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調査コードネーム:学校が沈む
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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「‥‥たしかに、おかしな事件ではあるな」
電話を切った草間武彦が、ぼそりと口にする。
新しい依頼である。
依頼主は、杉並区にある私立高校。ここ数ヶ月の間に、相次いで建造物が沈下しているという。それだけではなく、校庭や駐車場が何カ所も陥没し、足を取られて怪我をする生徒が続出しているらしい。
「依頼主は、穴を掘る妖怪の仕業だなんてのたまっているが、俺はそんな妖怪聞いたこともない」
まあ、人間の仕業だろう。
と、草間は結んだ。
怪奇探偵は、神秘主義者ではない。頭から心霊現象を否定するつもりはないが、現実の地平から足を離すわけにはいかないのだ。
それに、事件なり犯罪なりが起こったとき、それによって利益を得るものが最も怪しい。今回のケースだと、ライバル校とか、修繕を請け負う建築会社とか、このあたりが犯人の有力候補だが。
「ただ、嫌がらせだとしても回りくどいような気もするな。修繕費狙いとしても大して利潤が出るわけじゃないし」
独白した草間が沈毅な表情で考え込む。
脳裡の人名録をめくっているのだ。
「まあ、後は現場で確認するしかないな。アイツらなら問題なく解決できるだろう」
ごく簡単に人選を済ませると、デスクの上に転がっている煙草へと手を伸ばす。
薄い紗のカーテン越しに、都会の喧噪が聞こえていた。
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学校が沈む
夜の帳が降りると、天空は繚乱たる星々に支配される。
大都会を見下ろす星空は、狭く濁ったものではあるが、それでも、幾千年前と変わらぬ輝きで地上を照らすのだ。
そう。星は変わらない。むろん、この地球すらも例外ではない。
変わるとすれば人間たちの方である。
愛し合い、憎しみ合い、街をつくり、歴史を築く。
おそらくは、種の最後の一粒が死に絶えるまで続けられる営み。
かつては自然を畏れ敬い、いつしかそれは共存となり、そしていまは支配している。
増長だろうか。
否、進歩なのであろう。
山を削り、海と大気を汚し、地母神の肉体をいたぶりながら人類はこの惑星の支配者となったのだ。もしも、ただひたすらに畏れる事しかできなかったのならば、これほどの物質文明を築き上げることは不可能だっただろう。
自ら知識を蓄積し、環境そのものを自分たちに合わせさせる。
これこそが人類の持つ最大の力である。
同時に、人類が背負い込んだ罪の証でもあるのだ。
仏教的な表現を用いれば、業、ということになろうか。
「‥‥まるで、手が届きそうな星空ね」
誰に言うともなく、女性が口を開いた。
夜の闇に溶け込むような黒髪、星明かりを映し出す蒼い瞳。
シュライン・エマであった。
わずかな風になびくコートが、いびつな影を映す。
彼女はいま、杉並区にある私立高校の校庭に佇んでいる。
一人ではない。信頼する仲間たちと一緒だ。
「星を盗もうとした男‥‥たしか、そんな童話がありましたね」
仲間の一人、那神化楽が言葉を紡いだ。
絵本作家でもある痩身の伊達男は、この手の知識の宝庫である。
「梯子を繋いでいって‥‥ていうアレですか?」
やはり古今東西の書物に通じている高御堂将人が横から口を挟み、那神が軽く頷いた。
「知ってる。もう少しあと少しって梯子を足して、最後は梯子が折れるんだ。しょうもない話だよ」
紅い唇で半月形を造り、秋津遼が皮肉げに言った。
まったく、人間というものは奇妙なイキモノだ。夢を持てと子供に教えつつ、このように身も蓋もない説話を創造する。それとも、現実感覚を啓発しているつもりなのだろうか。
その遼の見て、藤村圭一郎と巫灰滋が頭を振った。
黙って立っていれば端然たる美女なのに、と、思ったのかもしれない。
黒髪の占い師も赤い瞳の浄化屋も、女性に対する審美眼は辛い方ではないが、大人しやかな女性に軍配を上げてしまうのは男の本能のようなものだ。
「ほな、そろそろ始めよか」
藤村が口を開き、仲間たちが黙然と頷いた。
彼らは、物見遊山でこんなところにいるのではない。
謎の陥没事件を調査するため、杉並区にまで足を運んだのだ。
事前調査は完了しており、あとは実況検分で証拠を固めれば良い、はずであった。
もっとも、この段階で探偵たちは多くの事柄を掴んでいない。
職場である国会図書館で調べものに勤しんだ高御堂も、足を棒にして建築業者をまわった巫も、地下水脈を調べるために環境保護センターから水道局までを訊ね歩いた藤村も、住宅地図を片手に陥没箇所の調査を行った那神とシュラインも、大して有力な情報を入手することはできなかった。むろん、一本の麦すら収穫できなかったわけではないが、事件解決の糸口なるような情報は含まれていなかった。
この学校が違法建築ではないということ。
過去三十年間、このあたりで凶悪事件などは発生していないこと。
陥没の被害は、学校の敷地内に限定されているということ。
地下水脈を利用している工場などは近隣に存在しないこと。
建物の耐用期限は、あと二十年ほど余裕があるということ。
現状、判っていることは、この程度である。
だが、悲観的になる必要はない。
何の原因もないところに事件は起こらないのだ。この件もまた例外ではないだろう。自動的だろうと他動的だろうと。
「妖怪なりの仕業だった方が、私としては面白いのですが」
コンクリートの破片を拾い上げ、高御堂が言った。
夜の闇が表情を隠しているが、そこには普段と変わらぬ笑みが張り付いているのだろう。
遼が、ごく僅かに鼻を鳴らした。
夜目の利く彼女には、黒髪の男の顔がはっきりと見える。妖怪の仕業でも人間の仕業でも、この男はそれなりに楽しむだろう。そう感じたのは、騒動好き同士の感応のようなものかもしれない。あるいは、伊達に長くは生きていないというところか。
「何か異常はあるかい?」
だが、遼が口にしたのは他愛もないことだった。
一つには、陰陽系の技を使う人間と親しく接する気がないという理由もあろう。
「昼間も調べたけど、べつに異常なんてないわ」
答えたのは、高御堂ではなくシュラインである。
口調がわずかに尖っているのは、遼が昼の調査をサボったからだ。仕方がないことだと判ってはいるのだが。
「‥‥砂がこぼれとるな‥‥」
ぽつりと、藤村が口を挟む。
コンクリートの破片から、星明かりに煌めきながら微量の砂が流れ落ちていた。
「砂なんか、どこにでもあるだろう」
さも当然というように、巫が口を開いた。
たしかに、砂など珍しいものではない。藤村も軽く頷いたが、どことなく釈然としない表情だった。
何かが引っかかる。
まるで抜けない棘のように。
「とりあえず、地下室から調査を始めましょう。カギは預かってあります」
取りなすように那神が言葉を発し、校舎へと歩き出した。
校庭の真ん中で考え込んでいても、事態の解決に繋がるわけではないのだ。
賢者の弁と言うべきだろう。
探偵たちもそれぞれに苦笑をたたえて、彼のあとに続く。
ところで、今回の調査メンバーの中に初顔合わせのものが幾人もいる。那神と高御堂は全員と初対面だし、藤村と遼が組むのも初めてのことだ。コンビネーションに関して不安なしとはいえない。
そして、そのコンビネーションの悪さを露呈する事態が起こった。
先頭を歩む那神の足下で、突然、地面が消失したのである。
陥没だった。
当然の事ながら、金の瞳の絵本作家には浮遊能力などない。ついでにいうのなら、反射神経も良い方ではない。
彼は、一瞬の間だけ空中を泳ぎ、穴の底へと吸い込まれた。ここで、ふたたび連携に齟齬が生じる。
咄嗟に那神の腕を掴んだのが、最も非力なシュラインだったのだ。
巫や藤村、あるいは高御堂だったとしてら、那神の痩身を支えることは容易だったであろう。女性でも突発的な力を発揮することが遼ならば、ひょっとして支えられたかもしれない。なぜ、よりによってシュラインが、とは、後になってから言えることである。
ともかくも、これは、探偵たちの並び方からはやむを得ない事だったのだ。
やむを得ないで済まないのは、転がり落ちた那神と、巻き込まれたシュラインの二人である。
二メートルほどは滑落しただろうか、何とか我に返ったシュラインが、痛む身体をさすった。
暗すぎてよく判らないが、どうやら、かなり広い空洞のようである。
「‥‥いたた。こんなところに空洞ができてるなんて‥‥」
呟きながら周りを見ると那神の姿がない。
「ねえ、ちょっと、那神さん!?」
不審の声をあげるシュラインの耳に、小さな呻き声が聞こえた。
‥‥自分自身の尻の下から。
なんとシュラインは、絵本作家の顔を座布団代わりにしていたのである。慌てて飛び退く。
那神としては、否、男としては天国と地獄を同時に味わったようなものだ。肉体的ダメージによるものか精神的な負荷のためか、完全に気を失っていた。
「大丈夫!? しっかりして!」
頭を打っているかもしれないので、揺さぶったりはできない。大きな声でシュラインが呼びかけた。まあ、彼がクッションになってくれたおかげで怪我らしい怪我もせずに済んだのだ。このくらいしてもバチはあたらない。羞恥に頬が染まっていることは明らかだったが、なにしろ暗かったので誰の目にも触れなかった。
と、那神の目が開いた。
驚くシュラインの前で、金色の瞳が爛々と輝いている。
「いてて。少しはダイエットしろよ、シュライン」
乱暴な口調であった。紳士然とした、普段の那神からは想像もできない。
やはり、頭を打ったのであろうか。
「ちょっと大丈夫?」
失礼な言われようも気付かず、シュラインが声をかける。
「このくらい、なんてことないゼ。それに、美女の尻に顔を敷かれるなんて、滅多にある事じゃないしな」
そう言って、金の瞳の男が豪快に笑う。
これも希有なことだった。シュラインは那神について詳しく知っているわけではないが、このような笑い方をする人物ではなかったはずだ。
そのとき、口々に安否を問う声を出しながら、他の探偵たちが洞窟に飛び降りてきた。皆、危なげのない足取りである。このあたり、さすがの運動神経といえる。
「シュライン、大丈夫?」
洞窟の一角にうずくまる黒髪の男女を最初に発見したのは、やはり、最も暗視能力の高い遼だった。
「何とかね。みんな降りてきたの?」
「そりゃそうだろ。ちょっと待ってろ、いま灯りつけるから」
巫が、ポータブルカンテラのスイッチを入れる。懐中電灯に数倍する光量があたりを照らし出した。
だが、空洞全体を光で満たすことはできなかった。それほどまでに広大な洞窟である。
「こんなものが学校の地下にあったとはね。ビックリです」
さして驚いた様子も見せず、高御堂が笑顔を見せた。
カンテラによって秀麗な半面が怪しく照らし出され、まるで歌劇で演じられる悪魔のような美しさであった。
事情を知らぬものが見たら、彼こそが事件の首謀者だと思うかもしれない。
難しそうな顔で、藤村が考え込んだ。
むろん、高御堂を疑っているのではない。占い師の黒い瞳は、壁面を見つめている。
「‥‥砂や‥‥」
「だから、砂はどこにでもあるだろ」
ふたたび巫が笑う。だが、今度は藤村は頷かなかった。
「ちゃう。砂地の上に建物なんか絶対に建てへん」
深刻な口調だった。
さすがに巫も黙り込んだ。たしか、この学校は違法建築ではなかったはずだ。それは、実際に建築業者をまわって下調べした巫が一番よく知っている。
「‥‥あれを見てみろよ。人間どもの罪の証だぜ」
金の目を輝かせた那神が顎をしゃくった。
乱暴な口調に軽い驚きを示した探偵たちだが、結局なにも言わずに金瞳の男が示す方向を見遣った。
石筍のようなものが、何本も「天井」から生えていた。
「コンクリートのつらら‥‥酸性雨の影響か‥‥」
ジャーナリストでもある巫が呟く。
高架下などに時として見られる現象である。酸性雨によってコンクリートが熔けだし、奇岩を形成するのだ。脆化原因の一つとして、昨今は社会問題となりつつある。
「これが、陥没の理由だったのか‥‥」
「理由の一つやな。最大の理由はこの空洞やろうけど」
「問題は、どうしてこんなものが造られたか、ですね」
巫、藤村、高御堂の順で言葉を紡ぐ。
このような空洞が自然にできるわけはない。むろん、人間に創造できるものでもない。となれば、やはり妖怪の仕業なのだろうか。
「‥‥みんな、ゆっくり謎解きしてる場合じゃなさそうよ‥‥」
シュラインが緊張感にうわずった声を絞り出した。
極端に耳の良い彼女には聞こえたのだ。あの哺乳類の鳴き声が。そしてそれは、本能的な嫌悪感に直結する。
探偵たちも見た。
赤く小さな光点が闇の中に存在している。百や二百の数ではない。
全員の皮膚が泡立つ。
地下世界の支配者、ドブネズミだった。
彼らは、闖入者たちへの怒りに瞳を燃やし、じりじりと接近しつつあった。攻撃を仕掛けるてくるのも時間の問題だろう。
「鼠族どもが。俺に牙をむけるか‥‥」
ゆらりと、那神が前に出た。彼の瞳もまた、好戦的な光に燃え上がっている。
「‥‥鼠たちがこの空洞を?」
どこまでも冷静に、高御堂が問題提起を行った。
「さあな。だが、降りかかる火の粉は」
「払うってのが、俺らの流儀やで」
巫と藤村が不敵に言い放ち、女性陣を庇うようにして前進する。
実のところ、彼らとて怖いのだ。しかし、それを表情に出すことはできない。それが男の美学(かっこつけ)というものである。
「違うよ」
と、その時、後方に守られていたはずの遼が、藤村や巫の更に前に進み出た。
右手で何かを弄んでいる。
細密に観察すれば、その耳が僅かに尖っていることに気が付くだろう。
「こいつらは、住居に人間が入ってきたから興奮しているだけ。危害を加えないことが判れば立ち去るさ」
なぜかくぐもった声で説明する細身の美女は、普段よりも一回り大きく見える。
やがて、立ちふさがる遼に対して敬意を表すかのように、鼠たちが退き始める。潮が引いてゆくかのように。
「何がどうなってるか良く判らんが‥‥」
遼の放つ奇妙な威圧感に圧され、那神が言葉を詰まらせる。
あるいは、本能的な恐怖心を刺激されたのであろうか。
「あいつらは、子供を守ろうとしただけ。人間だって子供を守るためなら自分より強いものとだって戦うだろ。それと同じだよ」
冷めたように戯けたように言いながら振り返った遼は、いつもの彼女だった。
両耳には、小さなピアスが揺れている。
「まるで、ノスフェラトゥですね‥‥」
我知らず噴き出した汗を右手で拭いながら、高御堂は出かかった声を喉元で飲み込んだ。有名な吸血鬼映画の名を口に出すのは、なぜか躊躇われたのだ。
あの映画では、ノスフェラトゥは鼠を操り街にペストを伝染させていた。だが、まさか遼が本物の吸血鬼ということもあるまい。
「さて、と。妨害がいなくなったところで、本格的に調査といくか」
巫がつとめて明るい声を出した。
個人の特殊能力を詮索しても始まらない。例えどのような能力でも、事情を忖度したりしないのが大人の態度というものだ。
「いや。だいたいは判ったで」
「私も」
藤村は下顎に左手を当て、シュラインは腕を組みながら言った。
「これは、粘土化現象の逆よ。砂漠化とでも言うのかしらね」
「こないして、土をコンクリで覆ってまうと、水や養分が染みこまんようになる」
そして、土は次第へと砂に変わってゆくのだ。
今回のケースでいえば、おそらくすでに、校庭の下に洞窟網が完成してしまっているだろう。きちんとした調査をしないと広さや長さは判らないが、そこまでは怪奇探偵の職責ではない。
「なるほど。大きく分ければ、これも人間の仕業なんでしょうね」
相変わらず笑みを絶やさぬまま、高御堂がシニカルなことを言った。
巫と遼が顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。
この件は自然現象である。だが、その要因をつくったのは人間なのだ。昔ながらの土の校庭ならば、このような事態は現出しなかったであろう。すべては己の蒔いた種である。
「あ、あれ? 俺はいったい‥‥?」
と、突然、怪しげなことを言いだしたものがいる。
那神であった。
怪訝な顔を向ける探偵たち。
那神自身の説明によれば、穴に落ちたところからの記憶がないらしい。
どうやらこの絵本作家も、他の探偵たちと同様、謎の多い男のようだ。
「ええと、シュラインさんのお尻が、目の前に迫ってきたのは何となく憶えてるんですが」
「‥‥そこは忘れて欲しいな‥‥」
照れたようにシュラインが呟き、探偵たちはひとしきり笑い合った。
その後で、
「そろそろ上にあがらないか。ここは、そんなに心楽しくなる場所じゃないからな」
と、巫が言った。
まさしく、その通りであった。
地上世界へと這い出した探偵たちは、新鮮な空気で肺に満たした。
これは代謝行為であるだろうが、逼塞するような地下世界から戻ったとき、むしろ当然の欲求であったろう。
「たぶん、東京のあちこちで、こないな空洞ができとるんやろな」
ぽつりと藤村が言う。
「そして、いつか、この街も砂に呑まれるのかもな」
いつの間にか横に並んだ巫が、ポケットウイスキーの瓶を差し出しながら言葉を繋ぐ。
「まさしく、砂上の楼閣ですね」
だが、その瓶を受け取ったのは高御堂だった。酒精とともに吐き出された冗談の重みに堪えかねたように、那神とシュラインが夜空を見上げる。
少し離れたところから様子を見守っていた遼が、不思議そうに小首を傾げた。
まったく、人間とは奇妙なものだ。
人類がその叡智によって地球の支配者となったのなら、その愚劣さによって滅びるのは当然であろう。
一見最年長にはみえない最年長者は、あるいは、そんなことを考えていたのかもしれない。
星明かりが、幾千年前から変わらない光で、六つの人影を照らしていた。
夜風が、少しだけ強さを増す。
エピローグ
「なるほど。結局、今回も心霊事件じゃなかったわけだな」
禁煙パイプをくわえた草間武彦が、しみじみと嘆息した。
シュラインが軽く頷く。
ところで、べつに草間は健康のために禁煙しているのではない。
色々と事情があるのだ。
「あ、あのね、武彦さん」
どもりながら、事情が口を開いた。
「前に貰ったバッグのことなんだけど‥‥」
「あ、ああ」
「あの‥‥ありがとう。どういう風の吹き回しだったの?」
「まあ、その、なんだ。普段の感謝のシルシだ」
答えながら、草間は額の汗を拭った。
言えない。まさか、セールスマンに掃除機を買わされたから、バッグでシュラインの機嫌を取ろうしたなど、口が裂けても言えない。
「ふーん。まあ、だったら良いけど」
全てを見通すような笑顔をみせるシュライン。
そして、さらに続ける。
「良かったら今夜、一緒に食事しない? 奢るわよ」
「珍しいな。シュラインの方から誘うなんて」
「まあね。こういうストレートの方が、武彦さんは堪えるでしょ」
その一言で致命傷を受けた草間が、デスクにへたばる。
だが、その瞬間、彼の目は確かに捉えていた。
青い瞳の事務員が嫣然と微笑むのを。
まったく、彼の知っているシュラインとは、こういう女性なのだ。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0258/ 秋津・遼 /女 /567 / 何でも屋
(あきつ・りょう)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
0146/ 藤村・圭一郎 /男 / 27 / 占い師
(ふじむら・けいいちろう)
0092/ 高御堂・将人 /男 / 25 / 図書館司書
(たかみどう・まさと)
0374/ 那神・化楽 /男 / 34 / 絵本作家
(ながみ・けらく)
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■ ライター通信 ■
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毎度ご注文ありがとうございます。
今回のテーマは環境破壊でした。
お客さまの推理は当たりましたか?
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお目にかかることを祈って。
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