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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


血の糸

Opening 始まりの手紙

『己が人の命を絶ち、その肉叢を食ひなどする者はかくぞある』

仙花紙にどす黒い血文字にて認められたその一文。
鎌倉時代説話文学を代表する『宇治拾遺物語』に出てくる一文である。
そして、これ見よがしに点々と滴り落ちた血の痕に草間は大きく眉を顰めた。
裏返したり透かして見たりと…隅々までチェックした後、大きな溜息と共に手にしたそれを重厚なテーブルの上に置いた。
「全く、イイ趣味した人間がいるものだな」
草間は向かいのソファに座る少女に、やや呆れた口調で云う。
少女――榊香子(さかきこうこ)――はピンク色のスカートをぎゅっと握り締め、俯いたままピクリとも反応しない。
「ああイヤ、これはすまない。…ええと要するにこれをアパートのポストに入れる人間を割り出して欲しいと?」
草間は少し申し訳なさそうに頭を掻いて、改めて少女に云った。
「ハイ…もう怖くて仕方ないんです。だってもうこれで…」
もうこれでその奇妙な紙は十枚目になるんです、と少女は非道く辛そうに云う。
フム…と草間は唸ると、
「…まぁ、そういうわけなんだ。頼まれてくれるかい?」
振り向きながらソファの後ろに立つ私達にそう云って愛用の細い煙草を口に加えた。


Scene-1 指きり

ひらり。
ピンクのフリルのスカートを翻し、鉄錆びた階段をトントン…と静かに上る。後ろには黒いスーツをびしっと着こなした背の高い男が一人。
亜麻色の髪が風でそよそよと揺れ、純真な若緑の瞳が彼女の意思を強く物語る――四宮杞槙であった。
杞槙は明治時代から名門と謳われる華族・四宮家の一人娘である。母親が幼いときに亡くなったせいか、父親の溺愛っぷりはよく知られたもので、まさに温室育ちその物。家族や出入りする親しい者以外とは普段接したことがなく、唯一の友達といえばぬいぐるみのくまちゃんだけだろうか。
しかし、杞槙は自分を不幸だとは思っていなかった。
父の帰りが遅く、夕食は一人で摂ることが多い。少し淋しさを感じることもあるが、そんなときは無言で幼い時からの専属のボディーガード・佳凛が眠るまで傍にいてくれて…淋しさを癒してくれる。
杞槙にとっては兄のように身近で大切な存在だった。

草間興信所で探偵をしていることは父には内緒である。初めは佳凛にも反対された。危険だと。
しかし、どうしても…外の世界が知りたかった。確かめたかった。怖い思いをすることになっても、人から聞いた話じゃなくて、自分のこの両の瞳で確かめたかった。
杞槙は必死でそれを佳凛に伝えた。佳凛は分かってくれた。
「ですが、お嬢様。私は貴方の傍から決して離れません。何かあったときは私が必ずお守り致します」
二人でこっそりとそう指きりした。
佳凛は父親が雇ったボディーガードだ。
けれど、この探偵をしている間は――佳凛は佳凛の意思で自分の傍に居てくれる。それが無性に嬉しかった。

ドンドン…と鈍い音を立ててノックをする。
階段を上りきった2階の手前から3番目の部屋が、今回のクライアント・榊香子の部屋である。
「ハイ…どちら様でしょう…」
少し間があった後、消え入りそうな声が中から聞こえた。榊香子の声だった。
「私、四宮杞槙と申します」
――と、云った後、声を落として
(草間興信所の者ですわ)
と杞槙は囁いた。
ぎぎーと引きずる様な音と共に、安く薄っぺらいドアが手前に開く。
「お待ちしてました。どうぞ…」
そう云って、香子は二人を招きいれた。しかし、顔は俯いたままだ。
外はこんなに明るいのに…部屋の中は非道く暗く、香子の心の恐怖を如実に表しているかのようだった。
杞槙は思った。もし、佳凛がいなければ、自分もこのようになっていたかも知れない、と。
頼る人が誰も居なくて…淋しさに打ちひしがれていたかも知れない、と。
だから。
だから、榊香子には、自分が力になってあげたいと思った。
これは仕事であるけれども――少しでも役に立ちたい。そう思ってこの依頼を受けたのだ。


Scene-2

「どうぞ…」
榊香子は、汚いですが、と苦笑いを零すと奥の部屋へと招き入れた。部屋には小さな豆球しかなく、窓ガラスも何処か頼りなくギシギシと音を立てる。
「あの、香子様はお一人暮らしなのですか?」
杞槙は勧められるがままに畳の床に座ると、差し出されたお茶に口付けながら同じく座ろうとする香子を見た。
「ええ、両親は幼い頃亡くしまして…」
そう云うと、香子は儚げに笑った。
「そう…何ですか、申し訳ありません」
「四宮さんが謝ることないですよ」
今度は可笑しそうに香子は笑った。彼女の笑みは何処か頼りなかった。
「あの、事件のこと。詳しくお伺いしてもいいですか?
 これ……10枚目という事でしたけど、ポストに入っている間隔とか、決まっていますか?」
ゴソゴソと杞槙は鞄の中から先日渡された紙を取り出す。血が既に赤茶色に変色していた。
「ええ…間隔はとても不規則なんです。連日して入っていたかと思うと、パッタリこなかったり。
 忘れた頃に入ってることが、多いんです」
「そう…なんですか。この紙自体は有名なのかしら?」
杞槙はう〜ん、と首を捻った後、ドアの脇に立っている佳凛を見た。
「仙花紙は近年、粗悪な洋紙として出版物でよく使われていました。ですが…」
それが手がかりになるほど重要な代物かと問われると…、と佳凛は濁す。
「そっかー…それじゃあ、ここで見張ってるのが一番いいかも、ね。下のポストはシュラインさんと巳主神さんが
 見張っててくれるみたいだし。ドアにも郵便受けがあるから二手に見張るのがいいよね」


Scene-3 生

「で…犯人に心当たりはあるのかい?」

その後、今回の探偵の一人、秋津遼が部屋にやってきていた。
お嬢ちゃんだけじゃ心配だからね、とたおやかな笑みと共に秋津は杞槙の頭を撫でる。
昼間だというのに暗い部屋の一室。杞槙だけではなく、佳凛も秋津も少女一人がこのようなアパートに暮らしていることに疑問を持ったようだった。
榊香子は父親を幼いときに交通事故で亡くし母親も10年ほど前に事故で亡くした、親戚の家では居辛いから、と一人暮らしをしていると云った。
彼女は中学生にも見える童顔だったが実際は18歳で、高校や専門学校などには通っておらず、深夜コンビニで働いて生計を立てているという。

「心当たりも何も…私、先月、この街に引っ越してきたばかりで…」
少女は怯え切っているようだった。栗色の髪を上でお団子風に束ね、白いうなじが後れ毛と共に美しく映える。
隣に座る杞槙はその様子を見て胸がきゅっと詰まった。可哀想だと思った。
たった一人――ずっと今まで心細かったに違いない。そう思うと無性に切なくなった。

「あら、香子様。バイオリンをお弾きになられるのですか?」
杞槙は、タンスに立て掛けられている黒いケースを見つけた。自分も小さい頃から習っているのでその歪な形のケースには見覚えがあった。
「あ、ええ…。こちらに引っ越してくる前に少し…」
香子は少し笑みを作りながら立て掛けてあるバイオリンケースの方を振り返った。
そっと持ち上げ、膝に乗せる。まるで母親が子供を慈しむかのように…。
「母親の…形見なんです。これしか残ってなくて」
パカっと蓋を開ける。中には栗色の艶だったバイオリンと弓、そして一枚の写真。
「失礼ですが…お母上はバイオリニストの榊一恵さんでは…」
秋津と同じく、部屋の脇に立っていたボディーガードの佳凛は云った。
「え、ええ…そうです。榊一恵は私の母です」

榊一恵(さかきかずえ)――かつて、一世を風靡したクラシック界の有名なバイオリニストだ。
確か、10年ほど前に事故で亡くなったとか何とか…。
しかし、彼女が有名なのはそのバイオリンも去ることながら人気絶頂の最中に事故による不幸な死を遂げたという所にあった。当時、その死を惜しみ榊一恵というバイオリニストを知らなかった人間までもが彼女の死を痛み、嘆き、葬儀に参列した。一種の社会現象までも呼び起こした事件だ。

となると…その娘、榊香子は2世というわけだ。
何故か香子に親近感を抱いていた杞槙は香子が母親の死後、どのような境遇で育ったか安易に想像できた。
(…香子様…私に似てるんだ…)
そう思って胸でぎゅっと手を握り締めた時、ドアが大きくノックされた。


Scene-3 ちらつく影

「秋津さん、杞槙ちゃん。何かこちらでありましたか?」
ノックの主は同じく草間興信所の探偵であるシュライン・エマと巳主神冴那だった。彼女二人は外回りの見張りを交代で担当していた。
「そっちはどうだい? それらしいヤツは見なかったかい?」
窓際の横の壁に少し背を預け、秋津は二人に尋ねたが、シュラインも巳主神も首を横に振った。
「それにしても…じれったいものね。粘っこい人間としか思えないわ」
シュラインの後ろからやって来た巳主神はそう云うと、退屈そうに前に垂れてきた髪を後ろに掻き上げる。
「どう…思います? 私としては香子ちゃんを一人にしておくには心配ですし、
 調査に乗り出すよりも、護衛も兼ねて見張りに徹した方がいいかと思うんですが…」 
シュラインが理知的な口調で回りを見渡した。探偵である3人はそれぞれ頷く。
「ストーカーの類なら人が傍に居ることで引いていくだろうしね。…このまま来なくなれば、それはそれでいいことだろ」
秋津がしたたかな笑みを作りながらそう云った。

じゃあ、あたし達は引き続き下で見張ってるわね…そう云って巳主神がドアノブに手を掛けようとしたとき、後ろに続いていたシュラインの身が強張った。
「…どうしたの、シュライン?」
「シ…。誰か階段を上って来る…」
ピンとまさにピアノ線のような緊張が部屋の中を駆け抜けた。
香子は隣に座っていた杞槙の腕をぎゅっと握る。
普通に考えれば、アパートの住人かも知れないし、それを狙ったセールスマンかもしれない。
しかし、何故か――この部屋にいる6人は――その足音の主が間違いなく事件に関わる物だと確信していた。
第六感的なものが働いていたのかも知れない。
「シュライン、何人か分かるかい?」
秋津が声のトーンを落として囁いた。シュラインは足音に集中すべく声を出さずに指で「1」と指した。

トン、トン、トン、トン、トン…

規則正しい足音…。
大分近づいて来たのか秋津もその音を聞き取れた。
「…男」
そう巳主神が呟くとシュラインと秋津、杞槙がこっくりと頷いた。やはりストーカーだったのか。

トン、トン、トン、トン、トン…

嫌になる位、正確だった。正直――怖かった。
(ポストに何か入れるようだったら、ドアを開けます。いいですか?)
シュラインが小声で囁くと巳主神と秋津は無言のままに頷く。
ドアノブにシュラインが手を掛け身を屈める。そしてキッチンがある左手に巳主神が構えた。

―――足音が止んだ。

『無音』という『音』が聞こえる。いや、自らの心臓の音が聞こえる。
香子の杞槙を握る手が一層力を増した。そして確実に震えている。
この間が何よりも長い。杞槙はそう思った。

そして、ガサガサ…と僅かな音が聞き取れると、その意思をシュラインが目で巳主神に合図を送る。
受け口に茶色い封筒が挿入されたのを確認すると、シュラインは勢いよくドアを開ける…と云うよりかは押し飛ばした。
バンッ!という壊れるような音がして、その後を巳主神が出る。
「うわ…!」
「あら…」
巳主神は髪をなびかせて外に出るとドアの勢いに押されて、倒れ掛かった男の胸座を掴んだ。黒いダッフルコートに似合いもしないサングラス。
スーバースターのスニーカーを履いている茶髪の少年だ。
「思ったよりカワイイボウヤじゃなくって? …でも、おねぇさん達を怒らせたら怖いのよ?」
キリキリと胸座を締め付けてやると、ゴ、ゴメンナサイとその少年は涙混じりに謝りだした。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ…」

「このガキが犯人…?」
シュラインは少し呆気に取られながら先ほど投函された封筒を拾い上げ、中身を取り出してみる。
中には、事件の発端を握る例の紙。
『己が人の命を絶ち、その肉叢を食ひなどする者はかくぞある』
「…どうやらそうみたい」
溜息混じりにそう云うとシュラインはその紙を窓際に立っていた秋津と杞槙に見せた。
「…誰か外からこっちを見ている」
秋津はそう云った。間違いない。
「え?」
「動くんじゃないよ、シュライン。…杞槙、そこから見えないかね」
杞槙は秋津の言葉に驚きながら頷くと、躯の位置を変えずに視線だけを窓の外に向けた。
しかし見えるのは僅かな木立と電信柱、そして向かいの家の屋根だけ…。
「…分からない…でも…」
「視線は感じる、かい?」
秋津が問われると、杞槙はこっくりと頷いた。

「冴那、後は任していいだろう?」
締め上げる巳主神に秋津はそう云うと、身を翻して――2階なのだが――ひらりと空を舞うように窓から外へ飛び降りた。
もちろん、凄まじい音を立てながら窓ガラスを蹴り飛ばして。
「ひゅ〜♪ おねーさん、流石」
シュラインは少々驚いた風に肩を竦ませると、
「巳主神さん、こっちはお願いします。杞槙ちゃん、香子ちゃんの傍についててあげてね」
あ、それと窓ガラス代は草間興信所が持つから、と加えてシュラインも窓の向こう側へ消えた。
「大丈夫、香子様。私がついていますわ」
杞槙は香子を安心させる為に香子の手に自分の手を重ね、にっこりと笑った。


Epilogue 笑顔

「香子様…バイオリン、また始められたのですか?」
事件解決後…杞槙は香子と遊ぶ約束を交わしていた。そして今日がその日だった。
「ええ、そうなの」
香子はそう云うとにっこりと笑った。初めて出会ったときの、あのような暗い笑顔ではなく。
「やっぱり…母さんの形見だし…何よりバイオリン弾くの好きだし…それに」
「それに?」
「あの時…杞槙さんが手を握っててくれたから…凄く元気を貰った気がしたの。だから、世間に背を向けずに小さくならずに、頑張ろうって…」
春のような微笑を香子は杞槙に向けた。そして、ありがとう、と云った。
杞槙は嬉しそうに、そして照れくさそうに隣に立つ佳凛に向って、
「でも、私…今回、事件にあんまり役立ってなさそうな…」
と、苦笑いを零した。そんな杞槙に、
「お嬢様、悲しんでいる方や困っている方を勇気づけるのも探偵の大事なお仕事ですよ」
包み込むような笑顔で佳凛はそう云ったのだ。うんうん、と香子も頷く。

それだけで――佳凛と香子の笑顔だけで、杞槙は充分に幸せだと思ったのだった。


FIN


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0294/ 四宮・杞槙 / 女 / 15 / カゴの中のお嬢さま】
【0258 / 秋津・遼 / 女 / 567 / 何でも屋】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0376 / 巳主神・冴那 / 女 / 600 / ペットショップオーナー】

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■         ライター通信          ■
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* 初めまして、こんにちは。本事件ライターの相馬冬果(そうまとうか)と申します。
  この度は、東京怪談・草間興信所からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* 今回の依頼は皆さまのプレイングが色々と効果を発揮してとても奥深い作品になったと
  個人的には思っておりますが、どうでしょうか?
* 他の参加者の方の文章を読んで頂けると、事件の絡み合った思惑や経過なども含めて、全体像や進展度、
  思わぬ隠し穴などがより一層、理解して頂けると思います。

≪四宮 杞槙 様≫
 ほんわか癒し系…として書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか?
 佳凛さんも素敵な設定だなぁと思って出番を多く作るように心がけて書いてみました。
 所で…佳凛さんは苗字なのでしょうか名前なのでしょうか…。執筆中、それが一番気になっておりました。
 またの機会がありましたら教えて頂けると嬉しいです(笑)。

 相馬