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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


血の糸

Opening 始まりの手紙

『己が人の命を絶ち、その肉叢を食ひなどする者はかくぞある』

仙花紙にどす黒い血文字にて認められたその一文。
鎌倉時代説話文学を代表する『宇治拾遺物語』に出てくる一文である。
そして、これ見よがしに点々と滴り落ちた血の痕に草間は大きく眉を顰めた。
裏返したり透かして見たりと…隅々までチェックした後、大きな溜息と共に手にしたそれを重厚なテーブルの上に置いた。
「全く、イイ趣味した人間がいるものだな」
草間は向かいのソファに座る少女に、やや呆れた口調で云う。
少女――榊香子(さかきこうこ)――はピンク色のスカートをぎゅっと握り締め、俯いたままピクリとも反応しない。
「ああイヤ、これはすまない。…ええと要するにこれをアパートのポストに入れる人間を割り出して欲しいと?」
草間は少し申し訳なさそうに頭を掻いて、改めて少女に云った。
「ハイ…もう怖くて仕方ないんです。だってもうこれで…」
もうこれでその奇妙な紙は10枚目になるんです、と少女は非道く辛そうに云う。
フム…と草間は唸ると、
「…まぁ、そういうわけなんだ。頼まれてくれるかい?」
振り向きながらソファの後ろに立つ私達にそう云って愛用の細い煙草を口に加えた。


Scene-1 巳主神冴那

「宇治拾遺集…いい趣味をしてるじゃない? …でも、血文字は若い子には刺激が強すぎるんじゃなくて?」

そう云うと女はペロリと赤い舌を出し、可笑しそうにクスクスと嗤った。
首には白く太い大蛇が僕<しもべ>のように絡みつき、長く光る爪には青紫のマニキュアが。紫がかった漆黒の髪が雪のように白い肌に美しく映え、その躯全体からは独特の妖しい艶を醸し出していた。
「ねぇ、お前もそう思うでしょう?」
そう云って、首に絡みついた蛇に人差し指を差し出す。その指に反応して大蛇が細い舌を躍らせた。
彼女は600年生きた蛇(蝮)の化身である。遥か昔、室町時代から生き続ける、はぐれ蝮――巳主神・冴那。
爬虫類関係を多く集めた店『水月堂』の店主でもあり、草間興信所の探偵でもあるが、どちらかと云えば、後者はホンの余興に過ぎない。
寿命が伸びた、高齢者が多い、などとほざく人間どもも、所詮はたがが100年足らず生きれば随分と良い方だ。忙しなく生きゆく人間を彼女はずっと眺め続けてきた。
己の利益の為に誇りを捨てる人間どもを…どうしようもないことにもがく人間どもを…。
確かに、馬鹿らしいとは思う。ウロボロスの環に捕らわれ、逃げることが出来ぬ人間どもに。しかし、例えそうであっても、退屈しのぎにはなる。彼女はそう思っていた。

「今回はどんな楽しいことに出会えるのかしら?」
髪の毛を掻き上げながら彼女は再び嗤った。自分の乾きを満たしてくれる――そんな事件であることを願って。


Scene-2 午後

コツンコツン…。
ヒールの踵を鳴らしながら真昼間の住宅街を歩く。
通勤ともなれば、車も人もそれなりに通るのであろうが今の時間帯は殆ど人影もない。ポケットから金色の懐中時計を取り出しパカっと開いてみると午後二時を回った所だった。
(さて…どうしましょうか)
巳主神はそう思いながら閑静な宅地を見渡した。
ここから、ちょうど斜め前に見える木造のアパート…それが今回のクライアント・榊香子の住むアパートである。
(ポストは、部屋のドアと一階のポストと…一応二つあるのね)
眺めながら少し思案していると、前方から一人の女性が歩いてくる。同じく草間興信所の探偵で、今回の依頼を担当しているシュライン・エマであった。
「あら、シュラインじゃなくて?」
声を掛けると、小気味よく歩いていた女が顔を上げた。
「あ、巳主神さん。そっちは収穫、何かありましたか?」
巳主神は首を横に振った。実はここ一週間見張りをずっと続けていたが一切それらしい手がかりは見つけられていなかった。それはシュラインも同じである。
「アノ手紙も…届いたことは届いたけれど…結局は犯人まで辿り着けなかったしね…」

そう、実は3日前に例の血文字の手紙が榊香子宛に届いた。
しかも、今回はダイレクトメールではなく、定形外郵便にて送られてきた。もちろん、中にはいつもの一枚が入っているだけであった。
巳主神は、ポストの中に僅かな麝香の香りをしたためた小さなアルビノの青大将を忍ばせていた。血の香りのするものが投函されたら、それを投函した者の懐なりに忍び込み、潜伏場所についたら戻るように、と。
しかし、潜り込んだのは云うまでもなく郵便配達員の懐で、そいつが怪しいかと他の探偵とも捜査してはみたが結局そいつは白。単なる配達員に過ぎなかった。

「とにかく、今、香子ちゃんの部屋に秋津さんと杞槙ちゃんもいるみたいですし…今後の作戦でも練りましょうか?」
そのシュラインの科白に、巳主神に浅く頷いた。


Scene-3 ちらつく影

榊香子のアパートの部屋はは実に狭く暗かった。
差し込む光もどこか遠い物に感じられ、中に居た香子、そして同じく探偵の秋津遼、四宮杞槙、杞槙のボディーガード・佳凛も灰色の闇に浮かび上がっているようだった。
「秋津さん、杞槙ちゃん。何かこちらでありましたか?」
先に入ったシュラインが訊く。呼ばれた二人は先ほどの巳主神と同様、首を横に振るだけだった。
「そっちはどうだい? それらしいヤツは見なかったかい?」
窓際の横の壁に少し背を預け、秋津遼が尋ねてくる。シュラインも巳主神も首を振った。
「それにしても…じれったいものね。粘っこい人間としか思えないわ」
巳主神はそう云うと、退屈そうに前に垂れてきた髪を後ろに掻き上げた。
「どう…思います? 私としては香子ちゃんを一人にしておくには心配ですし、
 調査に乗り出すよりも、護衛も兼ねて見張りに徹した方がいいかと思うんですが…」 
シュラインが理知的な口調で回りを見渡した。探偵である3人はそれぞれ頷く。
「ストーカーの類なら人が傍に居ることで引いていくだろうしね。…このまま来なくなれば、それはそれでいいことだろ」
秋津がしたたかな笑みを作りながらそう云った。

じゃあ、あたし達は引き続き下で見張ってるわね…そう云って巳主神がドアノブに手を掛けようとしたとき、後ろに続いていたシュラインの身が強張った。
「…どうしたの、シュライン?」
「シ…。誰か階段を上って来る…」
ピンとまさにピアノ線のような緊張が部屋の中を駆け抜けた。
香子は隣に座っていた四宮杞槙の腕をぎゅっと握る。
普通に考えれば、アパートの住人かも知れないし、それを狙ったセールスマンかもしれない。
しかし、何故か――この部屋にいる6人は――その足音の主が間違いなく事件に関わる物だと確信していた。
第六感的なものが働いていたのかも知れない。
「シュライン、何人か分かるかい?」
秋津が声のトーンを落として囁いた。シュラインは足音に集中すべく声を出さずに指で「1」と指した。

トン、トン、トン、トン、トン…

規則正しい足音…。
大分近づいて来たのか巳主神もその音を聞き取れた。
「…男」
そう呟くとシュラインと秋津、杞槙がこっくりと頷いた。やはりストーカーだったのか。

トン、トン、トン、トン、トン…

嫌になる位、正確だった。こんなことなら外に自分の蛇たちを数匹置いておけば良かった、と巳主神は思った。
(ポストに何か入れるようだったら、ドアを開けます。いいですか?)
シュラインが小声で囁くと巳主神は無言のままに頷いた。
ドアノブにシュラインが手を掛け身を屈める。そしてキッチンがある左手に巳主神が構えた。

―――足音が止んだ。

『無音』という『音』が聞こえる。いや、自らの心臓の音が聞こえる。
巳主神は固唾を飲んでドアの下に設けられているポストに視線を釘づけた。もちろん、秋津の視線もシュラインの視線もそこに集まっている。
この間が何よりも長い。そう思った。

そして、ガサガサ…と僅かな音が聞き取れると、その意思をシュラインが目で合図を送ってきた。
受け口に茶色い封筒が挿入されたのを確認すると、シュラインは勢いよくドアを開ける…と云うよりかは押し飛ばした。
バンッ!という壊れるような音がして、その後を巳主神が出る。
「うわ…!」
「あら…」
巳主神は髪をなびかせて外に出るとドアの勢いに押されて、倒れ掛かった男の胸座を掴んだ。黒いダッフルコートに似合いもしないサングラス。
スーバースターのスニーカーを履いている茶髪の少年だ。
「思ったよりカワイイボウヤじゃなくって? …でも、おねぇさん達を怒らせたら怖いのよ?」
キリキリと胸座を締め付けてやると、ゴ、ゴメンナサイと男は涙混じりに謝りだした。

「このガキが犯人…?」
シュラインは少し呆気に取られながら先ほど投函された封筒を拾い上げ、中身を取り出してみる。
中には、事件の発端を握る例の紙。
『己が人の命を絶ち、その肉叢を食ひなどする者はかくぞある』
「…どうやらそうみたい」
溜息混じりにそう云うとシュラインはその紙を窓際に立っていた秋津に見せた。
しかし、秋津は厳しい表情をして、こちらを見据えている。
「…誰か外からこっちを見ている」
「え?」
「動くんじゃないよ、シュライン。…杞槙、そこから見えないかね」
杞槙は驚きながら頷くと、躯の位置を変えずに視線だけを窓の外に向けた。
「…分からない…でも…」
「視線は感じる、かい?」
秋津が問うと、杞槙はこっくりと頷いた。

「冴那、後は任していいだろう?」
秋津は締め上げる巳主神にそう云うと、身を翻して――2階なのだが――ひらりと空を舞うように窓から外へ飛び降りた。
もちろん、凄まじい音を立てながら窓ガラスを蹴り飛ばして。
「ひゅ〜♪ おねーさん、流石」
シュラインは少々驚いた風に肩を竦ませると、
「巳主神さん、こっちはお願いします。杞槙ちゃん、香子ちゃんの傍についててあげてね」
あ、それと窓ガラス代は草間興信所が持つから、と加えてシュラインも窓の向こう側へ消えた。


Scene-4 毒の味

「クッソ…!」
巳主神が部屋の中に気を取られていると、先ほどまで半泣きで謝り続けていた少年が腕を払いのけ、後ずさった。
「な、な、ナめんなよ!」
「その割には、足が震えているようだけど…?」
如何にも「ムリしてます」な茶髪少年はうるせぇ!…と気持ちいっぱい怒鳴ると、震えた手でコートのポケットを弄<まさぐ>った。
「あ、敦子さんから頼まれたんだ! い、い、いるんだろ、榊香子ッ!」
「アツコさんって誰よ」
「何で、テメェー敦子さんのこと知ってるんだよッ!!」
「ボウヤ、さっき云ったじゃない…馬鹿な子は嫌いよ」
「う、う、うるせぇ…!」
少年はそう云うと、ポケットの中からバタフライナイフを取り出した。鋭利な刃が巳主神に向けられる。
「ボウヤ…オイタはその位にしておいたら?」
巳主神は凛と云い放った。と、同時に何かあったときの為に、錦蛇を中心とした毒蛇を周囲に集めるよう人差し指で空に小さく円を描いて指示を出す。
「オレは敦子さんが全てなんだ…! 榊香子は敦子さんの敵なんだッ。アイツは敦子さんからコンサートのソロを
 奪ったりしやがった…敦子さんの方がバイオリン、うまいんだッ!!」
「…………………」
「榊香子なんて所詮、母親の榊一恵の七光りなんだ! …クソッ! オレは認めねぇぞ!!」
少年は震える声と足で、巳主神を目掛けてナイフを振り回す。
「認めねぇ! 認めねぇ! 敦子さんが最高なんだ…ッ!」
乱暴に空を切るナイフをひらりひらりとしなやかに避け、巳主神は云った。
「蛇は人の心の恐怖の象徴。人にある外見は何も持たず、人は我々の生の行方すら知らぬ。
 貴方はこんな小さな少女を恐怖にさせて何を望むのかしら?」
「な、何…!」
「あなたは今、『敦子』という毒に犯されているわね…。真実は何も見えてはいない」
巳主神はそう云うと、流水の如くたおやかに動いて、少年の腕を蹴り上げた。
クルクルと回ってカチャンとコンクリートの上にナイフが落ちる。
「ふ、ふ、ふざけるなッ!」
少年は一瞬戸惑いをみせたが、ここまでくるともう分別がつかないのであろう…巳主神に殴りかかる。
「お前になんか、敦子さんの良さが分かるかぁあぁぁあああ!」
勢い余って飛び掛った少年は拳にめいっぱい力を込めて巳主神を殴ろうとするが――そこに巳主神は居なかった。
ゾクリ、と寒気が走る。湿っぽくひんやりとした感触が少年の躯全体を襲った。
「蝮の毒は強烈よ…?」
神々しいまでの透き通った声で巳主神は静かに云った。少年に絡み付いて喉元なりに牙を当てたままで。
「毒の怖さが分からないうちは…何も見えない。見える筈もない」
そう云うと…少年の躯はずるずると地に落ちていった。


Epilogue つながる点と糸と思惑と

「結局…投函しに来たのは三浦敦子の熱狂的FANだったワケ」
草間興信所のソファにどっかりと腰を落ち着けながらシュラインは云った。
同じく座っている巳主神は安いインスタントコーヒーを飲みながら頷いた。
「そうみたいね。アツコのイイナリ君一号だったみたい…全く、もうちょっと賢い事件かと思って引き受けたんだけど…」
「同感だね」
隣に座っていた秋津も呆れたように足を組んだ。
「敦子は香子ちゃんが羨ましくって堪らなかったんだろうね…ま、それにしてはドの過ぎた復讐だけど」
苦笑いを零しながらシュラインもテーブルに出されたコーヒーに口を付ける。
「秋津さん、途中から気づいていたんでしょ? あの言葉の本当の意味も」
シュラインが少し口を尖らせると秋津はクスクスと手を口にあてて特有の嗤いを零す。
「ま…それは想像に任せるよ。それにしても、イヤになるね。あんな引用は」
「どういう意味で使ってたの、そのお嬢ちゃんは」
巳主神がそう問うと、二人は苦笑いを作るだけだった。
「…聞かない方がいいね。聞けば絶対、虫唾が走るから」
秋津は軽く頭を左右に振ってコーヒーを手にとった。
そして視線を下へ落とすと、シュラインの右足には白い包帯がグルグルに巻かれている。
「…シュライン、それ、捻挫だったのかい?」
「んーまぁそんな所です…」
「大人しく階段使えば良かったのに…」
「階段前の通路で巳主神さんが景気よく乱闘してたじゃないですか」
「まぁ、失礼な…」

「全く、ウチの女探偵が揃うと怖いな…」
デスクで書類に頭を悩ませていた草間は煙草を吹かしながらこちらを見る。
3方向からキッと鋭い視線が飛んですぐさま首を竦めることになるのだが。

「そう云えば、杞槙は?」
「香子ちゃんと遊ぶ約束があるんだって」

シュラインがそう草間に返すと珍しく巳主神と秋津が穏やかに笑った。


FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0376 / 巳主神・冴那 / 女 / 600 / ペットショップオーナー】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0258 / 秋津・遼 / 女 / 567 / 何でも屋】
【0294/ 四宮・杞槙 / 女 / 15 / カゴの中のお嬢さま】

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■         ライター通信          ■
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* 初めまして、こんにちは。本事件ライターの相馬冬果(そうまとうか)と申します。
  この度は、東京怪談・草間興信所からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* 今回の依頼は皆さまのプレイングが色々と効果を発揮してとても奥深い作品になったと
  個人的には思っておりますが、どうでしょうか?
* 他の参加者の方の文章を読んで頂けると、事件の絡み合った思惑や経過なども含めて、全体像や進展度、
  思わぬ隠し穴などがより一層、理解して頂けると思います。

≪巳主神 冴那 様≫
 最初はどのように描写すればいいかと散々悩んだのですが、物語が進むにつれてとても味のあるキャラだと思い、
 楽しく書かせて頂きました。物語の後半の方で『浮世離れした天然のお姉さん』を出せたかどうか…それが少し不安ですが(笑)。
 プレイングに書いて頂いた科白や描写はなるべく使うように致しました。中々カッコイイ科白をさらりと云わせられますね。
 これはとても重宝する点だなぁ…と個人的には凄く納得していました。
 また機会がありましたら、お会いできることを楽しみにしております。


 相馬