と割り切っているのだ。

 さて、しばしの休憩の後、授業が再開された。
 今度は生徒たちの前に、プリントが置いてある。配ったのは、草間と稲積である。この二人は小間使いのようによく働く。よほど魔法を教えて欲しいのか、それとも綾に弱みでも握られているのか、さて、どちらだろう。
 プリントには、幾つかのバリエーション魔法とその名称が日本語で記載されていた。日本語で書かれているのは、おそらく綾が生み出したからなのだろう。
「えっと、とりあえず、この中から一人一個、憶えたい魔法を選んで」
 一つと限定したのには理由がある。
 それは、時間が惜しいからだ。じつは綾の魔法は、個人授業で一人ひとりに憶えてもらうしか方法がないのである。ビデオやテープレコーダーでは、再生した瞬間、機械が壊れてしまうのだ。どうしてそうなるのかは綾自身よく判らないが、きっと機械の中で術か発動してしまうからではないか。そう綾は考えている。結局は、口頭と筆記類で憶えてもらうしかないのだ。とてもではないが、複数の魔法を教えるゆとりはない。
「なあ、新山」
「どしたの? ハイジ?」
「‥‥なんか微妙に違和感のある呼ばれ方だが、まあ、それはいい。それより、この魔法の名前、新山が全部考えたのか?」
「そうよ。格好いいでしょ?」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥綾、子供の頃、少年マンガとか好きだっただろう?」
「よく判ったわね。一樹さん」
「なんとなくな‥‥」
 同年の武神は綾と通じるところが多いのだろうか。否、べつに通じてるわけではない。呆れているだけだ。
 まったく、浮舟だの、ライトニング・マグナムだの、フィンガーフレアボムだの、ガードウインドだの、魔法というよりは少年マンガの必殺技である。
「じゃあ俺は、この、ラ、ライトニング・マグナムを‥‥」
 なぜか頬を染めながら九夏が手を挙げる。
 まあ、色々と恥ずかしい年頃なのだろう、と、綾が勝手な解釈をする。恥ずかしいというのなら、彼女のネーミングセンスが最も恥ずかしい。
 結局、斎もライトニング・マグナムを選択し、この魔法の受講者は二人となった。
 浮舟は、武神、シュライン、廉の三人である。
 巫だけは、フィンガーフレアボムを選んだ。

「浮舟」とは、移動補助の魔法である。
 地面との摩擦力を極端に下げることにより、滑るような高速移動が可能になるのだ。
「最初に充分な加速を与えると、より効果的ね」
 そう綾が説明する。一度加速がついてしまえば、後は慣性の法則に従って高速状態を維持できる。方向転換にテクニックが必要だが、これは追々体得してもらえば良い。
 ところで、シュラインと廉がこの魔法を選んだのには理由がある。
 それは、彼女たちが守るべきものを持っている、ということだった。
 シュラインならば草間、廉ならば稲積である。
 彼女らとしては、敵を倒すことよりも大切な人を守ることが重要なのだ。浮舟が使えれば、最悪の事態でも彼らを抱えて逃げることができる。あるいは、草間や稲積に魔法をかけて逃がし、自分が囮になることもできるだろう。
 性格も思考法も違うシュラインと廉だが、護るべきものを持つと、人は時として同じ橋を渡るものらしい。
 武神がこの魔法を選択した理由は、二人とやや異なっていた。
 彼は、物理魔法を危険視している。今は、七条家のと戦いを前にして戦力を増強しなくてはいけない時期ではあるが、いずれ事が落ち着いたら、きちんとした安全基準を設けるつもりだった。「誰にでも」使える魔法などが世に流布すれば、とんでもないことになるだろう。綾も多少は配慮しているようだが、武神にいわせればまだまだである。調停者と術者の間で、ちゃんとした協定を結ばねばならないのだ。
 そのためにも、物理魔法を学んでおいた方がよい。
 とくに、摩擦力に最大限干渉する浮舟は、絶好の教材である。
「じゃあ、実際に使ってみて。意外とスピード出るから気を付けてね」
 そう言った綾の横を三つの旋風が駆け抜けてゆき、教練場の壁にぶつかって止まった。
 崩れ落ちた三人の男女が、うめき声を上げながら立ち上がる。怪我をしなかったのは、彼らの反射神経を消極的に証明するようなものだ。
 綾が額に右手を当てる。
「だから気を付けてって言ったのに」
「‥‥凄いスピードね」
「‥‥痛いわ」
「‥‥コントロール法を先に教えるべきじゃないのか?」
「浮舟の速度は、最初のダッシュ力によるのよ。まずは、ローラーブレードくらいのつもりで、徐々に速度に慣れていって」
 魔法は万能の力ではない。
 自分でコントロールできる範囲のものでなくては意味がないのだ。
 それでも、小一時間ほどの練習で、三人は浮舟を体得することができた。
 慣れてくると、それほど難しくない。
 止まるときには徐々に摩擦力を上げ、曲がるときには少しずつ摩擦の方向性を変える。
 スケートなどの氷上競技に近いようだ。
 このあたりの手軽さが、武神やシュラインは不安なのである。
 一時間程度の練習で体得できるのでは、簡単すぎるのだ。
「綾。ちょっと話があるんだがな」
 腕を組んだ武神が、綾に声をかけた。
 シュラインも廉も練習の手を止め、そちらを注視している。それほどまでに真剣な骨董屋の声だった。
「この魔法、ジェスチャーはほとんど関係ないだろう?」
 疑問の形をとった確認だった。
「‥‥やっぱり気が付いた?」
 そして、疑問の形をした肯定だった。
 無言のまま、武神が綾を見つめる。
「正直いうとね。別に古代コプト語でなくても魔法は発動するの。でも、わたしは他の言語は教えない」
 茶髪の魔術師の言葉の意味は、武神だけでなく、シュラインや廉にも正確に理解できた。一応、これも安全策なのだろう。
「‥‥魔法が流布したら厄介なことになるわね。全てが終わったら、封印する方が良策かもしれない」
 ぽつりと廉が言う。
「ところが、そうもいかないのよ。わたしとあなた達の分は、催眠術で忘れることができるけど」
 綾もまた、ほろ苦い表情をたたえている。
 宗教学の研究者として、彼女は優秀な方ではあるものの、世界有数とか、そのような形容詞は付かない。とすれば、他の研究者が魔法に辿り着く可能性は決して低くないのだ。あるいは、既に辿り着いているかもしれない。数年前の綾のように。ただ、自分で封印したり、凍結したりしているだけかもしれないのだ。
「結局は、これも時代の流れだということか」
 少しだけ寂しげに武神が呟く。
 秘術や秘技は白日の下に晒され、科学文明は我が世の春を謳歌している。古来よりこの地に住まう物の怪や妖は、いずれ逐われるのだろうか。今現在ですら、けっして安住の地ではなくなってきているものを。
「そうね。産業革命以後、時間と空間の認識は変わったわ。世界は狭くなったし地球も汚れた」
 でもね、と、シュラインが続ける。
 便利な機械が増え、精神文明が荒廃し、人間が原初の魂を見失っても、いまさら三〇〇年前の産業革命以前の生活には戻れない。
 ごく身近な範囲でいうのなら、テレビや冷蔵庫やガスや電話のない生活など、できるわけがないのだ。人類、その卑小な無毛の猿たちが地球の支配者として君臨できたのも、知恵と科学を持っていたからである。
「だからこそ、私は七条家と戦う。今さらこの国を呪術国家になど戻させない」
 静かな声で廉が宣言し、黒い目の男と蒼い目の女が頷いた。
 たとえば、七条が理想国家を築こうとしてたとしても、押し付けられた理想などに何の価値もない。もし日本が変わるとすれば、それは国民の総意と努力の結果でなければ、変革の名に値しないだろう。
 まして、七条家の野望が日本の支配にある以上、銀色の瞳の刑事も、黒髪の調停者も、白い肌の「聴」能力者も、座視することはできなかった。
「まったく。ヤツらが自分の正しさを信じているなら、政見放送でも何でもやればいいのよ。影でこそこそしてないでさ」
 重くなりかけた雰囲気を吹き飛ばすように、綾が冗談を言った。
 三人の異能者には、それが半ば本気であるように聞こえ、思わず苦笑が浮かぶ。
 照れくさそうに笑った綾は、彼らの前から歩み去っていった。
 他にも生徒はいるのだ。
 三色の瞳が、もの慣れぬ後輩を見る優しさで、後ろ姿を見守っていた。

  エピローグ

「‥‥七条が動き出しました。全国から続々と人を集めています」
 その日、参事官室に呼び出された草間と綾は、稲積からそう告げられた。
「焦ってやがるな。拙速だ」
「そりゃあ焦りもするでしょうよ。警察庁に警視庁、自衛隊に内閣調査室、これだけの場所から一度に圧力がかかればね」
 警察と、内調、自衛隊の間には妥協が成立し、改めて協力関係が結ばれたのだ。
 これは、稲積と、その父である稲積警察庁長官の尽力が大きかった。
「同時に、彼らにとっても最大の好機です。我々を殲滅すれば、敵のほとんどが片づくわけですから」
 さして緊張感もなく、会話を楽しんでいるように見える。
 だが、語られている内容は、真剣そのものだった。
「秀人は策士だからね。どんな奇策を考えている事やら」
「いえ。今回は正攻法でいきます。一網打尽にしなければ意味がないですから」
「なるほどな。一カ所に集めて叩くってわけか」
「こっちからは、自衛隊特殊部隊と内調特務班、一五〇人ほど出せるわ」
「うちは私立探偵だから数は出せない。だが、特殊能力に関してはアテになるぞ」
「警察からは、警備部に要請して、機動隊を七〇〇名用意します。公安部からも人は借りられるでしょう」
 戦力の確認を行い、戦いの準備のために立ち去ろうとする二人を、稲積が呼び止めた。
「片づいたら、一緒に呑みましょう。奢りますよ」
 と。
「期待してるわよ。秀人」
「芸者つきでな」
 振り向いてウインクを投げる綾と、振り向きもせずに右手を掲げる草間。
 午後の陽射しが室内を照らし、静止画のように三人を飾っていた。


                  終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0188/ 斎木・廉     /女  / 24 / 刑事
  (さいき・れん)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)
0183/ 九夏・珪     /男  / 18 / 高校生 陰陽師
  (くが・けい)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
特殊シナリオです。
これで、全員が物理魔法を修得しました。
魔法のタネは、摩擦力です。
炎も風も、正体はコレだったんですねぇ。
わたしの考えたバリエーション魔法はこんな感じです。
お客さまで摩擦を使ったバリエーションを思いついた方は、
どしどし、お手紙くださいね。
つぎの稲積シリーズは、最終決戦です。
「今度は戦争だ」ッていうかんじですか。

それでは、またお会いできることを祈って。