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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


研究所U〜強化〜

<オープニング>

「ねぇ、うちの掲示板に変な書き込みがあるの。
桐村研究所では人体実験が行われている。実験に使われるのはホームレスだ。
こんな感じの書き込みが多くなってきて、気になったから調べたら、確かにホームレスの人が突然いなくなるという事件が多発しているの。特に上野公園なんかが多いみたいね。桐谷研究所というのは虫の殺虫剤なんかを研究している研究所だったと思うけど・・・。ほんとに人体実験なんてやってるのかしらね。場所は湯島みたいだけど・・・。誰か調査に行って来てくれないかな?」

(ライターより)
キメラシリーズ第二段です。今回はホームレスの人々が襲われているようです。不況でホームレスの人の数が急増している現在、もしかすると現実に起こりうるかもしれない事件です。
これは上野公園と研究所の調査がメインとなります。ホームレスの人々をどう思い、どう接するかがポイントとなると思います。研究所はそこそこのセキュリティーを敷いていますので、調査はレベルが若干高めになります。
それでは皆様のご参加をお待ちいたします。

<弟子と師匠>

少年は部屋で一人寝転んでいた。
どうしてもやる気がでない。以前の依頼で失敗をしてしまったことが彼に脱力感を与えていた。
俺はこの程度なんだろうか・・・。
そう思うと全ての物事に対して投げやりになる。
陰陽師としての仕事なんて自分には無理だったのだ。師匠や友人とは違う。呪符ができる程度で調子に乗っていた自分が恥ずかしくなる。
その時、ガチャリと音がしてドアが開いた。
起き上がった少年の目に入ってきたのはスーツ姿の男だった。
「情けないな。それでも俺の弟子か?」
男は開口一番そういって少年を見つめた。
「師匠・・・」
「たった一度の失敗程度で何を腐っている、珪」
「俺は師匠やあいつみたいに才能なんてないんすよ」
珪と呼ばれた少年、陰陽師九夏珪は師匠である久我直親に投げやりに応えた。そんな九夏に、久我は手にしていたファイルを顔に投げつけた。
「いてっ!なんすかこれ」
「いいから呼んでみろ。以前の依頼に関連があるかもしれん」
ファイルをパラパラとめくった九夏は、ゴーストネットに出ていた依頼内容を読んで声を上げた。
「これ、あの時の・・・」
「そうだ。お前が失敗した依頼に近いシチュエーションのものだ。すでに俺の名でお前が受けることを連絡した」
「なんでそんな勝手な事を!」
「一度した失敗は二度繰り返さなければいい。簡単な事だろう?一度失敗したお前なら何を気をつけるべきかわかっているはずだ」
久我は弟子を諭した。失敗は誰にでもある、自分さえあの白いコートの男には何度も出し抜かれている。友人に関しても同じこと。ならば、次はそれを踏まえて行動すれば同じ失敗もしなくなり成長することができる。それでいいではないか。
「師匠、俺・・・」
「言葉はいらん。まずは行動しろ。今回の依頼に関して俺が言えることはただ一つ。パソコンに頼るな。手軽に手に入る情報だけで判断しては真実は見えなくなる。自分の目で見て、耳で聞け。そして今自分ができることを全力でやれ。それが真実に近づく唯一の方法だ」
「・・・・・・・」
九夏は師匠の言葉を聞いて拳を握り締めた。
そうだ、俺は休んでなんかいられない。師匠の言うとおり動かなくては駄目だ。失敗を失敗で終わらせないために。
九夏は支度もほどほどに現場に向かおうとした。部屋から出るとき彼は久我に振り向いて言った。
「師匠」
「なんだ」
「ありがと」
小さな、聞き取ろうと注意して聞かなければ聞き逃してしまいそうなほどの声でそうつぶやくと九夏は部屋を出て走り出した。その姿を見ながら久我は苦笑する。
「馬鹿弟子が・・・。手間をかけさせて」
手はかかるが、愛しく可愛い自分の愛弟子。彼が一人前の陰陽師になり自分の巣から巣立つようになるまでは守ってやらなくてはならない。そう思う久我の手には桐山研究所のパンフレットが握られているのだった。

<今回は・・・>

「今回の件は千白さんより僕の方が向いてますね」
パソコンでゴーストネットの依頼内容を読みながら、青年が言った。千白と呼ばれた女性は分厚い辞書を読みながら答える。
「そう?どんな依頼なんだい高柄」
各務高柄。鷲見探偵事務所の事務員にして実質管理者。何事にもやる気のない主に代わり事務処理、家事全般をそつなくこなす本年二十歳の青年。現在国立大学に通う現役大学生でもある。
「え〜と、どうやら人体実験を行っている研究所の調査みたいです。中で何が行われているのか調べてほしいみたいですけど」
「ふ〜ん、危険じゃないのかい?その人体実験をやっていることがほんとだとしたらどんな奴がいるのか分かったもんじゃないし・・・」
「まぁ、調査が主体みたいですし危なくなったらすぐに引き返しますよ。なんでしたら千白さん受けます?」
「嫌。めんどくさい」
珈琲をすすりながらいつもどうりの返事を返す事務所主に、苦笑しながら各務は立ち上がった。
「でしょう。だから今回は僕が調べてきますよ。すぐ帰ってきますから散らかさないでくださいね。お昼は冷蔵庫に用意してありますから暖めて食べてください。めんどくさいからって食べないのは駄目ですからね。洗い物は結構です。どうせ食器のゴミが増えるだけでしょうから。洗濯物は4時は取り込んでください。後、今日は暇でしょうから部屋の掃除もしてください。それから・・・」
「ああ、もう分かった分かった。さっさと行って来なさい高柄。一日くらいお前がいなくたって大丈夫だよ」
これ以上小言を聞きたくない鷲見は、さっさと行けといわんばかりにシッシッと手で各務を追い払う。各務はクスクス笑いながらドアに向かった。そして開ける前に振り返り
「じゃあ行って来ますね」
「いっといで。ああ、そうだ高柄」
「はい?」
「無事に帰って来るんだよ・・・」
本から目も上げずに言われた言葉。だが、その言葉は各務を心から心配している響きが感じられるのだった。

<桐谷研究所>

桐谷研究所。
湯島天神近くに作られたこの研究所は、山手製薬の付属研究所で主に殺虫剤や農薬など害虫駆除系統の薬品研究を行っている場所である。
昼間だというのに入り口は大きな門で閉じられており、守衛に話を通さないと入ることができない。
一人の女性が、その門を見つめながらため息をつく。
「正面から入るのは・・・、ちょっと無理みたいですね」
着物姿の清楚な雰囲気を漂わしたその女性は、研究所に背を向けて上野公園方面に向かった。
今回の依頼を受けて、事前に調査に来た天薙撫子であった。事件は上野公園のホームレスの人間がこの研究所で人体実験の材料に使われているという内容だった。そこで上野公園に行く前にこちらを訪れ、どのような場所かを実際に確かめたのに来たのである。
結果は正面突破は難しいということがはっきり分かったことだ。研究所の周りは5M以上のコンクリート壁に覆われ、中を見通すこともできない。また、所々に木々などでカムフラージュされているが監視カメラが設置されている。よじ登ろうとしたらすぐに発見されてしまうだろう。
民間の研究所にしてはいやに警戒が厳重である。
(何かがありますね。それにこのざらついた嫌な気・・・)
研究所から感じられる異様な気。禍禍しく重苦しいねばりつく汗のようにべったりとした気持ちの悪さを感じる。この中で一体何が行われているのであろうか。
疑問を胸に彼女は桐谷研究所を後にした。彼女は気付いていなかった。自分以外にもう一人物陰に潜んでいる者がいたことを。それは懐から一枚の符を取り出し、足元に落とした。それは瞬く間に鼠の姿に変わると門の隙間をくぐり研究所内部に入っていくのだった。

<お茶会>

九夏は上野公園にたどり着いた。手には先ほどコンビニで買ってきた袋一杯に詰められた中華饅と、お茶が入った魔法瓶が握られている。
師匠から言われた自分の目で見て、耳で聞くこと。それを実践するために自分ができることは、実際に被害にあっている人たちとふれ合い話す事。そう考え、彼はホームレスたちがいる美術館近くの森まで行こうとしていた。そこへ、
「やあ、君が珪君だろう。話は聞いてるよ。よろしくね」
声をかけてきたのは、長身の若者だった。
「アンタは?」
「鷲見探偵事務所の各務高柄。九夏珪君、だったよね。一緒に仕事をすると聞いていたからもしかしたらと思って待っていたんだけどビンゴだったようだね」
「どうして俺の事を知ってるんすか?」
「ああ、書き込みに書いてあった風貌とかがピッタリだったからね。確か久我さんという人の書き込みだったと思うけど・・・。よろしく頼むって書いてあったけど知り合い?」
久我は自分の事を気遣ってくれていたのだ。普段クールな師匠にそういう一面があることを知って九夏は驚いた。
「師匠がそんなことを・・・」
「師匠なのか。そうそう、君のホームレスの人たちに会いに来たんだろう」
そう言って各務は一升瓶を掲げてみせた。
「酒っすか」
「やっぱりこの寒い季節はこれだろう。さてと、じゃあ行こうか」
各務は九夏を伴って、公園へと入っていった。平日とはいえ、近くに東京芸術大学があるこの公園では大体千円ほどで似顔絵を書いてくれる画家の卵たちがたくさんいる。また、美術館では何かの展示を行っているようで、沢山の学生たちが公園を訪れていた。そんな中で異彩を放つのが、森の中に作られたシートやダンボール製の数十件におよぶ小屋である。公園に訪れている人々はこの存在にまるで気が付かないかのように歩いている。まるでこの公園の木々の一つに過ぎないかのように。いや、この表現は間違っているのかもしれない。哀れんで、意図的に無いものとしてあえて無視しているかのような人々の冷たい視線。寒い冬だというのに、粗末な小屋で毛布一枚に包まって寒さを凌ぐホームレスたち。東京の暗部の一つがここに存在していた。
「まぁ、そうなんですの。もったいないですね」
「だろう。たったの一日で売れ残りのものなんてみんな捨てちまう。だから俺たちがもらいに行くと喜んでくれるのさ」
そんなホームレスたちの中で天薙は談笑していた。ごく普通に他の人間と同じように接する和服姿の彼女は目立っていた。周りの人々が投げかける奇異の目などまったく気にせず、バスケットから取り出した茶を振る舞い、茶菓子を配る。そんな彼女に驚きを隠せない表情で見つめるのは各務と九夏。
「あら、お二人ともどうされたんですの?そんなところに突っ立っていないでこちらにいらっしゃいな」
「いや、驚きましたね。貴女がこんなところにいるなんて・・・」
見た目は楚々とした美人で、良家で奥ゆかしく育ったお嬢様的な雰囲気を持つ彼女がホームレスたちと膝を並べて談笑しているなど想像できなかったのである。九夏も同じような気持ちを抱いていた。
「こんなところなんて失礼ですよ。各務さん」
「確かに失言でした。申し訳ない。こちらをどうぞ」
「おお、こりゃ有り難い。こんないい酒なんていつ飲んだか忘れちまったよ。お〜い、皆酒がきたぞ〜」
ホームレスたちは茶碗やコップを指し出し、酒を注いでいく。アルコールは寒さ避けに最適、さらにその日暮らしの彼らは酒を飲めないこともしばしばある。手土産に酒という選択は間違っていなかったようだ。いい気持ちになっている彼らに各務は尋ねた。
「すいません。この頃このへんで貴方がたホームレスの方の中で、行方不明になっているいらっしゃる方とかはおられませんか?」
各務の言葉にホームレスたちは急に押し黙ってしまった。気まずい沈黙が続く中、それを破ったのは急夏であった。
「俺たち、あんたたちの行方不明事件の事を調べてるんす。それに関係のあることならなんでもいいから教えてほしいっす。お願いします」
顔を見合わせるホームレスたち。するとその中の一人が立ち上がった。
「ワシが教えてやろう」
「ゲンさん・・・」
ゲンさんと呼ばれた白髪の顎まで伸びた白い髯をもつ老人が九夏の瞳を見つめる。老人にジッと見つめられてたじろいだ。やがて老人は重々しく口を開いた。
「この頃、ワシらに近づいてくる者がおる。ある薬品の実験に協力しないかと。一度協力するだけで2万円を支払うという。おかしいとは思ったが、ほんの一回実験に付き合うだけで2万じゃからな。若い連中がその者の案内に従ってほいほい着いて行ったよ。でも、彼らは一週間経っても戻ってこないんじゃ。なにかあったんじゃないかと心配して警察に言ってみたが、無駄だったよ・・・。まともに取り合ってくれん・・・」
老人は深々とため息をついた。
「その近づいてくる者とは?」
「わからん。いつもサングラスをかけて黒いスーツをきているという事以外に特徴はない・・・。ただ、この辺を何日かおきに来ていることは確かなようだ。今日あたり来るかもしれんな」
「そいつに聞いてみたことはないんですか?どこに連れて行って今何をしているのかとか」
「聞いてみたが実験が長引いているだけだと一点張りでな。どこに連れていかれてるかも分からん」
老人は他のホームレスの顔を見たが、一様に首を振るばかり。どうやら誰も知らないらしい。
「アンタらはこんなことを聞いてどうするつもりじゃ?」
「今回は調べるだけが目的ですけど・・・その・・・」
各務は口ごもった。その連れて行かれた連中が人体実験の実験材料にされているかもしれないなど言えるわけがない。天薙と九夏も同じように押し黙った。
「なぁ、アンタら調査しているとかいってたよな?アイツらがどうなったか知らないか?なぁ、おい?」
ホームレスたちは各務たちにすがりついてきた。仲間がどうなっているのか心配でたまらないのだろう。だが、その彼らを制止したのは老人だった。
「やめろ。そちらの方々がお困りになるだろう。茶や酒をもらっておきながらただ頼むだけなど虫がよすぎるだろう。彼らには彼らの事情がある。わしらにできるのはそれに協力することじゃないのか?あいつらが無事かどうか。それだけでも調べてもらえたらいいじゃろう」
老人は九夏を見る。
「いい目をしておる。純粋な目じゃ。この子たちにわしは託すよ。わしらの話なんぞまったく聞いてくれない警察なんかよりよっぽどあてになる」
「じっちゃん。実は俺たち知ってるんだ。連れて行かれた人がどこで何をされているか・・・」
「九夏君!」
天薙が慌てて止めるのを、しかし九夏は首をふって言うのだった。
「協力してもらうにはこっちも知ってることを話さないと」

その後、ホームレスの人々の協力を得て3人はその黒いスーツの男を待ち伏せることにした。その男は恐らく桐谷研究所の者だろうが、天薙が調べたとうり、あの研究所の正面から忍びこむのは難しい。まずはそのホームレスを勧誘しに来ている者から事情を聞くべきだろう。
真夜中の深夜0時に差し掛かった頃、その男は現われた。老人の話どおり全身黒づくめで正体は判別できなかったが、彼は毛布に包まって寝ているホームレスに近づくと話しかけた。
「いい話がある。薬の実験に一度付き合ってもらうだけで2万になる仕事だ。どうだ俺と一緒にこないか?」
「面白いお話ですね。じっくり聞かせてもらえるかしら?」
そう言って男の鼻先に木刀を突きつけたのは天薙だった。ホームレスに変装して男が接近してくるのを待ち受けていたのだ。
「な、なんだお前は・・・?」
「貴方に名乗る名前なんて持ち合わせていませんわ。さぁ、貴方が連れて行ってくださる場所に案内してもらおうかしら」
「貴方が桐谷研究所の者だというのは調べがついているんですよ」
木陰に隠れていた各務が姿を現しながら言った。実は男の同行が気になって後をつけた者がいたのだ。男の行き先は予想どうり桐谷研究所だった。各務の後に続いて、九夏が、そしてホームレスの者たちが次々と物陰から現われた。彼らは男を取り囲む。
「やい、てめぇ薬の実験だとかいってあんなところにつれていって、俺たちの仲間になにをしやがった!言ってみろ」
「答え次第じゃだだじゃおかねぇぞ!」
数十人もの人間に囲まれて男は為す術も無く降参した。
「ひぃぃぃぃぃぃ!すいませんでした!頼まれてやってたことなんですぅぅぅぅ!!!」
情けない声を上げて男はべらべらと聞きもしないことまで話し始めた。それによると、男は単なる雇われ社員に過ぎず、ホームレスを一人研究所に連れてくることで幾らという額で契約をしてこの仕事をしていたらしい。彼自身、研究所に連れていけばそれまでで、内部に入らせてもらったことはないという。ただ、ホームレスを連れていけば研究員が出てきて彼らを中に連れて行くというのがパターンになっていた。
男の話を聞いて3人は顔を見合わせた。
「どうしましょう?」
「そうですね、いっそのこと私達がホームレスの方たちに変装して連れていってもらうというのは・・・」
「ん?ちょっと待ってくれ携帯が鳴ってる」
九夏の携帯の着信音が鳴り出したのだ。画面には彼の師匠の携帯電話が表示されていた。
「師匠。どうしたんだ」
「お前たちに聞かせたことがある。至急こっちに来てくれ。そうだな、どこかで待ち合わせしよう」
「一体どうしたんだよ。何を聞かせたいんだ?」
「今お前が受けている依頼に関してだ。詳しく話すのには時間がかかる。とにかく今から言う場所に来てくれ」

<研究所にて>

1時間後。各務たち3人は、久我に指定されたファミリーレストランに集まっていた。深夜で集まれる場所として手ごろなためだ。やがて注文された珈琲が運ばれてくると久我は口を開いた。
「俺はお前達と別行動で、研究所の内部を探っていた。式神を使って内部を探ってみたんだが・・・」
「師匠、この依頼を受けるだなんて一言も言ってなかったじゃないか。なんでだよ?」
「俺が仕事に関わってるなんて言ったらつい頼りたくなるだろう。それに今回は一人で行動していたほうが都合が良かったんでな」
「で、内部を探ってみて何があったんですか?」
各務が尋ねると久我は顔を歪めた。何があったというのか。
「最低の実験だったよ。あそこで行われていたのは・・・」
久我が話し始めたその内容とは・・・。

鼠の式神は無事研究所に侵入できた。内部は非常に入り組んだ造りになっており多数の研究員が行き来していた。特に目に付いたのは警備の人間の数である。数が尋常では無いほど多く配備され研究員自体監視されているような雰囲気すら感じられた。実際、研究員のほとんどがなにかに怯えるようにビクビクしていた。
様様な薬品が置かれている薬品庫や、実験器具や機材が所狭しと置かれた実験室はそれこそ数えきれないほど存在したが、特に異常なところは見受けられなかった。しかし、鼠を通気穴に走らせた時おかしなことに気がついた。研究所の構造上、どこからも入れない部屋が存在したのだ。通気口から覗けたその部屋は、まさしく悪魔の実験場だった。
人間大もあるガラスケースには、ホルマリンか何か漬けられた10人以上の人間が入っていた。あるものは手や足などの一部がまったく違う何かに変容していた。それは狼や獅子のように毛深い手足で巨大な爪を生やしていた。また他のものは腹から腸のようなものが大量に出ていて、触手のように蠢いていた。皮膚が魚の鱗のようなものに覆われているものもいる。体が変容していて元の造形を止めていないものも多数見受けられた。
しばらく部屋を探らせていると誰かが入ってくる気配が感じられた。物陰に潜ませて探らせると、話し声が聞こえてきた。
「教授、試験体が全てなくなりました」
「もう品切れか・・・。またホームレスどもを捕まえてくるように伝えろ」
「はい。ですがホームレスたちも警戒し始めたようで・・・」
「では他の地域からも集めてくるように言え。幾らでも実験材料が必要な今、素体をえり好みしている暇などない」
どうやら会話をしているのは二人。教授と呼ばれた女の声と、男の声が聞こえた。残念ながら物陰に隠れているため姿を確認することができなかったが、二人はそれから少し話しをすると室内から出て行った。ホームレスの人々を人体実験の材料にしていることはこれで明らかとなった。実験の現場を確認することはできなかったが、それは止むをえないだろう。
久我の話を聞いて、3人は怒りを抑えることができなかった。
ドン!激しくテーブルを叩く音が響き、グラスの水がこぼれそうになる。叩いたのは九夏だった。
「許せねぇ。何が人体実験だよ・・・。何の権利があってそんなこと!」
「同意見ですね。僕は正義の権化じゃないけどこの事は許されるべきことではありません」
「でも、この事だけで警察が動いてくれるでしょうか?」
天薙が疑問を述べた。確かにこれだけでは弱い。目撃証言だけでは警察が動くことはまずないだろう。
その疑問に答えたのは久我だった。
「今はこれしか情報が無い。例の部屋だが、どうやって行くのか方法がわからん。流石にドアが閉められてしまっては外に出られないし、あそこの部屋に続く通路が見つからない。とにかくこの発見したことをクラインアントに伝えるしかないだろう」
「鼠が我が研究所に侵入したと聞いたからどれほどかと思えば、ドブネズミが4体とはな」
久我たちの向かいの席に座ったものから発せられた声。4人の視線が声を発した場所に向けられた。黒髪の、声からして女性だろうか、が背を向けたまま座っている。
「誰だ、貴様は?」
「あの研究所の所長だよ。教授と呼んでくれればいい」
「アンタがホームレスの人たちを攫ったのかよ?」
「そうだ」
「そして、人体実験の材料にした・・・」
「そのとうりだ」
女性は平然と答えてカップの紅茶に口をつけた。彼女の話し方に久我はハッと思い出した。あの研究所で話していた声と同じなのである。
「貴様、あの時の!」
「そう、あの時私は式神の気配に気が付いていた。だが、見逃した。なぜだか分かるか?術者の正体を知りたくなったのだ。お前の姿はカメラがしっかり捕らえていたよ。調査したつもりが調査されていたのだ。お前たちは」
「一人で来るなんていい度胸じゃん。俺たちと戦うわけ?」
「ここでやるか?店に被害がでるぞ」
「待ってください。確かにここでは問題があります。それに・・・」
天薙は言いよどんだ。この黒髪の女から感じる威圧感は、以前出会った不人に勝るとも劣らないものだったからだ。あの研究所を包み込んでいたものと同じ禍禍しく、肌にねばりつくような不快な気。何もかも飲み込んでしまいそうな恐怖すら感じる。
「ふふ、そういう事だ。私は相手にするのにお前達は役者不足もいいところ。それに何を気にしているのか分からんが私のやっている事に何か問題があるのか?」
「問題があるのか?貴方がやっている事は犯罪行為でしょう。人を人とも思わないその実験方法が正しいとでもいうつもりですか?」
各務の言葉に女は冷笑を浮かべた。
「ふ、笑わせるな。奴らに存在価値などあると思っているのか?何の力もなくただ生を貪り権利のみを主張する虫けら。住居も食すら満足に用意できず寄生し、悪臭を撒き散らすことしかできん奴らを同属として認めて恥ずかしくないとは・・・。愚かとしか言いようがない」
「貴様、何様のつもりだ・・・!」
久我が怒りの声を上げる。普段冷静な彼にしては珍しいことだ。
「私は選ばれた人間だ。知識も力も持ち合わせている。弱肉強食こそこの世の掟だろう。役に立たない奴らを未来の研究ということで役立たせてやっているのだ。少しは感謝してほしいくらいだな。君たちが話しの通じる連中なら仲間に・・・と思っていたのだが、どうやら見当違いであったようだ。失望したよ」
ガダリと音を立てて席を立つ女。4人の敵意に満ちた視線を向けられながらも平然と店を出て行き車に乗り込む。結局顔を見ることはことはできなかったがその体から発せられる禍禍しい気と、傲慢な言い草は忘れることができなかった。
久我の報告により、依頼したものはよろこんで報酬を支払った。だが、後日調査したところでは桐山研究所にそのような女はおらず、言われていた研究室も存在しないという。忽然と姿を消した彼女。一体何の研究を行っていたのであろうか・・・。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0334/各務・高柄/男/20/大学生兼鷲見探偵事務所勤務
0183/九夏・珪/男/18/高校生(陰陽師)
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。
研究所U〜強化〜はいかがだったでしょうか?
今回はホームレスの人々の協力を得て、さらに無事研究所内部で行われていた事も調査できたので大成功と言えます。
おめでとうございます!
今回の件で明らかになったことは人体実験を行う黒髪の女がいるということでした。具体的な実験に関しては今回は明らかにされませんでしたが、徐々は判明されると思いますので楽しみにお待ちください。お疲れ様でした。
それではまたお会いできることを祈っております。

久我様

今回は研究所調査でご活躍いただきました。また、お弟子さんのフォローも担っていただきましたがいかがだったでしょうか?