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調査コードネーム:新・学校の怪談?
≪暇人大募集の告知(オープニング)≫
古びた体育館があった。
多くの学生達と長い時間を過ごしたそれは木の温もりを豊かに香らせている。しかし心安らぐ穏やかさとは裏腹に、この春から始まる工事で近代的な建物に生まれ変わる予定の体育館は、取り壊しの日を待つのみの運命となっていた。
そんな折、学生達の間に囁かれる噂が一つ。
全ての部活が終わる頃、人気も失せ明りの落ちた体育館。ステージの上をグルグルと走り回る白い人影が二つ。その人影は誰かが近付くと煙のように姿を消す。
そして何故か。ステージ上に人影がある間は、体育館ステージ寄りに左右二つ設けられた非常口を示す非常灯の「逃げる人間」をあしらった白い模様がなくなっているらしい。
「ね、ね。面白そうだと思わない?」
今日も今日とて草間の不在時を狙ってやって来た仲介依頼人・京師紫はソファーから身を乗り出し熱弁を振るっていた。
「これがさー僕の母校なんだよね。品川駅から歩いて十数分のトコにある高校なんだけど」
そう言うと、紫は持参していた高校の卒業アルバムを開く。紅色の重厚な表紙を一枚めくると学校の全景がモノクロで写っていた。そこには確かに古めかしい体育館の存在も。
「で、恩師が僕に相談持ちかけて来たんだ。橘先生って言うんだけど、先生が顧問を勤める演劇部の部室が体育館のステージ下にあってね。生徒たちが気味悪がって困ってるって」
取り壊し間近の体育館に白い人影。そして消える人模様。
「コレって新手の学校の怪談かなぁ?――というわけで、暇な人! 僕と一緒に調べてみない??」
≪ほんのちょっとのイタズラ心≫
「ほんと、いい天気ね」
シュラインの髪を、運河を走る風が踊らせる。
見上げた空は快晴、彼女の瞳の色と同じ果てのないブルーが都会の天上に広がっていた。薫る風には春の気配。
「こう言う時は川辺でまったり昼寝とかするのが一番なんだけどねぇ」
纏っていた黒のコートを腕に持ち、並んで歩いていた紫がシュラインの弁に同意する。
「でも、天気良くてよかった。天気悪いと、水が臭うんだよね」
高校時代、歩きなれた道を紫が先立って案内する。
二人は現在、品川駅からほんの少し離れた場所をゆっくりと歩いていた。
数年前まで暗く長い地下道で高輪口と港南口を結んでいた品川駅は大改装の後、東京と言う街に相応しい近代的な変革を遂げている。しかし、有名ホテルを中心として華やかに栄える高輪口と、近年完成した日本国内でも最大級の超高層複合ビルや駅近くに有るオフィスビル以外は好対照な港南口は今もって健在であった。
そんな港南口から歩いて十分ちょっと、高浜運河を渡り天王洲アイルを視界に収めながら、シュラインと紫はとある高校の門をくぐった。
事前に話をつけてあったのか、それともそういう校風なのか。守衛室の住人は軽く手を上げた紫に、同じ仕草を返し微笑んだ。
「ところで、他のメンバーはどうしたの?」
確か今回は草間興信所に出入りしている高校生くらいの少年と少女が一人ずつ、調査に出向いてくる予定だった筈だ。確か名は桐谷虎助と氷無月亜衣と言ったか。
「虎助くんは一足先に学校で聞き込み始めてる。15時に橘先生の所で合流する予定になってるから」
もうそろそろ先生の所に辿り着いてるかな? 紫が見遣った校舎に掲げられた大時計は約束の刻限が間近に迫っている事を告げていた。
急ぐ? と目で問われてシュラインは頭を振った。
「その前に、ちょっと問題の体育館に寄らせてもらって良いかしら? 最初に確認しておきたいことがあるの。それから是非に京師さんに教えてもらいたいこともあるし」
うふふ、と微笑んだ彼女の持ち物の中に緑のマーカーが用意されていた事をこの段階で紫は知る由もなかった。
そして、卒業してから幾数年ぶりに母校の校歌を歌わされることになろうとも。
なお、
「‥‥どうでも良いけど。僕、歌上手くないよ」
そんな紫のぼやきが真実か否かを知るのもシュラインただ一人である。
≪セーラー服と情報と⇒語部:シュライン・エマ≫
さて、京師さんに案内されて件の依頼主、橘教諭の元に辿り着いたのは良いのだけれど。視界に飛び込んできたソレは取り敢えず見なかった事にして、私は橘教諭に挨拶代わりに名刺を差し出した。
「初めまして。今回の件の調査を担当します草間興信所調査員のシュライン=エマです」
右手を差し伸べると、肉厚気味の手が己の名を名乗りながら好意的に握り返して来た。
なるほど、この教諭は京師さんを信頼していて悪意や冷かしの感情はないのね。
「早速ですけど、詳しいお話お伺いしても良いですか?」
「それなら俺に任せて!」
『勿論』と答えかけたのであろう橘教諭の言葉尻を奪って、私達より先に教員室に辿り着いていた桐谷少年が右手を上げた。
「色々聞いてみたんだけど、演劇部の見山ってヤツが実際に白い人影を見たって言ってた」
「あぁ、見山くんなら演劇部の部長ですよ。責任感の強い良い子でね」
「で、その見山君の話の詳細は?」
生徒自慢で話が脱線しそうになった橘教諭の言葉の後を強引に切り桐谷少年に続きを促す。
しかし、彼から帰って来た言葉に私はガックリと肩を落とすことになった。
何かしら?
『え、ゆかりんから聞いた話そのまんまだったけど』
って何の進歩のない答えを聞いたのは私の耳がおかしくなったのかしら?
それとも、草間興信所でバイトしながらもっと詳細な情報や、変わった視点からの参考意見を聴衆することさえ出来ないの? これだから若い子は。そもそも『ゆかりん』ってのは何なのかしら? いえ、京師さんのことだってのは分かるけど。仮にも年長者に向かって‥‥
迷わずそう指摘しようとした私は今度は橘教諭に発言を遮られた。
「見山くんの他にも何人かの生徒が実際に目撃してるそうですが、見た物は皆同じでだいたい20cmくらいの白い人影がステージの上をクルクルと走り回っている姿だったそうです。後は京師くんに先に話した事ですが、非常灯の人型マークが消えている――というのを目撃した生徒もいます。
人影を目撃した生徒の大半が、その人影に気を取られて非常灯まで気が回っていないのでは? と私は思っているんですけどね」
「そう言えば、非常灯のことに気付いてるのは見山君だけでしたっけ」
橘教諭の言葉に、京師さんが改めて確認を取る。
「えぇ、そうですね。少なくとも私が話を聞いた生徒だと見山くんだけです」
なるほど、目撃例は結構あるけれど非常灯の件に気付いたのは一人だけ――と。確かに妙な人影が走り回ってるのに気付いたら、それに目が行ってしまうのは当然ね。
「あの、その目撃した生徒たちのクラスと名前って分かります?」
私の問い掛けに、橘教諭は机の引出しの中から一枚の名簿を取り出し、差し出した。
「一応、私が確認した生徒たちです」
「へぇ、ホントに結構いるんだ」
桐谷少年が私の手の中に移った名簿を覗き込んでくる。脱色でもしているのか、彼の金色の髪が私の鼻先を擽った。
「まぁ、もっと詳しい話や他に目撃した生徒がいないかは夕暮れまでに改めて聞き込みをすれば良いとして」
ここにいても、これ以上の情報は入手できないと判断して、私はこの場を〆ることを選択した。暇で請け負った依頼だけど、取り組むなら絶対に解決させたいですもの。草間興信所の一員として。
しかしその前に。
私は見ないフリを続けていた現実に向かい合った。
「ところで、なんでアンタはセーラー服なんて着てる訳?」
盛大な疑問符。どうして桐谷少年はセーラー服を、しかもこの学校の制服を着用しているのか。他人の趣味にとやかく言うつもりはないけれど、取り敢えず聞いておこうかしら?
「ゆかりんに借りた♪」
無邪気な答えに、再びガックリ肩を落しそうになって、ふと彼の言葉の重要なポイントに背後に立ったままの京師さんを振り返る。鏡を見たわけではないから断言は出来ないけれど、私の瞳には驚愕と不信感がまざまざと浮かんでいた事だろう。
その証明に、京師さんは慌てて首を横に振った。
「違う違う、僕にはそういう趣味はないって。虎助君が着てみたいって言うから僕の奥さんのを引っ張り出して来たんだ」
‥‥‥奥さん?
「あぁ、そう言えば彼女は元気ですか?」
「はい。今は子供の世話にかかりっきりで毎日忙しいとかボヤいてますけど元気ですよ」
「え? ゆかりんっちって子供いるの? 今度遊びに行って良い??」
「良いよ。まだ生まれたばっかりだからほとんど寝てるけどね」
‥‥えぇ、暇だったから受けた依頼だけど。
本業の方も一段落ついたから請け負った仕事ですけど。
緊張感の欠片もない空気と、ほんわか緩み出した気配と初耳の事実とに軽い眩暈を私が覚えたとしても、きっと武彦さんは怒らないと思うわ。
えぇ、絶対。
≪ヒマヒマしている暇はない⇒語部:桐谷・虎助≫
‥‥‥暇だ。
ステージ上にどっかと腰を据えて待つ事30分? 最初は学生達に見つからないように緞帳の影に姿を隠していたのだけれど、ハッキリ言って今はそんな必要はなかった。
『みんな帰っちゃったし、暇だ‥‥』
噂の人影を間近で見てやろうと、猫の姿に戻って待ち伏せしてるのというのに。バスケ部かどこかの生徒か最後にここを出ていってから数分経つ。
現れるんならソロソロ出てきてもいいんじゃないかなー。
ムーっと伸びを1回。
それから姿勢を正して座りなおして、気配を探るようにピクピクと髭を揺らす。ん、別に髭を動かす事に意味はないけど、なんかそれらしいんじゃん。
あ、言っとくけど。俺ってば無駄にここで待ち構えてるんじゃないからな。さっきから背中の辺りがゾワゾワするんだよ。だから「そろそろじゃないかな」って待ってるんだ。
ステージ下も見て来たけど、学生が隠れてる訳でも、オバケがいる訳でもなかったし。
んーー、何かな? やっぱ何かあるのかな?
じっとしてても仕方ないし、もう1回見回りしてこようかな。ゆかりんもシュラインって人もまだコッチには来てないからな。
と、思った瞬間。
俺は体育館の2階の窓に映った人影に息を飲んだ。
『誰だ!』
鋭く叫ぶ――人間の耳にはのんきにニャーと鳴いたようにしか聞こえないのはご愛嬌。
とにかく威嚇した俺の眼前で、確かさっき全部鍵がかかっている事を当番の生徒が確認していた筈の2階部分の窓が音もなく開き、一人の少女が箒に乗って舞い降りて来た。
箒に乗って現れるなんて、こいつ『魔女っ子』か? いや、否定されても俺の中ではコイツは魔女っ子に命名決定だ。だってそうだろ? 箒に乗って登場するなんて魔女っ子以外の何が考えられる? おまけに黒猫まで連れてるんだぜ? 俺の頭の中には、まだ愛らしい子供だった頃のデカ息子がエラク気に入っていた一本のアニメ映画が思い浮かんでいた。
そうだな、やっぱり夢のある話は良いよな―――ちょっと待て。
いやだから待てって。
突然襲われた怪現象に俺は軽いパニックを起こす。
なんだ? なんで俺の体は宙に浮いてるんだ? こんなのが起こるなんて聞いてないぞっ。
「ダメですよ。あそこにいたら調査の邪魔になってしまいますから」
空気に爪を立てても意味がないことを痛いほど思い知った俺は、気が付いた瞬間、現れた魔女っ子の腕の中に納まっていた。
なるほど、よくは分からんが俺はこの魔女っ子の能力で宙を飛んだらしい。そーいや、魔女っ子だもんな。それくらいの芸当は出来るってことかな?
しかし、うん。この娘は結構抱き方上手いなー‥‥なんて感心してる場合じゃなくって。コイツ今、「調査」って言ったな。ってことは、こいつがもう一人の調査員か。
マジマジと魔女っ子の顔を眺めていたら、彼女の肩に乗っかっていた黒猫と目があった。
――なんだ、コイツ?
なんかコイツふつうの猫じゃないくさいぞ。どうやら相手も俺をそう思ったらしい。器用に肩から滑り降りてきて俺の鼻先に顔を近づけてきやがった。
うにゃー、こう言うのってヤバイのか? 俺が化け猫だってバレたら魔女の実験材料にでもされちまう??
身構えようとした瞬間、俺は――否、正確には『俺達』は唐突に足場を失い、宙に放り出された。
今度は重力に引き寄せられて地面にまっさかさまだ。
危ないだろ! 急に放すんじゃないっ(猫だからこれくらいの高さ、全然問題ないけど)、そう文句の一つでも言ってやろうと思い見上げた魔女っ子の視線の硬直に、俺は慌てて背を向けていたステージに向きなおる。
なんかごちゃごちゃしてきて忘れてたけど、背中のゾクゾク、さっきより酷くなって――って、なんだありゃぁ?
「出ましたね!」
魔女っ子がステージに向かって身構えた。赤い彼女の瞳がほの暗い世界にキラリと輝いたように見えたのは俺の気のせいじゃないだろう。だって俺、猫だから夜目利くし。
その赤い視線の先、ステージの中央。さっきまで俺が座り込んでいた場所にボヤけた20cmくらいの白い人影が一つ。
俺も低い姿勢で身構える。って言うか‥‥ダメ、飛び付きたくてウズウズしてる。遊びたいーー! あの影と一緒になって遊びたいっ!! 猫缶よりも今はきっとそっちの方が魅力的。背中はゾワゾワするけど。
本能につられて駆け出そうとした俺は、前足をシュタっと一歩前に出しかけてハタと気付いた。どうやら魔女っ子も同じことに気付いたらしい。見上げた顔が困惑の色に染まってら。
「ゼル、話では影二つだったよね」
彼女は連れて来た黒猫に問いかけた。ソイツも無言で頷きを返してる。なんだ、やっぱお前も人の言葉分かるのか。
の前に。
なんでだ? 俺が聞いて回った話でも影は二つだった筈なのに。
今俺達の目の前で駆けずり回っている影は――一つ。錯覚かと思って前足で顔面うにゃにゃと掻いてみたけど結果は変わらない。
なんだ? なんだ? どういうことだっ?
「あら、やっぱり一つになっちゃったのね」
≪魔法のことなら魔女に聞け⇒語部:氷無月・亜衣≫
『あら、やっぱり一つになっちゃったのね』じゃありません!
不意に現れた――確か草間興信所でお会いした時にエマさんと名乗ってらっしゃった方だと思います――エマさんが緑色のマーカーを手にクスクスと小さく笑ってらっしゃいます。
その更に後では、仲介依頼人の京師さんが同じ状態。
なんなんですか? お2人、何を存じてらっしゃるんですか?
「どういうことですか?」
ステージへの警戒を怠らずにエマさんに質問したら、さっきまでステージ上で丸くなっていた猫さんも私を応援するようにニャーと鳴かれました。この猫さんも私の言葉が分るのでしょうか。そう言えばさっきゼルがこの猫さんに変に注意してましたから。そうですね、猫さんじゃ呼びにくいですから、仮に今は「虎さん」と呼んでおくことにしますね。だって虎縞なんですもの。
「ちょっとね、2つある非常灯の一つに細工をしておいたのよ」
ほらほら、近寄って見てみなさい。
エマさんに促されてステージに向かって右側の非常灯をよくよく観察して愕然。なんですか、コレ。人型が塗りつぶされてるじゃないですか! 誰です? こんなイタズラをするのは? 虎さんも呆れたように非常灯を見上げてるじゃないですか。
「まさか本当にコレで出てこれなくなるとは思ってなかったわ」
「うーん、僕もちょっとビックリだなぁ」
クスクスと笑いつづけるエマさんと京師さんに納得。これをやったのはエマさんなんですね。ダメじゃないですか、後でキチンと消しておいて下さいね。
「でも、本当に走り回ってるのね。可愛いわ」
どうにも笑いの箍が外れてしまったらしいエマさんの言葉に、私ははっと今成すべきことを思い出しました。
そうです。私はあの影を捕まえてもし必要だったら手助けをしてあげて皆を恐がらせるのを止めてもらえる様にお願いするつもりで来たんです。
「風の精霊!」
本当はもっと長い呪文詠唱が必要なんだけど、ちょっとした魔法くらいだったら簡略化しても大丈夫。
さっき虎さんを捕まえたのと同じ魔法で、その場にいた全員を一気にステージ上まで大移動。エマさんがビックリしてるけど、同じ依頼に取り組んでいる人だし、人助けの為の魔法だからバレちゃっても良いですよね。祖母だってこういう時の為に魔法はあるんだって言ってくれると思います。
ステージ上を駆け回っている小さな白い人影は、私達が急に現れたことにも全然動じないでずっと走り続けています。何かそこにあるんでしょうか?
とにかく捕まえて話を聞かないと始まらないので、絡め取ろうともう一度、風の魔法の準備にかかった瞬間。肌に直接感じるチリチリとした誰かの気配――いいえ、これは誰かの魔力の気配。
虎さんも気付いたのか、一生懸命辺りをきょろきょろ見渡してらっしゃいます。ゼル、貴方も探して。ココに何か魔法の媒体があると思うの。
「どうしたの? 何か分かったの」
「はい。これは魔法だと思うんです。どこかに媒体があると思うんですけど。例えば水晶珠みたいなのが‥‥」
「分ったわ、水晶珠ね。ほら京師さんも探すわよ」
チリチリと触れる私じゃない誰かの魔力。流れ込んできて私にこの魔法を使った人の心を教えてくれます。
そう‥‥そうなんですね。
この体育館が大好きで、ここの温かさを守りたくて、ここを壊されたくなくて。
ただそれを強く願っただけなんですね。
『亜衣、アレ!』
ゼルが私にしか聞こえない様に小さく鳴いて頭上を見る。
「――見付けた」
照明器具が取りつけてある舞台頭上の骨組の中に小さくキラリと光る物。それは拳大くらいの‥‥ガラス玉?
その存在に気付いた私を威嚇する様に小さな人影がより早く走り回るのを見ていると、なんだか切ない気持ちに。
でも、恐がらせるのは良くないでしょう?
腕の一振りで風を呼び込みガラス玉を手元に引き寄せようとした瞬間、異なる魔力の衝突の影響か、そのガラス玉は無数の破片となって私達の頭の上に降り注ぐことになりました。
≪結論から言ってしまいますと≫
「要は京師さんが在学中にここに置き忘れたガラス玉が今回の事件の原因なのね?」
シュラインにそう詰め寄られ、紫は面目ないと両肩をすくめて見せた。
「みたいだねー、いやぁ参った参った」
あはは、と他人事のように笑う紫の足に虎縞の猫が容赦なく爪を立てた。その無言かつ暴力に訴えた追求に、紫は痛みに思いっきり眉を寄せながら亜衣に話の先を促した。
「えっと、つまりはその京師さんが置き忘れた魔力を帯びたガラス玉に、演劇部の見山くんという生徒の強い願いが反応してしまったようなんです」
ガラス玉が弾け飛んだ瞬間、その場に渦巻いていた魔力が様々なことを彼女に伝えていた。生真面目そうな一人の少年。永く続く演劇部の伝統を、そしてそれを支え続けた体育館と、古い部室が大好きで。この場所がなくなってしまうなんて考えたくなくて。このままずっとここに在り続けて欲しいと。誰かにここを守って欲しいと願っていた。
その強い感情に魔力が反応し、今回の『怪現象』を引き起こしてしまっていたのだ。
ちなみにその少年は、亜衣の脳裏に浮かんだヴィジョンと事前に彼と会って話をしていたシュラインの記憶の照合で、演劇部部長の見山少年だと判明した。
その照合の時、虎縞の猫がにゃーにゃー五月蝿く鳴く様子を、亜衣が「なんだかこの子、少年の正体教えようとしてるみたいですね」と笑っていた。
「それにしても、なんだか中途半端な願いの叶え方だったわね」
たがだかマジック一本で邪魔されちゃうってのはどう思う?
シュラインに問われ、亜衣の表情に少し苦い笑顔が浮かぶ。
「本来、魔術と言うのは本人に素質があるか、それを分け与えた術者により強い力がない限り発動しない物なのです。今回の件はその辺が色々影響しているんだと思います」
そう。
これはきっと奇跡。
中途半端に放置されたマジックアイテムが魔力を持たないであろう少年の願いに発動するだなんて。
「とにかく。この体育館は本当に愛されてきたんですね。それが壊されちゃうなんてやっぱりもったいない」
呟いた亜衣の言葉に紫が静かに頷く。
「そうだね。僕もここが大好きだったよ。出来れば壊して欲しくないと‥‥僕も思う」
でも、それを決める権利は僕達にはないから。
少しだけ寂しげに微笑んで、紫は亜衣に一つの提案をした。
「あのさ、この体育館の労いに花火、上げられるかな?」
魔法を使ってくれるかな? 暗にそう願われ、亜衣は全開の笑顔でそれに応えた。
「任せて下さい!」
黒猫を連れて亜衣が箒でフワリと宙に浮かび上がり、入って来た時と同じ2階席の窓からすっかり暗くなった夜の空に溶け込んで行く。
そして数秒後、古い体育館の上に色とりどりの火の花が咲き乱れた。
「そう言う事なら、餞の歌もあった方が良いわね。ちょうど京師さんにここの校歌教えてもらったばかりだし」
温かくそして優しく響く歌声と美しい花火を紫は、そしていつの間にやら紫の頭上に陣取った虎縞の猫は少しの間、無言のまま見つめ続けていた。
≪祭りの後は⇒語部:京師・紫≫
「じゃ、これ少ないけどこれ今回の報酬ね」
橘先生にみんなで報告して校舎から校門までの短い道のりを歩きながら、僕は3人に割れてしまったガラス玉の破片の中から大ぶりな物を選んで手渡した。
体育館の騒動の間、姿を消していた虎助くんも今は一緒だ。彼がどこで何をしていたかなんて、聞くまでもないだろう?
世の中、本当に未知数なことが多いね。
だからこそ、退屈なんかしないで生きていられるのだけれど。
「割れちゃったし、1回使っちゃったからそんなに効果はないと思うんだけど。一瞬だけ、君の望む物を叶えてくれる効果くらいは残ってるとは思う――まぁ、それこそ夢幻みたいなものだろうけど」
3人の手の中に移ったガラスの破片は、自ら淡い燐光を放ち続けている。
その様子をシュラインさんは随分慣れたもののように――当然かな、彼女にはこれまでに何度か同じような物を贈ってるから――、亜衣ちゃんは興味深げに――彼女に抱かれた黒猫が彼女自身より熱心にガラス破片を観察している様には「良い相棒だなぁ」なんて微笑ましく思っちゃったりしたけど――、虎助くんはオモチャを与えられた猫みたいに瞳をキラキラと輝かせて――実際そうなんだけど――暫く眺めていた。
必然、遅くなる足元だったけれど。そんなに距離があるわけではないのであっという間に僕らは校門まで辿り着いた。
「じゃ、今日はお疲れ様でした。僕はこれからちょっと寄って行く所があるから」
折角久し振りに母校まで来たんだから、ひとりノスタルジックに浸りたくて少し早い別れを皆に告げる。
別に、答えに窮するようなツッコミから逃れる為の言い訳じゃないからね。
「あ、はい。お疲れ様でした。じゃ、ゼル行こう」
「落っこちないように気をつけるんだよー」
「はい! 大丈夫です。慣れてますから」
亜衣ちゃんが箒に跨って宙に舞う。うんうん、もう日が沈んでだいぶ経つから早々気付かれることはないと思うけど、移動に箒を使う時は充分気をつけてね。
「それじゃ、私も帰るわ。また何かあったら興信所まで相談しに来てね」
「ありがとう。是非そうさせてもらうよ」
あんまりお金にならないものばっかりだと武彦さんに門前払いを食うようになるかもしれないけどね、というシュラインさんの言葉は聞こえなかったフリした僕に、笑ってシュラインさんが手を振る。うん、大人の女の颯爽とした後姿ってかっこいいね。いつもいつも変な依頼ばっかり持ち込んでごめんね。でもこれが僕のライフワークだから。
草間さんに追い出されたら、裏口とか開けておいてくれると嬉しいな。
「じゃ、俺も帰る」
「今度、是非遊びにおいでね」
空に消えた亜衣を羨ましそうに眺めていた虎助くんが、ふと我に返って猫のよな身軽さで駅とは反対方向に駆け出した。着替えでも取りに行くのかな? 流石にセーラー服で帰るわけにはいかないだろうし。
そうだ、虎助くん。
セーラー服はクリーニングして早々に返してね。奥さんに黙って持ってきちゃったからバレたら怒られる。
後日、僕は3人の元に体育館改築工事中止の報が持っていくことになった。どうやら亜衣ちゃんが上げた魔法の花火を目撃した多くの近隣住民によって「学校の怪談」騒ぎに信憑性が付加され学校側もこのままの工事続行を断念せざるおえない状態になったらしい。
何を非現実的な、と一笑に付されそうだけれど――人間、その手の話にはやはり弱いんだよね。
ちなみに、その噂を率先して煽っていた演劇部員がいたことは‥‥知らなかったことにしておこう。だってホラ、元はと言えば僕が責任みたいだし、それに何よりあの体育館には僕自身の思い出もたくさん詰まっているからね。
古い物を大切にする。
次から次へと新しい物が提供される時代だからこそ、そういう気持ちが大切なんだと、僕もそう思うから。
更に後日、演劇部の定期講演で何の偶然か、魔女と猫と吟遊詩人が大活躍して世界の宝を守るというオリジナル演劇が上演された。
その場に草間興信所の面々を僕が招待したことは――言うまでもない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0368 / 氷無月・亜衣(ひなづき・あい) / 女 / 17 / 魔女(高校生) 】
【 0104 / 桐谷・虎助(きりたに・こすけ) / 男 / 152(外見高校生) / 桐谷さん家のペット 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。またまたまたの紫からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
えっと、今回の話はちょっとノリノリ(死語)という感じだったので、少々変わった書き方で書かせて頂きました。
語部方式。よりPCさんらしさが求められると言う事に、チャレンジした後に自分で気付いて‥‥ちょと泣きそうになったのですが、いかがだったでしょうか?
皆さまの中のPCイメージとかけ離れていないことをただ祈るのみ――です。
シュラインさん。今回は‥‥受けつけ開始からやたらと早いタイミングでのご参加、ありがとうございました。
実はかなり真剣に「へ? もう来たの???」とビックリしてしまいました。いやもう、本当に毎度ありがとうございます。
なんだか、こんな事ばっかり言っているので、逆に自棄になられていないか心配な今日この頃です(苦笑)。
さて、作中に出てガラス玉の破片ですが、紫の登場する依頼でのみ有効となっております。機会がありましたらご活用頂けますと幸いです。
ご意見・ご指摘・ご感想などございましたら、クリエーターズルームもしくはテラコンよりガガンと送ってやって下さいませ。今後の参考、糧にさせて頂きたいと思います。不思議アイテムのネタも大募集中です(笑)。
ではでは、この度はご参加頂きましてありがとうございました。もしお気に召して頂けましたのならば、また別の依頼でご一緒出来る事を祈っております。巷ではタチの悪いインフルエンザが流行しているとの事。くれぐれも体調など崩されませんようお気を付け下さい。
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